第258話
ギルバートはアーネストの隣で、アーネストが魔導書を読むのを見ていた
特にする事も無く、仮眠までまだ時間があったからだ
しかしそうしていても退屈なので、地面に棒切れで周辺の地図を描く
今居るリュバンニ周辺から、トスノを越えてボルまでの行程を描く
大体の想定日数は、4日から5日ぐらいになるだろう
アーネストは魔導書を読みながら、ギルバートのしている事に興味を持った
そもそも、ギルバートがここに来た理由が分からなかった
それで思い切って、何しに来たのか聞く事にした
このまま横でガリガリ落書きされていては、気が散ってしまうからだ
「ところでお前は、何しに来たんだ?」
「ん?
暇だったから」
「あのなあ…」
「暇だって、ボクは勉強中なんだぞ
邪魔になるとか思わないのか?」
「え?
あ…」
ギルバートはようやく気が付いて、立ち上がって立ち去ろうとした。
しかしアーネストは集中力が切れて、勉強を断念した。
「止めだ
止め止め」
「ん?
良いのか?」
「そんな横でガリガリされたら気になるだろう
行軍で何か気になるのか?」
「ああ
魔物が出ないか気になってな」
「そんなこと言ったって
バルトフェルド様が討伐しているだろ?」
「そうなんだけどな
どうもコボルトに偏っているんだよな」
「ん?」
ギルバートの言葉に、アーネストは眉を顰める。
確かにコボルトは多かったが、他にもゴブリンやワイルド・ボアも出ている。
「どうしてそう思うんだ」
「ここから…
こっちはコボルトばっかりだろ」
その地図では、リュバンニの西側がコボルトばかりだった。
「確かに」
「そうなんだよな
こっちはゴブリンも出ているのに
それとオークも出て来ない」
「良い事じゃ無いか
コボルトに比べると、オークは厄介だろう」
「そうなんだが…
素材がな」
「ああ、なるほど」
素材で考えれば、オークが一番使える素材が多い。
コボルトではいまいちだし、ゴブリンでは使える素材が無い。
そう思えば、どうせ倒すのならオークの方が良かった。
「オーガが来るかも気になるしな」
「大丈夫じゃ無いか?
わざわざ餌になる魔物も少ないのに、山脈を迂回して来るとは思えない」
「じゃあ、この前のは?」
「あれは数少ない移動した魔物だろう
大方オークを追って来たんじゃないか
それであそこまで来た」
「そうか
あのオークを追って来たのか」
「魔物が移動して来たのは何でだろう?」
「餌の問題じゃ無いか?
それか内乱で騒いだから、周辺の魔物が移動したか」
「あそこからじゃあ離れていないか?」
「森から出た魔物の影響で、他の魔物が移動する
そう考えればあり得る事だよ」
「そうか…」
ギルバートはアーネストの言葉を聞いて、地図をさらに書き加える。
竜の背骨山脈と、その向こうのダーナだ。
そこから上下に線を引っ張り、魔物の移動を書き記す。
「こんな感じか?」
「だろうな
そう考えたら、時期的にも移動のタイミングも合う」
「そうか
丁度内戦があった後から増えているのか」
ノルドの森で戦いがあったので、魔物が移動して来た。
そう考えればここ最近の、竜の背骨山脈を回り込んで魔物が増えて来たのも納得が出来た。
いや、原因はひょっとしたら、内戦だけでは無いかも知れない。
「なあ
原因は内戦だけか?」
「え?
どういう意味だい?」
「もしかしたらだけど、ダーナ周辺に魔物が増えているのでは無いか?
街も魔物が巣くっているんだろう?
その周辺にも魔物が増えているとか」
「それは…」
確かに在り得る事ではあった。
実際に魔物は、少しずつだが増えていた。
それが結果として、魔物の移動に繋がっているとしたら、このままダーナを解放しても意味が無い。
それ以降も魔物を、定期的に間引かないと減らないだろう。
これは王都側にも言える現象でもある。
「魔物が増えているか
確かに来たから魔物が潜入していたな」
「ああ
北からあれからも、魔物が南下し続けていたとしたら…
ダーナの周りには魔物は沢山居るだろうな」
事態は思ったよりも深刻な状況らしい。
二人は地面に書いた地図を見て、これを報せるべきか迷った。
「どうする?」
「そうだな
本来ならこの事は、国王様にも報せるべきだろう
この可能性に関しては、誰も考えていないだろうからな
しかし…」
これを報せれば、間違いなく帰って来いと言われるだろう。
まだ証拠を見付けていないのに、このまま引き下がるのは癪だった。
「なあ
帰還するまで、あくまで可能性と言う事にしないか?」
「へ?」
「だから、国王様には報せない
魔物が確実に増えているかも分からないんだ
確実な証拠が見付かるまで黙っておく
良いか?」
「う…
そうだなあ
帰って来いって言われそうだもんな」
「ああ
だから黙っておくんだ」
ギルバートは少し迷ったが、頷いた。
「分かった
そうしよう」
「よし
そうと決まれば対策を練ろう」
アーネストはジョナサンを呼んで、内密な相談があると告げた。
「アーネスト殿
何か用事でしょうか?」
「ああ
すまないね
ちょっと内密な話があるんだ」
三人で天幕に入ると、入り口を閉めておく。
防音は完全では無いが、聞き耳を立てない限りは聞かれないだろう。
「実はな、気になる事があるんだ」
「え?
何でしょうか?」
ジョナサンは直前の話を聞いていなかった。
だから事情も分からなくて、兵士達に何か問題があったと考えていた。
「何か兵士が問題でも?」
「いや、そういうのでは…
魔物の事なんだ」
「魔物ですか?」
「ああ
ジョナサンはここ最近、魔物が増えている事はどう思っている?」
「え?
それは王城の会議でも出ましたが、冬で餌が減ったからでは?
それで山や森から出て来たと…」
「そうだな
会議では結局、的を得た意見が上がらなかった
だからそういう意見で収まっていたね
あなた自身はどう思っている?」
王城の軍議では、魔物の増加の理由は分からなかった。
分からないままではマズいので、取り敢えずは餌の問題とされていた。
しかし根本的な原因は、未だ見付かっていなかった。
「そうですね…
餌は確かに、原因の一つでしょう
しかしそれだけでは、ここまで増えた要因としては弱い様な…」
「だろうね
ギルとボクも同意見だ
それで先ほども話していたんだ」
「そうなんですか?」
ジョナサンはそう言いながら、ギルバートの方を見た。
休むと言いながら、そんな事を話し合っているとは思っていなかったのだ。
「結論から言うと…」
アーネストは周辺の地図を出すと、それを机の上に広げた。
「ジョナサンが魔物の立場として
移住するならどうする?」
「え?
移住ですか?」
「ああ
例えば、ここに住んでいたのに、急に魔物が増えて餌が足りなくなったとする
どこに向かうかな?」
「ダーナですか
そうなると…」
ジョナサンは先ず、ノルドの森に指を向けた。
「そうだよな
しかしそこでは、人間が戦いを始めた」
「え?
ああ、そうか
ここは内戦がありましたよね」
ジョナサンは思い出したのか、次は北に指を移動した。
「そうなるだろうね
しかし、もし北からも魔物が移動して来ていたら?」
「え?
それは困りますね
そうなると…」
次は南に移動する。
そこでジョナサンの指が途中で止まり、考え込み始めた。
「え?
まさか…」
「そう、そのまさかさ
それを話していたんだ」
「でも、何でです?
それならこっちまで来なくても…」
「少数なら
それが多数の移動だったら?」
アーネストの言葉に、意味が分かってジョナサンは黙り込んだ。
「これはあくまで推測だよ
証拠が無いんだ」
「しかし、もしそうなら…」
「ああ
軍の強化は益々必要になるな」
「いや、そうじゃなくて
山脈の向こうは魔物が沢山居る事になりますよ」
「そうかも知れないね」
「そうかもって…」
ジョナサンは内密と言われた意味を理解して、頭を抱えた。
「この事は陛下には?」
「まだ話していないよ」
「何せさっき思い付いた推論だからね」
ジョナサンも暫く考えたが、同じ意見に辿り着いた。
「この事は…
黙っていた方が良いでしょうね」
「ああ
だから呼んだんだ」
「ふう
それにしても、大胆な発想ですね」
「そうか?
元々ダーナでは、北から魔物が流れていて困っていた
それを思い出したら、簡単に思い付いたよ」
ギルバートは事も無げに言っていたが、これは重要な事であった。
「北からですか?」
「ああ
北方の半島から移動して来ていたからな
尤もこれは、国王様にも報告はされている
気付かなかったのは魔物が両方から流れて来ていたからだ」
「確かにそうですね
北からか…」
王都の側にも、北からの魔物の移動は見られていた。
しかしこれが、ダーナにも向かっているとは考えてもいなかった。
「この推測が正しければ、魔物は予想よりも多くなりますよ」
「そうだろうね」
ギルバートもその意見には賛成で、思わず溜息を吐く。
ダーナだけでは無く、その周辺にも魔物が多数居る事になる。
これは厄介な事になりそうだった。
ダーナにだけ集中出来なくて、後方の魔物にも警戒しなければならない。
これは開放するのも一苦労になりそうであった。
「どうされますか?
補充の人員を求めますか?」
「まさか?
それこそ中止して、帰還せよと言われるよ
ダーナを解放するには今しか無いんだ」
「ですよね」
「どうしても人員が必要なら、後はギルドに頼るしか無いな」
「冒険者ですか?」
「ああ
居ないよりはマシだろう」
「そうですね
雑用や雑魚を任せれるなら…
その分歩兵を回せます」
具体的な対策は無いが、当面はこのまま進むしか無かった。
ここで引き返せば、ダーナを解放する機会は失われるだろう。
それは王国にとっても、大きな打撃となり得る。
何せダーナには、大きな港があるのだ。
そこが使えないままでは、交易に支障が出るのだ。
「こうなると、ただダーナを解放するだけでは終われませんね」
「ああ
周辺の魔物も掃討しなければ、今後の王都にも影響が出るだろう」
「ええ
魔物の移動がダーナに原因があるのなら
それも取り除かなければ」
「この事は、くれぐれも内密でな」
「はい」
「兵士達には時期を見て伝える
それまでは黙っていてくれ」
「分かりました」
ギルバートは念の為、ジョナサンに釘を刺しておく。
実際は兵士達に、バレたとしても問題は無いのだ。
要は国王の耳に入らなければ良かった。
しかし兵士達の耳に入れば、少なからず動揺はするだろう。
それが行軍中に、魔物との戦闘などで支障が出ては困る。
その点を踏まえて、話は内密にする事となった。
ジョナサンはそれ以降、暫くあまり話さなくなっていた。
元々気さくな性格だったのだが、騎士達はそんなジョナサンの様子に心配をしていた。
まさか隊長として、そんな重要な機密を知らされているとは思っていなかった。
だから騎士達は、慣れない冬の山に不安になっていると思われていた。
ギルバートは、その後は天幕から出て自分の天幕に向かった。
装備の見直しと、これからの行程を考える為だ。
アーネストも自分の天幕に向かい、新たな呪文の修得に熱意を出していた。
このままでは、周囲の魔物の討伐で手一杯になりそうだからだ。
魔物を討伐しつつ、ダーナの開放もしなければならない。
その為には、犠牲を少なく山脈を越えて、ダーナまで無事に着かなければならない。
「事態は思ったよりも最悪だな」
アーネストはこの旅で、行方不明のメイド達の足取りを探したいと思っていた。
しかしそれ以上に、ダーナの開放が困難になりそうだ。
「彼女達の事は諦めるしか無いか…」
ダモンやダブラスの暗躍があったので、奴隷にされた可能性は高かった。
問題はその後で、どこに連れて行かれたかだ。
山脈を越えて売られていたのなら、まだ探す事は出来るだろう。
しかしその前では、殺されたかダモンに献上された可能性が高い。
そうなってくると、遺品でも見付からない限りは分からないだろう。
今回の遠征では、どちらかと言えば遺品を探すのが目的だった。
遺品が見付かれば、諦めも付くからだ。
しかし魔物が多く居る様では、そんな物を探している暇は無いだろう。
せめてダーナのメイド達でも、どうなったか調べたかった。
それもこの状況を考えれば、とても探している時間は無さそうだった。
「せめて…
せめてフィオーナの遺品だけは…」
アーネストはギルバートと違って、既に諦めていた。
いくらなんでも時間が経ち過ぎている。
恐らくは丘の上の家も、魔物に攻め落とされているだろう。
それならそれで、遺品だけは見付けたい。
アーネストはそう思って、今回の遠征に参加していた。
「魔物共め
邪魔するつもりなら、全て蹴散らすだけだ」
アーネストは魔導書を開いて、そこに記された呪文を書き写す。
それはまだ試した事が無い、危険そうな魔法であった。
しかし事態を重く考えれば、今以上の強力な魔法が必要だった。
威力もだが、広範囲に効果のある戦争用の魔法。
今のアーネストが必要としているのは、そういう危険な魔法だった。
「必ず
必ず使いこなしてやる」
アーネストは自身にそう誓って、危険な魔法の呪文を暗記し始めた。
まだまだ続きます。
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