第288話
騎士達は2日目の夜は、公道の途中で野営をした
このまま帰っても良かったのだが、夜の森は危険が多い
いくら魔物の出現が減っているとはいえ、それは街の周辺の話である
ここまで離れていては、魔物に加護の効果は期待出来ない
騎士達が周辺を警戒して、冒険者達も交代で見張りに立った
騎士達が戻って来た事で、野営地は賑わっていた
馬車には鉱石が積まれていて、職人達は大喜びだ
さっそく工房を作る為に、鉱石を運んで行く
鉄が無ければ炉や金床が出来なかったのだ
これで修繕だけでなく、工具も生産出来る
一気に作れる物が増えるのだ
「やった
鉄鉱石じゃ、鉄鉱石じゃぞ」
「これと魔石や魔物の素材があれば…
ふひひひひ…」
「あ…
コボルトの遺骸も回収した方が良かったですか?」
「いや
コボルトでは大した物は出来ない」
「そうですぞ
出来ればオークやオーガを狩って来て欲しいのう」
「オークは見当たらないし、オーガはさすがに…」
「何言っているんだ
親衛隊の実力なら、もう十分に倒せるぞ」
「そうでしょうか?」
「自身を持っていいぞ
ただし2、3体ぐらいだがな」
「そうですね
1体2体でもやっとです
さすがに数が多いと…」
そうは言っても、ギルバートは騎士が4人居れば、オーガを1体は狩れると判断していた。
問題は数で来られたら、どうやって分断するかだろう。
移民の中からも、魔法が使えそうな者は出て来ていた。
しかし魔術師と呼ぶには魔力が少なかった。
もう少し使える者が現れれば、オーガ討伐にも安心して向かえるだろう。
「やはり魔術師も連れて来た方が良かったかな?」
「いえ
今でも食料はギリギリです
連れて来ていれば、冬の食料が足りるか…」
「そうなると、肉の補充も必要か」
ギルバートはチラリと、猪が飼われている飼育小屋を見る。
しかしまだ子供なので、肉にするには無理があった。
「駄目ですよ
まだ子供だし、食肉には少な過ぎます」
「そうだよな」
「南の平原に向かえば、魔獣が居る可能性があるが?」
「平原ですか?」
「ああ
コボルトやゴブリンが、ワイルド・ボアを飼っている事がある
それを狩って来れば肉を確保出来る」
「ワイルド・ボアですか
確かに魅力的ですね」
「先ずは鉄鉱石を集めて、装備の補充が出来る様にしよう
もう一度冒険者と向かえるか?」
「ええ
彼等もそれなりに戦えます
鉱石も十分掘れそうですから安心してください」
「そうか
では明日はゆっくりと休んで、明後日に向かってくれ」
「はい」
ギルバートは鉄鉱石の確保を促して、騎士達の元を離れた。
すぐ近くで聞いていた冒険者達は、また行くのかと溜息を吐いていた。
それを見たギルバートは、冒険者達に質問してみた。
「鉱石採取は大変でしたか?」
「え?
いえ、そういうわけでは…」
「実は報酬の件です
今は金も無いのは知っています
しかし私達も冒険者を生業にしています」
「ああ
そういえばそうだったね
現物の支給でも良いかな?」
「え?
食料は十分に足りていますが?」
「いや
それとは別の物だよ
明後日の朝にでも用意させておくよ」
「は、はあ?」
ギルバートは職人達の工房に向かって歩いて行った。
翌日は冒険者達もゆっくり休んで、酒を飲みながら休息していた。
時々工房から歓声が上がるのは、鉱石で何かを作っているからだろう。
職人達はさっそく鉱石を鋳込んで、工具を作っていた。
良い工具が出来れば、それだけ良い品が作れる。
歓声が上がっているのは、そうした良質な商品が出来上がったからだろう。
職人達の歓声を聞きながら、冒険者達は葡萄酒を飲み干した。
この葡萄酒も、生産が間に合わなければ暫く飲めなくなる。
今年はさすがに出来ないだろうから、当面は商人から購入するしか無かった。
持ち込んだ酒が切れたらどうするのか?
冒険者達には悩ましい問題だった。
「早く隊商が来ないかな?」
「隊商が来たって、元手がそんなに無いだろう」
「また魔石を拾えば良いさ
いざとなったら、殿下にお願いして狩に出るさ」
給金が得られない以上、隊商が来ても現物交換しか出来なかった。
当面はそういった生活が続くだろう。
移住してきたばかりなのだ、当然の事だと思っていた。
移民達がぞろぞろと、頭上に籠を抱えて歩いて行く。
その籠の中身は、葡萄が沢山入っていた。
移民達はそれを抱えて、1軒の建物に入って行った。
「え?
殿下、今のは?」
「ん?
どうかしたか?」
「いえ、今葡萄を運んでいた様な…」
「ああ
葡萄だよ」
「え?
どこかに葡萄が残っていたんですか?」
質問してきた冒険者は、驚いた顔をしていた。
ダーナの土地は穢されていて、食べれる物は無いと聞いていたからだ。
「え?
普通に今年生った実だが?」
「え?
だって穢れて土地が作物作れないって…
あれ?」
冒険者は動揺して、言っている事もおかしくなっていた。
「ああ
その件なら解決しているよ
今は土地の穢れは祓われている」
「いや、しかし
今年植えたのなら来年では?」
「ん?
そうなのか?」
「ええ
葡萄は2年から3年ぐらい掛かりますよ?」
「あ、あはははは…」
「そういえば…
最近は食材が足りないという話がありませんね?」
ダーナに来てから数週間が経った頃、野菜不足が問題になった。
土地の穢れが原因で、すぐに作物を作れなかったからだ。
それにすぐに植えたとしても、育つまでは暫く時間が掛かる。
だから野菜が少なくなるのも当然だと思っていた。
しかしここ1週間ほどは、野菜が足りないという事は無かった。
隊商が2組、ダーナに訪れていた。
しかし隊商が運ぶのは、保存が効く食材の筈だった。
それなのに新鮮な野菜が増えている。
冒険者で無くても不思議に思っただろう。
冒険者は周囲を見回すと、巡回しているギルバートを見付けた。
そして葡萄を運ぶ移民達を指差しながら質問した。
「殿下
あれは一体どういう事でしょうか?」
「あはははは
私にも詳しくは分からないよ
もしかしたら穢された影響で、植物の成長が早いのかもね」
ギルバートは確かに理解出来ていなかった。
しかし思い当たる原因はあったので、誤魔化し方が下手になっていた。
冒険者は不審に思いながらも、それ以上追及してもはぐらかされた。
「あの葡萄は…」
「ああ
何とか間に合ったから、葡萄酒を作ってもらっている」
「葡萄酒…ゴクリ」
「ああ
上手く間に合えば、今年の飲める分も作れるよ」
「ですが…
普通は1年は寝かせますが?」
「どうなんだろう?
作物の成長が早くなっている
だったら酒も早く出来るんじゃないか?」
「そう…なんですか?」
「よく分からないけどね」
理屈は分からなかったが、酒が飲めるのなら歓迎だった。
「出来ましたら、我々にも買わせてください」
「はははは
そんなに慌てなくても、みんなに支給するつもりだから
給金が出ない分は、現物支給するって言っただろう」
「え?
それじゃあ昨日の話は…」
「あ、いや
それはまた別な商品だよ
明日のお楽しみだから」
「ううん…」
冒険者は気になったが、明日に分かるのだからとそれ以上は追及しない事にした。
どうにも何か隠している様子だったが、不利益にならないなら追及すべきでは無いからだ。
冒険者の規約に、依頼主に不要な詮索をしない事がある。
依頼主によっては、守るべき秘密を抱えている場合がある。
それを詮索するのは、冒険者としてはタブーとされているのだ。
「分かりました
明日を楽しみにしております」
「ああ
良い物を用意させるから、楽しみにしていてくれ」
ギルバートは自信ありげに微笑むと、再び巡回に戻った。
翌日になって、再び騎士と冒険者が集められた。
そこにはギルバートも来ていて、手には細長い包が握られていた。
ギルバートは集められた冒険者を見て、集まるのを待っていた。
「みんな集まった様だな」
「はい」
「今日もノルドの森に行ってもらって、鉱石の採取をお願いしたい」
「はい」
「鉱石は鉄鉱石が主になるが、銅鉱石やその他の鉱石も、見付けたら回収して欲しい」
「銅鉱石でしたら手前の採掘場にありましたよ」
「そうか
多量でなくて良いから、採れるだけ持って帰ってくれ」
「はい」
「他の鉱石と言うのは?」
「ああ
そこで採れる鉱物の種類が分からない
珍しそうな鉱石があったら、そいつも持って帰って欲しい」
「分かりました」
ギルバートは依頼の説明をすると、手にした物の布を取り払った。
「報酬はこれだ」
「剣…ですか?」
「ああ
ショートとロング
ブロードは出来るか確認中だ」
「殿下
武器でしたら私達も…」
「こちらの武器なんだが…
素材は何だと思う?」
ギルバートは剣を抜き放つと、用意させていたショートソードを受け取った。
「?」
「せいっ」
カコーン!
「はあ?」
「え?
剣が?」
「これは魔鉱石を使った剣だ
どうだ?
喉から手が出るだろう?」
「騎士の持っていた鎌と同じ…」
「凄い切れ味だ…」
冒険者達は剣の切れ味に、驚嘆の声を上げた。
「魔物の素材が足りないから、一度には渡せない
順次加工させているから、これを報酬として渡そうと思う
どうだ?」
「う…」
「う?」
「うおおおおお」
冒険者達は歓声を上げて、報酬に喜んでいた。
そしてその事を聞いて、他の冒険者達もギルバートの前に来た。
「殿下
それは鉱石採取の者だけですか?」
「我々にはいただけないのですか?」
「あ…
君達の分もあるんだが、先ずは危険な場所に向かう者から渡すつもりだ」
「そう…ですか」
「でも、いずれはいただけるんですよね?」
「ああ
そのつもりだ」
「よっしゃあ」
「オレ達も頑張るぞ」
資材集めの冒険者達も、気合が入っていた。
何せ憧れの魔鉱石の剣だ、欲しいのは当然だろう。
「あー…
興奮するのは分かるが、油断はするなよ
折角の武器を貰う前に死んでは意味が無いだろう?」
「はい」
冒険者達は一斉に声を合わせて返事をした。
ギルバートはその様を見て苦笑いをしていた。
ギルバートは騎士と冒険者が、資材集めと採掘に出るのを見送った。
それからオウルアイ卿が仮住まいにしている屋敷に向かった。
それは屋敷と言うには不十分であったが、今建てれる一番上等な建物だった。
石材をふんだんに使い、庭には庭園も造られていた。
後に迎賓館に使うつもりで、職人達も気合を入れて造っていた。
そこの2階に上がると、領主の執務室が用意されている。
そこで侯爵は、上がって来る報告を精査していた。
「入りますよ」
「殿下
どうされました?」
「ちょっとご相談がございまして」
ギルバートはソファーに腰を下ろすと、侯爵に話を始めた。
「侯爵
侯爵の私兵は今、騎兵が手すきですよね?」
「ええ
現在は街の周辺には、魔物は居ませんからね」
「そこでその騎兵を借りたいんですが」
「騎兵をですか?」
「ええ
魔物を狩りたいんです
素材も集めたいので」
「なるほど
殿下だけでは狩には行けませんからね」
オウルアイ卿は溜息を吐くと、腕を組んで考え込んだ。
「そのう…
ワシが言うのもなんですが、騎兵で大丈夫ですか?」
「ええ
居てもオークぐらいです
そのぐらいなら十分狩れるでしょう」
「そうですか…」
ギルバートの言う通り、そのぐらいなら騎兵でもどうにかなるだろう。
しかし騎兵達では、コボルトの討伐しかしていない。
しかもその時は、騎士が同行していた。
騎兵だけで戦えるかは不安が残っていた。
「大丈夫でしょうか?」
「ええ
いざとなりましたら、それこそ私が居ますから」
ギルバートは自信を持って、腰の剣を叩いていた。
背中にも大剣を背負っていたが、腰のショートソードを示して、それで十分だと見せていた。
「分かりました
いつ出られますか?」
「さすがに今日は無理でしょうから
明日の朝に出ます」
「それでは騎兵達に伝えておきます」
「よろしくお願いします」
「明日の朝9時に、南の城門に集合させてください」
「分かりました
その様に手配いたします」
ギルバートは侯爵に礼をすると、そのままその場を後にした。
侯爵は溜息を吐くと、呼び鈴を鳴らした。
そして執事が入って来ると、明日の討伐の事を指示した。
「よろしいのですか?
殿下とは反りがあわないのでは?」
「うむ
しかし折角の機会だ
得る物も多いだろう」
オウルアイ卿は苦笑いを浮かべながら、指示書を書いて執事に渡した。
翌日は朝から晴れていたが、風が出ていて過ごし易かった。
そろそろ季節は秋に移り変わろうとしていて、風も穏やかで涼しかった。
騎兵達は準備を終えていて、南の城門の広場に集まっていた。
8時半を過ぎたところで、ギルバートが馬に乗って現れた。
その後方には、借り出された兵士達が乗った馬車が続いていた。
「おい
殿下殿が来たぞ」
「ロナルド様」
「良いじゃねえか
どうせ聞こえやしないさ」
「集まってもらって申し訳ない
今日は魔物の討伐をしてもらう」
「そんな馬車なんか用意して、魔物が居ると思ってるんですか?」
「ロナルド様」
「ああ
南の平原に行けば、そこそこ居る筈だ」
「馬車が4台も必要ですか?」
「ああ
それだけ集めるつもりだ」
「はははは
そんなに集まるわけねえだろ
これだからお飾りの王子様は、はは…」
「信じる信じないは好きにしろ
他の者は着いて来るか?」
「はい」
「それが任務ですから」
「貴様等…」
「ロナルド殿
あなたが来たく無いのなら、好きにすれば良い」
「くそっ」
ロナルドは不満そうな顔をしながら、それでも騎兵達の後方から着いて来た。
本来なら彼が副隊長なので、部隊を率いなければならなかった。
しかし彼は、不貞腐れて任務を放棄していた。
「やれやれ
どうなる事やら」
ギルバートは溜息を吐きながら、部隊を率いて南に向かった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




