第263話
横実になって、ギルバートは自分の天幕を出た
まだ早朝だったので、兵士達はほとんど起きていない
隣の天幕には母親達が入っていて、その隣にはメイド達の天幕が並んでいる
そして天幕の前では、朝早くからセリアが、ぬいぐるみと遊んでいた
騎士や兵士達には、ジョナサンが箝口令を敷いていた
しかし兵士達の中には、事情を知らない者達も居た
その為、ギルバートは念の為に精霊に喋ら差無い様にお願いしていた
知らない者達が見て、驚かせない為だ
セリアはぬいぐるみを並べて、話し掛けていた。
この姿だけを見れば、可愛い物だと思っただろう。
しかし実際は、このぬいぐるみが精霊の仮の姿なのだ。
その気になれば、野営地に花畑を作ったりも出来る。
今はそんな事をしない様にお願いしているので、ぬいぐるみは大人しくしていた。
「フランドール殿…」
ギルバートは懐かしい、ダーナの城門を遠くに見ていた。
昨晩はあのまま、住民達は出て来る事は無かった。
しかし、いつ魔物と化した住民達が、あそこから出て来るか分からない。
今日は先手を取って、あそこへ攻め込まなければならない。
死んでいるとは言え、嘗ては共に暮らした街の住民達だ。
そんな彼等を、魔物として討伐しなければならない。
元領主の息子としては、非常に心苦しい選択であった。
やがて兵士達が起きだして、討伐に向けて準備を始める。
騎士団は馬と鎌の整備をして、魔物を倒す為の準備をする。
歩兵達は倒した住民を、浄化する為に焼かなければならない。
その為に、馬車に多量の薪を用意していた。
「殿下
そろそろ用意が出来そうです」
「ああ
分かった」
ギルバートはダーナ解放の為に、先頭で指揮をする必要があった。
勿論戦闘は、騎士達に任せる約束にはなっている。
しかし領主の館には、ギルバートも着いて行く事になっている。
フランドールがどうなっているのか、その目で確かめる必要があるからだ。
「みなの者
出陣の準備は整ったか」
「おう」
「我等はこれから、ダーナを魔物から解放する
その為には、魔物と化した住民も殲滅しなければならない」
「辛い戦いになるだろう
それでも私に着いて来て欲しい」
「おう」
「それでは進軍する」
「おう」
騎士を先頭に、ゆっくりとダーナの城門に近付く。
そこは東の城門で、嘗てオーガやトロールと戦った場所でもある。
そしてアルベルトにが、致命傷を負った場所でもあった。
あの時崩れて、補修した城壁が残されていた。
それを横目に、ゆっくりと城門の前に集まる。
そして歩兵達が、城門が開けれるか押してみる。
ギッギゴゴゴ…
ゆっくりと音を立てながら、城門が開いて行く。
その中には、再び住民が徘徊していた。
今日も日が陰っているので、城門の中も薄暗かった。
「全軍構えろ」
「おう」
「一切の慈悲は掛けるな
突撃!」
「おう」
騎士が号令に応えて、一気に城門の中に駆け込む。
そして広場を守る形で、住民達に鎌を振り上げて行った。
次々と鎌が振り回されて、住民達が切り裂かれて行く。
しかし悲鳴も絶叫も上がらず、血飛沫すら上がらなかった。
まるで死体か人形を切る様に、住民達は簡単に切り倒されていった。
「おかしい」
「そうですね
反撃も起きません」
「しかし魔物ではありますね
血も出ませんし、悲鳴すら上げない」
「そうだな
既に死んでいるんだな…」
ギルバートは切り倒されて行く住民を見て、複雑な気分でいた。
本来なら無事な内に、彼等を解放してやるべきだったのだろう。
しかし彼等は、もう物言わぬ動く骸と化していた。
せめてもの情けは、このまま炎で浄化してやる事だろう。
「広場の住民は駆逐しました」
「次はどうされますか?」
「周囲に警戒しつつ、大通りを進む
目指すは領主の館だ」
ギルバートは大通りの先の、大きな建物を指差した。
「あそこに此度の、騒ぎの元凶が居る筈だ」
「はい」
騎士達は二手に分かれて、大通りの警戒と、道を開ける為に進む者に別れた。
そして前者は広場と大通りを見張り、後者は切り進んで行った。
「さすがに昨日の様な変身はしないな」
「そうですね
また日光にやられるのを警戒しているのかも知れませんね」
住民達は、魔物の姿には成らなかった。
単純に成らないのか?それとも条件があるのか?
兎も角、魔物化しないのであれば只の人間である。
それも死んでいた人間なので騎士の敵では無かった。
「しかし数が多いですね」
「そうだな
元々ダーナは、三千人規模の街だ
それに騎士や兵士を加えたら、ざっと五千人は越えるだろう」
「五千人ですか?」
「ああ
しかし商人や住民だけなら、四千人は行かないんじゃないか?」
「それでも多いですよ」
「まあ、その全てを相手にする必要は無いさ
要は操っている奴を倒せば、掛かっている魔法は解けるだろう」
「アーネスト
ここに居て良いのか?」
「ああ
相手は将軍やフランドール殿を操るほどの者だ
いざという時には…
来たぞ!」
前方で騎士達が、激しい剣戟を放ち始めた。
いよいよ兵士達が、戦場に現れたのだ。
「殿下
魔物化した兵士達が現れました」
「やはりか
何とかなりそうか?」
「ええ
相手はスキルや馬を使っていません
しかし数が…」
「苦戦はするか…」
兵士達は、鋭い爪を振るって襲い掛かって来る。
それに対して騎士達は、馬で間合いを取りながら、クリサリスの鎌で応戦していた。
クリサリスの鎌は、長い棒の先に槍の穂先と、鋭い鎌の刃が着いている。
いくら鋭い爪を持っていても、間合いの外から鎌の刃で狩れば、大して苦戦はしなかった。
しかし問題は、その数が多い事だった。
「少し押されているな」
「ええ
しかしその分、こちらは被害は少ないです」
数人の騎士が、兵士達の接近を許して負傷していたが、軽い切り傷で済んでいた。
逆に騎士の方が、鎌を振るって兵士を切り倒していた。
「このまま進めれば…」
グオオオオ
ギルバートが前線を見ていると、一人の騎士が弾き飛ばされた。
「何だ?」
「遂に出たか」
アーネストはそう言うと、馬に鞭を当てて前に出た。
「アーネスト!」
「ここは任せてくれ
おじさん、ボクが相手だ!」
グガアアア
そこに居たのは、魔物化したヘンディー将軍だった。
彼は魔物化していても、愛用の大剣を振り回していた。
その剣圧に巻き込まれて、魔物化した兵士達が切り飛ばされる。
騎士達は警戒して、遠巻きにそれを見ていた。
「負傷した者を回収しろ」
「はい」
「それと迂闊には近付くな
そいつは危険だ」
ジョナサンも相手が将軍と聞いて、騎士達に警告を発した。
しかしその前に、呪文を唱えながらアーネストが躍り出た。
「アーネスト殿!」
「アーネスト
危険だぞ!」
「おじさんの事はボクに任せて」
「しかし…」
「大丈夫だよ」
「でも、お前は魔術師なんだぞ」
魔術師は比較的、体力が少ない者が多い。
剣士や兵士が鍛えている間に、部屋に籠って魔術の勉強をしているからだ。
そして素早く動けて体力のある兵士の様な職業からすれば、魔術師は戦い易い相手であった。
要するに、魔術師にとって将軍みたいな兵士は天敵であった。
しかしアーネストは、その将軍に単独で挑もうとしていた。
「無茶ですよ」
「そうだ
下がれ!」
「嫌だね
おじさんはボクが倒すんだ
それに、いざとなったら身体強化がある!」
「しかし…」
グガアアア
「マジックボルト」
バシュバシュ!
「ソーン・バインド」
グ…ガアア…
「上手い」
「しかし将軍なら…」
しかし将軍は、スキルを使わず力任せで蔦を引き千切ろうとしていた。
そこに決定的な隙が生まれた。
「食らえ
ファイヤーボール」
ゴウッ!
ドガ、ドガ、ドゴン!
グガアア…
将軍が蔦を引き千切る前に、5個の火球が降り注いだ。
たちまち弾けて爆発して、将軍は炎に包まれた。
「何で?」
「スキルが使えないのでしょうか?」
詳細は分からないが、将軍はスキルを一切使わなかった。
スキルを使っていたなら、魔法を躱していたし、今みたいに火球が飛んで来ても弾いていただろう。
「やった…
ぜえ、はあ…」
アーネストは続け様に魔法を使ったので、消耗して肩で息をしていた。
「おじさん
あなたに勝ちましたよ」
アーネストがそう言った時、一瞬であったが、将軍が穏やかな表情を浮かべた。
そして右手の親指を立てて、微笑みながら焼け崩れた。
それはまるで、よくやったぞと言っている様だった。
「お、おじさん…
約束、約束守った…
うわああ」
アーネストはその場で、馬の背に泣き伏せていた。
騎士達が兵士を切り倒しながら、アーネストの馬を引いて来る。
「アーネスト殿…」
「ヘンディー将軍は、あいつの兄貴分だったんだ
幼少のあいつを気に掛けて、いつも傍に居てくれたんだ」
「おじさ…ひっぐ」
「アーネストを後方に下げてくれ」
「はい」
「領主の館まで後少しだ」
「おう」
「進め!」
「おう」
騎士達に檄を与えて、ギルバートはさらに進んだ。
最初は兵士達も勢いがあったが、徐々に騎士達が優勢になってきた。
兵士はスキルも使えず、ただ真っ直ぐに突っ込んで来るだけだった。
だから騎士達も、徐々に慣れて上手く立ち回る様になって来た。
少しずつではあるが、領主の館に近付いて行く。
「殿下」
「ああ
どうやらネタが尽きた様だな」
遂にギルドの前まで来て、兵士達も数が減って来た。
ギルド内から冒険者や職人も出て来たが、所詮は同じ様な魔物であった。
爪を振り回すだけで、攻撃に精細さは無かった。
次々と騎士に切り倒されて、馬に蹴散らされていった。
「着いたぞ」
「はい」
ギルバートの前には、懐かしい領主の館が待ち構えていた。
幼少期より暮らしてきた、懐かしい我が家でもあった。
そして愛する父がいつも出迎えてくれた、楽しい思い出の場所でもあった。
それが今、魔物の巣窟と化していた。
「フランドール殿
あなたに何があったのか、確かめさせてもらう」
「殿下」
ジョナサンが門の前に立ち、騎士達が左右から門を開けた。
そこには魔物も住民も居なくて、ただ静寂だけがあった。
拍子抜けしたが、ギルバートはゆっくりと前に進む。
騎士達も進んで、今度は玄関を開けた。
そこには一人の男が立っていて、捻じれた首をこちらに向けていた。
「は…ハリス?」
「坊ちゃん?
ぼっちゃん、ぼっちゃ、ぼっちゃ、ぼっ、ぼぼぼぼ…」
その姿は歪んで行き、背中から蝙蝠の様な翼膜が生え、手には鋭い爪が伸びる。
「ぼっちゃ、ぼぼぼぼ…」
「でんかあ、ああああ…」
他にも声がして、廊下にメイドや使用人が現れる。
彼等も同様に、背中から翼膜を生やして、鋭い爪を生やしていた。
「これは?」
「執事のハリスやメイドのアンナ
その他にも使用人達まで…」
彼等はギルバートが旅立つ時、フランドールに仕える様に残して行った者達だ。
それがこうして今、魔物にされているのだ。
ギルバートは歯軋りをすると、剣に手を掛けた。
「殿下、いけません」
「そうですよ
ここは我々に任せてください」
騎士達は優しく微笑むと、馬から下りてギルバートの前に出た。
「お前達…」
「殿下のお手を汚す必要はございません」
「そうですよ
殿下が戦われては、彼等も悲しむでしょう」
最早魔物と化しているのだ、そんな感情は残っていまい。
しかし騎士達は、ギルバートに辛い思いをさせない為に、自分達が前に出たのだ。
ゆっくりと剣を引き抜くと、騎士達の表情は変わる。
それは敬愛する主人の大切な物を穢された、怒りで憤怒の形相をしていた。
ボボボボアー
アギャアアア
奇妙な絶叫の様な声を上げて、魔物は前に飛び出して来た。
「させるか!」
「踏み止まれ!」
「ぐぬおおおお」
今までの魔物擬きとは違って、今度のは正真正銘魔物になっていた。
素早く動き回り、鋭い爪で攻撃して来る。
騎士達は懸命に剣を振るい、魔物の攻撃を防いでいる。
しかし魔物は素早く、そして短時間であるが宙も飛んでいた。
背中の翼膜は飾りでは無かったのだ。
「これは…」
「手強いな」
「しかし殿下の思い出を穢した
罪は大きいぞ」
「許さんぞ!」
さらに数人の騎士が加わり、一気に館の中に踏み込む。
そして騎士達は、館のホールのあちこちで切り結んでいた。
「ぬりゃあ」
「うおおお」
ギャア
クキャオオオ
ホールのあちこちで、騎士と魔物が戦っている。
入った時はまだ、少しは面影が残されていた。
それが激しい戦闘で、次々と壊されて行く。
「くそっ」
「殿下
危ないですぞ」
クキャア
「くっ」
ドガッ!
騎士の一人が弾け飛ばされて、ハリスがギルバートの方を向く。
「殿下
ぐおっ」
ギャリン!
ドカッ!
ハリスが飛び掛かり、ジョナサンが弾き飛ばされた。
「くそお!」
ザン!
ギルバートは咄嗟に抜刀すると、そのまま袈裟懸けにハリスを切り裂いた。
「グギャ…
ぼっちゃ…お見事…で…」
ズサッ!
ハリスは一瞬、正気に戻ったのか笑顔を浮かべていた。
そして次の瞬間、灰になって崩れ落ちた。
「ハリ…
くそおおお」
ギルバートは呼吸が荒くなり、目の前が真っ赤に染まって行った。
思考が停止して、怒りで我を失って行く。
ドクンドクンと心臓が波打ち、目の前が真っ暗になって行く。
「殿下
くそっ!」
ジョナサンは立ち上がり、さらに向かって来るメイドと対峙する。
激しい爪の攻撃を、懸命になって剣で弾いていた。
このままではマズい。
押し切られてしまう。
騎士達は懸命に戦いながらも、いよいよ事態が逼迫していると感じていた。
そしてもう一体の魔物が、ギルバートに向かって滑空を始めたその時、ホールに声が響いた。
「マジックアロー」
シュバババ!
グギャアアア
魔法の矢が飛来して、寸での所で魔物の攻撃を防いだ。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




