第274話
ギルバートはアーネストと、国王が待つ執務室に向かった
そこで今度は、セリアの素性と対策を相談する為だ
出来る事なら、離宮を借りてゆっくりと過ごさせてやりたい
そう思いながら、二人は執務室に向かった
アーネストは執務室に入ると、先ずは書物を取り出した
それはダーナの街で、エルリックから渡された書物だった
そこには魔導王国時代の文字で、古代王国に於ける、妖精女王の物語と書かれていた
国王はそれを見たが、文字の内容までは理解出来なかった
「これは?」
「魔導王国時代に書かれた書物です」
「な…
そんな貴重な物を何処で?」
「ダーナの街で
街を解放した後に、フェイト・スピナーに会いました」
「フェイト・スピナーだと!」
国王は驚き、席を立ってアーネストの肩を揺すった。
「奴は何と?
何だと言っておった!」
「え?
ああ…」
「その話をする前に、打ち明けとかないといけない事があります」
「なんじゃ?」
ギルバートが話しに割って入り、国王に説明を始めた。
「実はセリアの事なんですが…」
「イーセリアか」
「はい
彼女の出生の秘密です」
「何じゃと?
彼女は確か、逃げ遅れた集落の孤児だと…」
「ええ
そこは合っていますが、その前です」
「え?
その前じゃと?」
「実はセリアは、精霊女王です」
「精霊女王?
何じゃ?
それは?」
「精霊に愛される存在です
ここにそれが書かれていました」
「何と
フェイト・スピナーはそれを渡す為に」
「ええ
そして彼女を、悪意ある者から守って欲しいと」
「ううむ…」
国王はそう言われても、俄かには信じれなかった。
確かに魔導王国時代に書かれた書物に見えたが、何が書かれているのか分からない。
そして信じるには、些か話が大き過ぎた。
「本当の話しか?」
「ええ
セリアには以前にも助けられています」
「ん?
どういう事じゃ?」
ギルバートは以前、アモンという魔王と戦った話をした。
それは国王も以前に聞いていた話しだ。
しかし詳しい内容を知らなかったので、聞いて驚いていた。
「フランドール殿が来られてから間もなく
魔物の群れが進攻して来た事がありました」
「うむ
その様な報告を受けておる」
「その際に、アモンと言う名の魔王が現れました」
「それは以前にも聞いておる
しかし魔王と言えば先ほどの話では…」
「ええ
女神様の使徒です」
ギルバートの話に、国王は驚愕していた。
魔物の侵攻は聞いていたが、まさかそんな大事だとは思っていなかったのだ。
「魔王は強力な魔物を率いていました
恐らくは陛下が想像する様な魔物よりも、もっと手強い魔物でした」
「何じゃと?
巨人や熊の魔物よりもか」
「ええ
それは手強い魔物でしたよ
私も死にかけましたから」
「そうだな
将軍やフランドール殿も負傷して、ボクも魔力をほとんど使い切っていたからな」
「そんな魔物をどうやって…」
「まあ、みなの協力があってですよ
何とか犠牲も少なく勝てましたから」
「そうか…」
「問題はその後です」
「何じゃと?」
「魔王は魔物を退けた後に、私に力比べを求めて来ました
以前にもそう話しましたよね」
「陛下は…
ギルの封印を知っていますよね」
アーネストは確認する様に言って、サルザートの様子も見た。
二人共顔を顰めていたので、封印の内容は知っていたからだ。
「ギルの封印は、元になったアルフリート殿下に、ギルバートの魂が覆い被さっています
この事は覚えていますよね?」
「ああ
ワシがガストンとヘイゼルに頼んだんじゃからな」
「でしたら、その五ギルバートの魂がどうなっていたか
それは知っていますか?」
「何じゃと?」
「今もギルバートの魂は、ギルの周りに残されていますが…
そこには殺されたギルバートの意思は、今も我々を憎んで残っています」
「な…」
「そんな…」
「殺された時の痛みや記憶もですが、どうやらその後も意識は残っているんです」
「それは本当か?」
「間違いありません
私も彼の声と、恨みの言葉を聞きました」
「何て事だ…」
「陛下…」
「そして、ギルがアモンと戦った時に、それは起きました
エルリックは封印が解けかけていると言っていましたが、ギルの人格が乗っ取られました」
「乗っ取る?
それは本当にギルバートになっていたと?」
「ええ
怒りと憎しみから、全てを破壊しようとしていました」
「その時私は、暗闇の中で、ずっと孤独に堪えて来たギルバートの心に触れました
それは自分を殺した事を憎み、アルベルト様を殺した事を憎んでいました」
「そう…か…」
「以前にも話しましたが、憎しみが破壊の衝動になります
ギルは…
ギルバートの魂は今も憎しみに囚われています」
国王はその話を聞いて、深く後悔していた。
いくら親友がやったとは言え、元を正せば自分が原因だった。
そしてそれだからこそ、国王は自分がやったと言っていた。
ここに真実を知る者が居たら、それは違うと言っただろう。
しかしそんな者は居ないので、国王は自分がやったと言って、自責の念に駆られていた。
「私がギルバートの憎しみに囚われている時、私を助けてくれた人が居ました」
「それがイーセリアか?」
「ええ
その時は妖精女王と名乗っていましたが、後程に判明しました」
「その妖精女王とは、一体何者なのかね?」
「詳しくはまだ、分かっておりません
しかし精霊の加護を受けていますので、魔物が近づき難いです」
「魔物が?」
「ええ
精霊の加護が効いていれば、魔物が嫌がって近付かないのです
その力のおかげで、ジェニファー様達は助かったのです」
「なるほど
魔物が…」
「それに、帰還するまでも助かりました
何せ魔物が近寄りませんから」
「そうだな…」
国王はその報告を聞いて、少し考えていた。
「国王様?」
「いや
そのう…
イーセリアがダーナに居れば、魔物が近寄らないんじゃないか?」
「駄目ですよ
それにあの子は私の妹です」
「お前の妹は二人の姫であるぞ」
「いえ
フィオーナとイーセリアが私の妹です」
「だがな、ダーナに移住する侯爵に嫁がせれば…」
「駄目です!
あの子はまだ、9歳ですよ」
「貴族で9歳なら、そろそろ婚約してもおかしくない
結婚が成年になってからでも、嫁ぎ先に早目に入る事も珍しく無いんだぞ」
「それでもです
私はあの子を、魔物除けの道具にしたくありません」
ギルバートが怒りも露わに、国王の事を睨んでいた。
しかし国王からすれば、素性の分からぬ娘よりも、国や国民の生活の方が重要だった。
「陛下
その考えは賛同出来兼ねます
それに、そんな事を言っていると、それこそこの国は滅ぼされますよ」
「何じゃと!」
アーネストの言葉に、国王は鋭く睨み付けた。
しかしアーネストは、怯まずに続けた。
「エルリックは…
女神の使徒であるフェイト・スピナーは、セリアを守る様に言ったんですよ」
「待て
今何と言った?」
「え?」
「エルリックと申したか?」
「はい
この書物を渡してくれたのは、エルリックと言う使徒です」
「またあいつか!」
国王は苦虫を噛み潰した様な顔をして、頭を抱えた。
「使徒から言われているのなら、逆らうのはマズいか」
「しかしあのエルリックですぞ」
「ううむ」
「陛下はエルリックを知っているのですか?」
「うむ
ギルバートを封印にする事を提案したのは、そのエルリックじゃ」
「ああ、なるほど
それで…」
「兎に角、国王様にお願い申し上げます
イーセリアを私の側に置く事を許可してください」
「ううむ…」
「国王様
アルベルト様の離宮が残されていますよね
あそこを使わせて欲しいんです」
「ならん
ならんぞ
あそこはアルベルトの為に…」
「ですからジェニファー様やフィオーナを、あそこに住まわせたいんです
その序でに、イーセリアもあそこに住まわせる
そうすれば彼女を狙う様な者が現れても、私が対処出来ます」
「ううむ
しかし…」
「陛下
何を迷うんです
あそこは今も使われていないんでしょう」
アーネストも加わり、二人で国王に迫った。
「それにセリアの秘密を知れば、争いの元になります」
「それはそうじゃが…」
「世話には私のメイドを充てます
そうすれば、口の堅い者だけになります」
「ううむ…」
「精霊と話せて、お願いが出来る
そんな力を持つ者が居れば、みな欲しがるでしょう
彼女をダーナや他の貴族に嫁がせれば、いずれ災いの元になります」
「そうじゃな…」
国王は観念したのか、ギルバートの案を受ける事にした。
「分かった
離宮を整備する様に申し付ける
それでジェニファーを住まわせる事にしよう」
「国王様
ありがとうございます」
「ふう…
やれやれ」
国王は溜息を吐くと、静かに頭を振った。
「ジェニファーには?」
「既に話しています」
「そうか…」
国王は再び溜息を吐いて、ギルバートに質問した。
「なあ、ギルバートよ」
「はい」
「イーセリアと結婚するか?」
「え?」
「だってそうじゃろ?
他に渡すのが危険なら、王妃にすれば問題無い」
「確かに」
「いや!
待って
何でそうなるの?」
「だって、先ほどお前が言ったじゃろう」
「いや、でも…」
「往生際が悪いぞ」
「アーネスト」
アーネストは先程の仕返しと言わんばかりに、ニヤニヤしながら見ていた。
国王もこれは良い案と見て、ニヤニヤしながら髭を扱いた。
「うぐぬぬ…」
「まあ、今すぐでなくとも良い
よく考えておけ」
国王はそう言って、ギルバートとの会談を終わらせた。
ギルバートは話し合いに勝って、何かに敗けた様な気がした。
そのまま私室に向かって、ギルバートは不貞寝をした。
一方でアーネストは、そのまま執務室に残っていた。
まだ報告する事が残っていたからだ。
それはギルバートにも秘密にしておいた、他の妖精女王の物語であった。
そこにはギルバートとおなじ、覇王の卵と言われた男の事が書かれていた。
アーネストはその物語の、翻訳した物を用意していた。
「それで
再び戻って来たという事は、ギルバートに知られたく無い事か?」
「はい
これも内密な話になります」
「ううむ
そちらもエルリックの仕業か」
「はい
彼は我々に対しては、友好的な様です」
しかしアーネストの言葉に、国王は怒りをぶちまけた。
「何が友好的じゃ
あいつのせいでアルベルトは血迷い、実の息子を手に掛けたんじゃ」
「それでもです
彼からすれば、人間を滅ぼす事に反対なんですよ
そうで無ければ、とっくにこの国は滅びています」
「うぬぬぬ…」
国王は怒りに顔を歪めながらも、何とか冷静になろうとしていた。
「それで?
どんな内容なのじゃ?」
「この物語の主人公は、古代王国時代の人物です」
アーネストは書かれている物語を読み、国王に開設を始めた。
「この物語の主人公は、文字通りの覇王です」
「覇王?」
「ええ
世界を制する能力の持ち主です
膨大な魔力と強力な力を持った者
世界を手に出来得る者です」
「確かギルバートも、覇王の卵と呼ばれていたそうだな」
「ええ
ですから、ギルもそんな覇王に成り得る可能性があります」
「それでか?」
「え?」
「それで女神様は、ギルバートを殺せと宣託したのか?」
「そうですね
そんな力の持ち主ですから、一歩間違えれば世界を破滅させる事も出来ます
ですからそれを恐れて、使徒は覇王の卵が間違った道を進みそうなら、始末をするそうです」
「ううむ」
国王は納得をしていなかった。
そんな可能性の問題で、我が子を殺せと言われたのだ。
それにあの時は、まだギルバートは産まれたばかりだった。
それなのに危険んとみなされて、殺せと言われたのだ。
「それで?
女神様は危険だから殺そうとしておるのか?」
「それだけでは無いでしょう
恐らくは精霊女王も絡んでいると思われます
そうでなければ、ダーナを滅ぼす理由になりません」
あくまでアーネストの予想だが、あながち間違いでは無さそうだった。
「他には分かった事は無いのか?」
「そうですね
覇王は強力な存在だった様です
例えるなら、帝国最初の皇帝であるカイザード」
「何!」
「何ですと?」
これには今まで黙っていた、サルザートも驚いていた。
「他にも魔導王国最期の王、シバ王も恐らくは覇王かと」
「ううむ」
「そういった危険な力を持つ者を、覇王と呼んでいた様ですね」
「そうか…」
「ギルバートもシバ王の様に、王国を滅ぼす様な危険な王になるのか?」
「さあ?
そればっかりはボクには分かりません
それこそ女神様でしか分からないのでは?」
アーネストはそう言って、書物を仕舞った。
「ギルが間違った道に、進まない様に全力を尽くします
それでも叶わない時には…」
「そうじゃな…」
国王は難しい顔をして、腕を組んでいた。
「しかし、本当に女神様はギルバートを危険だと思っているのか?」
「そうですね
使徒も今の女神様の行動には、疑問を持っている様です」
「使徒が?」
「ええ
少なくとも、エルリックはそう思っているみたいです
女神様にしては、あまりにも犠牲を強い過ぎると言っていました」
「犠牲?」
「女神様は、本来は人間も魔物も殺し合わないで欲しい筈だと
それなのに今は、魔物を使って人間を滅ぼそうとしています」
「なるほど」
「彼の話では、今までの女神様の行動とは矛盾するそうです」
「そうか」
国王は頷いて、アーネストの話を整理しようと思った。
「アーネストよ
この話は内密にせねばならんな」
「はい」
「ワシも考えてみる
他に何か分かったら、また知らせてくれ」
「はい」
アーネストは礼をすると、執務室を出た。
彼も旅の疲れが残っていたので、そろそろ限界だったのだ。
アーネストが退出したのを見て、国王は腕組みしながら唸っていた。
あまりに色々聞き過ぎて、考えが纏まらなかった。
宰相はそんな国王を見て、気を利かせて執務室を出た。
国王はその後も、暫く唸りながら考え続けた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




