第27話
野営地に不意に訪れた不審な影
それが何を意味するのか?
静かな野営地に緊張が走る
辺りが静まり返り、気が付けば野鳥の鳴き声も途絶えていた
不審な人影?は、ゆっくりと野営地へと近づく
それはこれから何か一騒動が起きる事を暗示していた
ギャアアウ
それは朝の挨拶と言わんばかりに聞こえた。
魔物だ。
魔物が昨日の境界線の向こうから歩いて来る。
隊長格の少し大柄な魔物が木を引き摺りながら現れ、境界線の向こう側に立つ。
手に持った木を一本放り出し、もう一本を両手で持ち直す。
「!!」
気が付いた者は素早く身構え、武器を手にする。
中には研いでいる途中の者も居て、慌てて持ち直す。
「魔物か!」
ギャガハハ
魔物は上機嫌で野営地を見回し、うんうんと頷いている。
まるで準備をしている様子を視察して、直ぐに体制を整えた様を感心している様だ。
「まだ、ワシ等はそこを超えてはおらんがのう」
将軍はそう言いながら、悠然と境界線へと歩いて行く。
ギャガウウ
魔物は頷いてから、境界線を手にした棍棒で示し、その向こうを示してから棍棒を素振りする。
「将軍
危ないですよ」
部隊長が二人駆けて来る。
アレンとジョンだ。
「大丈夫じゃ
奴には敵意は無い」
「しかし…」
将軍は平然としていたが、部隊長達は気が気ではない。
もし、将軍の身に何かがあったら、それこそ大変な事になる。
「どうやら…
ふむ
力比べを所望しておるようじゃな」
グアウハハ
魔物は勢いよく飛び出した二人の方を見て、棍棒を肩に担いで片手で手招きしている。
棍棒もよく見ると武骨な木の幹を切り出して加工した物で、およそ武器としては向いている様には見えない物だった。
魔物は足元にもう一本用意していた棍棒を拾い、無造作に境界線のこちら側に投げて寄越す。
「力比べ?」
「野郎…
舐めやがって」
「別に舐めてはおらんと思うがのう…」
ジョンは怒りで顔を朱に染めて、歯軋りをしていたが、将軍はボソリと呟く。
「ほれほれ
そうかっかしてると失敗するぞ」
「大隊長
今度は良いですよね?」
「あ!
おい、アレン」
アレンはそう言うと、前へ出て棍棒を拾い上げる。
それに対して大隊長は、一言だけ注意した。
「怒りに我を忘れて、つまらんミスだけは冒すなよ?」
「はい」
「大隊長??」
アレンは棍棒を手にすると、感触を確かめながら素振りをする。
「よろしいのですか?」
「大丈夫だろう
奴は殺気を出していない」
「あくまでこちらのコンディションでも見に来たんじゃろう」
大隊長は将軍とジョンが立っている側に来て、腕を組んで勝負を眺める。
腕を組んだのは、こちらは手を出さないと言うアピールでもある。
将軍も腕を組んでおり、ジョンだけはハラハラしながら勝負を見守った。
「よしっ
それでは行くぞ!」
ギャホホウ
両者が棍棒を構え、互いを見合って開始の合図を待つ。
将軍が一息吸うと、開始の号令を掛ける。
「では、勝負開始!」
将軍の号令に合わせて、弾き出される様に両者が踏み出し、中央で棍棒ががっしりと組み合わさる。
「はあああ!」
ギャオオウ
ガシーン!
棍棒が正面からぶつかり合い、両者の力は拮抗する。
2合、3合…
正面から数合ぶつかり合い、表面の樹皮が飛び散る。
「くうう
うりゃああ!」
グホウ
グギャギャワ
この魔物は本気にはなっていないのだろうが、それでもアレンと互角の様だった。
部隊長格の強さを持つ魔物。
普通なら兵士にとっては恐ろしい事だが、大隊長にとっては朗報だった。
魔物のボスも恐ろしい技量だが、隊長格の魔物も相当な実力者ばかりだった。
大隊長ですら苦戦していたのだ。
そんな魔物がまだ複数居ると思えば、憂鬱にもなる。
だが、今までのが拠点として集落を任されていた腕利きの魔物であったのなら?
昨日見掛けた魔物が部隊長と同格クラスなら、まだ勝てる見込みがある。
上司がそんな算段をしているとは知らずに、アレンは必死になって打ち合っていた。
右に、左に、上段から振り落とせば、還す刃で逆袈裟懸けも狙ってみる。
魔物は力任せでこちらの棍棒に合わせて叩き付けるが、それでも腕力で十分にふせいでいた。
そんな純粋な打ち合いの力比べを暫く続けると、アレンは人知れずニヤけてきて、楽しくなってきた。
「うりゃああ」
ギャホホウ
いつの間にか、ロンの仇だとか、人類の敵だとかの憎しみや思いが消えていく。
打ち合う度に、純粋に力比べをする事に楽しみが生まれて来る。
それはまるで、訓練生時代に仲間達と訓練で打ち込みをしていた時の様な、純粋な技量比べの楽しさであった。
「ほおう」
二人の打ち合いを見て、将軍は目を細めて喜ぶ。
純粋に技量の拮抗した勝負を楽しんでいた。
「やれっ
そこだ
ああ…惜しい」
ジョンもいつの間にか声を出して応援している。
この時、事情をよく知っている者が居たなら、魔物の側にも観戦者が居て、背後の目立たぬ木陰や茂みの中から応援していた。
勝負は数分に渡り続いて、やがて中心で鍔迫り合いの形になった。
そして、遂に決着が着いた。
「ぐぬぬぬ…」
グガガガ…
バキャッ!
遂に二人の力に負けて、魔物の手にした棍棒が折れてしまった。
残念そうに、折れた棍棒を見詰める魔物。
アレンも暫く呆然として棍棒を見詰める。
「どうした?
さっさとやっちまえよ?」
ジョンが叫ぶが、アレンは棍棒を境界線の上に放る。
その様子に大隊長と将軍は満足げに頷く。
「勝負は、次に戦場で会った時だ!」
アレンは魔物を指差し、ニヤリと笑う。
グホホウ
魔物もニヤリと笑うと、片手を挙げてから棍棒を放って去って行く。
「え?
あれ?」
ジョンは魔物に止めを刺さないアレンに戸惑い、上擦った声を上げる。
その間にも、魔物は悠然と背中を向けて歩いて行き、途中で茂みに向かって唸り声を上げる。
グアオウ
グギャギャ
複数の魔物が出て来て、構えた武器を仕舞いながら残念そうにこちらを見る。
しかし、隊長格の魔物に促されて引き上げて行く。
その様を、兵士もジョンも傍観して見送る。
大隊長の元へ戻って来たアレンを、大隊長は肩を叩きながら労った。
「よく頑張ったぞ」
しかし、ジョンはそんなアレンに近付き、胸倉を掴んで詰め寄る。
「何で止めを刺さなかった!」
「え?
ジョン先輩?」
「止せ」
胸倉を掴む手に、大隊長が手を掛ける。
「しかし、大隊長
絶好の機会だったんですよ?」
「違う
あれは純粋な力比べだった」
「そんな事は関係ない!
ロンの仇を討てたんだ
それなのに、それなのにお前は!!」
かっとなったジョンがアレンを殴ろうとして、大隊長が止める。
「止めないか!
お前は勝負を穢す気か?」
「勝負何か関係ない!
奴らは魔物だ!!」
大隊長は溜息を吐き、アレンから掴んだ腕を無理矢理離させる。
「いい加減にしないか」
大隊長はジョンの両手をしっかりと掴み、叱り付ける。
そこへ他の部隊長が駆け寄り、宥めながら野営地へと引っ張って行った。
「ジョン、どうしちまったんだ」
「大隊長に逆らうなんて」
「お前、どうかしてるぞ?」
大隊長は引き摺る様に連れ去られるジョンを見て、頭を振りながらアレンに向き直る。
「大隊長
オレ…」
「悪いのはお前じゃない
あいつの気持ちも分かるが、どうしたもんだか…」
「おい
大丈夫か?」
将軍も心配になったのか?
大隊長とジョンを交互に見る。
「最悪、拘束しなければなりませんかねえ
士気には響きますが…」
「それは構わんが
あの様子では危険かのう」
大切な親友を目の前で殺されたのだ。
時間と共に、恨みが募っている。
戦場ではよくある事だ。
よくある事なのだが…その末路は大抵が悲惨な事になる。
それが1兵士なら些細な事だが、兵士を預かる部隊長ともなれば、大きな問題を引き起こす恐れが出て来る。
「元はああでは無いんですが
憎しみで目が曇っていますね」
「ああ
それに、相手が魔物というのが問題を拗らせておる」
「大隊長
やはりあそこで…」
「いや
お前がそうしようとしてたなら、オレが止めていたさ」
「…」
「例え決闘でなかったとしても、あの場で殺すのはまずかった
将軍もオレも、周囲で見ている魔物には気付いていたからな」
「そうなんですか?」
「ああ」
「さて
今日はどうしますか?」
大隊長はアレンの肩を叩いて、将軍に話し掛ける。
将軍は大隊長の方を見ながら、野営地へと向かって歩き始める。
「先に話した通りさ
明日の出陣に備えて準備をしつつ、交代で休憩をさせる」
「では、その様に手配致しましょう」
二人の後を追う様に、アレンも野営地へと向かって歩き始めた。
その顔は先ほどの充実した様子は無く、暗く沈んでいた。
野営地に戻ってから、仲間に諌められて、ジョンは段々と落ち着いて来た。
しかし、彼は終始黙り込んでいて、その眼は暗く光を失っていた。
大隊長からの指示を受け、剣や鎌を手入れしている間も、何を考えているのか分からない不気味な雰囲気を纏っている。
他の部隊長は聞こえない様に注意しながら、端の方で相談していた。
「ジョンの奴、大丈夫かな?」
「大分思い詰めている様だが…」
「このまま魔物と戦ったら…マズいかも」
「後でダナンにも伝えておこう」
ハウエルとエリックは、魔物の群れに無茶して突っ込む姿を想像して、それとなく注意して見ておこうと思った。
ジョンはそれで死んでも満足だろうが、部下の騎兵達は迷惑だから。
危ない様なら止めに入らないと危険だ。
そんな事を話していると、アレンも気にしていた様で話に加わる。
「オレも、注意して見てますね」
「ああ、頼む」
「ただし止めに入るのは止めた方が良いな
先の事もあるから、オレ達か大隊長に声を掛けてくれ」
「はい
そうしますね」
アレンも先ほどまでしょげていたが、今は手入れをしている内に立ち直った様だ。
皮鎧に留めてある金属プレートの補強を確認してる。
「この…レザープレートアーマーでも、あの魔物の一撃は防げなかったんですよね」
「ああ」
「今日のはまだ、あれだが
強力な膂力を持った奴は危険だな」
「はい」
「膂力がある奴は、剣やダガーよりも棍棒や斧を好んでいたな」
「そりゃあ剣やダガーじゃ壊れるだろう?」
「うーん
そうか…」
「板金を付ければ良いってわけじゃ無いだろう」
「そうだな
あまりゴテゴテ着けたら重くて動けなくなる」
「やはり、素直に躱すしかありませんね」
部隊長の会話は、いつしか魔物に対する装備の話へと変わっていった。
暗い復讐の情念に焼かれる同僚の事を忘れて。
それからは、再び幾つかの班に分かれて森の中で食材の採取や狩猟が行われ、夜は交代で休む事も出来た。
魔物は昨晩と同じく、夜陰に乗じて攻めて来る事も無く、無事に朝日を拝む。
負傷が軽かった兵士はすっかり回復し、傷が深かった者も自力で動ける様にまで回復した。
そして、朝食を終えた後、いよいよ砦に向かって出立となった。
出立の準備が慌ただしく行われる。
野営地の緊張した空気に、野鳥達が飛び立つ音がする。
それに呼応するかの様に、境界線の向こう側でも動きが見られる。
潜んで様子を観察していた魔物が、報告の為に駆け出して行ったのだ。
「やはり見張っていましたね」
「構わんよ
どうせ砦までの進軍で気付かれる」
今回は魔物が堂々と宣戦布告してきてるので、こちらも斥候は出していない。
後は砦の前まで移動し、正面からぶつかるだけだ。
「小細工は抜きだ
互いの実力を持って勝敗を決める」
「ええ
今度もこちらが勝たせてもらう
それだけです」
「そう…上手く行くかのう」
「やるしか無いんです
負けられませんよ」
大隊長は気合十分だが、将軍は何か懸念があるのか?思案していた。
「何か…
もしかしてジョンの事ですか?」
「いや
それもあるが、なるべく部下に死んで欲しくないのう」
「何を弱気な
将軍らしくないですよ」
大隊長はそう言って笑ってみせる。
「そうじゃな」
それを眩しそうに見て、将軍は気合を入れ直す。
「よしっ
それでは、砦に向かって進軍するぞ!」
「はい!」
「これが今回の遠征の最大の戦いになるであろう」
「はい」
将軍は全軍の前へ出ると、朗々と大きな声で宣言する。
「これより、第2砦へ進軍する」
『おおおう!』
「今更、みなに死ぬなとは言わん
ただ、無茶だけはするな
生き残る道が見えるなら、足掻いてでも抜け出して来い」
「最後にこの森を制するのは、我々人間だ!
そう心して掛かれ」
『おおおお!』
将軍が片手を挙げる。
「全軍
出撃!」
「ぜんぐーん
しゅつげきー!」
『おおおお!』
堰を切ったように動き出し、遠征軍は砦に向かって駆けて行く。
そして、数刻を置かずに、砦の前へ到着して陣を展開する。
それに合わせたかの様に、魔物の軍勢も砦の前に展開する。
その総数は、少なく見ても1200は超えているであろう。
「我が軍の倍以上…か」
「相手にとって、不足ありません」
魔物のボスが武器も持たずに前へ出て、不敵に身構える。
手振りと鳴き声で、『覚悟は良いか?雌雄を決しよう』そう言っているかの様だ。
ギャグワワ、グギャウウ
グワウ、グギャググ
そう鳴き声を上げると、後方へ下がる。
代わりに隊長格らしい魔物が3匹、前へ出て構える。
よく見れば、後方にも何匹か部隊を引き連れる様に隊長格の魔物が控えている。
その中には、昨日の魔物の姿も見える。
「そちらの準備も良い様じゃな」
先頭の3匹が、いつでも良いぞと身構えてみせる。
「それでは、行くぞ!!!
突撃!!」
「突撃!!」
将軍の声が戦場へ響き渡り、大隊長の唱和が続いて響く。
『うわああああ!』
『うおおおおお!』
ギャグアア
グギャギャ
人と魔物の声が入り混じり、あちこちで衝突の音と剣戟が鳴り響く。
次々と悲鳴が上がり、血飛沫が辺りを染める。
遂に第2砦奪還戦が始まった。
遂に始まりました
第2砦奪還戦
魔物と人間の戦争の始まりです




