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聖王伝  作者: 竜人
第九章 ダーナの解放
262/800

第262話

ダーナの住民達は、まるで死霊のゾンビの様にゆっくりと近付いていた

その手には鋭く伸びた爪が、口元には鋭い牙が生えていた

無表情な割にはぎらついた赤い目をして、ゆっくりと前進して来る

その歩みはゆっくりだが、確実に丘の上に向かって来ていた

迫る住民達を前に、騎士達は鎌を構えて警戒する

丘まで後少しというところで、雲に隙間が見え始めた

ゆっくりとだが、丘の上に日が差し込み始める

気が付けば、イーセリアがぬいぐるみを抱いて祈っていた


「お願い

 シルフちゃん

 お兄ちゃんを助けて」

「まかせて」


不意にぬいぐるみが言葉を発した。

そして日差しが丘の上に差し込んだ。


グガアア…

ギャアアア…


急に住民達が苦しみ始める。

見れば黒い靄を上げながら、まるで焼かれている様な様子を見せる。


「何だ?

 これは?」

「お兄ちゃん、今だよ

 シルフちゃんも長くはもたないよ」


何が何だか分からなかったが、とにかく住民達は苦しんでいた。

逃げ出すのなら、今が好機だった。


「急げ

 みんなを馬に乗せて逃げるんだ」

「はい」


騎士達はフィオーナ達を後ろに乗せて、一斉に駆け出した。

ギルバートもセリアを抱き上げると、ハレクシャーに飛び乗った。

ハレクシャーはまるで待っていたかのように、二人が乗ると駆け出した。


「急げ、ハレクシャー

 このまま一気に抜けるぞ」

ヒヒーン


ハレクシャーはギルバートの声に応えて、一気に城門に向けて駆け出した。

日差しはいつの間にか、街中を城門まで一直線に照らしていた。

その日差しが当たる位置には、住民達は苦悶の声を上げて近付けなかった。


「今だ

 奴等が近付けない間に、一気に駆け抜けるぞ」

「はい」


ジョナサンを先頭に、騎士達が駆け抜けて行く。

アーネストは後方に遅れて、殿をギルバートが務める。

そして騎士達が駆け抜けると、歩兵達が慌てて駆け寄って来た。


「どうしたんですか?」

「良いから城門を閉じるんだ

 良いか

 殿下が殿だぞ」

「はい」


歩兵達は慌てて城門に駆け寄り、いつでも閉めれる様に配置に着いた。

そこへ騎士達が駆け抜けて、アーネストも抜け出した。

最後にギルバートが抜けたところで、ジョナサンが城門の前に立つ。

左右にも騎士が立ちはだかり、抜け出そうとする住民達に備える。


「今だ、引け―!」

「おう」

「引っ張れ」

「それ!」


歩兵達が力を合わせて、城門を引っ張り閉めようとする。

そこへ住民達が詰め寄り、一気に城門が閉じられた。

数名の住民も抜け出たが、日の光を浴びてのたうち回った。


グガアア

ギャアアア


「マズいぞ

 止めを刺せ」

「せりゃあ」


騎士達が鎌を振るって、住民の首を刎ねた。

すると黒い靄を上げながら、身体は崩れて行った。


「これは…」

「恐らく死霊の力から解放されて、日の光に浄化されたのでしょう」

「浄化?

 死んだのか?」


「正確には既に死んでいました

 解放されたと言った方が正しいでしょう」


騎士達の質問に、アーネストが答えた。


「彼等は死霊に操られていました

 日の光が、死霊の魔力を浄化するのでしょう」

「それで黒い靄が上がっていたのか」

「ええ

 倒す事が出来ても、死体を焼かないと復活します」


「それは危険だな

 先の兵士の死体もか?」

「その可能性はあります

 ですから焼く様に頼んだんです」

「ううむ」


原理は分からないが、死者が操られて動いているとなると危険だ。

今は日の光が差していたが、それも既に雲に隠れていた。

これ以上この場に居るのは危険だ。


「一旦この場から離れるぞ」

「え?

 はい」

「急げ

 また襲われては適わん」

「はい」


騎士達がその場に残り、先に歩兵達を逃がした。

騎士は馬に乗っているので、いざとなったら逃げ易いからだ。

それから助け出した者達も一緒に逃げさせる。

それから城門の開閉を警戒しながら、騎士達もゆっくりと下がった。


「よくは分からんが、危険だな」

「ええ

 さっきは何とかなりましたが、こうなるとどうやって倒すか…」


日の光に弱いのは分かった。

しかし人間の姿をしている時は、あまり効果が無さそうだった。

あくまで魔物の様な状態の時に、日の光が効いている様子だった。

それに切り殺したとしても、後で焼かないと危険らしい。

そうなってくると、迂闊に切り込んでも勝てないだろう。


「兎も角、殿下のご家族は無事だったのだ

 先ずはそれを喜ぼう」

「それなんだが…

 一体どうやって?」

「え?」

「あんな化け物の中に居たんだよな?

 よく無事だったよな?」

「そうだよな」


騎士達もセリア達が無事だったのを、不思議に思っていた。


「ここまで来れば安全だろう」


一行は昨晩の野営地まで引き下がり、そこから城門を見張っていた。

そしてギルバートは、家族と改めて感動の再会を果たしていた。


「母上、フィオーナ

 それにセリアも

 よくぞ無事でいてくれた」

「ギル

 立派になって…うう」

「お兄様…」

「お兄ちゃん」


4人は固く抱き合っていた。

それを横目に、アーネストもメイド達と話していた。


「そうですか

 エリーは…」

「ああ

 リアは確認出来なかったが、恐らくは…」

「アーネスト様」

「坊ちゃん」


メイド達が悲しまない様に、アーネストは話題を変える。


「それにしても、お前達はよく無事だったな」

「いえ、偶々ですよ

 運が良かったんです」

「そうですよ」

「ん?」


「私達はエレン姉様から、フランドール様が出兵するって聞いたの」

「それで危険になるからって、奥方様に相談に伺っていたのよ」

「ジェニファー様にか?」

「ええ

 屋敷は気になるけど、戦になるならどうしようかと思って」


メイド達は、当時は交代でジェニファーの家に手伝いに行っていた。

しかし内戦の話を聞いて、どうするか相談に行っていたのだ。


「あの日も不穏な噂を聞いて、相談に行っていたの」

「あれ?

 そういえばエレンは?」

「居ないわ

 エレン姉様はヘンディー様の奥様よ

 家で留守を守っていたわ」

「それではエレンは…」

「ええ

 たぶん…」


「くそっ

 おじさんめ、どうしたんだ

 それにフランドール様はどうしたんだ?」

「分からないわ

 私達は危険だからって、家の中に入る様に言われたの」

「そしたらあちこちから悲鳴が上がって…」

「そうか…」


「イーセリア様が居なければどうなっていたか…」

「え?」

「あの方が守ってくださったの」

「そう

 お母さまの序でだって」

「どういう事だ?」


アーネストが困惑していると、ギルバートも声を上げていた。


「何だって?

 それじゃあセリアが?」

「ええ

 セリアがお願いしてくれたから、私達も助かったの」

「うん

 お母様とお姉さまを守りたかったの

 だってお兄ちゃんが悲しむから」

「しかし

 だからって…そんな…」


「どうしたんだ?」


アーネストがギルバートの声に驚いて、メイド達と来た。

メイド達はセリアに頭を下げてから、アーネストの後ろに並んだ。


「ああ

 実はセリアが精霊に頼んで精霊女王で…」

「おい

 慌てなくて良いんだぞ」

「ん?

 ああ」


ギルバートは咳払いをして、改めて話始めた。


「先ずは、セリアが精霊女王らしい」

「うん

 よく分からないけど、みんながそう言うんだ」

「みんな?」

「ああ

 この子達が精霊らしい」


ギルバートはセリアが抱いている、ぬいぐるみを示した。

しかしよく見ると、そのぬいぐるみは動いていた。


「な!」

「そうなんだよ

 私も最初はぬいぐるみと思っていたんだ」

「しっけいな

 われはつちのせいれい、ノームなるぞ」

「わたくしはシルフですわ」


「驚いた

 本物の精霊を目にするなんて」

「あ!

 本物では無いらしいぞ

 今は仮の姿をしているんだって」

「仮の姿?」

「うむ

 まだじょおうのちからがはっきされておらん」

「このすがたはかりものなのよ」


精霊は仮の姿らしく、喋り方もたどたどしかった。

甲高い子供の様な声なのに、妙に大人びた言葉を使う。

その辺りに違和感を感じたが、これが仮の姿故なのかは分からなかった。


「それで?

 その聖霊様が何だってここへ?」

「ああ

 セリアを守ってくれていたらしい」

「ぶれいもの

 このおかたはせいれいじょおうで…」

「良いの

 お兄ちゃんはセリアのお兄ちゃんなの」

「まあ、じょおうさまがおっしゃるなら…」


「そうか

 あの茨は精霊様が出していたのか」

「いかにも

 わがちからをもってすれば、あのようなまものなんぞ…」

「そういうわけ

 わたしたちがじょおうさまをまもっていたのよ」

「二人共うるさああい

 しばらく黙っていてよ」

「はい」


セリアが癇癪を起して、精霊は黙ってしまった。

力を失ったのか?ぬいぐるみは動かなくなっていた。


「それで?

 精霊様の力があったから、家が守られていたのか?」

「うん

 セリアがノームにお願いしてね

 お家を守ってもらったの」

「そうか

 セリア、ありがとう」

「うん」


セリアはギルバートに褒められて、頭を撫でられていた。


「しかし…

 そうなると、丘の上の空気が違ったのも?」

「うん

 シルフにお願いしたの

 悪い人達は、空気がきれいだと来ないの」

「そうか

 助かったよ」

「うん」


なでなで


「うーん

 しかし、まだ分からん

 食事はどうしたんだ?」

「それは精霊様の力だろう

 大地の精霊なんだろう?

 野菜は作れるさ」

「あ!

 なるほど…」


どうやら野菜だけは、何とかノームの力で作れたらしい。

しかし肉が出来ないので、みんな少し痩せていた。

そしていよいよマズいと思っていたところに、何とか救援が間に合ったのだ。

もう数週間でも掛かっていれば、さすがにもたなかっただろう。


「そうか

 救援に向かったのは正解だったな」

「しかしフランドール殿はどうしたんだ?

 内戦に向かったのは確かだろうに」

「それなんだよな…」


「それは私たちの方から」


それまで黙っていた、メイド達が急に話し始めた。


「私達は、逃げ込むまでは街に居ました」

「ですから多少は事情をしっております」

「そうか

 なら話してくれ」

「はい」


「フランドール様は、内戦は勝たれました」

「私達も、勝ったという報告までは聞きました」

「しかし別の危険が迫っていると聞きました

 魔物が迫っていると」

「それはどういう事だ?」


「フランドール様が出られている間に、ダーナに魔物が向かっていました」

「街の軍隊はほとんど出払っており、城門を閉めて警戒しておりました」

「私達はそんな事もあって、奥方様に会いに行っておりました

 その時にフランドール様が凱旋なさったと言う話が来て…」

「そうか

 それならフランドール殿は、無事にダーナに帰還していたんだな」

「いえ

 それが…そのう…」

「え?」


メイド達は困惑した様子で、話して大丈夫か悩んでいた。


「どうしたんだ?」

「それが…」

「凱旋したとは聞いたんです

 しかし城門からは悲鳴が聞こえて」

「後は危険だからと、みなで家に入りまして…」


ギルバートとアーネストは、互いに顔を見合わせた。


「どう思う?」

「そうだな

 話の通りなら、凱旋したフランドール殿が乱心したのだろう」

「そうだよな

 しかし街の住人達は、魔物に操られている」

「もしかして、フランドール殿も?」

「ああ

 その可能性は高いな」


戦いに勝ったと、凱旋して来たフランドールが操られていた。

それならば、住民達も油断して殺されただろう。

そしてフランドールと同様に、操られる事になった。

これならば辻褄が合いそうだった。


「可能性は高いが…

 領主の館に行かないと確認は出来ないな」

「ああ

 それに街を解放するにも、そこへ向かわないとならないだろう」


「行かれるんですか?」

「無茶ですよ」

「そうですよ

 危険です」


メイド達は口々に、危険だと言って反対した。

しかしジェニファーは、黙ってギルバートを見詰めるだけだった。

そしてフィオーナは、フランドールの無事を祈っていた。


「ギル

 私はもう、あなたを止めません

 あなたはもう、王子として責務を果たそうとしています

 それを私は止められません」

「お兄様

 フランドール様は無事ですよね?

 ねえ?」


「すまない

 私はフランドール殿の事は、正直絶望的だと考えている」

「そんな…」

「せめて、私が止めを刺してあげようと思う」

「ああ…」


フィオーナは泣き崩れた。

そんなフィオーナを見て、アーネストは複雑な表情をしていた。


「これから再突入するのは厳しいだろう

 今日はこのまま、ここで野営をする」

「そうだな

 領主の館を確認するにしても、明日の方が良いだろう」


ギルバートは方針を決めると、直ちに騎士達に指示を出した。

また、救助した者達の休む為の、天幕も用意させた。


「すみません

 休む場所は用意できますが、風呂や快適なベッドまでは…」

「良いですよ

 休めるだけマシです」

「そうですよ

 あそこでは安心して眠れませんでしたから」


ジェニファーもフィオーナも、そう言って天幕の中で休んでいた。

それを見て、ギルバートはやっと安心していた。


「良かった

 本当に良かった…」

「感動しているのは良いけど

 どう報告するつもりだ?」

「え?」


「おい

 まさかそのまま報告するつもりか?」

「へ?

 駄目なのか?」

「ああ…

 馬鹿なのか?」


「そのまま報告したらマズいだろ!

 セリアがどうなると思ってんだ」

「え?」

「精霊女王だぞ!

 そんな存在だと知られたら、どんな危険な事が待っているか」

「えっと…」


「先ず、精霊女王がどの様な存在か分かっていないだろ」

「ああ」

「そんな危険な人物を国内に入れられるか?」

「ええ?」


「それにな

 彼女を巡って利権絡みで奪い合いが起きる可能性もある」

「そんな大袈裟な」

「大袈裟なもんか

 現に食料を作れていたし、精霊様とお話出来る

 それだけでも欲しがる奴はごまんと居るさ」

「そんな…」


「養女や婚姻関係で欲しがるなら良いだろう

 だが…

 実際は奴隷として手に入れようとするだろうな」

「何で?」

「彼女は人間では無い」

「そんなわけは…」

「普通の人間は、精霊女王になんかなれないだろう?

 それこそ我々の知らない存在なんだから」


アーネストの言葉に、ギルバートは愕然とした。

そこまで考えていなかったのだ。


「ジョナサンに話して、兵士達には口止めして来る

 後はどうするかは、お前がゆっくりと考えろ」


アーネストは優しく肩を叩いてから、その場を後にした。

ギルバートは膝から崩れ落ちると、その場で暫く考え込んでいた。

セリアをどうするのか、そして今後をどうしたいのかを考えていた。

まだまだ続きます。

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