第278話
メイド達がスープを温め直し、再び昼食が再開した
今度はギルバートも席に着いて、食事に手を付けていた
サルザートも席に着いて、羊皮紙はテーブルの隅に置いていた
このまま和やかに、食事が進むと思っていたのだ
しかし思わぬ事から、再び議論が始まってしまった
ギルバートはサラダに手を付けながら、豚肉にソースを掛けていた
そしてソースを掛けた肉を、サラダの上に載せていた
香辛料と果物を煮込んだソースは、サラダにもよく合っていた
それを食べながら、ギルバートは何気なく質問をした
「オウルアイ卿の私兵なんですが…
練度は高いんですか?」
「うん?
そうじゃなあ
魔物は知らないが、並みの兵士なら勝てんじゃろう」
「それほどですか?」
「ああ
ロバートは腕利きの騎士じゃった
それに息子も、子爵を授かるほどの騎士じゃった」
「そういえば、その方は亡くなられたと…」
「うむ
先のフランドールが活躍した戦い
あの魔物との戦いで命を落とした」
「そうなんですか」
「片や魔物を多く倒した英雄
片や仲間を庇って、魔物に殺された悲劇の騎士
当時はそうやって噂になったもんじゃ」
「仲間を庇ったんですか?」
「ああ
確かフランドールの部隊も、彼が立ちはだかったおかげで戦えた
しかし戦闘が終わった頃には、そこには息をする者は居なかった」
「え?
それでは庇ったと言うより、囮にされたのでは?」
「ああ
当然当時は、その様な批判もあった
しかしフランドールが勝ったおかげで、王都には魔物が来なかった
それもまた事実じゃ」
「そんな…」
「そんな事があったからこそ、ワシは心配しておる
いくら腕が確かでも、仲間を庇っていては何れは力尽きるじゃろう
ワシは其方に、そんな目にあって欲しくない」
「大丈夫ですよ
親衛隊は並みの魔物なら負けません
オーガにだって…」
「そうやってハロルドは、大丈夫だと言って魔物の群れに向かったそうじゃ
そして…」
「私も心配だわ
あなたに何かあっては…」
「くっ…」
国王夫妻が心配するのは当然だろう。
しかしギルバートとしては、自身の腕には自信があった。
このままではマズいと判断して、話題を変える事にした。
「ところで国王様
移民の事なんですが…」
「ん?」
「移民以外に、冒険者や職人を連れて行ってよろしいでしょうか?」
「どういう事じゃ?」
「冒険者を募って、魔物を討伐する様にしたいんです
そして魔物の素材を使って、強力な武器を作る」
「ふうむ
以前にダーナが行っていた事か?」
「はい
今は魔鉱石が鋳造出来る様になりました
もっと簡単に武器が作れる筈です」
「しかし、オウルアイにそこまでの予算があったか?」
「いえ
ですから魔物の素材を使って、冒険者や売り物用の武具を作ります
それを隊商に売れば、ダーナに金が入る様になります」
「なるほど
魔物の素材を特産にするか…
出来そうか?」
「はい
その為に、ギルドには相談をしております
明日にでも侯爵に相談して、話を纏めようと思います」
「ううむ
上手く行きそうなら良いが…
ワシからは支援は出来んぞ?」
「はい
必要なら、私の手持ちを使います」
「まだ王子としては、予算などは与えておらんが?」
「先日の褒賞がありますし、ダーナで稼いだ金も残っております」
「ううむ」
国王は少し考えてから、首を振りながら答えた。
「駄目と言ってもやるんじゃろう?」
「はい」
「それならば、ワシからは許可するとしか言えんな」
「ありがとうございます」
ギルバートはお礼を述べると、頭を下げた。
それから食事を終えて、メイドにお茶を頼んだ。
「はあ…
早く落ち着いて欲しいんじゃが」
「そうは仰られても、ダーナを立て直すのが先決です
このままでは、他国との貿易が途絶えます」
「そうなのじゃが…
早く帰るんじゃぞ
戴冠式も延期するからな」
「はい」
「帰ったら婚約の披露もあるからな」
「はい」
国王が流れに乗せて発言した。
しかしギルバートは、まだ気付いていなかった。
「間違っても子供は帰還してからだからな」
「そうです…
ん?」
「ダーナで作るでないぞ」
「そうね
ちゃんと正式に結婚してからですよ」
「ちょっと待って
何の話?」
「ん?
イーセリアとの婚約の話じゃろう」
「何でそうなるの?」
「大体、ダーナには畑が無いって言ったでしょう」
「何で畑じゃ?」
「え?
だって子供は、キャベツの中から産まれてくるって…」
「な!
はあ…」
「サルザート
この子はそんな事も知らないの?」
「そうみたいですな
ぷっくくく」
「え?」
「まあ良い
婚約の発表は帰還してからじゃ」
「だからセリアは妹で…」
「アルフリート
年頃の若い娘を同行するんですよ
世間体を考えなさい」
「しかし妹で…」
「それはダーナに居た頃の話じゃ
今の其方は、この王国の王子じゃ
アルベルトの息子では無い」
「そうよ
それが年頃の娘と旅をするんですよ
ちゃんと責任を取りませんと」
「ええ??
何でそうなるんですか」
「それが世間で言う責任の取り方です」
「そうじゃぞ
嫌なら他の貴族の子女を娶る事になるが?
それでも良いのか?」
「そうですな
そうなればイーセリア様は、殿下にお手付きされた後に、捨てられた事になりますな」
「まあ
それは世間体が悪いわ」
「勘弁してください」
ギルバートは茶を飲み干すと、そのまま食堂を出て行った。
残された国王夫妻は、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「少し揶揄い過ぎたかのう?」
「そうかしら
あの子も年頃よ
そろそろ身を固める必要があるわ」
「ですが、少々お遊びが過ぎましたな」
サルザートも肩を竦めて、ギルバートが出て行った方を見た。
「じゃがのう
実際に婚約は必要じゃ」
「それはそうですが、少しは殿下の気持ちも考えた方が…」
「でも、あの子は気に掛けているのは本当よ
態度に出ていたわ」
「下手に貴族の子女を宛がうよりは、イーセリアの方が良さそうじゃのう」
「陛下
それは帰還してからでよろしいでしょう
どの道殿下は、まだ世継ぎの作り方を知りません」
「そうですよ」
「そうかのう…」
三人はギルバートの気持ちは兎も角、帰還してからは戴冠式と婚約は必要と考えていた。
ハルバートの年を考えれば、そろそろ世継ぎを産んでもらう必要があるのだ。
そして国政を継いで、早く国内を安定させたかったのだ。
国王達が盛り上がっている間に、ギルバートは私室に戻っていた。
表情は怒っていたが、内心では自分の気持ちが分からなかった。
セリアを婚約者と指名された時に、ギルバートは激しく動揺していた。
今までセリアの事を、妹としか見ていなかった。
年頃と言われて、初めて女の子として意識したのだ。
「何だって国王様は、セリアを婚約者だなんて…」
そう言いながら、ギルバートはセリアを思い出していた。
それは可愛い笑顔をしていて、精霊を抱いている姿だった。
「セリア…
いや、ダーナを立て直すのが先だ」
ギルバートは頭を振って、変な考えを追いやろうとした。
しかしそう考えれば考えるほど、セリアの姿を思い浮かべていた。
いつの間にか、セリアをそれだけ大切に思っていたのだ。
「うーん…」
ギルバートは暫く部屋をうろうろしていたが、仕舞いにはベットに倒れ込んだ。
そして思考を放棄する様に、そのまま眠ってしまった。
セリアはその頃、庭園の整備を終えていた。
後はそのまま、離宮に住む事になる。
しかしギルバートの事が気になって、彼の私室の前に来ていた。
「あれ?
セリアじゃないか」
「アーネスト」
セリアはニッコリと笑って、兄の親友に抱き着いた。
アーネストはセリアを抱きかかえると、そのまま持ち上げてあげた。
魔術師とはいえ、身体強化を使えばそのくらいの事は出来るのだ。
セリアが身長が低くて、体重も軽い事もあったが。
「どうしたんだ?」
「んとねえ
お兄ちゃんに会いに来たの」
「そうか
ギルは部屋かな?」
アーネストはそう言うと、ギルバートの私室のドアに手を掛けた。
部屋に居るので、ドアに鍵は掛かっていなかった。
不用心だと思いながらも、アーネストはドアを開けた。
「おーい
ギル
セリアが来ているぞ」
しかし返事が無かった。
中を覗くと、ギルバートは大の字にベットに寝ていた。
「何だ、寝てるのか?」
「え~
お兄ちゃん寝てるの?」
セリアは頬を膨らませながら、兄の私室に入った。
「おい
いくら妹だからと言って、男の部屋に勝手に入るのは…」
「良いじゃん」
セリアは頬を膨らませながら、ずかずかと部屋に入って行った。
そしてベットに近付くと、ギルバートの隣にダイブした。
「こらこら
年頃の娘がはしたない」
アーネストはそう言いながら、ニヤニヤ笑って見ていた。
その時、不意にギルバートが呟きながら、セリアを抱き締めた。
「うーん
セリア…」
「へ?」
「お兄ちゃん
えへへへ」
セリアは満更でも無い笑顔を浮かべて、兄に抱き着いた。
「おいおい
それはマズいだろ」
「んあ?」
「うふふふ」
ギルバートはゆっくりと目を開ける。
そして寝惚けながら、セリアが抱き着いているのを確認した。
「えへへへ
セリア」
「おにいちゃん」
「え?
ええ??」
アーネストは驚き、動揺した声を上げた。
その声でギルバートは、一旦閉じた目を見開いた。
「んあ?
え!!」
「んふふふ」
ギルバートはセリアを放すと、ガバリと慌てて起き上がった。
「え?
何で?」
「お兄ちゃん
うふふふ」
「いや、これは夢だ
夢の続きだ」
ギルバートはブツブツ言いながら、慌ててベットから飛び降りた。
セリアは嬉しそうな顔をして、うっとりとギルバートを見詰めていた。
アーネストはいつの間にか、部屋の外に出ていた。
そして誰も入れない様に周りの様子を見ていた。
「な、これ?
どういう事だ」
「うふっ
嬉しい」
「何でセリアがここに?」
「お兄ちゃんに会いに来たの」
「いや、だからって黙って部屋に入って…」
「ちゃんと声は掛けたよ
アーネストがドアを開けたんだから」
「アーネスト?
あいつはどこに?」
「知らない」
セリアはそう言いながら、嬉しそうにギルバートに抱き着いた。
「こら
セリア
男の部屋に入って、抱き着いたら駄目だろ」
「何で?」
「何でって
私も男だぞ」
「でもお兄ちゃんだよ
セリアの大好きなお兄ちゃん」
「うぐ…」
セリアの様子を見れば、動揺する自分の方がおかしいと思った。
しかし先ほどの国王の話から、知らぬ間にセリアを意識していた。
抱き着いたセリアの顔を見ると、何故か動悸が激しくなっていた。
そしてセリアの笑顔を見ると、知らぬ間に頬が紅潮するのを感じた。
何だ?
どうしたんだ?私は?
セリアは妹だぞ
そう思いながらも、無意識にセリアの顔を見詰めていた。
「なあに?
お兄ちゃん」
「な、何でも無い」
「ふみゅ?
変なの?」
セリアは首を傾げると、可愛い笑顔を浮かべていた。
ギルバートはさらに顔が紅潮するの感じながら、セリアを引き剥がしていた。
「男の人に抱き着いたら駄目だろ」
「何で?」
「いいから…」
「嫌あ
や~なの」
セリアを無理矢理引き剥がして、慌てて部屋から摘まみ出す。
しかしセリアは、部屋の前で膨れっ面になって睨んでいた。
「何で駄目なの?」
「駄目なものは駄目だ」
「何でなの?
むう~」
セリアは膨れっ面で睨みながら、地団太を踏んだ。
「ほら
あんまりギルを困らせるな」
アーネストが近づいて、セリアの頭を撫でた。
「お兄ちゃんはどうしたの?」
「さあ?
年頃の男は難しいからな」
「むじゅかしい?」
「ああ
難しいんだ
そっとしておいてやろう」
「んむう」
「さあ、焼き菓子でも食いに行こう」
「焼き菓子?」
膨れっ面になっていたが、焼き菓子と聞いて、セリアは機嫌を直した。
そしてアーネストに手を引かれて、そのまま食堂に向かった。
そとからセリアの声が聞こえなくなって、ギルバートはホッと溜息を吐いた。
「はあ…
危なかった」
何が危ないかよく分からないが、ギルバートの心は大きく乱れていた。
何かよく分からない感情が、胸の奥で渦巻いていた。
アーネストがセリアを連れて行ってくれたおかげで、ギルバートには落ち着く時間が出来た。
おかげで落ち着いて、気持ちの整理が出来た。
まだ、胸の奥ではもやもやする物があったが、何とか気持ちを落ち着けられた。
そしてこの気持ちが何かを、必死になって考えた。
ふと、抱き着かれた時のセリアの、柔らかさと匂いが思い返された。
それに再びもやもやした気持ちになるが、必死に頭の隅に追いやった。
考えてみれば、先ほど国王からセリアとの婚約を言われてからだ。
それまではセリアに、こんな気持ちは持たなかった。
「弱ったな…
後でアーネストに相談してみよう」
この気持ちがよく分からなかったので、アーネストに相談する事にした。
彼は聡明なので、この程度の事は簡単に分かるだろう。
今はそれよりも、ダーナの建て直しをどうするかが重要だった。
セリアに変な感情を抱いている場合では無かった。
無かったのだが、思い出すとまた、胸の奥がもやもやしてきた。
「どうしたんだろう…
こんなんじゃあダーナに行くのに支障が出るぞ」
ギルバートは、自分の中のもやもやに悩みながら、書類の作成に掛かった。
明日にはオウルアイ卿に会いに行く。
その際に話し合う内容を、纏める為に書き出していた。
まだまだ続きます。
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