第260話
ボルの町を発ってから2日目
一行は竜の背骨山脈を登っていた
道中にはまだ雪が残っていて、油断をすると足元が滑って危険だった
そんな道を進みながら、一行は魔物も討伐していた
ここには死霊が増えていて、ゾンビやスケルトンがうろついていた
出て来る魔物はランクGばかりで、強い魔物は現れなかった
しかし死霊系の魔物は腐敗しており、見た目も臭いも強烈だった
騎士達の精神面には効果覿面で、数人が気分を悪くしていた
今日も野営をする前に、死霊の群れを見付けて狩っていた
「うう…」
「死体が、死体が!」
死体が動き回る様を見て、騎士達はすっかり怯えていた。
「幸い怪我はありませんが、すっかり怯えています」
「こればっかりはポーションでは治りません
鎮静の薬草でお茶を作りましょう」
アーネストは薬草のお茶を作ると、怯えている騎士達に飲ませた。
すぐには効果は出ないが、暫くすれば落ち着くだろう。
「他には問題は?」
「そうですね
死霊の中には、生前の持ち物を持った者も居ました」
「生前の持ち物ですか
何か手掛かりになれば…」
騎士達が持って来た物が、野営地の中心で並べられる。
死霊が持っていたので、酷い臭いが着いていたが、騎士達は真剣な顔をして確認していた。
「こっちは商人の夫人の持ち物ですね
名前も書かれています」
「よし
その名前も記入して保管しておいてくれ
親族に連絡が取れたら渡そう」
「こっちは…
貴族のご婦人?
それともお供のメイドですかね」
「貴族の名前や本人の名前はあるか?」
「そうですね…
このハンカチに名前が
エリザベスと書かれていますね」
「何だって!」
アーネストは慌てて騎士の前に駆け出す。
そして手に持っていたハンカチに視線を落とした。
「間違いない…
やっと…」
アーネストははハンカチを手にすると、その場で啜り泣き始めた。
「ええっと…」
「殿下?」
「ああ
アーネストを育ててくれたメイドの一人だ
ようやく見付かったんだ」
「え?」
「そんな!」
「良かったら、そのハンカチがどこで見付かったか教えてくれないか?」
「は、はい」
ギルバートは騎士に聞いて、その死霊がどうなったのかも確認した。
場合によっては、もう一人のメイドの安否も分かるかも知れない。
そう思って、ギルバートは確認をした。
「腐敗が進んでいましたので…」
「他には死霊は居たのか?」
「女性の死霊はその2人だけです」
「そうか…」
「傷はどんな感じだったか?」
「そうですね
ほとんど残っていませんでしたが、骨は何ヶ所か砕けていました
恐らくは崖から落とされた時に出来たのかと」
「やはりそうか」
この事から、メイドのエリーも崖から落とされた可能性が高かった。
その事から推測出来るのは、彼女もダブラスに殺された隊商に加わっていた可能性が高い。
そして殺された後に、死霊になって彷徨っていたのだ。
見付からなかったのは、殺されて落とされた場所が悪かったのだろう。
同様に見付かっていない隊商が、まだ数組残されていた。
ギルバートは確認を済ませると、まだ泣いているアーネストの元へ向かった。
そして黙って肩に手を置くと、優しく声を掛けた。
「アーネスト
エリーの他には見付かっていない
リアが一緒かは分からなかった」
「ギル…」
「気持ちは分かるが、恐らくは…」
「分かって…
分かっている
でも、生きていると思いたかった」
「そうだな
あのまま別れた切りで、私も気になっていたからな」
エリーとリアは、王都でアーネストの世話をしたいと、先に王都に旅立っていた。
その時に隊商の馬車に乗っていたのだが、そのまま行方不明になっていた。
「残念だったな…」
「ああ
でもこれで、一区切りが出来たよ
二人はもう、この世には居ないんだ…」
「そうだな」
「せめて残りのメイド達が、一人でも無事なら良いんだが」
「そうだな
二人ぐらいはジェニファー様の世話に行っている可能性がある
でも、全員はさすがに無理かな」
「そうだな
交代で世話すると言ってくれていたから、もしかしたら…」
しかしジェニファー達ですら無事か分からないのだ。
期待は出来そうに無かった。
「さあ
少し休んで来い」
「え?
ああ…」
「酷い顔をしている
良いから休んで来い」
ギルバートは泣き腫らした顔をしているのを見て、アーネストを早目に休ませた。
この辺りの魔物は一掃してので、そこまで心配する事も無かった。
むしろアーネストの調子が悪くなる事の方が、大きな問題になるだろう。
「もう魔物は居ないと思うが、十分に警戒してくれ」
「はい」
ギルバートはもう一度野営地を見回し、安全を確認してから天幕に向かった。
そして明日の行程を確認してから、仮眠に着いた。
翌朝も早い時間から起きて、騎士達と共に周囲を確認した。
死霊は夜間に活性化するので、朝には大人しくなっていた。
それに山脈には、コボルト等の魔物は居なかった。
代わりにロックリザードが住み着いて居るので、肉が必要な時には狩る事にしていた。
「それで、今日はどこまで登られますか?」
「アーネスト次第かな?」
「アーネスト殿がどうかされましたか?」
ギルバートは昨晩の事を、ジョナサンにも話した。
「なるほど
それでまだ起きて来ていないんですね」
「ああ
いつもならそろそろ起きるんだが…」
余程ショックだったのだろう、アーネストはまだ眠っていた。
「出来れば…
あそこまでは行きたいんだが」
「そうですね、あそこまで登れば、明日には頂上に着けそうですね」
そこはこの野営地からは大分離れた上の方だった。
しかしそこまで登れたら、頂上まではあと少しになる。
既に山脈の登山も半ばを越えていた。
それもあってか、ここ数日は死霊の遭遇率も上がっていた。
「アーネスト殿を起こしましょうか?」
「いや、もう少し待とう」
それから朝食の準備をしながら、ギルバートはアーネストが起きるのを待っていた。
アーネストは暫く待っていると、目を腫らして起きて来た。
どうやら少しは、立ち直って来た様子だった。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃ無い
しかし魔物は殲滅する
それがボクの仕事だから」
「はあ…
しょうがないな」
ギルバートは朝食のスープを注ぎながら、アーネストに差し出した。
「ほら
これでも食って元気を出せ」
「ボクはギルほど単純じゃあ無いぞ」
「良いから
食った方が元気が出るぞ」
ギルバートは無理矢理器を渡すと、自分の支度をする為に天幕に向かった。
それから夕刻まで、一行は休憩をせずに進んだ。
この先が険しかったので、少しでも安全な場所に進みたかったのだ。
一気に登り切り、開けた安全な場所まで登る。
そして登り切った者から、天幕を用意して野営の支度に取り掛かった。
「このまま休みますか?」
「ああ
昼に休めなかったし、この先はまた急な崖がある
明日に一気に登ろう」
「分かりました」
そして翌日も休憩せずに登り、一行はいよいよ山脈の頂上に到着した。
ここからは後は、麓に向かって下って行くだけだ。
しかし、一番の難関は麓の付近になるだろう。
町の魔物は片付けたが、周辺に魔物が集まっている可能性が高い。
それを思えば、降り切って安心した時が一番危険だろう。
「これから向こう側に渡って、そこから下らないとならない
大体1週間ぐらいかな」
「そうですか
まだまだ掛かるんですね」
「ええ
雪も残っていますから、もう少し掛かるかも知れませんね」
下りも魔物は偶に出て、一行の行く手を妨げた。
ゾンビなどの死霊と、ロックリザード等の魔獣が現れた。
しかし予定より1日余分に掛かっただけで、一行は無事に麓まで辿り着いた。
そこは関所があった跡で、既に何年も経った様にボロボロになっていた。
「ここがノルドの町ですか?」
「ああ
あそこが町の城門だな
しかしまるで何年も放置したみたいに、ボロボロになっているな」
町の正面にある城門も、ボロボロに変わり果てていた。
そこを潜ると町なのだが、まるで廃墟の様に寂れていた。
「町も変わり果てているな
人が居なくなると、こんなにも寂れるものなのか?」
「いえ、ここまでは極端では無いかと
ここは半年前には町だったんですよね?」
「ええ
半年前に来た時には、普通の町でした」
「僅か半年でここまで…
そうなると魔物の影響ですかね」
町並みはすっかり変わっていて、まるで何年も放置された後の様であった。
家は崩れて瓦礫になり、道路も砕けて砂だらけになっていた。
そしてあちこちに蔦が巻き付いて、廃墟を彩っていた。
「半年も掛からないでこんな有様に…」
「死霊が住み着いて居たのにも関係があるのかもな」
そのまま周辺を捜索して、森の中には魔物が居ない事を確認した。
「森には居ないんだな
もしかしたら、町が廃墟になっているのと関係があるのかな?」
「そうだな
ここまで廃墟になるのは異常だな
何か関係があるのかも知れないな」
町の中は怪しいので、野営は町の外で行われる事となった。
そして野営の準備をしながら、さらに周辺の探索をしてみた。
ダーナへの公道は、傷んでいるが残っていた。
そしてダーナの方向には、やはり人が生活している様な灯りは見られなかった。
これはダーナだけでは無く、周辺の村も滅びていると見て良かった。
何せ炊事の煙も上がっていないのだ。
人が生活しているのなら、炊事の煙ぐらい上がっただろう。
「やはり、ダーナの周りには生活している様子は見られませんね」
「ああ
炊事の煙も、夜の灯りも見えない
魔物が居るにしてもおかしいよな」
「そういえばそうですね」
魔物が居る筈なのに、炊事の煙は上がっていなかった。
それでは魔物は、一体何を食べて過ごしているのだろうか?
「油断は出来ませんね」
「ああ
明日から2日掛けて、ダーナに向かって進んでみる
何かあった場合は即撤退する」
「はい」
「何事も無く、ダーナに辿り着ければ良いのだが」
「そうですね
見張りは厳重に行います」
「頼んだぞ」
野営の準備をすると、騎士達はさっそく周囲を警戒して見回した。
しかし森は真っ暗で、まるで魔物が住み着いて居ない様子だった。
「これだけの森なのに、何故魔物が住み着いて居ない?」
それは疑問であったが、魔物は実際に住み着いて居なかった。
一行は順番に仮眠を取って、ゆっくりと休んだ。
そして翌朝になると、さっそく公道に沿ってダーナを目指した。
そのまま昼を過ぎて、近くの村の跡地の側で休息を取った。
しかし魔物は周囲に居なくて、何故村が滅びたのか想像は出来なかった。
「ここにも魔物は居ないな」
「そうですね
まるで生き物が避ける様に、この辺りには魔物は居ませんね」
「生き物が避けるか
もしかしたらそうなのかも知れない」
「殿下
まさか本気でそう思っていますか」
「いや、可能性はあるぞ
あまりにも生き物が居ない
その可能性はあるだろう」
「そうですか…」
一行は魔物に警戒しながら、公道を西へ進んで行った。
しかし魔物の姿は見られず、翌日にはダーナが見える場所まで来ていた。
「殿下」
「ああ
いよいよダーナが見えて来た」
「周辺には魔物の姿は見えません」
「そうか」
「このまま向かいますか?」
「いや、今から入るのは危険かも知れない
今日はここで休んで、明日の朝から向かおう」
「はい
それでは少し早いですが、野営の準備に掛かりますね」
「ああ
向こうに小さな川がある
馬の水はそこで汲んで来させてくれ」
「はい」
ギルバートは指示を出し終わると、遠くに見えるダーナの城門を見た。
あそこには残して来た家族が居る。
無事かどうか分からないが、それでも確認はしたいのだ。
ギルバートは城門を見ながら、決意をしていた。
「遂にここまで来たんだ
待ってろよ…」
翌朝になり、一行はいよいよダーナの街に近付いた。
天候は少し曇っていたが、雪は降っていなかった。
先ずは中の様子を確認して、どう対処するか決める事にした。
ゆっくりと城門に近付き、城門の傍まで来る。
しかしダーナの城門は、そのまま開かれる事は無かった。
普通なら誰かが近付けば、城門の警備兵が誰何の為に顔を出す筈だった。
しかし警備兵が顔を出す事も無く、城門が開かれる事も無かった。
いよいよ何か異変が起きていると見て良いだろう。
ギルバートは合図をして、騎士団と共に城壁に近付いた。
まだまだ続きます。
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