第267話
ダーナの街に戻った時、そこにはフェイト・スピナーのエルリックが待っていた
彼は重要な話をしたいと言って、騎士達に聞かせたくない様に言った
そこでギルバートは、単身残って話を聞く事にした
しかし騎士達は、野営地に戻ってアーネストに報告した
そして、その話が聞こえた為に、セリアも着いて行きたいと言い始めた
そんな状況を知る事も無く、ギルバートはエルリックの話を聞いていた
嘗てダーナの街が出来る前に、ここにはハイエルフの王国が在った
そこでは妖精達が住んでいる、妖精郷という世界がそんざいしていた
ギルバートはそんな事を聞いていた
「妖精郷はね、ここと繋がっていながら、別の世界なんだ
そこでは1時間がこちらの世界の1日ぐらいになるんだ」
「え?」
「つまり
向こうで15日暮らすと、ここでは1年が経っている」
「はあ?」
「260年と聞くと、途方も無く長く感じるだろう?
しかし向こうでは、たったの10年ちょっとなんだ」
「それはまた…」
「それに
我々はハイエルフだから、通常のエルフよりも寿命が長い
600歳とかざらに居たからね」
「はあ…」
「でも、何だってそんな事に?
戦争とか言っていたけど」
「ああ、そうだったね
当時は人間の国が力を持っていて、他の亜人を攻め滅ぼそうとしていた」
「え?
攻め滅ぼす?」
「ああ
人間が真に女神に選ばれた種族だという考えが浸透していてね
そう、今で言う選民思想ってやつだ」
「ああ…」
ギルバートは何となく分かってきた。
今居る選民思想者みたいなのが沢山居て、他の亜人を襲っていたのだ。
「なんでまた…」
「逆に言うと、私達から見れば、君達みたいな人間の方が珍しいんだ
今までの人間達は、大概が力を持つと、自分が一番だと言い始めるんだ
そして他の種族を襲っては、奴隷にしていった…」
「そんな…」
「だから私は、そんな君達に期待をしていたんだ
今度こそ争いの無い、平和な世界を築けるんじゃないかって」
「そうなんだ…」
「そんな時に、私は妖精郷の入り口が開いている事に気が付いた
そこでは魔物が入り始めていて、イーセリアの姿は無かった
私は絶望したよ」
「エルリック…」
「しかし君達が、どういう運命の気紛れか、イーセリアを保護してくれた
だから私は、君達に託そうと思ったんだ」
「そうか…
そんな事があったんだ」
「あ!
居た!」
二人が話していると、不意に甲高い声が響いた。
そこにはアーネストとセリアが、騎士を数名連れて来ていた。
「え?
セリア?」
「イー…セリア」
エルリックの頬に、一筋の涙が流れた。
しかしセリアは、そんな事はお構いなしとギルバートの元に駆けて行く。
そしてしっかりと抱き着いた。
「へ?」
「あ…」
暫し気まずい空気が流れる。
「あのう…
セリア?」
「なあに?
お兄ちゃん」
「いや、お前の本当のお兄さんが…」
「あんな人知らない
大っ嫌い!」
「ぐほぇあ」
エルリックに会心の一撃が入り、大きくよろめく。
「いや
でも、お兄さんだよ?」
「ずっと私の事放って置いた
あんな人なんて知らない
私のお兄ちゃんはお兄ちゃんだけ」
「あぶしぃ」
エルリックはさらにダメージを受けて、よろめき跪いた。
「イーセリア…」
「知らない」
セリアは頬を膨らませて、ギルバートにしっかりと抱き着いていた。
「くっ…」
一瞬、激しい憎悪を両目に宿したが、エルリックは何とか堪えた。
そしてふらふらと立ち上がると、よろめきながらアーネストの元へ向かった。
「あー…
何だかすまない」
「良いんです
あの子が無事なら」
エルリックは血の涙を流しながら、ギルバートを睨んだ。
ギルバートは気まずいので、視線を逸らして誤魔化した。
「君達に…
イーセリアを任せる」
「あ、ああ…」
「これを」
「何だ?」
「これから、また魔王が活性化すると思います
今渡せる範囲での情報です」
エルリックはそう言うと、数冊の本を手渡した。
「妹の…
イーセリアの事を、くれぐれも頼みます」
「ああ」
「…」
エルリックは暫しイーセリアを見詰めた。
しかし肝心のセリアは、ギルバートに抱き着いてエルリックにべーをした。
「くうっ
お前なんかに妹を!」
エルリックは一瞬甲高い声で何か言い掛けた後に、腹の底から出る低い声で呟いた。
「イーセリアに何かあったら、地獄の底まで追い詰めるからな、この****!」
エルリックは叫ぶ様に呪詛の言葉を唱えて、そのまま転移して消えた。
「あー…
で?
何の話だったんだ?」
「ああ
詳しくは野営地に戻ってから話そう」
「分かった」
ギルバートはセリアを後ろに乗せると、野営地に向かって戻って行った。
その顔には困惑と、どうすれば良いのか途方に暮れた表情が滲み出ていた。
野営地に戻っても、セリアは暫く離れなかった。
ようやく離れた頃には、野営地はすっかり夜になっていた。
ジェニファーは呆れていたし、騎士達にも生暖かい眼で見られていた。
そしてセリアは、満足したのか天幕に眠りに向かった。
「ふう
やっと解放された」
「はははは
セリアがあんなに感情的になるなんてな」
「笑い事じゃあ無いぞ
これでは王城で何と言われるか…」
「シスコン」
「止めろ!
私はそんなに…
ん?
セリアは本当の妹では無いぞ」
「そうだな
姫様にべったりだったら、シスコンとか言われそうですね」
「むう…」
ジョナサンもニヤニヤ笑っていて、ギルバートは溜息を吐いていた。
「それで?
何を話していたんだ?」
「それがな
セリアが精霊女王だって事だ」
「ああ
それならボク達も知っている」
「そうだよな
本来は秘密であるべきだったらしい」
「そりゃそうだろう
あれだけの力を持っているんだ、バレたら面倒事しか思い浮かばないぞ」
「ああ」
「そしてエルリックが、セリアの兄だそうだ」
「なるほどね
しかし、どうしてあんなに嫌われているんだ?」
「それが…」
ギルバートはエルリックが話した、妖精郷の話をした。
「なるほど
妖精の住む世界か…」
「しかしそうなると、ディアーナのという国の後にダーナが出来たのですか?
名前が似ていたのは偶然でしょうか?」
「分からない
しかし昔にそういう名前の王国が、この地に在ったんだろう」
「しかし妖精郷か
精霊も関係しているのか?」
「さあ?
そもそも、精霊と言うのがよく分かっていないからな
アーネストは何か知っているのか?」
「いや
ボクが知っているのは、万物には精霊が宿り、それに魔力を分け与えるので魔法が使えるという話だけだ
その考えが影響して、精霊魔法と言うのもあるにはあるけど…」
精霊に関しては、アーネストも詳しくは分からなかった。
「エルリックから貰った本は?」
「そういえば…」
アーネストはマジックバックを探して、書物を引き出した。
そこには4冊の書物があり、アーネストがタイトルを確認する。
「何々?
基礎から始める魔法学?
これは魔導王国時代の魔法の教科書か?」
パラパラとページを捲って、内容を調べてみる。
「これはやっぱり、魔法の教科書らしい
魔術師ギルドに翻訳して渡すべきだな」
「他には?」
「次は…
これは!」
アーネストは再び書物を開くが、今度は真剣な表情になる」
「おい
何て書いてあるんだ?」
「ううむ
興味深い」
「おい!」
「え?
ああ
これは中級の魔導書だ
ボクが持っている魔法の、上位に当たる魔法が沢山載っている」
「はあ…
後でゆっくり読めよ」
「ん?
ああ…
そうだな」
そう言いながらも、アーネストは書物に釘付けになっていた。
「なあ
他の本はどうなんだ?」
「ああ
それが…
分かったよ」
ギルバートの表情が険しくなり、アーネストも慌てて書物を閉じた。
これ以上はさすがに、ギルバートも怒りだしてしまう。
「しょうがないな」
「良いから早くしろ」
「ええっと…
おお!」
「何だ?」
「基礎から始める精霊学だって」
「何だって!」
これこそ丁度必要だった、精霊の情報だった。
「何て書かれているんだ」
「まあ、そう急かすなよ」
アーネストは書物をパラパラと簡単に読んで、その感想を口にした。
本当に簡単に見ていたので、思わず本当に読んだのかと思った。
しかし内容を聞いて、ギルバートも納得をした。
「これは子供向けの本で、精霊信仰の簡単な手引きだ
精霊がどういった存在で、暮らしにどう役立っていたかが書かれている」
「子供向けなのか?」
「ああ
どうやらその様だな
セリアにも翻訳して渡すよ」
「ああ
頼むよ」
「それにしても、精霊か…
出来れば大人にも配るべきだな
色々誤解を生みそうだし」
「そうだな
大人にこそ必要かもな
今では精霊に関しては、すっかり忘れ去られたわけだし
セリアの処遇を考えれば、正しい知識は必要だな」
アーネストは翻訳した本を、文官達に写本する様に依頼する事にした。
そうすれば国王だけでなく、貴族達にも伝わるだろう。
それからセリアの正体を明かすかを、国王と相談すれば良い。
「それにしても、エルリックは不貞腐れていたが、ちゃんと必要な本は渡してくれたんだな」
「そうだな
ギルがセリアを取り上げたから、すっかり拗ねたもんな」
「フェイト・スピナーって、女神様の使徒なんですよね
そんな方があんな子供みたいな…」
「そうだな
彼等は数百年も生きるらしい
200年以上生きていても、まだまだ子供っぽいのかも知れないな」
「殿下
それは少々不敬かと…」
「いや
彼は少々変わった使徒だから、それぐらいでは怒らないと思うよ
むしろ使徒様とか敬られる方が嫌がりそうだよ」
「そうだな
使徒にも色々居るからな…」
「それはどういった意味でしょうか?」
「そうだな
フランドール殿を魔族にした、あの魔王も使徒である
そして魔王によっては、人間を始末するのを躊躇っている者も居たよ」
「魔王ですか?
あの謎の声の主ですよね」
「ああ
正体は結局言わなかったけど、先ず間違いないだろう
おおかた女神様に、ダーナを滅ぼせと命じられたんだろうな」
「女神様がですか?
一体何故?」
「それは色々と理由があるんだろう
セリアの件も無関係では無さそうだし」
「そうすると
イーセリア様を王都に向かえると、次は王都が?」
「うーん
その可能性はあるな
何とか対策を練らないと」
しかし、今すぐどうこうと言った動きは無いだろう。
むしろ今は、ダーナをどうするかの方が問題だった。
昨晩使い魔は送ったが、まだ返答が来ていなかった。
このまま数晩は、ここで野営する事になるだろう。
「まあ、何をするにも王都に帰還しないとな」
「そうですね
ここでは相談する相手も居ませんし」
そしてギルバート達は、昨晩と同様に仮眠を取った。
今日も魔物は近付いてはおらず、そろそろアーネストは不審に思っていた。
夜が明けて、ギルバートは騎士を連れて、周辺の探索に向かった。
野営地には歩兵とアーネストが残り、引き続き警戒をしていた。
その間にギルバートは、周囲の村の跡を調べていた。
そこでは魔物が侵入した痕跡があり、つい最近まで暮らしていた跡も見付かった。
「変だなあ」
「そうですね」
痕跡は数日前の跡の様だったが、周囲には魔物の姿は見られなかった。
これが山脈の向こうなら、警備兵が巡回しているので分かる。
しかしこちら側では、巡回している兵士も、討伐する者も居ない。
それなのに魔物は、忽然と姿を消していた。
「まるで何かから逃げてる様だな」
「そうですね
しかし大型の魔物は見掛けていません」
「ああ
この辺りならば、さすがに木の陰に隠れるのも難しいだろう」
周りには森もあるが、大型の魔物なら見えてしまう。
もし隠れていたとしても、動いたらすぐに分かるだろう。
それに大型の魔物が、そこまで知恵が回るとは思えなかった。
「大型の魔物で無いのなら、何から逃げているんだ?」
「分かりません」
「そうだよな…」
ギルバートはそのまま進んで、もう一つの村も調べた。
そこにも痕跡は残っていたが、やはり魔物は見当たらなかった。
代わりに魔獣が居たので、そのまま狩る事にした。
騎士達は初めての魔獣であったが、何とか狩る事が出来た。
「居たぞ
あそこの繁みだ」
「何処ですか?」
「あそこだ」
ギルバートが指差す先には、少し大きめの繁みがあり、そこに大きな猪が集まっていた。
大型の猪の魔獣、ワイルド・ボアだ。
「数は…
目視で6匹は確認出来るな」
「はい
恐らくは8匹は居るでしょう」
ワイルド・ボアは、繁みに頭を突っ込んでは、木の実や茸を探していた。
そろそろ雪も無くなっていて、新しい芽が芽吹く時期であった。
ワイルド・ボアは、そんな新芽も食べている様子だった。
「あれがこの辺を荒らすと、作物が少なくなるな」
「そうですね」
「幸いこっちが風下だ
上手く回り込めるか」
「大丈夫です
やりますか?」
「そうだな
丁度新鮮な肉が欲しかったんだ
あれの肉は旨いぞ」
ギルバートの言葉に、騎士達の眼の色が変わった。
「やりましょう」
「久しぶりの生肉だ」
「焼いてパンの上に載せて…」
「分かった分かった
良いから落ち着け」
「はい」
「静かにな
逃げられたら、折角の晩飯がパーだぞ」
「はい」
そこで騎士達は、6名ずつで左右から回り込む事にする。
そして正面から、ギルバート達が追い込むのだ。
そうすれば逃げ場を封じれるので、一気に倒せるだろう。
問題はクリサリスの鎌が、ワイルド・ボアを切り裂けるかどうかだ。
一昨日の様子から見ても、十分な強度はあると思う。
しかしワイルド・ボアは、毛皮も固いし強烈な突進もある。
「良いか
突進して来たら、馬で回避するんだぞ
奴の突進は強烈だからな」
「はい」
「みんな怪我をしないで、晩飯を肉にしよう」
「はい」
騎士達は焼き肉を目指して、決意を燃やしていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




