第264話
魔法の矢は、館の入り口から真っ直ぐに飛来した
ギルバートに迫っていた魔物は、翼を射抜かれて狙いを逸らした
そのまま見当違いの方向に飛んで、頭から花瓶に突っ込んだ
その攻撃のおかげで、ギルバートは助かっていた
しかし怒りに我を忘れたのか、ギルバートはそのまま棒立ちになっていた
アーネストが入り口に突っ込んだ時、ギルバートは突っ立ていた
そのままでは危険と判断して、咄嗟にマジックアローを放ったのだ
しかしギルバートは、そのまま微動だにしなかった
アーネストは舌打ちをすると、そのままギルバートの元へ向かった
「何をしているんだ」
パシーン!
アーネストの平手が、棒立ちしていたギルバートの横っ面に入った。
「ア、アーネスト?」
「何してんだ
怒りに我を忘れるな!
それこそ奴等の思う壺だぞ」
「す、すまない…」
アーネストはギルバートを叱った。
アーネストの予想が正しければ、敵の思惑はギルバートを怒らせる事だ。
極限状態に追い込み、覇王として目覚めさせるつもりだろう。
そうすれば、ギルバートは感情を失って破壊の限りを尽くすだろう。
それこそ伝説にある、シバ王の様に破壊の魔王に成り兼ねない。
そうすれば人類は、敵としてギルバートを駆逐するだろう。
それは過去の聖戦の様に、恐ろしい破壊の傷跡を残す。
魔物にとっては、嬉しい結果になる筈だ。
「しっかりしろ
怒りに飲み込まれるな」
「う…
くそっ」
フハハハハハ
突如上の方から、不気味な高笑いが聞こえた。
激しい戦闘が行われているホールに、それは響き渡った。
「フラン…ドール殿?」
「ああ
どうやらその様だな」
「殿下
今はそれよりも」
「くっ」
「このままでは…」
騎士達は応戦していたが、旗色は悪かった。
思ったよりも魔物達は強く、騎士達の力を上回っていた。
「ボクが戻って正解だったな」
「ああ
頼らせてもらうぞ」
「任せろ
炎よ、汝の力を持って、我が眼前に立ちはだかる敵を焼き尽くし給え
喰らえ、ファイヤーアロー」
バスバスバス!
アーネストの周りに、無数の炎の矢が現れる。
それは回転しながら、次々と放たれた。
そして炎の矢は、まるで狙っていたかの様に魔物を射抜いて行く。
それ自体は致命傷にならないが、魔物は焼かれて隙だらけになる。
ギャオオオ
グギャアア
「今だ
一気に切り伏せろ」
「おう」
「食らいやがれえ」
「とうりゃああ」
騎士達が隙を見せた魔物に切り掛かり、一気に切り倒して行く。
炎に巻かれるのは余程嫌らしく、魔物はのたうち回っていた。
そこで騎士達は、冷静に一撃で切り倒して行った。
「殿下
何とかなりましたな」
「ああ
しかし…」
ギルバートはホールの上を見る。
そこには領主の執務室があり、笑い声はそこから聞こえていた。
「フランドール殿…ですか」
「ああ
間違いないだろう」
「そうなると、彼の御仁が…」
「そうだな
魔物に操られているのだろう」
「ギル
大丈夫か?」
「ああ
お前のおかげで落ち着けたよ」
そう言いながらも、ギルバートはまだ拳を握り締めていた。
先程まででは無いが、まだ相当怒っている様子だった。
「行こう
後少しだ」
「ええ」
「どこまでも着いて行きますよ」
「そうですよ」
騎士達が陽気に答えて、それを見たギルバートの心も、少しだけ救われた気がした。
もう魔物は居そうに無かったが、一応警戒しながら進む。
ホールから階段を登り、2階の執務室の方へ向かう。
そこは日陰になっているのもあるのだろうが、薄暗くて冷えていた。
まるで教会の霊安室の様に、恐怖心を煽る寒気がしていた。
執務室に着くと、騎士がドアを開けた。
ゆっくりと開いたその中は、薄暗くて暫く見えなかった。
「くくくくく…
はははははは…」
「フランドール殿?」
「はっはっはっはっは」
そこは広い執務室であったが、フランドールの姿は見えなかった。
そして笑い声は、その奥のバルコニーから響いていた。
バルコニーは庭に面していて、そこからは花壇と修練場が見渡せていた。
景色が良いので、ギルバートも好んでここからの眺めを楽しんでいた。
そしてそれは、父であるアルベルトが好きな景色でもあった。
「フランドール殿…」
「よく来たな、愚民共」
「フランドール殿
どういうつもりだ?」
「くくくく…」
「操られているのか?」
「操る?
誰がこの私を操れるのかね?」
「それじゃあ、これは?
一体どういう事なんだ!」
「愚かな愚民共を、私が正しく導いてやっているだけだ」
「導く?」
「一体何を言っているんだ?」
「やはり愚民共には分からんか
所詮は王家など僭称するクズ共
この選ばれた私の考えは、理解出来んか」
「何を言っているんだ?」
「気でも触れたか?」
「私は選ばれたのだよ
女神にな」
「やはり操られているのか?」
「そうだな…」
「貴様等愚かな人間共には分からんさ
我の様な高貴な魔物に成るという意味をな」
「高貴だって?」
「魔物に成るのがそんなに偉いのか?」
「ふふふふ
違うな
我は従わせる側の存在になったのだ」
「バンパイアがか?
所詮はランクEの魔物に過ぎないだろう」
「違うぞ!
我は選ばれた高貴な存在だ
そんなランクなんぞは、所詮は愚民が作った物差しでしか無い」
「話にならんな」
「だがどうやら、自分から魔物に成ったみたいな口ぶりだな」
「ああ
とても操られている様には見えない」
フランドールは確かに魔物に成っていた。
しかしその様子からは、操られている様には見えなかった。
「当然だ
私は選ばれたのだ
女神に選ばれた者なのだ
その私が操られているものか」
「なら、何故領民達を犠牲にした
何であんな事をしたんだ」
「ふっ
簡単な事よ
貴様等人間を、私の様な高貴な者の僕にしてやるのだ
ありがたく思うが良い」
「もう良い
貴様は許さんぞ」
「許さんだと?
私をどうするつもりかな?」
「フランドール!」
「貴様等人間は、みな等しく私に跪くのだ
この高貴な私の足元にな
ふははははは」
フランドールはマントを翻すと、背中から翼膜を生やした。
そしてフランドールの眼は、燃え上がる様な真っ赤な眼に変わった。
手から鋭い爪が伸び、口元には牙が生える。
「ふはははは
はーっはっはっはっ」
「構えろ!」
「来るぞ!」
フランドールはゆっくりと宙に浮くと、両腕を宙に挙げた。
そこには魔力が集まり、黒い稲光が見えた。
「マズい!」
「させるか!
マジックシールド」
アーネストが叫ぶと、一行の前に淡い緑色の光の膜が現れた。
フランドールの両腕から、黒い稲妻が迸る。
バシュッ!
シュバッ!
「小生意気な!」
フランドールの放った稲妻は、アーネストの作った魔法の膜に防がれた。
しかし膜を逸れた稲妻は、地面を焼いて黒い跡を残した。
もしまともに受けていたら、無事では済まなかっただろう。
「これならどうだ
はあっ」
今度は黒い炎の玉が、フランドールの両腕に現れた。
フランドールは続け様に、黒い炎の玉を投げ付けた。
ゴウッ!
「させないと言っただろう
アクアシェル」
ボシュッ!
ジュワッ!
「なにっ!
くそっ」
黒い炎は水色の膜に遮られて、吸い込まれる様に消えていった。
「ふふん
ボクはこう見えてもね、次期王宮魔導士なんだ
ヘイゼル老師に認められているんだ」
アーネストはそう虚勢を張っていたが、度重なる魔法の行使で疲労していた。
手にはじっとり汗が滲んでいて、足は震えていた。
「くそっ
ならば…」
「させるか
貸せっ」
「は、はい」
ギルバートは後ろの騎士の鎌をふんだくると、それを振り上げた。
「これでどうだ!」
ブオン!
ギルバートは膜が消えるタイミングを見て、鎌を投げ付けた。
「甘い」
バサバサバサ!
フランドールは無数の黒い蝙蝠になると、鎌を避けて別の場所に現れた。
「くっ
躱されたか」
「しかし殿下
躱すという事は…」
「ああ
攻撃は通る」
「出来るのか?
この私に攻撃を当てれるのか?」
確かにそうだった。
フランドールは宙に浮いていて、攻撃は蝙蝠になって躱されていた。
そしてフランドールが浮いていられるのは、恐らく背中に生えた翼膜のおかげだろう。
「ボクに考えがあります」
「しかし、アーネスト
お前は魔法を連発していて…」
「大丈夫
信じてくれ」
「殿下
時間がありませんよ」
「くそっ」
フランドールは再び、魔力を両腕に集めていた。
「魔力よ
汝は遥かなる古より、我等に力を与えて来た
汝が力をもって、彼の敵を撃ち落とし給え」
「ふふふふ
何をしようともう遅い
喰ら…」
「サンダーレイン」
バシュッ!
ズババババ!
「何っ!
グガアアア」
アーネストの魔法が一瞬早く完成して、フランドールの上から雷が降り注いだ。
雷は本体にも当たったが、翼膜も焼き尽くしていた。
グオアアア
フランドールは地面に墜落して、のたうち回っていた。
「くそっ
高貴な私が
何で下等なこんな人間共に…」
「諦めろ」
騎士達が囲んで、剣や鎌を振り下ろす。
しかしフランドールは、再び蝙蝠になって逃げ延びる。
「くはははは
そうだな
この私が…」
「逃がすか!」
ブン!
バサバサバサ!
「ふん
当たるか」
「くそっ」
フランドールは蝙蝠に化けては、ギルバート達の攻撃を躱す。
しかし雷のダメージが残っているのか、動きは鈍っていた。
攻撃に転じようにも、翼膜は再生されていなかった。
そして騎士達に切り掛かられているので、逃げるのに必死だった。
「どうした
逃げるだけで精一杯か?」
「そうだぞ
高貴な魔物なんだろう」
「くそう
下等な人間共が」
フランドールは必死で逃げていたが、徐々に騎士達に追い詰められていた。
「諦めろ
所詮は群れでランクEなんだ
単独ではランクFとそう変わらない」
「そうだぞ
死んで罪を贖え」
「何が罪だ
貴様等下等な人間共を
うわっ」
「死ねっ」
ブン!
「奴隷として使ってやろうという、この私の慈悲を…
ひいっ」
ブン!
「惜しい」
「逃げるな
卑怯者
ソーン・バインド」
「ぐぬうっ」
「今だ、ギル」
「せやあああ」
ザシュッ!
ギャアアア
遂にギルバートの剣が、フランドールの背中を捉えた。
フランドールは転げ回って逃げて、いつの間にか蝙蝠にもなれなくなっていた。
「これで終わりだ」
「ま、待て
私を助けるなら、お前達も高貴な魔物にしてやるぞ」
「まだ言うか」
「待て」
ギルバートは止めを刺そうとしている、騎士に待ったを掛けた。
「殿下?」
「何故です?」
「まさか…」
「フランドール
あんたは今、高貴な魔物にしてやると言ったな」
「ああ
そうだ
今なら私が紹介して、お前も魔物に…」
「それは誰に頼んでだ?」
「あ!
ああ…
うわああああ」
フランドールは何かを思い出したのか、急に震えだした。
「これは?」
「そういう事か」
「ああ
こいつも誰かに、魔物にされたんだ」
「い、言えない
恐ろしい」
「そいつは誰だ!」
「言えないんだ!
あわわわわ…」
フランドールはさっきまでの威勢はどこに行ったのか、真っ青な顔をして震えていた。
「どうしたんだ?」
「どうやら、相当危険な相手らしいな」
「そうだ
恐ろしい…駄目だねえ」
「な!」
フランドールの声が、急に野太い声に変わった。
騎士達は思わず、武器を構えて後退った。
「はははは
残念だったね
フランドール
君は本当に役に立たなかったね」
フランドールはそう言うと、涙を流しながら立ち上がった。
「私の秘密を喋ろうだなんて、何て恩知らずだろう」
「貴様が
貴様がフランドールを魔物にしたのか?」
「ん?
君は察しが良いねえ
くふふふふ」
アーネストの質問に、フランドールの顔は絶望的な表情をしているのに、言葉は嬉しそうだった。
「そうさ
私が彼を変えてあげたのさ
下等な人間を支配したいと言っていたからね」
「そうか
ならばお前が、ダモンを魔物にしたんだな」
「ほう?
それも気付いていたのか」
「ああ
ダモンが魔物に成った経緯にも、不審な点があったのでね」
「ふむ
君は見込みがあるね」
「よろしい
特別に君達には、魔石を提供してあげよう」
「魔石?
それはどういう?」
「君達は彼を殺したい
それは当然ですよね
この街を解放したいなら、彼を殺さなければならない」
「それで?」
「私が彼を殺してあげるからさ」
「何だと」
「それはどういう…」
「君達は黙っていなさい
私は彼に話しているのです」
騎士達はその言葉に、恐れを感じて後退った。
「彼が秘密を話しては困ります」
「それで殺すのか」
「ええ
こんな役立たずでは、私の計画に影響します」
「その為に…」
「ええ
死んでもらいます」
「あなた達には興味が湧きました
ですから今回は見逃してあげます
ただこれの死体は…処分します
ぐがはっ…」
フランドールはそう言うと、そのまま倒れて崩れて行った。
その身体は灰になり、後には魔石だけが残された。
「くそっ
逃げられたか」
「仕方がありませんよ
相手は魔王です」
「魔王?」
「恐らくは、フェイト・スピナーと同じ、女神様の使徒です
魔王と言うだけあって、魔物を従える魔物の王です」
「魔物の王…」
「そんな奴が…」
「どういう理由かは知りませんが、フランドールを魔物にしたんですね
それで口封じを…」
「魔物にするなんて…
殿下はそれを知りたくて、さっきは止めたんですね」
「ええ
彼がどうやって魔物に成ったのか、どうにも疑問でしたから」
「しかしその証拠も、こうして絶たれた…」
「ええ
残念ですが、これでは魔物であったという証拠にはなりません」
「ですよね
魔石しか残されていない
灰では何にもなりませんよ」
ギルバート達は、目的のダーナの解放は出来た。
しかし原因である魔物に成った理由に関しては、結局何も分からなかった。
そしてそれだからこそ、敗北した気持ちになっていた。
外では兵士達が、魔物が消えたと叫んでいる声が聞こえた。
どうやらフランドールが死んだ事で、街の住民達に掛けられた魔法が解けたらしい。
しかし歓声が聞こえていても、ギルバート達の心は晴れなかった。
肝心の魔王には辿り着けていないからだ。
「今回は敗けです
しかし次に会った時は…」
ギルバートは、静かに決意をしていた。
魔王と決着を着ける為に。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




