第277話
ギルバートは、先ずは侯爵に面会の約束を申し込んだ
先に侯爵と話をした方が確実だと考えたのだ
ギルドで相談するのは、ある程度話が纏まってからでも良かった
逆にギルドで話が纏まってから、侯爵の側で都合が付かない方が問題だろう
侯爵の方で問題が無ければ、この話は纏まりそうだった
オウルアイ卿の側としては、その日でも問題は無かった
しかし一日に何度も向かうのは、周囲の目の問題もあった
そこで翌日に面会する事にして、今日のところは王城に居る事にした
王城にはアーネストも居たが、翻訳の邪魔になるので会いに行けない。
だからと言って、ジェニファーやフィオーナは離宮の改装に忙しかった。
壁や内装は職人が請け負っていたが、食器や小物は二人が選んでいた。
それに合わせて、家具の種類も変更されていた。
今までは新婚向けだったが、新しい家具は家族向けだった。
ギルバートは離宮を覗いたが、予想通り忙しそうだった。
室内に入らないで、外の庭園に向かう。
ここはセリアの専用の庭になっていて、さっそく花壇が造られていた。
「お兄ちゃん」
「セリア
良い子にしてたか?」
「うん」
ギルバートはセリアの前に来ると、優しく頭を撫でた。
セリアは嬉しそうに撫でられて、さっそくノームを呼びだした。
セリアはノームにお願いして、花壇の横の畑を耕し始めた。
ノームは魔法を使って、器用に土を掘り起こして行く。
掘り起こした土の中に、セリアは種芋を入れて行った。
「こうしておくと、夏までには芋が出来るよ」
「へえ
芋か」
「うん」
「芋はどれぐらい出来るのか?」
「うーん
うちで暫く食べられるぐらいかな?」
「そんなにか?」
「うん」
ギルバートはセリアの言葉に驚いていた。
家族で暫く食べれるとなれば、それなりの量になる。
それならと、ギルバートは質問してみる。
「なあ
セリアがお願いしたら、精霊さんも協力してくれるのかな?」
「うみゅ?」
「ダーナ…
前にセリアが住んでいた街があるだろ」
「うん」
「あそこでこれから、沢山の人が住み始めるんだ
それでな、畑が駄目になっていたのは知っているか?」
「うーん…」
セリアは精霊に話し掛ける。
精霊はセリアにだけ分かる様に、何事か呟いていた。
「うん、分かった
ありがとう」
セリアが答えると、精霊は再び作業に戻った。
「あのね
街全体が穢れているんだって
だから精霊さん達でも、すぐには無理だって」
「そうか…」
「でもね
セリアが一緒に来たら、少しは良く出来るかもって」
「え?
どういう事だ?」
「うーん
セリアが居ないと、精霊さんも力を…はっき出来ない?
だから一緒に来てくれるなら、頑張ってみるって」
「そうか…
セリアが一緒ならか…」
ギルバートが精霊の方を見ると、精霊はそっぽを向いて作業を続けた。
それはまるで、照れて背中を向けている様だった。
しかし、セリアを連れて行くには、色々問題があった。
先ずは国王を説得する必要がある。
それからセリアの素性を隠す為にも、ギルバートが着いて行く必要があった。
他の者に任せたら、セリアの秘密がバレてしまうからだ。
「セリアは…
ダーナに着いて来てくれるか?」
「うん
またお兄ちゃんと旅に出れるんでしょう?」
「ああ
そうだな」
ギルバートは国王に話をする為に、執務室に向かう事にした。
王城に戻ると、執事のドニスが待っていた。
「殿下
そろそろ昼食のお時間ですが」
「そうだな
準備は出来ているのか?」
「はい」
ドニスに案内されながら、ギルバートは食堂に向かった。
しかし今日は、普通の食堂では無かった。
ドニスが案内したのは、国王が使っている食堂だった。
そこには国王が待っていて、昼食の準備が出来ていた。
「すまんな
少し話があってな」
国王の隣には、王妃も同席していた。
そしてテーブルには、国王にふさわしい食事が盛り付けられていた。
食事は春野菜のサラダに、今年獲れた豚肉が添えられていた。
そこに白パンと野菜のスープが置かれて、デザートには果物が用意されていた。
豪華な食事を前にしながら、国王はじっと座って待っていた。
ギルバートと何か、話をする為だった。
「黙って立ってないで、早く座りなさい」
「はい」
エカテリーナに言われて、ギルバートは席に着いた。
国王は葡萄酒を開けると、グラスに注いでギルバートに渡した。
「さて
こうして席を作ったのは他でもない
お前がダーナに行きたがっていると聞いたからだ」
「う、ぐふっ
いきなりですか?」
国王の言葉に、思わずギルバートは咽た。
口元をナプキンで拭いながら、真剣な表情で国王を見た。
「言っておきますが、これは重要な事です
ダーナを立て直すには必要なんです」
「いや
お前の気持ちも分かるが、オウルアイも腕利きの騎士だった
多少の魔物なら、後れを取る事も無いぞ」
「そういう事では無いんです」
「いや
それは魔物の脅威もありますけど…
オーガとか並みの騎士では勝てませんし」
「しかしそれは、お前でも危険だって事だろう」
いつになく、国王は厳しい口調で答えた。
確かに魔物が強いのなら、ギルバートも危険な可能性がある。
いくらギルバートが強くても、それは一人だけ抜きん出て強いのだ。
それに部下を守りながらでは、思わぬ危機が訪れる場合もあるのだ。
そうした事を考えて、国王は反対しているのだ。
「魔物が強いのは知っておる
だがそれなら、お前が騎士達を鍛えれば良いだろう?
移住するまでまだ時間がある
それまでに鍛えれば良いだろう」
「そうですね
確かにそれは必要です
暖かくなって、また魔物が増えてきています
戦力の増強は必要でしょう」
「なら、魔物を討伐する許可も出そう
お前が前線に立つのは許さんが、兵士や騎士に討伐訓練をさせる
それで問題は無いじゃろう?」
しかしギルバートは、頭を振ってそれを否定した。
「いいえ
問題はそこではありません」
「ん?」
ギルバートは食堂を見回して、メイドや執事が居る事を確認した。
「その前に
国王様、人払いをお願いします」
「な…」
「聞かせれない話がございます」
「この者達が信用出来ないと申すか!」
「いえ
知らない方が良い事もあります
ですから彼女等を退室させてください」
ギルバートは、暗に知る事で、危険に巻き込むと知らしめた。
国王はギルバートをきつく睨んだが、ギルバートは黙ってそれを見つめ返した。
「あなた…」
「ううむ…
分かった
みなの者、一旦退室してくれ」
メイド達は黙って頷くと、静かに食堂を出た。
残されたのは国王夫妻とサルザート、それに執事のドニスだった。
「殿下
私はどんな拷問を受けようとも、決して秘密は洩らしません」
「ドニス
私が言っているのは、その秘密を知る事で命を狙われる可能性があると言っているのだ
出来ればあなたにも…」
「いいえ
でしたら尚更、私はここに残って聞きます
殿下の秘密を守る為に」
「はあ…」
ギルバートは溜息を吐きながら、首を振った。
しかしドニスが覚悟を決めているのを見て、これ以上言うのを諦めた。
「では、秘密を守る為に死ぬ様な真似はしないでくれ
そうされると私が悲しいから」
「はい
その様に努力いたします」
ドニスは執事だが、最低限の武術も身に着けている。
王子の執事であるのだから、当然と言えるだろう。
「では、お話し致します」
「うむ」
「国王様は、先日話したセリアの事を覚えていますか?」
「ああ
お前が可愛がっている娘だな」
「まあ
そんな子が居ますの?」
「ちょ、待って
妹ですから」
「ふふふ
良いではないか
あれは将来が楽しみじゃぞ
さぞ美人になるじゃろう」
「国王様!」
「あ…
すまんすまん」
国王はギルバートが真剣になって怒っているのを見て、素直に謝った。
「それでセリアの事なんですが…
本当に覚えているんですか?」
「勿論じゃ
お前が妹として迎えた子じゃな」
「そうじゃなくて
彼女が精霊女王である事です」
「む?
それが何か?」
「精霊女王である為に、精霊様と話せて…
精霊様にお願いも出来ます」
「うむ
そういう話じゃったな」
「ええ
それで彼女が居れば、弱い魔物は近付けません
そこまでは話しましたよね」
「ああ
何じゃ?
あの子をダーナに住まわせるつもりか?」
「うーん
ちょっと違いますね
数年の間
ダーナが落ち着くまでの間、居てもらおうと思っています」
「ん?
どう違うんじゃ」
「ずっとは居ませんよ
それにあの子は、私の側に置こうと思っています」
「ほう」
国王の目が、何かを感じて輝いていた。
そして王妃も、勘違いして嬉しそうにしていた。
「まあ
それは喜ばしい」
「そうじゃな
出自には問題はあるが、アルベルトの養女になっておる
侯爵令嬢なら問題あるまい」
「ん?」
「側室は兎も角、正妻はどなたにしようか迷っていたのよ
あなたに想い人が居るのなら、それはそれで良いと思うわ」
「ああ
今は国外から迎え入れる必要も無い
それならば、正妻は好きな娘を選ばせたいと思っておったのじゃ」
「はあ?」
「陛下
殿下の仰っているのは、意味が違うと思いますぞ」
サルザートは理解していたので、慌てて国王の言葉を遮った。
しかし国王夫妻は勘違いをして、嫁候補が決まったと喜んでいた。
そして、ドニスはそんな様子を見て、苦笑いを浮かべていた。
「国王様
セリアは妹ですよ」
「いや
お前はアルベルトの息子では無い
ワシの息子じゃ」
「ですから安心して良いのよ
その子も養女ですので、婚姻を結ぶに当たっては問題はありませんわ」
「だから違うって」
「それに
セリアは精霊女王ですよ
私達とは違うんです」
「どう違うんじゃ?」
「あら?
後継ぎは産めないのかしら?」
「それは知りませんが…
ハイエルフって聞きましたよ?」
「な!」
「ハイエルフって、確か物語に出て来る」
「そうじゃな
既に滅んだと聞いておったが」
「私も詳しくは知りません
ただ、エルリックがそのハイエルフの王子で、彼女は妹だって…」
「何と!」
「あらあら
それでしたら、そのエルリックというお方にもお話ししなければ
どこに行けばご挨拶出来るんでしょう」
エカテリーナは、あくまで勘違いしたままだった。
すっかり息子に良い人が出来て、それの紹介だと思っていた。
「ハイエルフにエルリックの妹…
そうなると見た目通りの年齢では無いのか?」
「ええ
妖精郷と言う場所に長らく住んで居たみたいですが
実年齢でも19歳だそうです」
「え?
あれで?」
「ええ
ハイエルフは年を取る速度が遅いらしいです」
「まあ
年上の女房なのね」
「王妃様…」
ギルバートは何か言おうとしたが、これ以上ややこしくなるのは嫌なので諦めた。
「それで、精霊女王なんですが
精霊様の力を借りれば、ある程度植物を育てる力を持っている様です」
「と言うと?」
「ダーナは先の魔物の影響で、土地が穢されています
このまま種を植えても、数年はまともに育たないでしょう」
「何じゃと?
それは本当か?」
「ええ
セリアに頼んで、精霊様に聞いてみました
精霊様の言葉ですから、間違いは無いでしょう」
「ううむ…」
「既に離宮も用意していただきました
行く行くはセリアも、あそこで生活する事になるでしょう
ですがその前に、暫くの間ダーナに行ってもらいたいのです」
「そうじゃな
ダーナがそんな状態では、行ってもらうしか無かろう」
「ええ
つきましては、その旅に私も同行します
セリアも私が居た方が安心しますし」
「そうじゃな」
うんうんと国王は頷いてから、暫し腕を組んでいた。
しかしギルバートの言葉を反芻して、急に気が付いた。
「って違う!
お前が着いて行っては駄目じゃろう!」
「え?
でもさっきは」
「危うく賛成するところじゃった」
「何で駄目なんですか」
「其方は王子じゃ
それに王太子になる為の戴冠式もある」
「ですが、セリアは私が同行しなければ、ダーナには行きませんよ」
「ぬぐ…」
「そもそも
セリアにとってはダーナはどうでも良いんですよ
それを私がお願いして、同行してもらうんです」
「しかし
だからと言ってお前を危険な場所には…」
「言ったでしょう
セリアが居れば、弱い魔物は出て来ません
そして私は、今ではオーガ相手でも苦戦はしませんよ」
「じゃがなあ
ワシ等はお前がダーナに行かない様にと、こうして会食の席まで用意したのじゃ
エカテリーナとお前を説得しようと思ってな」
「そうですよ
あなたがどうしても行きたいのなら、その子とどうなるつもりかハッキリしなさい
このまま出て行けば、駆け落ちになるわよ」
「王妃様」
「エカテリーナ
今はそういう話じゃないんじゃが…」
「兎に角
ダーナには向かいますよ
勿論危険な事はしませんし、早く安定したなら、すぐに戻ります」
「じゃがのう…
戴冠式が…」
「ダーナが復活出来ませんよ」
「ううむ…」
「このままでは、港も開けません
それがどれほどの影響を生むのか…」
「はあ…」
「駄目ですよ
若い二人が駆け落ちだなんて
あなた達がハッキリ気持ちを示せば、私が応援しますから」
ギルバートも国王も、取り敢えずは王妃の勘違いは放置する事にした。
下手に反論しても、ややこしくなりそうだったからだ。
「どうしても行くのか?」
「ええ
ダーナの復活もですが、移民が生活出来ない事の方が問題です
事情を知ったからには、放っておけません」
「そうか…」
国王は溜息を吐いてから、妥協案を出した。
「なるべく戦闘には参加しない事
それから、危険な真似はしない事
守れるか?」
「はい」
「お目付け役を着けるぞ」
「アーネストですね」
「ああ」
「分かりました
私もちょうど、彼に同行を頼もうと思っていました」
「うむ
それならば許そう」
本当は許可したく無いのだが…
国王は本音を押さえながら、ダーナ行きを許可する事にした。
そしてサルザートに合図して、書類をその場で書かせた。
ギルバートが同行する事を、関係各所に伝達する為だ。
そうして溜息を盛大に吐いた後に、昼食を取り始めた。
スープはすっかり冷えていたので、メイド達に新しいのに換えさせた。
そうして遅すぎる昼食が取られていた。
まだまだ続きます。
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