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聖王伝  作者: 竜人
第一章 クリサリス教国
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第26話

不意に現れた魔物のボスは、連戦の疲労で弱り切った兵士達を嘲笑う様に、境界線を引いて去って行った

戦う決心が着いたなら、この線を越えて来るがいい

戦いに疲れた兵士達を見て、将軍は決意するのであった

予想外の魔物のボスの来訪

彼の挑発に一時は即戦いになりそうにも見えたが、魔物のボスは境界線を示して立ち去った

それはまるで、強者である将軍に敬意を表し、改めて戦場で決着を付けようと言っている様であった


「何なんですか!

 あの魔物の態度は!」


余裕を見せて悠々と歩み去る魔物達を見て、アレンは苛立った様に吐き捨てた。


「まあまあ

 取り敢えずは戦闘は避けれた

 一先ずは休息といこう」


「将軍!」


飄々とした態度で話す将軍に、アレンは思わず食って掛かる。


「そうは言ってもな

 お前、足が震えてたぞ?」

「そんな事は!」


「アレン

 気持ちは分かるが、今やっても勝てんぞ?」


大隊長もアレンを諌める。


「ここはお言葉に甘えて、休ませてもらおう」

「お言葉って!

 魔物ですよ?

 言葉なんぞ話していないじゃないですか!」


大隊長は肩を竦めて、将軍の方を見る。

将軍も困った奴だなあと、顎髭を扱いて苦笑いをする。


「もうよせ

 大隊長もお困りだぞ」


ジョンがアレンの肩に手を置き、優しく諌める。


「しかし…」


「若いもんは血気が盛んでいけませんねえ」


そこへ隊長が優しく、しかし静かな迫力を纏って前へ出る。

それを見て、思わずアレンは吐き捨てる。


「階級の低い奴は黙ってろ!」

「ほおう…」


隊長の目が細まり、辺りの空気が急速に下がる。


「エドワード!」

「隊長!」


将軍と大隊長が止めようと前へ出る。


「ガレオン君、ヘンディー君

 ここで止めるのは無しだよ?

 これは教育が必要だからね」


隊長は剣帯から鞘ごと剣を外し、右手に構える。


「エドワード

 話せば分かるから

 話せば…」

「隊長

 ここはオレに免じて、頼む!

 後でキツク叱っておくから」


将軍と大隊長が頭を下げ、必死に取り成そうとする。


「なんでこん…むが」

「止せ、アレン」

「お前は黙ってろ!」


更に冷気が強まった様な感覚が広がり、慌てて大隊長がアレンの口を押える。

辺りは、既に極寒の様な冷気が漂っている。

幸か不幸か、アレンは感じていなかったが、判る者は隊長の殺気をひしひしと感じた。

これにはギルバートも震えていた。


「2度目は、無いですよ?」


隊長はジト目で将軍と大隊長を見る。

二人は無言でコクコクと頷き、隊長は剣を下げる。

そして隊長が、いつものニコニコとした表情に戻ると、辺りの冷気も収まった。

振り返るとスタスタとその場を去り、ギルバート達の元へ戻って来た。


「ああ、すいません

 怖がらせてしまいましたね」


隊長はそう言うと、優しくギルバートの頭を撫でた。

その横では大人達がホッとして息を吐き、アレックスとディーンはそんな様子に理解出来ずにキョロキョロと周りを見ていた。

一方アレックスは、こちらも理解してない様で大隊長に押さえられた口元の手を外すと、吐き捨てる様に呟く。


「大隊長

 何なんですか?

 あの人は?」


「はあ…

 危なかった」

「鬼殺しのエドワードは健在だな」

「鬼殺し?

 あれが?」


「そう、彼が鬼殺しと謳われたエドワード元将軍だ」

「あのまま怒らせてたら、お前…明日の朝日が見れなかったぞ?

 物理的に…」

「え?」


エドワードは普段は温厚な紳士だが、一度切れると危険だと有名であった。

女、子供を無差別に食い殺した大鬼の魔物、オーガにキレて、原型が分からないぐらいに切り刻んだという逸話は兵士間にも有名だ。

実際にはオーガと見間違えた他の魔物だと言う話もあるが、キレた彼は滅法強く…怖かった。


因みに、彼はこの時に肩を食い千切られており、この怪我が原因で一時除隊している。

それから血反吐を吐く様な訓練をして、再び剣を振れる様にまでは回復はしたが、限界を感じたのか引退を宣言し、領主のたっての願いで守備隊の隊長をしていた。


「肩を負傷していなければ、今も東部騎士団で将軍をしていただろう」

「将軍とはライバル関係でな、オレも何度か手合わせをしてもらってる

 怪我しているとは思えない剣術だよ」


アレンは今更ながら震えていた。


「何でそんな人が隊長を?」

「怪我が原因でな、長時間剣を握って居られないんだと」

「ワシの推薦もあってな、領主様がどうしても頭を下げなすって、それで砦を守っておったんじゃ」


「オレ…

 そんな人に…」

「後でちゃんと謝りに行けよ?」

「そうじゃなあ

 今行くと3枚に下ろされそうじゃからな」


そう言って将軍はアレンの肩を叩くと、境界線の前へ移動した。


「先に見た様に、魔物達はここへ境界線を示した

 恐らくはここから先へ入ったら、皆殺しだという警告の積りだろう」


「だがなあ

 我々は戦いに来た」


将軍は腰の業物を叩いて示す。


「奴らを恐れて引く事は罷り通らぬ」


「しかし、今はみなの様子はどうだ?」


ここで将軍は全員を見回す。


「情けない事に、みな疲れ果てて魔物に情けを掛けられる始末」


ここで兵士達からブーイングが上がる。


「オレ達は疲れてないぞ!」

「魔物なんぞに負けてたまるか」

「そうだ!そうだ!」


将軍は腰に手を当て、片耳にも手を当てて傾聴するポーズを取る。


「んん?

 何やら強がっておる様じゃが、声に元気が足りないぞ?」


その仕種に兵士に笑いが起きる。


「よしよし

 少しは元気が出た様かの?」


「折角魔物が猶予をくれたんじゃ

 これより休息を取る」


「ええー!」


「なんじゃ?

 休みは要らんのか?」

「そんな事はありませーん!」


再びドッと歓声が沸く。


「よし!

 それでは森に食材を取りに向かう探索組と、獲物を狩りに向かう狩猟組とに分かれる

 後は残って陣地の警戒と怪我人の看護、雑用に当たれ」


将軍の音頭で各自がそれぞれの仕事に割り振られる。

この辺は流石で、よく兵士達の動きを見ている。

簡単にだが振り分けた後、各々別れて出発した。


ギルバート達は探索組に入り、大人達が付き添いとして着いて来た。

そして探索が開始され、各自が森の中へ入って行く。

ギルバート達も手頃な果実や薬草を見つけては、採取をしながら話していた。


「君達だけでも大丈夫だと思うけどね

 一応ワタシ達も着いて行くよ」

「隊長が着いて下さるのは安心です…が」

「が?」


「魔物は本当に大丈夫なんですか?」

「ああ、魔物ね」


「奴らは今までの魔物と比べても、しっかりと統率が取れているからね」

「それに、これまでの魔物に比べると、理性的…っていうか理知的なんですよね」

「そうなんだよな

 まるで人間の様に振舞っていたし」

「言葉こそ話せないで鳴き声だったけど、まるで喋っている様だった」


「もしかして…

 会話も出来る様になるのかも?」

「いや、さすがにそれは無いだろう」

「それに価値観や生活様式が違う

 分かり合う事は無いだろう」


ギルバートは子供らしく、話が出来ないだろうかと思ったが、大人は否定的だった。


「うーん

 話し合いで解決出来れば、戦いなんてしないで済むだろうに」


ギルバートは小声で呟いたつもりだったが、隊長は聞き逃さなかった。


「その考えは危険ですよ」


「どうしてですか?」


「先ず、魔物は女神様を恨んでいます」

「え?」


隊長は薬草を見つけ、根元から掘り出しながら説明する。


「この薬草は葉は傷を癒し、根は沈痛効果があるから

 希少な薬草だが、ここには多く生えているから採取してね」

「えーと…

 魔物の事は…」


「ああ、そうそう

 採りながら話してあげようか」

「…はい」


「魔物はね、最初に女神様に造られたんだよ

 植物や動物が生み出された時にね、一緒に造られたんだと言われているよ」

「人間の前に、魔物が産まれたんですか?」

「そう

 当時は人間の様な生き物は居なくて、魔物が代わりに造られたらしいよ」

「へえ…」


ディーンも興味深々といった様子で聞いている。


「しかし、ね

 女神様は醜い魔物を嫌い、荒れ地や山岳地帯、洞窟などへ追いやったらしいんだ

 最初に生み出しておきながら、捨てられたと魔物は女神様を恨んだらしいよ」

「そんな…」


「それから、魔物の次に亜人が産まれたんだ」

「亜人ですか?」

「ええ」


「獣人やハーピー、セントール等が生み出されたと記録がありますからね

 この記録と魔物の記録は獣人が残したとあります」

「へえ…」


「しかし、亜人も満足が出来なかったのか?

 女神様は翼人や魔族を生み出し、やがて人間の祖先も産まれたと記録があります」

「遂に人間が産まれたんですね」

「あれ?

 でも、女神聖教と違いません?」

「そう

 違うね」

「何でですか?」


「この記録も亜人達が遺したんだ

 だから女神聖教では異端とされているね

 女神聖教では、あくまで人間が最初に造られて、人間が寂しく思わない様に下僕として亜人が造ら   れた事になっているよ」

「え?」

「異端ですか?」

「そう、異端です」


「大丈夫なんですか?」

「ああ

 あくまで聖教の教えでは異端だからね

 教会の関係者の前では話しちゃダメだよ」

「は、はい」

「大丈夫なのかな…」


「まあ、そういった事があったからね

 魔物は今も人間を憎んでいるって話さ」

「そうなんですね」


「それに…ね」

「?」


薬草を掘り終わった隊長は、腰を伸ばしながら話を締めくくる。


「それでなくとも人間は、女神様に祈って結界を授かり、魔物を排除したからね

 相当に恨まれていると思うよ

 仲間を多く虐殺され、肥沃な大地を奪われ、貧しい土地や暗い洞窟に閉じ込められたんだから当然だよね」


隊長の話を聞いて、ギルバートは素朴な疑問を口にした。


「魔物は今も、憎んでいるんですか?」


「…そうじゃないかな」


隊長は再び薬草を探して辺りを調べる。

お誂え向きに繁みの向こう、木陰に薬草の群生を見つける。


「お!

 これは毒消しの薬草ですよ

 葉は軽い腹痛を押さえ、食中毒の予防と味付けにも使えます」


隊長は毒消し草を穿り出し、説明する。


「茎は苦みはあるが食べられます

 根を乾燥させて擂り潰すと、軽い蛇毒や腐敗毒に効きますよ」

「へえ…」


再び薬草採取を始める。


「隊長

 魔物が人間を憎んでいるなら、何故、先ほどは見逃されたと?」

「ああ

 さっきのかい?」

「はい」


「意外に思うだろうけど、奴らは武人だったんだよ」

「武人?」

「そう

 礼節を重んじる武人だったんだよ」

「魔物が武人ですか?」


「そうだねえ

 魔物などと侮らなければ、彼等は礼節を持って行動していたのが分かるよ」

「魔物として見ないで、人間と同様に見ろ…と?」


「彼等はこちらが疲弊しているのを見て、我々が勝ってみせるから、しっかり体制を整えてから挑んで来いと言って来たのさ」

「言葉が分からないのに?」

「言葉なんて要らないさ

 我々武人は同じ様な戦いへの思想があるからね

 言葉でなくても、仕草や手振りで伝わったよ」

「…」


ギルバートは少し考えてから、再び質問する。


「武人なのは分かりました

 それでは、彼等は正々堂々と戦おうと宣言したわけですよね?」

「そうだね」

「では…

 何故憎んでいると?」

「!!」


隊長は意外な質問に少し黙る。

しかし少し考えてから答えた。


「これは…

 まだ未確認だから黙っててくれないかね」


隊長はそう言ってから話し始めた。

それは第1砦で確認された、魔物が血を捧げて結界を破壊した事だ。


「先の第1砦でも確認されていたが、女神様の加護の結界を、人間の血で穢して破壊していてね

 その前に第2砦や集落でも同様に行われていたんだ」

「血で…ですか?」

「うええ」


「そう

 人間の血液を掛けてね…」


その状況を想像して、ギルバート達は唾を飲み込む。


「血液が相当量掛かっていたからね

 どうやって掛けたかは…分かるよね?」

「うう…」

「むごい…」


「それと…

 こっちがヤバいんだ」

「?」


「さっきも未確認て言ったよね」

「はい」


「集落では、ただ血を掛けるだけでなく、死体を積み重ねてモニュメントみたいにしてあった

 それも、その上に結界石を置いてから血を掛けて、更に取り出した臓物を載せていたんだよ」

「うげえ」

「そんな…」


「勿論、奴等がそれをやった魔物かは分からないし

 ひょっとしたらそうしないといけない理由があったのかも知れない」


「それでも

 それだけの事を平然とやってのける者が居るって事は、それだけ人間を憎んでいる…

 そうは思わないかね?」

「…」


ギルバートは沈黙して、深く考え込んでいた。

そんなギルバートを、隊長は薬草掘りのてをとめて優しく見守った。


「魔物が…

 魔物は人間を憎んでいるんでしょうね」

「ああ」


「だから、分かり合えないんでしょうか?」

「難しいだろうね」


ギルバートは顔を上げ、隊長の目をしっかりと見て続ける。


「でも、分かり合える可能性は…

 無いんでしょうか?」

「正直なところ、厳しいだろうね

 言葉も通じないだろうしね」


ギルバートは再び項垂れる。

隊長は優しく少年の両肩に手を置き、語りかけた。


「君は優しいね…

 魔物の事も思いやれる

 それは善き領主の素質でもあるだろう」


「しかしね

 戦士としては致命的かも知れないね」


ギルバートは両の目に涙を浮かべて、隊長の目を見る。


「これだけは覚えておきなさい

 優しさは忘れてはいけない」


「でもね

 大切な人々を守る為には、時には非情な決断も必要になる

 例え納得がいかなくともね…」

「でも…」


「いいんだよ

 君はまだ子供だ

 今はまだ、それは大人に任せなさい」


泣きじゃくるギルバートを宥めながら、隊長は続けた。


「だがね

 いつか、必ず必要になる」


「だから、その時は…

 迷わず決断しなさい

 君の正義に従って、多くの人々を守る為にね…」

「はい…」


その後、暫く泣き止むまで待ってから、隊長は再び薬草を集めてから立ち上がった。

傍らでは泣き止んだディーンも、ギルバートと一緒に薬草を集めてから立ち上がる。


「さあ

 野営地へ戻ろう」


時刻は昼を回っていた。


その後、狩の獲物や薬草、果物を持った者達が次々に野営地に帰って来た。

中には猪に突っ込まれて負傷した者もいて、早速取れたての薬草で手当てを受けていた。


「いてて」

「動くなよ」


「はあ…

 早速薬草の世話になっちまった」

「でも、軽傷で良かった」


「ぶつかって来た奴は、ほれ、そこに」

「ちゃんと捌いて焼いてくれよ

 血抜きしないと臭くて食べられないからな」


兵士達が集まり、わいわいと騒ぎながら獲物の解体をしている。

その向こうでは薬草を仕分けして、効能に合わせて収納していく。


「道具が有れば、調合してポーションも作れるんだが」

「それでも初級か下級だろ?」

「馬鹿

 高級ポーションなんて魔法が使えないと作れないだろ」


乾燥させたり砕いたりする道具が無いので、擂り潰す事は出来てもポーションは作れない。

それに、効能が高いポーションは魔力を込めながら作らないと出来ない。


わいわいと兵士達が騒いでいる横で、大隊長と将軍は話し合っていた。


「魔物は襲って来ませんでしたね」

「そうだなあ」


「でも、油断はできんぞ」

「ええ

 最低限の警戒はしておきます

 奴らに従わない馬鹿な魔物もいると思いますから」


採集や狩猟に出ても、魔物は襲って来なかった。

約束通り?線を越えない限りは襲わないつもりらしい。

そしてそれは、実際に夜になっても起きなかった。


兵士達が和やかに食事をしたり、交代に就寝している間も、魔物に襲われる事は無かった。

そうして、兵士達はゆっくり休む事が出来、すっかり回復していた。


「みんな疲労も回復したようですね」

「怪我人も重傷者を除いて、武器を振るえるほどには回復しています」

「こちらも問題ないです」


部隊長の報告を受けながら、大隊長は将軍に相談する。


「どういたします?」


「うむ

 騎士団も万全ではあるな」


「では、いよいよ砦へ向かいますか?」


「うーむ

 出来ればもう一日、コンディションを整えてからにしたいな

 武具の整備も必要だしな」


「では、各自にその様に伝達しますね」


大隊長がそう言って部隊長に指令を出そうと立ち上がった時、野営地の空気が不意に変わった。

そして、何者かが野営地に近付いて来た。

本当は砦での戦闘に入りたかったんですが、ちょっと話を挟みました

あと、現れたのが誰かは、乞うご期待という事で

次回は砦での決戦に入ります

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