第282話
いよいよダーナへの出立の日が来た
天候は7の月の前半にしては、からりと晴れた快晴だった
例年の天候を考えると、この時期にはまだ雨が降る日が多かった
しかしこの日に限っては、王都は爽やかな晴天に恵まれた
そして季節外れの爽やかな風が、東から流れて来た
ギルバートは気が付いていなかったが、風は穏やかに吹いていた
それは全て精霊の力に依る物だった
アーネストは魔力の流れを感じて、穏やかな風に身を任せた
快晴の割には暑くないのは、精霊が何かしているからだろう
時刻は8時半を回り、国王が城門前の広場に来た。
これから出立の激励の式が行われて、いよいよ出立となる。
今回は討伐では無いので、式自体は簡単な物になる。
あまり時間を掛けては、移住する移民達が疲れてしまうからだ。
「移民達の支度は出来たか?」
「はい
元々が住居が無い者がほとんどでしたから
荷物もほとんどありません」
「着替えや食器等は用意されているのか?」
「はい
食器も殿下の配慮がありまして、昨日の内に集めておきました」
ジョナサンが声を上げて指示を出し、兵士に準備の確認をしていた。
前日にも食器の用意が無くて、ギルバートから注意をされた。
まだ途中に町があるが、ジョナサンとしてはこれ以上の失態は避けたかった。
他に足りなくなりそうな物が無いか、リストを見直してみる。
「野営用の薪は十分か?」
「はい
あの後追加で、馬車1台分を用意しました」
「ああ
それだけあれば大丈夫だろう
しかし山脈の夜は寒い可能性がある
途中の町でも補充するぞ」
「はい」
ジョナサンが忙しく走り回る中、ギルバートは自分の支度を確認していた。
前回の帰還の折には、セリアを後ろに乗せていた。
しかし今回は、セリアはメイドと一緒に馬車に乗せる。
王城での噂を懸念して、そうする事にした。
セリアが妹だと言っても、それはダーナでの事だ。
今では兄弟でない事が判明しているし、年頃の娘を乗せるのはマズかった。
アーネストからも、セリアを乗せていると勘違いされると忠告されていた。
そんな事をしていたら、益々婚約者という噂が広まるだろう。
最終確認をしている内に、いよいよ時刻は9時になった。
広場の鐘が鳴り響き、時刻を告げる。
「全体整列」
「はい」
騎士は馬を引き連れて、広場の1角に集まった。
兵士も馬車を停め直すと、走って広場に集まった。
全体が整列して、式の開始を待っていた。
移民達は、それを見守る様に馬車の傍らに集まっていた。
そこからでも十分に、国王の声は届いていた。
「諸君
朝早くから集まってもらって恐縮である」
国王は腹の底から声を出して、広場全体に聞こえる様に宣言した。
それはとても50代とは思えないほどに、はっきりとした声だった。
「これから諸君達には、ダーナへと移住してもらう
道中には危険な魔物も居るだろう
しかし我が国の兵士も同行するし、王子ギルバートも同行する
安心してダーナに向かって欲しい」
ギルバートが同行と言うところで、移民達からどよめきが起こっていた。
有能な指揮官が同行すると聞いていたが、王子と知っている者は少なかった。
しかしギルバートが、魔物を多く討伐して来た英雄だとは知っていた。
だから移民達は、国王の言葉に安心していた。
「諸君らがダーナに向かうに当たって、1月近くの期間が掛かるであろう
ダーナに到着した頃には、夏も終わりに差し掛かり、秋に近付いているかも知れない
しかし諸君らの生活は、そこから新たに始まるのだ」
「おお…」
再び移民達からどよめきが起こる。
「物資は十分では無いが、そこから畑を耕し、生活の基盤を作ってもらう必要がある」
秋から種蒔きになるので、収穫は冬前になるだろう。
そこまでの食糧は運べないので、森や平原で採取する必要があった。
「ダーナの現状は、魔物に囲まれて危険ではある
しかしその魔物を討伐しながら、ダーナを再び再興しなければならない
諸君らの健闘を祈り、これを出立の挨拶としたい」
「おおおお」
今度は兵士達が声を上げて、国王の応援の言葉に応えた。
続いて宰相のサルザートが前に出て、事務的なことを説明する。
その声は国王ほど大きくは無く、移民達にまでは届いていなかった。
話しを要約すると、当面は国税は取らない。
領主に納める税に関しては、その年の収穫次第である。
同行した兵士は、秋まではダーナに滞在する予定である。
そういった説明を、サルザートは大きな声で説明していた。
しかし移民には聞こえないので、代表が聞こえる場所まで近寄って聞いていた。
サルザートの説明が終わったところで、出立の準備が進められる。
移民達は馬車に乗り、兵士が御者台に乗り込む。
騎士も馬に飛び乗ると、そのまま城門に向かって進んだ。
準備が整ったところで、ギルバートもハレクシャーに飛び乗った。
そして城門の前に行くと、大きな声で出発を宣言した。
「それではダーナ移民団の出立を行う」
「おう!」
「開門!」
「開門!」
復唱が行われて、城門がゆっくりと開かれて行く。
城門が十分に開いたところで、ギルバートを先頭にして、移民団はゆっくりと進み始めた。
公道には隊商や周辺の町から王都に来た民が集まっており、出立を拍手で見送った。
ギルバートはそれに、手を挙げて応えた。
「よくこれだけ集まったな」
「ええ
恐らくは見物人も多いでしょう」
「見物人?」
「はい
こんな大規模の移民など珍しいですから
中には今後、ダーナに向かおうと思っている者もいるかも知れませんね」
「なるほど
確かに珍しいか」
クリサリス聖教王国でも、移民は行われている。
それは新しく村を作る為で、入植や開墾の移民であった。
犯罪者が移送される事もあったが、それはここ数年では行われていなかった。
魔物が出始めたので、犯罪者といえども荒れ地に放置するのは躊躇われたのだ。
その代わり、犯罪者を集めて更生の為に、公道の警備兵に立たせる制度が作られた。
軽犯罪に関しては、王国はまだまだ懲罰は甘かったのだ。
殺人など重い罪に関しては、王国では縛り首であった。
その他奴隷や貴人に対する罰則は、数ヶ月の拘留と職を失う程度であった。
そうした者は解放された後は、主に地方に追放されて、新たな土地を探して旅をする。
そういった者が集まって、集落が出来上がる事も少なくなかった。
しかし魔物が現れてからは、集落も潰れる事が多くなっていた。
集落に集まる者は、力を持たない者が多くなっていた。
戦う力が無ければ、魔物に攻め滅ぼされるしか無いのだ。
「しかし、よくこれだけ集まりましたね」
「それはガモン商会が原因です
商会に潰された商人や、騙されて財を失った者は意外と多かったのです」
「そうなのか…」
「中には財を失い、悪い事だと知りながら、ガモンに脅されて詐欺を働く者も居ました」
「え?
それでは…」
「ええ
移民の半分近くは、軽犯罪で拘留された者や、追放されていた者達です
中には殿下が見られた、北の集落の者達も居ますよ」
「そうか…」
ギルバートは、移民達の詳細は知らされていなかった。
その中には軽犯罪で捕まった者も多数居たからだ。
しかし事情が事情なので、恩赦として移民の中に入れたのだ。
さすがに極刑の犯罪者は居なかったが、中には止むを得ず殺人を犯した者も居た。
そういった者達は、新兵として徴兵されていた。
新たな新兵の中に、それなりの年齢の者が居たのはその為だ。
「全部が全部、自ら犯罪を犯した訳ではありません
中には騙されて、殺人を強要された者も居ました
そういった者はリストアップして、厳重に管理しております
再び罪に加担させない為に」
「そんな者も居るのか?」
「ええ
あくまで更生の余地がある者だけですよ
それも兵士として雇用しております
他の住民に悪影響を与えますからね」
「そうか」
思ったよりも深刻な状況の者も居る様で、ギルバートは驚いていた。
「まあ、元が一般の住民です
危険な思想や力は持っておりません
兵士も見ていますので、更生の余地はあるかと思います」
「なるほど
後で良いから、リストを見せてもらえるか?
オウルアイ卿とも相談しておきたい」
「そう仰ると思いまして、事前に侯爵には提出しております」
「え?」
「殿下は嫌がると思いまして、こうして事後報告にしました」
「何で?」
「アーネスト殿の提案です
陛下の許可も得ておりますよ」
「アーネストめ…」
ギルバートが何も知らなかったと、悔しそうな顔をする。
しかし、そういった事も含めて、アーネストは予見をしていた。
だからジョナサンは、苦笑いを浮かべるしか無かった。
「アーネスト殿は心配しておりましたよ
あいつは真面目過ぎるから、判断を誤る恐れがある
そうした時は、周りで止めてやって欲しいと」
「くそっ
何だってそんな事を…」
「恐らく殿下では、犯罪者を加える事を断ったでしょう」
「当然だ
移民の中に犯罪者が居るだなんて…
危険だろう?」
「いいえ
彼等は己の罪を後悔しております
中には独房で、自らの命を絶とうとした者もいました」
「だったら何でだ?
何で人殺しなどを行った?」
「それは…」
「殿下はイーセリア様が攫われたらどうします?」
「探すさ
それこそ命に代えてもな」
「では、その犯人から殺しを要求されたら?」
「え?
それは…」
「そういった事情で、殺人を犯した者も居ます
他にも今日を生きるパンすらも買えなくて、止む無く盗みを働き、見付かって殺してしまう
そういった事情を抱えた犯罪者が、どうやって処罰できますか?」
「う…
むう」
「アーネスト殿は、そういった所はもうちょっと柔軟です
処罰する者は処罰しますが、救われる者は救おうとします」
「しかし犯罪は…」
「そういう所ですよ
ですからそういう事は、アーネスト殿の様な方に任せるべきです
オウルアイ卿も、そういう事には慣れております」
「侯爵も?」
「ええ
犯罪者と事情を確認して、使えそうな者を移民に加えました
それで移民が500名から800名に増えました」
「そんな事があったのか」
「はい
当初の予定の人数では、街の再興は無理だと判断されておりました
その為の妥協案です」
「なるほど
人数は足りていなかったのか」
「ええ
アーネスト殿が声を掛けられて、漸く話が纏まりました
そう言った意味でも、アーネスト殿には感謝しております」
ギルバートは、アーネストが寝不足な事情が分かった気がした。
陰で色々動いていたので、いつも忙しいと言っていたのだ。
てっきり怠けられない事を言っていると思ったのを、申し訳なく思った。
「そういった事情もありますので
殿下もこの事はご内密に」
「分かった
私は何も聞かなかった事にする」
「ありがとうございます」
二人が話しながら駆けていると、ほどなく警備の詰所が見えて来た。
そこには兵士が立っていて、道行く移民団を見守っていた。
「ああした警備兵も、一部は元犯罪者です」
「そうなのか?」
「ええ
彼等も止むを得ず罪を犯した者達です
職と暮らしが安定すれば、二度と罪を犯そうとは思いません」
「しかし公道の警備とは…」
「まあ、人気が少ない場所に限りますがね
所要な場所は正規の警備兵です
さすがに任せられませんから」
「ああ、なるほど」
詰所の横の開けた場所を使って、一行は一時休止をした。
長く馬車に乗り続けるのは、移民達では難しいからだ。
強張った身体を、馬車の外で伸ばしている。
中には支給された干し肉を、水と一緒に摂る者も居た。
小休止を終えると、再び公道を進んで行く。
行程はよてい通りで、夕刻前にはリュバンニの城門が見えて来た。
途中で昼食も軽く済ませていたが、さすがにみな空腹になっていた。
さすがに街には入り切れないので、城門の近くに野営を開始する。
移民達も馬車を降りると、自分達の天幕を作り始めた。
「夕食はどうするつもりだ?」
「さすがに各自では無理ですし
こちらで野菜のスープを作ります
後は…これですね」
「黒パンか」
「魔獣でも出れば、少しは肉に余裕が出来ますが
何分保存が効きませんから」
「そうだな
それにこれだけの人数となると…」
ギルバートはその先を言わなかった。
相当数の魔獣となるので、考えたくも無かった。
そんなに狩れるのなら、少しは王都の食事事情も変わっていただろう。
「移民達が大人ばかりで助かったよ
子供が多く居たら、それだけ新鮮な肉が必要だからね」
「しかし子供が少ないのは懸念ですよ
子供が居ない街は滅びます」
「何でだ?」
「老人ばっかりになりましたら…
どうなると思います」
「ん?
ううむ」
「子供が居ませんと先が続きません」
「なるほど
それで若者が多いんだな」
「ええ
確かに子供では、この旅は過酷です
しかし子供が産まれなければ、やがて滅びを迎えます」
「だから女性も要るんだな」
「ええ
そして老人の移民は、なるべく少なくしております」
老人には老人の、役立つ知恵が備わっている。
しかし旅は過酷だし、多いとそれだけ若者を連れて行けなくなる。
だから老人の移民の数は少なくしてあった。
「魔物はセリアが抑えてくれるが、山脈越えは厳しいからな」
「ええ
恐らく数人は亡くなるでしょう」
「それでも、ダーナに着かなければならない」
「ええ
なるべく犠牲が出ない様に、注意しつつ進みましょう」
「ああ、そうだな」
ギルバートは、野営の焚火を囲む移民達を見ていた。
一体この中から、何人が無事に着けるのだろう。
そんな事を考えながら、移民達を見守っていた。
まだまだ続きます。
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