第286話
城門の工事は、先ずは胸壁の補修から始まった
城壁の石に関しては、家屋の外壁ほどは傷んでいなかった
石を積み上げて、漆喰で補修するだけで見た目は直っていた
後は漆喰の素材を集めて、石を組み上げて行くだけだった
外壁に関しては、2日でほとんどが修復出来た
問題は城門の方で、これは材木が揃うまでは今のままとなった
蝶番は新たに作り直して、城門を再び固定する
所々傷んでいたが、城門は無事に機能していた
重しの石も用意して、再び城門は閉じられた
作業は3日掛かったが、その間にも魔物は現れなかった。
やはり加護が効いている様で、職人は安心して作業を終えた。
城門が直された事で、騎士も見回りが楽になった。
ここでギルバートは、ジョナサンにオーガ討伐を持ち掛けた。
これは職人達からの依頼で、正式な要望だった。
「そういうわけで、オーガを討伐したいんだ」
「しかし、オーガの素材なんて何に使うんですか?」
「それは詳しく分からないんだが、どうやら建材に使うらしい」
「ううむ」
ジョナサンは困っていた。
確かに必要なら、オーガを討伐する必要があるだろう。
しかし今までの建築には、オーガの素材など必要が無かった。
それが必要と言うのは納得がいかなかった。
「どうしてもやるんですか?」
「ああ
私もオーガの素材は、今後の為にも必要だと思う
折角職人がやる気を出しているんだ、なるべく応えたいと思う」
「分かりました
ですが殿下には、後方の指示だけでお願いします
陛下からもくれぐれも危険な事はさせない様に言われていますから」
「分かったよ
討伐はみんなに任せる」
ギルバートはジョナサンと約束をして、オーガの討伐に向かう事となった。
向かう先は冒険者が採取に向かっている場所とは別の場所になる。
あまり近くで戦うと、戦いに巻き込んでしまうからだ。
翌日になるのを待って、南の方面に向かった。
「こっちの方は魔物が少ないが、資材の採取の邪魔にはならないだろう
このまま進むぞ」
「はい」
「しかし、オーガは居ますかね?」
「居るだろう?
いや、居てもらわないと困るんだ」
「職人達は、オーガなんて何の素材にするんでしょうか?」
「そうだな
さすがに肉は使えないだろうが…
筋繊維や骨は使えそうだな」
「なるほど
あれほどの巨体を支える筋肉ですから、さぞや丈夫でしょうな」
「骨も頑丈だろう?
何かに使えるんだろうから、なるべく多く狩るぞ」
「おう」
騎士達は声を揃えて、ギルバートの期待に応えた。
それから早駆けで森の近くまで来た。
そこはコボルトの縄張りらしくて、周囲には獣の様な臭いが漂っていた。
「気を付けろ
魔物が近くに居るぞ」
「魔物ですか?」
「ああ
恐らくコボルトだろう」
近くの繁みが、ガサガサと音を立てる。
「来るぞ!」
「はい」
グルルル
森の中から、3体の人影が飛び出して来た。
魔物は木で作った棍棒を手に持って、騎士達に向かって来た。
「迎え撃て」
「おう」
騎士はクリサリスの鎌を振り上げると、向かって来る魔物に切り掛かった。
最初の二人は避けられたが、後続が上手く鎌を振るって切り付ける。
袈裟懸けや横薙ぎが当たり、魔物は切り倒されて行く。
「うりゃああ」
「それ!」
ギャン
キャイン
あっという間に2体倒したが、さらに繁みから魔物が飛び出す。
魔物は合計で8体現れた。
しかし戦闘に慣れた親衛隊なので、苦戦する事無く倒せた。
「魔物の遺骸はどうしますか?」
「そうだな
このまま置いておいても良いんだが、死霊になったら厄介だ
腕や足を切って纏めておこう」
ギルバートは指示を出すと、魔物の遺骸を一ヶ所に集めさせた。
このまま置いておくのは、血の臭いがして本来はマズい。
しかし今回は、魔物の討伐が目的だった。
血の臭いに誘われて、魔物が出て来るのを待った。
「近くの木陰に隠れるぞ」
「はい」
木の陰に隠れて、魔物が出て来るのを待つ。
暫く待っていると、地響きと咆哮が聞こえて来た。
ゴガアアア
「来たな…」
「ええ
木が倒されています」
「あそこに頭が見えました」
小声で話しながら、一行は地響きがする先を見た。
そこには2体のオーガが、木を薙ぎ倒しながら迫っていた。
「先ずは左の1体を狙うぞ
足を狙って切り付けるんだ」
「はい」
魔物が死体に近付いて、餌に掛かるまで待ち構える。
オーガは森を出たが、鼻をひくつかせて周囲を見回す。
しかしコボルトの血の臭いが充満していて、ギルバート達が隠れているのには気が付かなかった。
そのままコボルトの死体に近付くと、掴んで肉を貪り始めた。
ガリゴリと骨を噛み砕く音がして、周囲に血の臭いが漂い始める。
ギルバートは手で合図を出して、騎士が4人前に進み出た。
「行け!」
「おう」
「うりゃあああ」
「とりゃあああ」
ザシュッ!
ズガッ!
グガアアア
騎士達が切り掛かり、魔物の足を切り裂いて行く。
オーガの魔鉱石で作った鎌だ、オーガを切り裂くだけの強度は十分にあった。
鎌は1体のオーガの足を切り裂いて、そのまま立てない様にした。
「もう1体も切り倒すぞ」
「はい」
「うりゃあああ」
「せりゃあああ」
ズバッ!
ザグリ!
ガアアア
もう1体にも騎士が向かい、足を切り裂いた。
しかしオーガは腕を振り回して、騎士達に牽制をした。
傷が浅かったのか、オーガは何とか倒れない様に踏ん張っていた。
しかしその間にも、もう1体は腕を切り飛ばされていた。
後は首か胸を狙って、止めを刺すだけだった。
グガアアア
「気を付けろ
まだ抵抗して来るぞ」
「はい」
騎士は馬の機動力を使って、オーガの攻撃を躱して行く。
オーガは腕を振り回しているので、躱せば隙を狙う事が出来た。
少しずつ間合いを詰めて、隙を窺って切り付ける。
腕さえ封じれば、後は止めを刺すだけだ。
2体目が膝を着く頃には、1体目は首を刎ねられていた。
「こちらは倒しました」
「よし
慎重に止めを刺せ」
「はい」
「うりゃああ」
ズドッ!
グガアア…
ジョナサンが穂先を突き出して、オーガの胸を貫いた。
オーガは血を吐きながら、ゆっくりと倒れた。
「こちらも倒しました」
「まだ油断はするなよ
首をしっかりと刎ねておけ」
「はい」
ギルバートは念の為に首を刎ねさせた。
こうしておけば、死霊になる可能性も減るからだ。
「上手く行きましたね」
「ああ
2体も倒せば上々だろう
馬車を呼んで来てくれ」
「はい」
オーガの死体を運ぶ為に、ギルバートは馬車を呼びに行かせた。
そうして待っている間に、周囲を探索させる。
魔物は見付からなかったが、周囲には美味いスモモの木も見付かった。
それを収穫させながら、さらに周囲を警戒していた。
「これは甘いですね」
「ああ
コボルトはこれを狙って、ここに来ていたのだな」
先程のコボルトが居た場所から、ここはそう離れていなかった。
周囲を探せば、他にも果実が生った木があったかも知れない。
しかし馬車が来たので、先に魔物の遺骸を運ぶ事にした。
「もう、私が居なくても狩れそうだな」
「ええ
しかしオーガに関しては、まだ不安がありますね」
「それはそうだろう
そんなに簡単に狩られたら、私の立場が無いよ」
「はははは
殿下は王子ですぞ
魔物退治に立場を求められては、それこそ私達が困ります」
「だが、例え狩れる様になっても、油断はするなよ
あいつの一撃は危険だ」
「はい
いくら装備が万全でも、あれでは即死し兼ねませんから
先ずは奇襲で足を封じるべきでしょうな」
「ああ
足を封じれれば、後は落ち着いて対処出来るだろう」
ギルバートはジョナサンと話しながら、のんびりと帰還した。
城門はしっかりと機能していて、ギルバートの目の前で静かに開いていった。
後は新しい門が完成したところで、門を付け替えるだけだった。
「城門は問題無さそうだ」
「ええ
魔物も近付きませんし、当面はこのままでも十分でしょう」
「しかし、加護が無くなればそうも行かないぞ
魔物が来ないのは今だけだ」
「そうですよね
それまでに兵士達には、魔物と戦える術を身に着けてもらわなければ」
「先ずは親衛隊が、安定して魔物を狩れる必要がある
問題が無い様だったら、兵士達も同行してもらう」
「しかし、兵士が同行しては、街の守りが手薄になりませんか?」
「その為の精霊の加護だろ」
「あ…
そうか」
「それでは殿下
兵舎が完成しましたら、兵士の訓練を始めましょう」
「うん
それで良いと思うよ」
訓練も重要だったが、先ずは兵舎の完成が必要だった。
しかし、まだ住居が完成していない。
思ったよりも資材集めに時間が掛かっている。
この調子で行けば、訓練の開始は冬になってからだろう。
「焦っても仕方が無いか」
「そうですね」
城門を潜ると、そこには職人達が待ち構えていた。
職人達の周りには、数人の移民達も一緒に来ていた。
「お待ちしておりましたぞ」
「早いな」
「さっき馬車を呼ばれていましたので」
「そうか…」
馬車が入って来て、職人達が歓声を上げる。
「これは見事なオーガですな」
「これなら素材が十分に取れます」
職人達は馬車を引き連れて、広場の向こう側に進んだ。
そこは解体に使う為に、開けた場所になっていた。
そこに移民達を集めると、さっそく魔物の解体を始めた。
移民達に解体の仕方を教えながら、魔物の解体をしていく。
2体とはいえ、魔物はあっという間に解体されていた。
職人達は、さっそく魔物の腱と骨を運んで行く。
移民達は皮を集めると、それを繋いで繕い始めた。
皮は皮で、何かの使い道がある様子だった。
問題は魔物の肉で、これだけは使い道が無かった。
肥料にするにしても、乾燥させて砕く必要があった。
そこまでの手間を考えると、集めて焼く方が早かった。
侯爵は兵士に命じると、魔物の肉を集めて運ばせた。
それを広場の隅に集めると、不要な廃材と一緒に燃やさせた。
「すいません
こっちで処分すべきでした」
「いえ
殿下の騎士は魔物を討伐してくださった
せめて片付けは、ワシの方でさせてください」
侯爵はそう言うと、燃やした魔物の灰も集めさせた。
それを畑に撒いて、肥料代わりにするのだ。
「しかしさすがですな
簡単にオーガを狩って来なするとは」
「はい
訓練はしっかりとしていますので」
「ふむ
ワシの兵士でも、オーガを狩れますかな?」
「そうですね
最初は厳しいと思います
しかし何度も戦っていれば、いずれはオーガも狩れるでしょう」
「そうですか
やはり実戦が必要ですか」
「そうですね」
「兵舎が完成しましたら、合同で訓練を行おうと思います
それまでは周辺で、コボルト等の討伐をお願いします」
「コボルトですか?」
「ええ
ゴブリンやコボルトでしたら、今の侯爵の兵士でも十分に戦えます」
「倒せますでしょうか?」
「ええ
ただ、油断をしていますと命を落とします
そこだけは気を付けてください」
「分かりました
それではワシの方でも、訓練として討伐に向かわせますね」
「ええ
街の周辺でしたら、そこまで多くの魔物は出ません
騎士達が見張りに立っている時に、討伐に向かわせてください」
ギルバートは、騎士達を警備に立たせた時に、侯爵の兵士を訓練に出す事にしてもらった。
交代で警備しているので、騎士が警備している間は、兵士達は仕事が無かったのだ。
その間に訓練で討伐に向かうなら、問題は無いだろう。
後は兵士達のやる気の問題だった。
それから1月を掛けて、街は少しづつだが復興して行った。
住民の家はほとんど完成したが、兵舎や商店などはまだ作られていなかった。
その代わりに、以前のダーナには無い物が作られていた。
オーガの腱を使った、自動式の城門などだった。
城門はレバーを操作すると、オーガの腱を使って仕掛けが動かされた。
その腱の力で、重しが移動するのだ。
そして重しが移動した力で、城門がゆっくりと開閉する。
この仕掛けによって、少人数でも城門の開閉が可能になった。
また、オーガの腱を使った、大型のバリスタが建造されていた。
これは各城門に2ヶ所ずつ設置されて、城門に近付く大型の魔物を攻撃出来る。
威力は頑丈な城壁に穴を開けるほどで、飛距離も100mほど離れた場所まで届いた。
問題は弾にする手頃な石が少ないので、節約して使う必要があった。
「威力は十分なんですがね」
「そうですね
拳ぐらいの石を飛ばすんです
オーガでも侮れないでしょう」
「後は石なんですよ
石材はまだまだ必要ですから、無駄には使えません」
「そうだな
しかし必要になるのは、街が完成した後になるだろう」
「それまで魔物が来ませんでしょうか?」
「ああ
来たとしても、騎士達が戦ってくれる
そこは安心して良いだろう」
ギルバートは侯爵の兵士達と、城門の上でバリスタを確認していた。
これは構想だけは出来上がっていたが、それだけ丈夫な素材が見付かっていなかった。
だから王都でも、バリスタは設置されていなかった。
今回は試作として、職人達がバリスタを設置していた。
実戦にはまだ使われていなかったが、あるだけで安心感を与えていた。
「さて
移民達の住居も後少しだな」
「はい」
「それが出来上がったら、いよいよ兵舎や商店の建築だな」
「ええ
そうすれば街も賑わって来るでしょう」
「うーん
だが肝心の商品が無いよな」
「農地は少しずつですが、作物が取れ始めていますよ」
「え?
早過ぎないか?」
「ええ
どういう訳か、作物の成長が早いんです
魔物の灰を撒いたからでしょうか?」
「ううん
その辺は私では分からないな」
「後は工房が出来上がれば、職人達も色々作れます」
「そうだな
そうなってくると、鉱山の解放も必要か」
「鉱山ですか?」
「ああ
鉱山自体はあるんだ
場所を安心して行ける様にすれば、冒険者にでも採掘は依頼出来るだろう」
「そうですね
しかし鉱山は何処に?」
「ノルドの町の跡地の側さ
あそこにノルドの鉱山がある」
ギルバートは、いよいよ鉱山の探索に向かう事にした。
それは道中の安全の確認と、鉱山が無事か確認する為だ。
ジョナサンに話して、数日中にでも向かう事にした。
まだまだ続きます。
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