第28話
遂に始まった、砦奪還戦
第2砦の前に展開した両軍は、互いの力を見せつけるかの様に全力でぶつかった
果たしてこの戦いの勝者はどちらになるのか?
遂に開かれた戦端
先ずは先頭に立った魔物の3匹が遠征軍の先頭へ突撃する
それに対して遠征軍は、騎士団を先頭にして魔物の群れへと突っ込んで行く
遠征軍の陣容は、騎士団3部隊を先頭にして、その後ろへ歩兵部隊が従う。
騎士団は本来は突撃で効力を発揮するが、砦までの距離を考えると敵陣の構成もあって上手く突撃が出来ないでいた。
馬上から鎌を使って魔物を狩り取るが、対象が小型なのでなかなか上手く刈り取れず、攻めあぐねていた。
その穴を埋める様に、歩兵部隊が抜けて来る魔物に当たり、剣で群がる魔物に必死になって当たる。
「ええい、何をしておる
魔物が次々と抜けて来ておるわ」
「しかし、騎士ではあの魔物は相性は悪いですよ?」
「分かっておるわ
しかし…不甲斐ない」
将軍の苛立ちも分かる。
騎士が上手く立ち回れないばかりに、歩兵部隊に取り付かれて押されている。
騎兵部隊はその騎士団の両翼へ展開し、横からの急襲を警戒する。
弓部隊は距離がある為、後方の魔物には攻撃出来ず、かといって前衛は混戦している為に迂闊に攻撃出来ないでいた。
騎兵部隊の第2部隊だけは、先の件があって後方で待機させられていた。
その中で、戦闘に参加させてもらえない事で部隊長のジョンは苛立っていた。
「くそお
何でオレはここに居なきゃならないんだ」
ジョンは歯軋りをしながら戦場を見詰める。
部下達はそんな部隊長を見て、複雑な思いを抱く。
あんたが大隊長に逆らうからだろうが
内心、そう思っている部下も居たが、口に出して言う事も敵わず、黙って見ていた。
「思わしくないなあ」
大隊長は戦場を眺めながら、指示を出すべきか思案する。
敵の陣容は、隊長格を中心に300ほどの魔物が1軍として、横並びに5軍が並行して進んでいる。
左右の1軍がじわじわと前へ出て来ていて、騎兵部隊が苦戦していた。
「この状況で伏兵が居たら、左右から攻められたら危険ですね」
「そうじゃなあ
このままでもじわじわと削られる
正直、状況は思わしくないな」
先頭に突出した3匹の魔物は、騎士団の隊長と交戦しており、それも一進一退であった。
「あの魔物を倒せれば、もう少し前へ出て詰めれるのじゃが…」
「おっ?
1匹倒した様ですよ」
遂に隊長が魔物の1匹に止めを刺し、前線の拮抗が崩れた。
「よしっ
そのまま前へ詰めろ」
魔物の前線の勢いが削がれ、少しずつ遠征軍が前へ出る。
それに対して、魔物達は中央へ向かって動き始めた。
しかし、それが徒となって、残りの2匹の隊長格も倒された。
「やったぞ」
「ここが勝機ですね
よし…」
将軍が喜び、大隊長が進軍を告げようとした時、不意に魔物の怒号が響いた。
グゴオオオ
ボスの魔物の声に、先頭の騎士達も思わず怯む。
そして砦から追加の魔物が現れる。
やっと正面が崩れ始め、数を減らし始めたと思ったのに、そこへ魔物が1000近くも出て来たのだ。
「マズい
弓部隊、正面に向けて撃て」
「しかし、それでは混戦している場所に落ちるかもしれません」
「構わん
ここで抜かれる方がマズい
正面上目で撃て」
「はい」
大隊長の指示に、弓部隊は必死に引き絞って撃つ。
幸い、矢は味方の頭上へ落ちる事もなく、後続で加わった魔物の上へと降り注いだ。
ギャオウ
グギャア
魔物の悲鳴が響き、なんとか前線が崩れる事を阻止出来た。
「次々射込んでやれ
ただし味方に落とさない様に注意してな」
そんな無茶な
勘弁してくれよ
そう思いながらも、弓部隊は必死になって矢を撃ち続ける。
中には引き絞りが足りなくて、味方の方へ飛ぶ矢もあったが、混戦していたので魔物に当たっていた。
やべっ!!…よかった、魔物に命中した
ミスした者も思わずホッと胸を撫でおろした。
再び前線は膠着状態になり、一進一退の攻防が続く。
「少しづつ被害が出ていますな」
「仕方がないとはいえ、騎士団にも犠牲が出ておる」
見ると、数名の騎士が馬から引き摺り下ろされ、死んでいる者も居た。
馬も数頭が首を切られて死んでおり、怪我をして動きが悪くなっている馬も居た。
そして、ここで再びボスが大声を上げた。
グガオオオ
繁みから伏兵が飛び出る。
「いかん!
騎兵隊で押さえろ!」
「ダナン!
アレン!
左右から伏兵だ!!」
全体を見渡していた二人はすぐさま気付き、部隊長達に指示を出した。
ダナンもアレンも混戦に押されて苦戦していたが、大隊長の声に気が付き、すぐさま両翼に迫る魔物に対処しようと指示を出す。
「左方から来てるぞ
そっちへ3人でいいから支えろ」
「右の敵に注意しろ
前方はオレが支える!」
うおおお!
ギャギャギャア
たちまち左右に魔物が群がり、一瞬両翼が崩れかける。
だが、伏兵が200匹程度だったのが幸いして、何とか持ち堪える。
「魔物は…これで全部か?」
「恐らくは」
以前、一進一退の攻防が続くが、このまま持ち堪えれば何とか勝てそうだ。
将軍も勝利を確信して、より被害を減らす様に細やかな指示を出した。
「騎士団
そのまま前へ出ながら左右へ切り込め
歩兵部隊は中心を前進して切り崩せ」
そう指示を出すと、将軍は鎌を部下に預け、馬を前へ進めた。
「将軍?
どちらへ?」
「ちょっと片付けがあるからのう」
「まさか!!」
大隊長は将軍の言う片付けに気が付き、止めようと前へ出た。
「ダメですよ
あなたはこの軍の将軍なんですよ!」
「だがなあ
アレに敵う奴が居るのか?」
「しかし!」
将軍は大隊長の肩に手を置き、優しく微笑んだ。
「これはワシの仕事
そして我儘じゃ」
「しかし、師匠!」
「後は任せるぞ」
「師匠!!」
大隊長はそれ以上は何も言えず、将軍の背中を見送る。
そうして将軍は、ゆっくりと馬を進めて前線へと向かう。
途中で向かって来る魔物も居たが、一刀の元に両断する。
「死にたくない者は下がれ
ワシが用が有るのは…
将軍の気迫の籠った声に、魔物も人間も道を開ける。
そして道が開けた先に、魔物のボスも得物を持って出て来る。
気が付けば、両軍とも戦闘を止め、これから起こる事を見守っていた。
静まり返った前線で、両雄が向かい合う。
示し合わせた様に、両軍の部隊が下がって開けた場所が出来る。
そこで向かい合って、得物を構える。
「これ以上、お互いに兵は失いたく無いからな」
グホホウ、グギャア
「何か言い残す事はあるか?」
グギャ?
グギャグホホ
魔物は首を傾げ、その後に何も無いという感じに首を振った。
「そうか…」
グギャア
「では…
始めるか」
ギャギョウ
二人は正面に構えて見つめ合う。
合図も何も無く、同時に突っ込んで打ち合う。
「ぬおおおりゃああ!」
グギャオオオ
バキーン!
激しく武器がぶつかり合い、火花が飛び散る。
将軍は広刃の重量のあるブロードソード。
魔物のボスは戦闘用の大きなバトルアックス。
まともにぶつかれば、剣の方が壊れてしまいそうだが、将軍の剣は国王に賜った上質な鉄をふんだんに使った剣だ。
そこいらのバトルアックスでは文字通り歯が立たないだろう。
しかし、魔物の持ったバトルアックスも業物なのか、将軍の剣とぶつかっても欠ける事も無かった。
中央で刃を軋ませながら、両者共譲らず押し合う。
「ほう
やるではないか」
グギャウ
お互いが相手を好敵手と認め、弾くと距離を取る。
「はああ!」
グギャッ
ガイイン!
再び振り下ろした刃が、中央でぶつかり火花を上げる。
そこから右袈裟懸け、振り抜き、距離を取って肩からタックルと続け様に攻撃するが、ボスも負けじと斧を振り回して打ち合う。
数合打ち合っては離れ、また突っ込んでは打ち合う。
両者の実力は拮抗しており、まるで示し合わせたかの様に打ち合い続けた。
「ふっ
楽しいのう」
グギャッ
ガツン!
「若者が楽しんでおったが」
グギャギャ
ゴガン!
「これは、確かに」
グホーウ
ガイン!
二人は、まるで恋人達が会話を楽しむ様に打ち合う。
時には甘く、時には激しく、二人は互いを求めて打ち合う。
しかしその時は、唐突にやって来てしまった。
将軍の足元がふらつき、魔物の攻撃に後ろへ下がる。
魔物は残念そうな、それでいて悲しそうな表情を浮かべて将軍を見る。
「歳は、取りたく、無いな…」
グギャア
沈痛な面持ちで、魔物は武器を構える。
「将軍!」
大隊長も思わず叫び、剣を握りしめる。
「まあ、待て…
取って置きを、見せてやる」
ガラン!
隊長はブロードソードを放り投げ、腰のショートソードを抜く。
ギャガ?
魔物は怪訝そうにそれを見る。
今更そんな物で、何をする気だ?と言いたげに首を傾げる。
「ワシが、昔
黒狼の牙と、言われたワケを、今」
今までは上段か中段で構えていた将軍が、不意に腰を落として低く構えた。
「ぷふー…」
息を吐き出すと、周りの空気が変わる。
それを見て、魔物も隙無く身構える。
「見せてやろう!!!」
低い姿勢のまま、将軍は飛び出す。
ギッ?
ガキン!
「ふううん!」
グギャッ
ザシュッ!
素早く低い姿勢から胴を狙い、一撃目はかろうじて斧で弾かれる。
しかし踏み切った反動で2撃目が放たれ、魔物の右肩を切り裂く。
「将軍?」
今までに見た事の無い素早い剣術。
しかもダーナや帝国で使われる正当帝国剣術とは違った変わった剣筋であった。
「あれは…
ギルバートが使っていた剣術?」
隊長はギルバートの方を見る。
当のギルバートは身長が低いので見えていなかった。
「ふぬあああ!」
グギャアア
ズシャア!
ザクッ!
将軍は更に踏み込み、すり抜け様に小剣が閃く。
魔物の左手が切り飛ばされたが、代わりに将軍の背中がざっくりと切り裂かれる。
「ぐふっ」
将軍は折り返そうと踏ん張るが、背中の傷が深くて、痛みからバランスを崩す。
グギャギャギャ
魔物は斧を構え、ゆっくりと将軍に近付く。
片手になっていたので、注意深く斧を振り上げて、膝を着いている将軍の頭を目掛けて振り下ろす。
「後は…
頼むぞ…」
将軍は最後の力を振り絞って、小剣を突き出しながら突っ込んだ。
グ…ギャア…
ズガッ!
ガスッ!
相打ち…。
将軍の小剣が魔物の喉を貫き、魔物の斧が将軍の左肩から肺を断ち切り、腹まで切り裂いていた。
「将軍!
師匠ー!!」
両軍は指揮者を失い、混乱していた。
しかし、後方から不意に声が上がった。
「今だ!
魔物を皆殺しだー!!」
叫んだジョンが後方から走りだし、前衛へ駆け出しながら魔物へ切り掛かって行った。
魔物はボスを失って動揺していたため、次々にジョンに切られていった。
「死ね!
死ねー!
はははははは!」
ほとんど抵抗も出来ない魔物を、一方的に切り殺していく。
しかも狂った様に笑い声を上げながら切り殺していく様は、両陣営を恐怖に陥れて身動きを取れなくさせていた。
次第に恐怖に支配された魔物も徐々に逃げ始め、正気に戻った大隊長が叫ぶ。
「誰か
誰でもいい、ジョンを止めてくれ」
「ひ、ひゃははは
逃げるな!
死ね、死ねー!!」
「おい!
もう止せ!」
「止めるんだ!」
既に魔物は逃げ始めていて、魔物には既に交戦意思は失っていた。
それを半ば狂った様に、ジョンは追い掛けて殺そうとしていた。
騎士団が間に入り、ジョンを拘束しようとする。
「何だお前らは!!
魔物は皆殺しだろうが!
離せ!離せー!」
「止めろ!」
「もう終わったんだ!」
尚も執拗に魔物を殺そうと、ジョンは拘束しようとする騎士達に抗おうとする。
兵士の一部はその様を見て、武器を仕舞って事の成り行きを見守った。
「ジョン…」
「どうしちまったんだよ?」
ダナンとエリックは錯乱したジョンを見て、呆然としていた。
そして騎士の拘束を振り切り、再びジョンは身構えた。
「分かったぞ
お前ら魔物の仲間だな?」
「何を言ってるんだ?」
ジョンは血走った目で騎士を見て、ヘラヘラと笑う。
「魔物と協力してるんだろう?」
ジョンが剣を振るってきたので騎士は避ける。
「ロンを返せよ…」
「はあ?」
「おい
お前、本当に大丈夫か?」
ジョンは更に剣を振り回す。
騎士はそれを避けながら、ジョンの様子に狂気を感じて肩を竦める。
「こいつ…
本当に大丈夫か?」
「仲間がやられて…
おかしくなっちまったのか?」
「ロンを返せ!
返せよー!」
「目を覚ませ!」
騎士は遂に我慢が出来なくなって殴り飛ばした。
そして他の騎士が気絶したジョンを後ろ手に縛って、身柄を拘束した。
大隊長は騎士達に近付き、謝罪をした。
「すまない
オレの部下が迷惑を掛けた」
「いいって」
「仲間を無くしたんだろう
私達だって仲間を無くしたら…
そう思ったら他人事では無いから」
「すまない…」
大隊長は兵士を呼んでジョンを連行させた。
「ところで
ヘンディー大隊長
よろしかったら部隊に指示を出してもらえないか?」
「私達の将軍は…」
「指揮を執る者が最早居ないんだ」
「しかし、オレは騎兵部隊の隊長でしかないんだぞ?」
「だが、君は将軍のお気に入りで、最近は指揮の執り方とか教えてもらっていただろう?」
「あれは将軍なりに、後の事を考えていたんだよ
事後処理を任せたいって」
確かに将軍には色々教えられていた。
それに最期の言葉は後を頼むだった。
恐らく、将軍は最初から死ぬ気だったのだろう。
自分の命と引き換えに、ボスを倒せれば良し。
倒せなくても、少しでも手傷を負わせて勝てる様にしたい。
そう思って遺言を残して行ったのだろう。
「将軍…」
将軍の遺体は騎士が用意した担架に乗せられ、砦の中へと運ばれて行った。
魔物達は戦場から逃げ出し、砦の中には居なかった。
「分かりました
不肖ヘンディー、及ばずながら務めさせてもらいます」
「うむ
頼んだよ」
「そう硬くならなくていいから」
「そうそう
将軍なんていつもいい加減で…
いい加減で…ぐすっ」
「おい
泣くな…」
騎士団の半数近くが涙を堪えて片付けを行っている。
将軍はそれだけ愛されていたのだ。
師匠
貴方の弟子として恥じない様に頑張ります
見守っていてください
大隊長はそう胸の奥に誓って、部隊の指揮に回った。
泣き出したくなる気持ちを押さえて。
将軍の捨て身の戦いが功を奏して、砦は奪還出来ました
しかし、魔物討伐はこれからです
逃げた魔物がいますし、他の集落にも居る可能性があります
ともあれ、魔物に奪われた砦は、遂に奪い返しました




