第275話
ギルバートが凱旋した翌日から、王城の裏手の離宮の整備が始まった
表向きは、救出された前ダーナ領主の家族が住む場所が無くなった為だ
ダーナは新たな領主が入るし、王都にもすぐに住む場所は無かった
それを理由にして、セリア達を離宮に住まわせる事にした
離宮の整備に関しては、内装と庭園の整備だけだった
中の掃除に関しては、ある程度行われていたからだ
その内アルベルトに使わせたいと、国王が望んでいたからだ
ここは王都を離れる前に、ジェニファーと住んで居た場所だった
だからジェニファーにとっても、思い出の場所だった
国王は或る程度支度が出来た事で、ジェニファーを連れて来た。
内装を相談する為にも、ジェニファーを呼んだのだ。
ジェニファーは内装を見ながら、一部を直してくれと相談した。
娘二人が居る事と、当時を思い出したく無かったからだ。
「ここのソファーと…
それと食器も」
「ううむ
随分手を加えるんだな」
「ええ
ここには思い出が多過ぎます
見ていると辛くて…」
「あ!
すまない…」
ジェニファーの様子を見て、国王は慌ててしまった。
ジェニファーは夫婦二人と、ギルバートと過ごした日々を思い出していた。
当時は王子が亡くなった事で、アルベルトは貴族達から責められていた。
近衛騎士の筆頭でありながら、王子の周囲の警戒が甘かったと責められていたのだ。
王子が亡くなった夜に、アルベルトは西の塔で姿を見られていた。
それなのに王子は亡くなってしまったので、アルベルトの責任とされていた。
それとは別件に、アルベルトが殺したと言う噂も立っていた。
それは西の塔で見掛けた姿が、血塗れであったという事だった。
この二つの事が原因で、アルベルトは王都を去る事となった。
「当時はギル…
アルフリート殿下も病弱で、私も苦労しました」
「そうじゃな
封印の影響もあったからな
あの子の身体は衰弱しておった」
「陛下
あの子はどうしてあんな事に」
「詳しいい事は話せないが、あの子はワシとエカテリーナの血を受け継いでおる」
「陛下の?」
「ああ
それもより色濃くな」
「どういう事ですか?」
「ワシとエカテリーナには、帝国の初代皇帝の血が流れていた
それがアルフリートには、色濃く出たわけだ」
「そんな事が…」
「どういう事だか分からないが、それが女神様には気に食わなかったらしい
それでアルフリートを殺せと宣託が下された
ギルバートはその身代わりになって…」
「そう…なんですね」
国王は詳細を話さなかった。
いや、話せなかったのだ。
まさか夫が自分の息子を、殺していたとは言えなかったのだ。
「分かったよ
内装はワシの方で変えさせておくよ
それで良いじゃろう」
「はい
お願いします」
国王は頷いて、すぐに文官達に指示を出した。
具体的な内装は、ジェニファーの意見を聞く事になる。
文官とジェニファーは、内装について相談を始めた。
国王はそれを見ながら、その場を後にした。
国王にとっても、そこは当時を思い出させる場所であったのだ。
国王は執務室に戻り、執務机に着いた。
そして頭を抱えながら、苦しそうな顔をしていた。
「陛下?
大丈夫でございますか?」
「ああ
サルザート
秘密にすると言うのは、苦しい事だな」
「はい…」
サルザートは国王が、ジェニファーに全てを話せない事で、苦しんでいると察した。
それはあまりにも重い内容で、簡単には明かせないのだ。
「すまない
今日の予定を」
「はい
これから謁見が3件と、殿下がご相談があると」
「ん?
昨日のとは別件か?」
「はい
ダーナの移住に同行したいと」
「何じゃと!
あ奴はまったく…」
「まあ、殿下のお気持ちも分かります
このまま移住させても、すぐに住民は生活が出来なくなるでしょう」
「何故じゃ?」
「先ずは食料が不足します」
「そうじゃな
いくらこちらから持って行くにしても、限度があるからのう」
「それに…」
「それに?」
「ダーナから出れません」
「ん?」
「ダーナは魔物が常に周辺に居ます
今回の帰還では、奇跡的に遭遇していないですが、普段は周辺に居ますから
そんな所では、住民も暢気に外に出れないでしょう」
「そうじゃな
そうなると、隊商が向かうのも命懸けか」
「ええ
そうなりますね」
「それで?
アルフリートは?
ギルバートは何と言っておる?」
「それが、殿下は自分が居れば、余程の事でも無い限りは魔物を倒せると」
「それはそうじゃが…
あ奴に何かあっては…」
「ええ
私もそれだけが心配です」
サルザートはそれに関しては、国王と同意見であった。
しかし移住を急ぐなら、それなりに戦える者が必要だった。
将軍や兵士を送れない以上は、別口で戦える者が必要であった。
「陛下の心配はもっともですが…
将軍が送れない以上、それなりの兵と指導者が必要です」
「それがギルバートだと?」
「ええ」
サルザートは頷き、予定されている兵士の数を示した。
「現在のダーナへの移住は、子爵とその家臣
それから移民が800名になります」
「うむ」
「それらを無事に届ける為に、新規で集める兵士が300名になります」
「それだけか?」
「ええ
これでもようやく集まったのです
ですからほとんどが、兵役の経験がございません」
「ううむ
困ったのう」
「ええ
今から訓練しても、夏まででは碌に使えませんよ」
「そうじゃな…」
いくら訓練しても、半年も無いのでは役には立たないだろう。
最近では身体強化もあるが、半年では基礎訓練ぐらいしか出来ないだろう。
「せめて2年ぐらいあれば…」
「そうじゃなあ…」
国王はその後、謁見の間に向かった。
いくら悩みがあっても、謁見をしないわけにはいかなかった。
国王が謁見を行っている間、ギルバートは兵舎に向かっていた。
新たに徴兵された、新兵達を見に行く為だ。
ギルバートが兵舎に着いた時、ちょうど兵舎で訓練が行われていた。
兵士達は全員で訓練場を走って、基礎の訓練をしていた。
「どうですか?」
「ああ
これは殿下
どうしてここへ?」
「新兵の訓練の様子が気になりまして…」
「そうですか…」
兵士長は複雑な表情をして、ギルバートを見ていた。
「訓練は?
上手く行っていますか?」
「はあ…
まあ、始めたばかりですので」
「そうですよね」
「今は基礎の体力作りです
と言っても、半年もありません
それぐらいしか出来ないでしょう」
「身体強化は?」
「ああ
それも考えましたが、基礎が出来ていなければ、訓練にならんでしょう」
「そうですね」
兵士長も、身体強化を訓練に取り入れようとした。
しかし基礎が出来ていないので、効果も確認しようが無かった。
そこで先ずは、基礎となる体力作りから始めたのだ。
だが、これだけで半年が終わりそうだった。
なんせ兵役の経験が無い者ばかりだった。
体力も一般人と変わらない程度だったのだ。
「これなら、移民の方を鍛えた方がマシかも知れません」
「どういう意味ですか?」
「移民の方が外で暮らしていたので、体力があるんですよ」
「はあ…
そうなんですか」
ほとんどが王都で集めた若者なので、体力が無いのだ。
外で過酷な生活を続けていた、移民の方が余程体力があった。
「移民は体力があるんですか?」
「そうですね
外の環境は過酷です
暮らしているだけで大変なんでしょう」
「なるほど
それで体力が…」
「それなら、移民を訓練すれば…」
「駄目ですよ
彼等は安全な城壁の中で暮らせるから、今回の移民の話しに乗ったんです
それが危険な兵役だなんて…」
「そうですかね?
それ相応の報酬があるなら、この話に乗って来ないかな?」
「無理でしょうね
それにどこから報酬が出るんです?」
「それは…」
ギルバートは侯爵なら、それなりに金を持っていると思っていた。
しかし侯爵は、今回の移住で財産のほとんど失うという話だった。
なんせ移民の食料や、移住先の生活の為の物資も必要だった。
それを考えれば、侯爵の財産だけでは足りないぐらいだった。
「そうだな…
それは私の方で考えるよ」
「分かりました」
報酬が出せるとなると、移民達も鍛える事が出来る。
そうなると、魔物にそれだけ備える事が出来る様になる。
ギルバートは移民たちの事を考えて、侯爵に面会する事にした。
しかし侯爵の居所は、ギルバートは知らなかった。
ギルバートは侯爵に会う為に、先ず国王に面会をお願いした。
「殿下
陛下はダーナに同行する事を許しておりませんよ」
「え?」
面会をお願いしに行くと、サルザートが代わりに出て来た。
「ええっと…」
「いまのところ、陛下はダーナ行きには反対です」
「その事で来たんじゃないんですけど」
「え?」
ギルバートは先程、兵舎で話した事を繰り返した。
「なるほど
移民達の方が体力があるんですか」
「ええ
ですから鍛えれば、魔物に襲われても安心かと」
「いやあ、それは…
戦うのは結局、領主が連れる私兵のみです
一般の住民では、武器を持って戦うだなんて」
「ですが、力があれば戦えるのでは?」
「難しいんでないですか?」
「ですが、兵士だって鍛えるまでは、元々剣も握った事が無いんですよ
移民達も鍛えれば、それなりに戦えると思います」
「そうなんでしょうか?」
「サルザート様の意見は良いです
それでは侯爵に会わせてください」
「オウルアイ卿ですか?
分かりました
今日は無理でしょうが、一応先方には伝えておきます」
「お願いします」
ギルバートは宰相にお願いすると、今日はそのまま引き返した。
これ以上言ったところで、国王はそうそう気持ちを変えないだろう。
ダーナの件は後回しにして、先ずは住民達の事を考えよう。
ギルバートはそう思って、明日に備える事にした。
先ずは侯爵を説得しなければならない。
報酬に関しては、ダーナで生活を始めてからでも良いだろう。
兎に角少しでも、魔物と戦える者が必要だった。
そうしなければ、住民が安心して暮らせない。
ギルバートは次に、冒険者ギルドに向かった。
「…という訳なんですよ」
「ふうむ
面白い話ですが、どうなんでしょう?」
「それは?」
ギルバートは冒険者ギルドで、ギルドマスターと話していた。
ダーナの移住に関して、一緒に着いて行く冒険者を探していたのだ。
「確かに冒険者は、魔物と戦ってみたいと思っている者は多いです
しかしそうであっても、何も報酬が無いのでは…」
「何も無いわけではありませんよ
魔物の素材が手に入ります
それで強力な武具が作れるでしょう」
「でも、今回の移民では職人達は居ないんでしょう?
主に商人と農民が向かうと聞いています」
「そうなんですか?」
「殿下
よく調べてから来て下さい
移民は生活の基盤を作る必要があります
同行する職人も、武具職人では無くて生活に使う道具の職人です」
「はあ…」
「武具が作れないのなら、冒険者の方でも、行きたいと言う者は居ないでしょう」
「分かりました」
ギルバートは力なく頷くと、ギルドを後にした。
「参ったな
思ったより深刻だな」
ギルバートは今度は、職工ギルドに向かった。
職人の中で、ダーナに移住したい者が居ないか探す為だ。
「すいません
ギルドマスターは?」
「さあ?
誰かギルドマスターを見ませんでしたか?」
「いえ」
「今朝から見てませんね」
ギルドマスターは、何処に行ったのか姿が見当たらなかった。
「弱ったなあ」
「殿下がいらっしゃった事は、ギルドマスターに伝えておきます」
「お願いします」
ギルバートは溜息を吐きながら、ギルドの外へ出た。
ギルドマスターが居ない以上、移住の話は出来なかった。
ギルバートはこれ以上は無理と判断して、王城に戻る事にした。
ギルドマスターが戻って来れば、王城に報せが届くだろう。
それまでは待つしか無かった。
しかし翌朝になっても、ギルドマスターは戻っていなかった。
「え?
昨日も居ませんでしたよね」
「ええ
何処に行ったのやら…」
「何か思い付いたんじゃねえか?」
「んだんだ
思い付いたら、数日徹夜でも平気でするからな」
「それじゃあ、何か思い付いた事があって、そのまま作業をしているって事ですか?」
「そうでしょうね」
「何処に行ったかは…」
「分かんねえな」
「ああ
そもそも何をしに行ったかが分からねえんだ
何処に行ったかなんざあ分からねえさ」
ギルドマスターの所在に関しては、他の職員にも分からなかった。
職人達も、ギルドマスターが何をしに行ったかを知らなかった。
職人達が関係していたら、場所も分かっていただろう。
「弱ったなあ
相談があったのに」
「何ですか?」
「実は…
ダーナに移住していただける、職人が居ないか探していたんです」
「ダーナに?」
「ええ」
「ですが、ダーナには既に移住する職人が居るのでは?」
「ええ
生活に必要な道具を作る職人ですよね」
「はい
元は職人だった者が、移民の中に居ましたので」
「私が探していたのは武器職人です
魔物の素材を生かして、武器を作れる職人です」
「しかし、そんな簡単に出来るのかい?」
「そうですぞ
ダーナは今、荒れ果てておるんでしょう
工房も無事では無いでしょう」
「ええ
一から立て直す必要があるでしょう
それでもやってみたいと思う、そんな職人がいるかどうか聞きたかったんです」
「ううむ
そんな都合良く、行きたがる職人が居るかな?」
「そうですよね」
「じゃが、それは興味深いな」
「誰か行きたい奴が居るか、ワシ等の方で調べておくよ」
「良いんですか?」
「ああ
話し合いの時にでも聞いてみる」
「そん代わり期待はせんでくれよ」
「はい
お願いします」
ギルバートは、頭を下げてからギルドを出た。
その姿を見ながら、職人達は呟いていた。
「なあ
あいつはどうだ?」
「おう
ワシもそう思っておった
しかし殿下が気に入るかのう?」
「案外喧嘩するかもな」
「うーん」
職人達は、一人だけ思い当たる人物が居た。
しかし性格に問題があって、あまりお勧めでは無かった。
その為に、ギルバートには黙っていたのだ。
職人達は悩んだが、先ずは本人に確認する為、彼の工房に向かった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




