第280話
ギルバートは王城に入って、宰相を探してみた
幸いサルザートは、国王と謁見の間に居た
謁見が終わるまで、ギルバートは待合室で待つ事にした
そこには2組の貴族が居て、謁見の順番を待っていた
1時間ほど待っていると、謁見が終わって貴族達も出て来た
文官は足早に立ち去り、書類の整理に向かった
サルザートも出て来ると、待合室で待つギルバートを見付けた
一瞬表情が強張るが、すぐに優し気な表情に戻した
「殿下
何か陛下に御用でしょうか?」
「いえ
宰相殿で十分な要件なんですが…」
「では、あちらの談話室でよろしいでしょうか?」
そこは待合室で待つ貴族が使う、談話用の個室だった。
ここでは聞かれたくない話を出来る様に、ドアを閉めると外部に音が漏れない様になっている。
待っている間にする、重要な相談の為にも使われる為だ。
普段は密談が行われる為、ドアを閉めないのが暗黙の了解だった。
しかし宰相は聞かれたく無いのか、ドアをしっかりと閉めた。
「はあ…
それでどういったお話でしょうか?」
「そう警戒をしないでください
それよりも…
少しお顔の色が優れない様な…」
「一体誰のせいだとお思いですか
殿下が次々と仕事を増やされますから、私は寝る間も惜しんで…うう」
「あ…」
サルザートは、ここ数日は兵士の武具の手配や馬車の手配やらと、多忙を極めていた。
それは普段の政務の合間にやらねばならず、結果として寝る間が削られていた。
比喩では無くて、実際の寝る時間がだ。
「おかげで家に帰る時間も無くて、ここ数日は…
最近では娘は口も利いてくれません」
サルザートはガックリと項垂れて、崩れる様に椅子に座った。
「すまない
それならば、この件は他の者に相談して」
「待ちなされ」
サルザートは慌ててギルバートの腕を、がっしりと掴んだ。
「殿下が他の者に話しても、結局は私のところへ来るんです
むしろ時間の無駄になります」
「は、ははは…」
その顔は不満を隠そうとせず、ジト目で見ていた。
「で?
どういった話ですか?」
「そうですね
実はオウルアイ卿の懐具合の話で…」
ギルバートは今回の移住に関して、費用が足りない事を話した。
オウルアイ卿は遠慮して、費用を少なめに申請していた。
しかしアーネストが計算し直して、必要経費を書き出していた。
その為に、アーネストも寝不足になっていたが、彼はその事を黙っていた。
「そう言った具合でして…」
「ふむ
こちらがアーネストが計算した物ですか
どれどれ…」
サルザートはあらましを聞いて、書類を受け取った。
そして暫く書類を見直しながら、熱心にメモを取った。
「はあ…
費用については分かりました
しかし…食糧では出せませんね」
「え?
そうなんですか?」
「はい
そんなに必要なら、通過する街で支給すれば良いとなるでしょう
その方が他の貴族と揉めませんから」
「揉めるんですか?」
「ええ」
実はギルバートが食料の話をしている時も、オウルアイ卿は困った顔をしていた。
それが貴族間のしがらみが原因なら、納得が出来た。
「それでオウルアイ卿も浮かない顔を…」
「でしょうな
あの方ならご自分の立場を理解してます
それに殿下が思っているほど、貴族は善良ではありませんよ」
「ううむ…」
「この件は私がオウルアイ卿に聞いてみます」
「大丈夫なんでしょうか?」
「ええ
あの方も王都から運ぶよりは、ボルやノフカで新鮮な食材を支給された方がよろしいでしょう
こちらで調整致します」
「ありがとうございます」
「殿下
色々と調整していただくのはよろしいんですが…
少しは自重してください」
「え?」
「あなたが動きますと、オウルアイ卿が贔屓されてると勘違いされます」
「そんな、私は別に…」
「いえ
あなたやオウルアイ卿が悪いわけではありません
しかしオウルアイ卿は王都住みの貴族です」
サルザートの含みある言葉に、ギルバートは一瞬苛ついた顔をした。
「何なんですか、それは
あの人に何か問題があるんですか?」
「いえ、決してそんな…」
「私に時間があれば、ゆっくりとお教え出来ますが…」
サルザートは目の前に置かれた書類の山を見る。
「あ…」
「申し訳ございません
アーネスト殿にでも聞いてくだされ」
アーネストは不機嫌な顔をしていた。
その顔には隈が出来ていて、寝不足を物語っていた。
「で?
ボクの所に来たと?」
「すまない」
「すまないじゃあないよ
ボクも忙しくて、寝る暇も無いんだ」
アーネストは不満の声を上げたが、肩を竦めて立ち上がった。
そして本棚から、数冊の本を取り出した。
「オウルアイ卿は王都住みの貴族だ」
「ああ
知っている」
「何でか知っているか?」
「え?」
「そもそも
彼が貴族なのは帝国との戦争での功績にある」
アーネストは本を開くと、帝国との戦争記録を指し示した。
「彼はその戦争で、傷を負った為に退役した」
「そうなんだ」
ギルバートは記録を見ながら話を聞いた。
「はあ…
学校に行けば習うんだが…」
「すまない」
「アルベルト様
これはさすがに恨みますよ」
アーネストはもう1冊の本を開いた。
そこには貴族の位階と、その役割が記されていた。
「彼は本当は、領地を持った侯爵になるべきだった
しかし彼が固辞した事と、彼の活躍が問題だった」
「どういう事だ?」
「ギルが腕の良い指揮官だったとする
そんなギルが、褒賞で領土を持ったとする
そこで国王や有力貴族は、何に気を付けるべきかな?」
「え…っと?」
「謀反についてだ」
「へ?
オウルアイ卿はそんな方では…」
「勘弁してくれよ
お前は甘過ぎるよ」
「どうしてなんだ?」
「オウルアイ卿が人格者なのは知っている
有名だからな
だが、その領民は?
彼の息子や孫は?」
「それは…」
「それにな、そんな事を考えていなくても、周りはそうじゃあ無いんだ
力を持つ貴族が居れば、それだけ警戒する
だからオウルアイ卿は、領地を持たない事にしたんだ」
「そんな…」
アーネストの言う事は尤もだった。
戦争で活躍した騎士が、領地を持って繫栄させる。
そうすれば他の貴族は、当然彼を警戒するだろう。
謀反を起こす可能性が低くても、自分の領地や地位の為に何らかの策も行うだろう。
それが嫌だったので、オウルアイ卿は領地を持つ事を固辞していたのだ。
「でもそれじゃあ、何でいまさら?」
「お前も聞いただろ?
孫に財産を残したかったんだ」
「あ…」
「領地を持たない貴族は、それだけ収入も少ない
叛意を持たないというアピールの為に、オウルアイ卿は収入も少なくしていた筈だ
そして目立たない様に、生活も切り詰めていると聞いた」
「アーネスト
どこでそんな話を…」
「ボクは新年の挨拶の折に、下級貴族の談笑に混じっていた
お前は挨拶回りで忙しかったと思うが、ボクはそこで色々な噂を聞いていた」
「ああ
あの時にか」
「いつかお前の役に立つかも知れないからな
酒の席に混ざって聞いていたんだ」
「何だ
酒を飲んでただけじゃ無いんだな」
「おま!
酒は相手の警戒を解く為だ
決して飲みたかっただけじゃ無いからな」
飲みたかったじゃ無くて、飲みたかっただけじゃ無いと言う言葉に、ギルバートは苦笑いを浮かべた。
こうしたところが、アーネストの残念なところであった。
「それで?
領地が無い事は分かった
しかし何で贔屓になるんだ?」
「そりゃあお前が王子だからだ
勿論ボクも、そういった目で見られている
だから面倒臭いんだよ」
「そうか…」
「領地の無い貴族は、領地持ちの貴族より下に見られる
特に帝国との戦争を知らない世代からすれば、彼はただの爺さんだ
そうとう舐められていると思うね」
「なるほど…」
「そんな貴族が王子と親しくして、領地を貰ったり待遇が良かったりすると…
他の貴族はどう思う?」
「そりゃあ良い顔はしないだろうな」
「ああ
だからサルザート様は注意したんだ」
「しかし、貴族って面倒臭いな」
「ああ
だからオウルアイ卿も、そういうのが嫌で大人しくしてたんだろうな」
「変に見栄を張ったり、他人を蹴落とそうとしたり…」
「そういった事が無いから、ボクはお前やアルベルト様が好きだったんだ」
「はははは
そうだな、父上はそう言うのを嫌っていたからな」
「ああ
そういう考え方は貴族では珍しいし、異端だと思う
しかしボクとしては、そっちの方が好きだな」
カチャン!
アーネストが好きだなと言った直後に、ドアの外で音がした。
見るとお茶を用意したメイドが、入り口に立っていた。
「あ…」
「あのう…
お二人にお茶をと思いまして…
私は何も聞いてません」
「マズい!」
「え?
何が?」
「お二人がやっぱり、そんな仲だなんて!」
メイドは慌てて、ドアの脇のサイドテーブルにお茶を置いた。
そして脱兎の如く逃げ出した。
「へ?」
「ま、待て!
違うぞ!
誤解だ!」
アーネストも慌ててドアを開けると、メイドを追い掛けて行った。
普段は使う事も無い身体強化を使って、猛烈な速さで駆け出して行った。
「え…と?
何だ?」
ギルバートは訳が分からず、そのままお茶をテーブルに移動させて、ゆっくりと飲み始めた。
二人が何で走って行ったかは分からなかったので、そのまま待つ事にしたのだ。
「はあ、はあ…」
「お疲れ」
「はあ、はあ…」
「どうしたんだ?」
アーネストは30分ほどして、部屋に帰って来た。
大分走った様子で、肩で息をしていた。
「何でも、な…」
「そうか?
随分慌てた様子だったが?」
「良いか
変な噂が、あっても
変に狼狽えるな、はあ、はあ」
「噂?」
「ああ
気にして騒いだら
奴等の思う壺だ」
「んー…
分かった」
ギルバートは良く分からなかったが、取り敢えず話を合わせた。
それはアーネストの目が血走っていたからだ。
若干引き気味になりながら、先の話の続きをする。
「それで…
どこまで話たっけ?」
「ああ
オウルアイ卿の事だな?」
「他にあったか?」
「良い
忘れろ!」
「あ、ああ…」
どうしたんだろうと思いながらも、アーネストの勢いに負けて頷く。
それからもう少し話をした。
「兎に角、貴族は見栄と名誉を気にする
オウルアイ卿はそういうのが嫌で、今までは領地を持とうとしなかった」
「ああ」
「だが、彼ももういい年だ
孫に財産を残したかったんだろう
そこに来てこの話だ
渋々だが受ける事にしたんだ」
「なるほどな…」
確かにオウルアイ卿もバルトフェルドと同じで質素な暮らしをしていた。
同じ武人の出なので、華美な装飾より質素だが素朴な美しさを愛でていた。
「屋敷も飾っていなかったな」
「だろうな
その辺は聞いた話通りの人物なんだろう」
「だからギルも、あまり肩入れはしては駄目だ
あくまでもダーナの復興の為として動いてくれ」
「分かったよ
でも、兵士を鍛えるのは良いだろう?」
「それぐらいはな
ダーナは魔獣と魔物の楽園って事になっているし」
「はあ…
どうにかしないとな」
ギルバートはその後も、暫くアーネストと雑談をした。
終いには忙しいからと、部屋を追い出されてしまったが。
それでも有益な話を聞けて、上機嫌に部屋を出て行った。
アーネストの部屋を出てから、ギルバートは周りの様子がおかしい事に気が付いた。
男の使用人は困惑した顔をしているし、メイドはひそひそと話していた。
そして時々、メイド達が異様な視線で見ていた。
何となく居心地が悪くて、ギルバートは足早に私室に向かった。
私室までは身分が違うので、少し距離があった。
その為道中の視線が痛くて、何とも言えない気分になっていた。
しかし後で考えれば、この距離があったからまだマシだった。
隣の部屋とかだったら、益々あらぬ噂がされていただろう。
私室に戻って寛いでいると、ドアがノックされた。
「はい」
「私です」
「ドニスか
入って良いよ」
そこには困り果てた顔をした、執事のドニスが立っていた。
「どうしたんだ?」
「はあ…
あのう…」
ドニスは言い難そうに、言葉を選んでいた。
「アーネスト殿の部屋に行かれましたよね」
「ん?
そうだが」
「それで…
妙な噂が立っていまして
いえ、一応注意はしておきましたが」
「え?」
「アーネスト様が、殿下に愛の告白をしていたと…」
「はあ?」
「何やらメイドが聞いてしまったと
一応注意はしたんですが」
「ちょ、待てよ!
何でそうなるんだ?」
「はあ…」
「何やらメイド達の話では、頬を染めたアーネスト殿が殿下に好きだと囁いていたと…」
「はあ?
何でそうなった!」
ギルバートはドニスに、アーネストと話した内容を伝えた。
そしてどういう経緯で好きという言葉が出たか話した。
「えっと…
それでは単純に、人の生き方として好きだと?」
「ああ
そういう意味だぞ」
「ほっ
良かった」
「大体、何でアーネストが私を好きに…
嫌、意味が違うのか」
「そうでございますね
友として、親友としては、お二人は好きなんでしょうな」
「ああ
そういう意味だ」
「良かったです
お二人がそういう仲で無くて」
「そういう仲?」
「え?
ええっと…」
「ドニス
詳しく聞かせてもらおうか」
ギルバートは、退出しようとするドニスの肩を、がっしりと掴んだ。
そうして逃がさない様にして、しっかりと話を聞く事にした。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




