第268話
ワイルド・ボアは全部で9匹居た
騎士達は左右から回り込んんで、魔獣に気付かれない様に身構える
そしてギルバートの合図を待って、突入しようとしていた
騎士達はクリサリスの鎌を手に持って、合図を待っていた
鎌の攻撃力を考えると、少し離れた距離からも攻撃できる
ギルバートは合図をして、一気に前に出た
魔獣はこちらの気配に気付いて、その顔を上げた
そして逃げ出そうと、周囲を見回す
その隙に騎士達が回り込んだ場所から、一気に飛び出して行く
魔獣はそれに驚いて、逃げ出そうとしていた
「行くぞ」
「おう」
ブヒッ
「逃がすなよ」
「うわああああ」
騎士達の姿を見て、魔獣は混乱する。
匂いや気配には気付いていなかった様で、驚いてあちこち見回していた。
「一気に畳みかけろ」
「うおりゃあああ」
ザン!
ブギイイイ
先ずは1匹の魔獣が切り倒されて、その場に倒れた。
そしてそれを見て、1匹が騎士に突進して行く。
それを馬を操って、騎士は巧みに躱した。
そして背後から、その魔獣を攻撃した。
「っと危ねえ
喰らえ」
ズザッ!
ブギャアアア
騎士は背後から脇腹を突いて、魔獣の動きを止めた。
そして続け様に、馬で近付きながら首元を切り裂いた。
魔獣は悲鳴を上げて、そのままその場に倒れた。
その間にも他の騎士達は、魔獣を攻撃していた。
魔獣の主な攻撃は、突進で牙を突き立てる事だった。
しかし騎士達は馬に乗っている。
馬を巧みに操れば、魔獣の攻撃は躱す事が出来た。
魔獣の毛皮は硬いが、魔鉱石を使った新しい鎌は切れ味が上がっていた。
ワイルド・ボアの硬い毛皮も切り裂く事が出来た。
「逃がさない様に回り込んで、一気に方を着けるぞ」
「はい」
「ジョナサンはそっちの魔獣を倒してくれ」
「はい」
ギルバートは手を出さない様に気を付けて、騎士達に指示を出した。
下手に手を出すと、騎士達の成長の妨げに成り兼ねない。
だから後ろに下がって、戦闘は騎士達に任せた。
騎士達がまだ慣れていないとはいえ、ワイルド・ボア程度なら倒す事は出来るだろう。
ギルバートは騎士達を後方から見守り、魔獣を倒すのを見ていた。
「最後の1体だ
せりゃあああ」
ザクッ!
ブギイイイ
「殿下
魔獣は全て倒せました」
「よし
これだけあれば全員に行き渡らせれるな」
「はい」
「魔獣の肉って美味いんですか?」
「ああ
食べた事は無いのか?」
「ええ」
「少し前にも王都の近郊で、ワイルド・ボアが狩られた事があった筈だが?」
「ああ
あの時の魔獣がこれですか
兵士達が美味い肉が食えたって自慢してましたね」
「ああ…
兵士達にしか回らなかったのか」
「ええ
ほとんどが王宮に納められましたし、兵士も分け前に少しだけ食べれたって
でも討伐に参加していた者だけらしいですね」
「そうか
じゃあ今晩は楽しみにしておけ
こいつは本当に美味いから」
ギルバートに言われて、騎士達は期待して魔獣を見ていた。
「しかし、こいつをどうやって運ぶかだな」
「そうですね
さすがに引き摺って帰る訳にもいきませんし
ここは馬車に回収してもらいますか?」
「ああ
誰かひとっ走りして来て、馬車を回してもらってくれ
4台あれば載せ切れるだろう」
「はい」
騎士が馬車を呼びに行っている間に、ギルバート達は周囲を探索していた。
ワイルド・ボアは、元々は魔物が食用に飼育している家畜だ。
ここに居るという事は、元はこの辺りで飼われていたのだろう。
それが逃げ出したかして、こうして野良になっているのだ。
しかしそうすると、この辺りに魔物の集落がある可能性がある。
ギルバートは不意を討たれない為に、先に集落があるかどうか調べる事にしたのだ。
そこは森の端の方で、村からそんなに離れていない場所だった。
元は村人が収穫していたであろう作物も、魔獣が食い荒らしていた。
そして魔獣たちは、村の中にも侵入した形跡があった。
元は魔物が侵入した様で、建物の入り口は破壊されていた。
そして畑には、荒らされて既に作物は残っていなかった。
「くそっ
野菜が補充出来ると思ったのに」
「仕方が無いよ
魔獣も侵入していただろうし」
村の他の施設も見てみたが、どこも破壊されていて、物は残されていなかった。
「駄目ですね
どこも魔物が侵入して、持ち去られた後の様です」
「そうだな
武器だけじゃなくて、家財道具も持ち去られている様だ」
「魔物が食器を使うんですか?」
「ああ
特にナイフやフォークは武器にもなるし、便利だからな
他にも壺とかは保存に使うんじゃないか?」
「なるほど」
食器は散らばって割られていたが、どう見ても家族が使うには少ない。
どうやら一部は、魔物が持ち去った様子だった。
「ここに居た村人たちは何処に…」
「分からない
ダーナに避難して、例の騒動に巻き込まれたか…
或いは魔物に襲われて、何処かで死んでいるのか…
いずれにせよ、ここには誰も居ない様だな」
村を捜索しても、そこには以前に住んでいた痕跡しか残されていなかった。
彼が何処に行って、どうなったのか?
今では想像する事しか出来なかった。
暫く捜索していると、騎士達が歩兵と一緒に馬車を持って来た。
魔獣の死体を、その馬車に載せる。
野営地に帰ったら、さっそく解体する事になるだろう。
そして肉は食事に回されて、残りの毛皮や牙は素材として回収する。
ワイルド・ボアの素材なら、コボルトよりは良い武器が出来るだろう。
「よし
魔獣を馬車に載せたら、野営地に一旦引き返そう
これ以上ここを捜索しても、何も見つからないだろう」
「はい」
ギルバートは騎士達を伴なって、野営地に引き返した。
順当に行けば、そろそろ使い魔が帰って来ている筈だ。
晩の食材が手に入った事で、騎士達は意気揚々と帰路に着いた。
野営地に戻ると、さっそく兵士達が解体を始めた。
作業は兵士に任せて、騎士達は武器の手入れを始めた。
さっきの戦闘で、壊れた武器は無かった。
しかしそのまま放置していると、鎌の切れ味が落ちてしまう。
騎士は砥石を使って、鎌の血を拭ってから研いでいた。
「ワイルド・ボアか」
「ああ
いい具合に村の近くで、集まって居るのを見付けたんだ」
「今夜御馳走だな」
「ああ」
アーネストが戻って来たのを見て、さっそくこちらに来ていた。
その手には書類を持っていて、どうやら使い魔は戻って来ている様子だった。
「どうだった?」
「ああ
陛下からの指示では、そのまま一旦戻る様にだって」
「そうか
ここはそのままにしておくのか?」
「ああ
下手に補修しても、維持する為の人が住んでいない
それよりも早く、無事な姿を見せて欲しいって」
「大袈裟だな
そんなに苦戦はしていないぞ」
「そうは言ってもな、陛下は王城にいらっしゃる
ここで見ているわけでは無いんだ、心配もするだろう」
アーネストはそう言いながら、書類をギルバートに手渡した。
ギルバートは羊皮紙の束を広げて、内容を読み始めた。
「何々…
へえ、領主はすぐに決まったのか」
「ああ
オウルアイ卿は王都住みの侯爵だ
今まで大きな功績は無いが、堅実な手腕で自領を経営している
それを買われての抜擢らしい」
「へえ
王都の領地って荘園か果樹園なんかだよな」
「ああ
そんなに広くは無いが、そこで取れる作物を納めているんだ
オウルアイ卿はそこで、葡萄を収穫している」
「なるほど
それで実績があるんだな」
王都に住む貴族は、戦争や領地経営の腕で爵位を与えられている。
オウルアイ卿は、そこで取れる葡萄を納めていた。
そして同時に、葡萄酒も作って納めていた。
果樹園はそこまで大きくは無いが、それでも収穫量はまずまずだった。
また、オウルアイ卿は私設の騎士も雇っていた。
騎士団ほどでは無いが、その腕はそこそこ買われているらしい。
そういう事もあって、今では侯爵の爵位を拝命していた。
「あそこの騎士は、人数こそ少ないが腕は確からしい」
「そうか
しかし…
騎士だけでは魔物と戦うのは厳しいだろう」
「よく見てみろ
そこに騎士団と兵士が着いて行く事になっている」
書類には夏が過ぎた頃に、ダーナへの大きな移住政策が行われると書かれている。
その際には、王都からも騎士団や兵士が同行する事になっていた。
その数を見て、ギルバートは納得していた。
「なるほど
これだけ居れば、確かに並みの魔物なら苦戦はしないだろう」
「ああ
問題になるとすれば、やはり大型の魔物だろう」
「そうだな
オーガではうちの騎士達も苦戦していた
果たしてどうなる事やら」
移住する際には、確かに移民を守る為に兵士が必要である。
しかし問題は、移住した後であろう。
騎士や兵士が引き上げてからは、住民達で魔物をどうにかしなけらばならない。
冒険者を雇うという手もあるが、それでは報酬が掛かってしまう。
移民する者達は、大半がお金や住む場所が無い者達だ。
だから高額な報酬は、住民達では負担しきれないだろう。
「どう思う?」
「ん?」
「いや
移民するにしても、金はほとんど無いんだよな」
「ああ
だから移住するんだろ」
「そんな人達が、冒険者とか雇って魔物の討伐を依頼出来るか?」
「あー…
そりゃあ無理だろうな」
「だったら…
やはり領主が何とかするしか無いか」
「そうだろうね
彼のお抱えの騎士は腕利きなんだけど、何せ人数が少ない
まあ、王都に住んでる間は、そんなに兵士を召し抱える必要が無いから、当然と言えば当然なんだけど」
「そうなると
どこからか兵士を集める必要があるな
今の王都に、そんなに人が居たか?」
「どうだろう
今までの徴兵で大分集めたし、正直厳しくないか」
魔物の討伐で、多くの兵士が犠牲になった。
それを補充する為に、昨年は大規模な徴兵で兵士を集めた。
今の王都には、職にあぶれた者は少ないだろう。
それに今から兵士として鍛えるにしても、時間が限られていた。
「陛下も頭が痛いだろうな」
「そうだな
街を守れる兵士を作るにしても、それまでをどうするかだよな
まさかそんな長期間、王都の兵士を貸し出すわけにはいかんだろうし」
「ああ
そしたら王都に何かあった時に、兵士が足りなくなる」
だったら移住を、兵士が集まってからすれば良いという考えもあるだろう。
しかしそうなると、今度は移住が大分先になってしまう。
今から兵員を募集して、それを鍛える。
そんな事をしていたら、移住は何年か先になるだろう。
普通の経験が無い者を兵士にするには、それなりの時間が必要なのだ。
「弱った問題だな」
「そうか?
まあ、こっちは関係無いんだ
明日からの帰還の事を考えよう」
「おい
街を任せるんだぞ」
「そうは言っても、ボク等が口出しする事では無いでしょう
それこそ下手に口出ししたら、揉める事になるだろうし」
「むう
それもそうか」
「まあ、考えるのは自由だけど、要らぬ口出しはしない方が良いよ
間違い無く嫌がられるから」
「そうだな…」
嫌がられるならまだましだろう。
場合によっては、面子を潰されたと逆恨みされ兼ねない。
兵士を雇って鍛えるのは、金も時間も掛かる大変な事だ。
貴族はみんな私兵を雇うのに、それなりの苦労をしている。
それを口出しされたら、間違いなく怒るだろう。
「何とか兵士が使い物になるまでの間、誰かが代わりに守れないかな?」
「それこそ余計なお節介だろう
それとも何か?
お前がその間面倒を見るのか?」
「ん?
それは良いかも」
「おいおい
勘弁してくれよ
いくらダーナの為とは言え、それは嫌だぞ」
アーネストは文句を言っていたが、ギルバートは良い考えだと思っていた。
自分の親衛隊を使って、暫くの間ダーナの周りで魔物を狩る。
そうすれば、素材は手に入るし、街を守る事も出来る。
しかし問題は、どうやって国王を納得させるかだ。
これは今回の遠征に比べると、かなり難しい案件になる。
そもそも王太子になる為に、そろそろ学校に行って欲しいという要望が上がっている。
それに、王子が危険なダーナに留まるのを、国王が許す筈も無いだろう。
それならば、せめて兵士や騎士だけでも向かわせられないだろうか。
ギルバートは本気で何か出来ないか、考え始めていた。
「良いか、ギル
頼むから変な事を考えるなよ」
「え?」
「ここに暫く住むのは、危険だから無しだからな」
「そうか?」
「当たり前だ
ボク達が住んでいた頃とは違うんだ
魔物の数も増えているし、城壁もあちこち補修しなければならない」
確かに、城壁はあちこち崩れていた。
それに街の中も、人が住まなくなって崩れ始めている場所もあった。
そんな危険な場所で、暫く暮らすなど危険だろう。
それに街が落ち着くまでは、食糧も不足するだろう。
何せ住民が全て居なくなっているのだ、畑も荒れ放題になっていた。
「お前の気持ちは分かるが、これはボク達の領分じゃあ無い
新しく赴任する侯爵の仕事だ」
「しかしダーナの街を、昔の様に活気のある街に戻したいだろう」
「駄目だ
それは侯爵がする事だ
ボク達が口出す事じゃあ無い
余計な事はするなよ」
アーネストは念には念を入れて、ギルバートに釘を刺しておいた。
余計な事を考えて、行動しそうだと思ったからだ。
長年親友をしているから、この友の行動をよく知っていたのだ。
だから念入りに注意はしていたが、いざという時には手伝おうとは思っていた。
ギルバート一人では、上手く事を運べないからだ。
彼は思ったよりも、頭は良くは無かった。
二人が話している間に、魔獣の解体は終わろうとしていた。
もうすぐ日が暮れるだろう。
そうしたら待望の、焼き肉が待っている。
騎士達は街切れないのか、火を準備しながらそわそわしていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




