第266話
野営地に再び朝が訪れる
昨日までと違って、今朝は日差しが見えていた
セリアは上機嫌で起きて来ると、精霊と一緒に朝の散歩を楽しんでいた
野営地には精霊の加護が掛けられており、今日も魔物は近付けないでいた
そんな事を露知らず、兵士達は温かい目でセリアを見ていた
ギルバートは朝から憂鬱だった
母からの命令で、今日は港を調べに行くのだ
フランドールの様子から、港には手を出しているとは思えなかった
彼はダーナに固執していたし、他に手を出す様な性格には見えなかった
ダーナを手にした事から、満足していた様に見えたのだ
「港…
無事だよな」
ギルバートは誰に聞く事も無く、小さく呟いた。
先ず間違い無く、港は無事だと思う。
しかし確認して来なければ、母は許してくれないだろう。
そう思うと、憂鬱な気分になって来る
おまけに港には、会った事も無い叔父が居るらしい。
ギルバートが興味を持たなかった事もあるが、父が会わせようとしなかった事も気になった。
すぐ傍に居たのに、父はギルバートを連れて行く事は無かった。
それを考えると、あまり友好的とは思えなかった。
そんな叔父に会わなければいけない事が、ギルバートをさらに憂鬱にしていた。
「殿下
それで…本当に行くんですか?」
「ああ
行かなきゃ母様がうるさいからな」
「はあ…
そうですよね」
ギルバートは騎士達を連れて、再びダーナの中に入った。
港に向かうには、外からよりダーナを通った方が早かったからだ。
そのまま街を突っ切ると、西の城門に到着した。
そこは暫く使われていない様子で、城門には剣や鎌で切り付けた跡が残っていた。
「ここは開かれなかったんでしょうか?」
「そうだな
ダーナが落ちた時も、ここは開かれなかったんだろう
だから逃げようとして、剣や鎌で切り付けたんだろうな」
「そうなると、向こうは無事みたいですね」
「ああ
港にも城門があるし、あそこには海軍が居る
いかなフランドール殿が魔物になっていても、迂闊には攻められなかったんだろう」
「海軍はそんなに強いんですか?」
「そうだな
海軍は馬は使わないが船がある
それに隣国との小競り合いで、常に戦をしている状況だからな」
「隣国って…」
「フランシスやエジンベアとは交易だけでは無いんだ
時々越境しようとして、船上や上陸した場所で戦闘が起きている」
「そうなんですか?
王都にはそんな話は届いていませんが」
「領主の裁量に任されているからな
一々報告はしてないだろう
私も父上…
アルベルト侯爵への報告を聞いていなければ知らなかったよ」
ロペス男爵は、独自の裁量で港の守備を任されていた。
しかしそれでも、時々物資や人員が不足する事はあった。
そうした時に、ダーナに支援の要請が来ていた。
ギルバートもアルベルトが存命の折には、その報せを聞く機会はあった。
それで海軍が精強で、騎士団に後れを取らない猛者だと知っていた。
城門を開けると、その先には港町まで続く公道がある。
そこを2㎞ほど進んだ先に、再び城門が見えた。
そこには人間の兵士が立っていて、槍を構えて見張っていた。
ギルバート達はゆっくりと進んで、敵意が無い事を示す。
「おい!
あれは人間か?」
「どうだろう?
しかし奴等は、馬に乗れなかっただろう?」
「ああ
馬は居なくなっていた筈だからな」
兵士達はギルバート達を見て、ひそひそと話し合っていた。
「我が名はギルバート
アルベルト侯爵の息子として育ち、国王より王子と認められし者だ」
「ギルバート殿下?」
「本物か?」
兵士達が戸惑っていると、ジョナサンが前に出る。
「私は王国近衛騎士にして、殿下直属の親衛隊であるジョナサンである
こちらは王子ギルバート・クリサリス様である」
ジョナサンはそう宣言すると、王家の紋章の入った旗を掲げる」
「本物!」
「それでは、ダーナは」
「ああ
我々が解放した」
「…ったー!
遂に解放されたんだ」
「良かった」
「すぐに領主様に報告だ
殿下が解放してくださったんだ」
兵士達は歓声を上げて、すぐに領主を呼びに向かった。
「それで、殿下
わざわざ解放を報せに伺ってくださったんですか?」
「ああ
ロペス男爵は育ての親、アルベルト侯爵の義弟でもある
ダーナ解放の報せと、久しぶりに顔を合わせようと思って来訪した」
「ありがとうございます
すぐに城門を開けます」
「その必要は無い」
兵士達の後ろから、野太い声が聞こえた。
「ロペス様?」
「何故ここに?」
「何故も何も
お前達が呼んだんだろう?」
「しかし領主の館までは…」
「ふん
たまたま近くに居合わせただけだ」
そう声が聞こえると、通用口から壮年の男が現れた。
がっしりした筋肉を持ち、浅黒く日に焼けたその姿は、まさに海の男といった感じがした。
この男こそが、ダーナの港町を仕切るロペス男爵であった。
「お久しぶりでございます、叔父上」
「ふん
よく言うぜ
一度も顔見せに来なかったくせに」
男爵はそう言うと、面倒臭そうにギルバートの方を見た。
「確かに似ているな
あの青瓢箪にそっくりだ」
「ロペス様
相手は王子ですよ」
「ああん
知らんな
ハルバートの奴が勝手に決めた事だ
ワシには関係ないわ」
男爵はそう言うと、もう一度ギルバートの方を見てから言った。
「ダーナの解放は聞いた
他に用事が無いなら、さっさと帰れ」
「ロペス様!」
「マズいですよ」
「うるさい
王子だか幼児だか知らんが、ワシには関係ない
ワシに重要なのは、ここの守りだけじゃ」
「分かりました
それでは後程、詳しい事は王都から連絡が来ると思います
それまでは魔物に気を付けてください」
「ふん
貴様等ひよっことは違う
ワシ等は精強な海軍じゃ
魔物なんぞに屈しないわ」
ロペスはそう言うと、ドカドカと通用門から戻って行った。
しかし数人の兵士達は、彼の口元が緩んでいるのを見ていた。
「すいません
あの通りの堅物で」
「しかし内心は喜ばれている筈です」
「おい!
いつまで口喋っている!」
「は、はい!」
兵士達は慌てて持ち場に戻りながらも、ギルバート達に頭を下げていた。
ギルバートも頭を下げると、そのまま立ち去ろうとした。
「おい!
今度来る時は美味い酒の肴でも持って来い!」
「あ…」
「はははは」
兵士達は苦笑いを浮かべていたが、ギルバートは改めて頭を下げていた。
帰りの道中で、騎士達は憤慨していた。
男爵の態度が、王子に対してはあんまりだったからだ。
「何ですか?
あの態度は」
「殿下のお身内なのであまり言いたくは無いんですが
酷過ぎませんか?」
「まあまあ
叔父上からすれば、私は大好きな姉を奪った男の息子です」
「え?」
「叔父は…
男爵は侯爵を嫌っていました
仕方が無いですよ」
「男爵はシスコンなんですか?」
「こら!」
「シスコン?」
「ええっと
姉妹の事が好き過ぎる人の事ですよ」
「お前等
殿下に変な事を吹き込むな」
「そうか…」
「殿下、気にしないでください
お前達もだ
殿下がどの様な気持ちで、ジェニファー様との接し方を変えようか悩んでいるのを知っているのか?」
「良いんですよ
確かに育ての親ではありますが、実際には親戚でしかありません
あまり仲が良いと、変な事を勘繰られますから」
「殿下…」
「すみません」
ギルバートにとっては母と妹に思えても、傍から見れば育ての親とその娘でしか無い。
しかも親戚ではあるが、遠戚に当たるので婚約には支障が無かった。
下手な噂が立てば、彼女達の進退にも影響が出る。
ギルバートはその事を気遣って、呼び方も変えていた。
「それに…
男爵も関係を改善しようとしてくださっています」
「え?」
「今のがですか?」
「ああ
最後の言葉がそうだろう」
「そうですね
あれはまた遊びに来いって意味でしょう」
「そうなのか?」
「貴族様の感覚は分からねえや」
騎士達がこそこそ言うのを聞きながら、ギルバートはクスリと笑っていた。
確かにぶっきらぼうで取っ付き難い感じはした。
しかし最後の言葉は、また来いという意味であった。
機会があれば、ここを再び訪れたいと思っていた。
「さあ、野営地に戻りますよ」
「はい」
ギルバート達は公道を抜けて、再びダーナの中に入った。
そして広場に差し掛かったところで、一人の男が立っている事に気が付いた。
最早誰も居ない筈の街中で、男が一人で立っているのだ。
騎士達は前に出て、素早く鎌を持って身構えた。
「何奴!」
「怪しい者ではありませんよ」
「怪しい奴が自分から、怪しいなんて言うか!」
「そうだ
それにダーナは滅んだんだ
そんな所に一人で居て、怪しくないなんて通用すると思うのか」
「おや?
対応仕方が間違いましたかねえ」
男は首を傾げながら、ゆっくりと通りの真ん中に出て来た。
そして優雅に紅い帽子を脱いで、紅い外套の前に抱えて挨拶をしてきた。
「お久しぶりです、殿下」
「何しに来たんだ?
エルリック」
「殿下
お知合いですか?」
「ああ
こいつは…
怪しい奴だが危険な奴でも無い」
「酷い挨拶ですね」
男は悪びれる様子も無く、優雅にマントを翻して腕を組んだ。
見た目は真っ赤な出で立ちをした、目立つ吟遊詩人だった。
しかし彼は、実は女神が遣わした使徒である、フェイト・スピナーの一人であった。
「それで?
フェイト・スピナーがこんな所に何の用事なんだ?」
「フェイト・スピナー!」
「こいつが?」
騎士達が改めて身構えるが、ギルバートは片手を挙げて制した。
「大丈夫だ
こいつは危険じゃあない」
「こいつって、酷いなあ
昔は詩人さんって呼んでくれたのに」
「それで?
何の用事ですか?」
「ああ、うん
今日は感謝をしたくて訪れたんだ」
「感謝?」
「ああ
イーセリアを助けてくれてありがとう」
「セリア?」
「ああ
私達では直接手を出せないんでね」
「魔王が絡んでいるからか」
「そこまでご存知でしたか」
エルリックは驚いたふりをしていたが、それは大袈裟でわざとらしかった。
「何でセリアなんだ?」
「ん?
あ!」
ここでエルリックは、一瞬しまったという顔をしていた。
「セリアが女王だからか?」
「しまったな
それには気付かれたか」
「あれだけ派手に力を使っていてはな」
「そうだよな
あの子は自重を知らないから」
「訳を話してくれないか?」
「うーん
あまり多くは教えられ無いんだけど…」
「セリアの身を守れないぞ?」
「え?
うーん」
エルリックは一頻り悩んでから、ゆっくりと口を開いた。
「そこの騎士達は信用出来るのかい?」
「一応私の親衛隊なのだが?」
「だが、魔王を相手にどうかな?」
「うーん…
分かった
お前達は先に帰っていてくれ」
「え?
殿下?」
「危険ですよ」
「大丈夫だ
彼は争う為に来たわけでは無い」
「しかし」
騎士達は困っていたが、結局折れるしか無かった。
重要な話をするのに、近くではどうしても聞こえてしまうからだ。
あのフランドールをどうにかした魔王に、騎士達が敵う筈も無い。
そうすれば、下手に秘密を知らない方が安全だった。
「分かりました
しかしくれぐれも、危険な真似はしないでください」
「隊長」
「殿下の命令だ
行くぞ」
ジョナサンは不満そうだったが、ギルバートの意思を汲む事にした。
それにギルバート一人の方が、並みの魔物でも安全だったからだ。
騎士達が十分に離れてから、ギルバートはもう一度問い質した。
「それで?
何でセリアなんだ?」
「そうだね
あの子は私の妹なんだ
イーセリア・ディアーナ・アルフェイム
この辺りに在った、ハイエルフの王国の最後の女王なんだ」
「はあ?」
「うんうん
そうなるよね」
「ちょっと待て
ハイエルフだって?」
「そう
今現存するエルフでは無く、その大元であるエルフだ」
そう言いながら、エルリックは自分の髪を掻き揚げた。
そこには金髪の間から、長い耳が見えていた。
「え?
はあ?」
「驚いたかい?」
「だって、セリアは耳なんて…」
「魔法で短くしているんだ
髪の色も少し弄っているしね」
「何だってそんな真似を?」
「女神から守る為さ」
「はあ?
お前は女神様の使徒では?」
「そうなんだよな
本当は妹を守る事を約束にしていたのに…
今の女神はイーセリアを殺そうとしている」
「守るって…
その為に使徒に?」
「ああ
260年前の戦争に敗けた時に、それを条件で使徒になったんだ」
「え?
260年?
それじゃあセリアは?」
「ああ
本来なら264歳になるね
私も289年生きているから」
「264歳…」
ギルバートは驚いていたが、問題はそこでは無かった。
「言っておくが、妹は生まれてすぐに封印されていた
そこは時間の流れがこことは違うから、あの子の実年齢は19歳だよ」
「それにしたって、あまりにも子供じゃ無いか?」
「それはハイエルフの成長し方にあるんだ
子供の頃は安全な妖精郷に居るから、3年で人間の1年分ぐらいしか成長出来ない
だからあの子は、まだ6歳ぐらいの力しか持っていない」
「そうなんだ…」
ギルバートは安心して、ほっと溜息を吐いた。
しかしその溜息が、何で出たかには気付いていなかった。
「それで?
何だってあんな辺境の集落に居たんだ?」
「それなんだよね
あの時になるまで、イーセリアが妖精郷から出されているなんて思わなかったよ
だから何時出たのかも知らないんだ」
「そうなんだ…
ん?」
「何だい?」
「妖精郷って?」
「ああ
そこも説明が必要かな
ここにはハイエルフの王国が在ったと言ったよね」
「ああ」
「ディアーナ妖精王国
麗しきエルフの森の都
そこには子供達を守って育てる為の、妖精郷があったんだ」
「だからそれは何なんだ?」
「この世界から時間と空間を切り離した、妖精たちの住む世界さ」
「妖精たちの?」
「本来は元々この**に住んでいた妖精の住処で…」
「何だ?
よく聞き取れなかったぞ?」
「ああ、ごめん
機密事項で話せない様にプロテクトされてたんだ
分かり易く説明すると、この世界に元々住んでいた、妖精達の世界と思ってくれ」
「そうなんだ…」
ギルバートは機密事項とかプロテクトという言葉が気になったが、話を聞く事にした。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




