第257話
いよいよ、ダーナ解放に向けて出発する日が来た
ギルバートは朝からそわそわして、早めに起き上がっていた
今回の遠征では、親衛隊25名に、近衛騎士団から2部隊25名が加わる
また、歩兵部隊は2部隊で、総勢101名が同行する
それにアーネストも加わり、大所帯での移動が予定されていた
人数だけで考えれば、以前にノルドの町に向かった、ダガー将軍の軍と近い規模になるだろう
部隊は先に、城門の近くで集まっていた
宿舎で寝泊まりして、装備や馬車の点検も行っていた
今回の遠征でも、馬車を多めに同行させている
なるべく素材を集めて、新たな装備の材料にする為だ
それ以外にも、食糧やポーションも多めに集めていた。
これは移動する距離が長くて、それまでの消耗も予測されるからだ。
食糧に関しては、運が良ければ魔獣を討伐出来るだろう。
しかしポーションに関しては、地方に向かうほど作れる者が居なくなる。
沢山の馬車と多めの資材を用意して、城門前で部隊は待機していた。
そこへ早目に起きだした、ギルバートが様子を見に来た。
アーネストはまだ寝ている様なので、一人でここまで来たのだ。
「殿下?」
「お一人ですか?」
「護衛は?」
「いやあ
眠れなくてね」
「いや、一人はマズいでしょう」
「そうかな?
どうせここにはみんなが居るし」
「それはそうですが
途中で何かあったらどうする気だったんですか」
「それはしっかり装備しているから、大丈夫だよ」
ギルバートの言葉に、ジョナサン達は溜息を吐く。
何度言ってもギルバートは、護衛を着けないで街中まで来てしまう。
それを危惧して、親衛隊が早めに作られたのだ。
それが準備に出ている間に、またしても一人で出歩いていたのだ。
これが国王に知れたら、またきつく叱られるだろう。
何度言っても懲りないと言うか、学習しないと言うか。
ギルバートはあまり反省している様子は無かった。
ギルバートが城門で眺めている間も、続々と兵士が集まり準備が進む。
そして予定よりも少し早く、出発の準備が完了した。
アーネストも城門に来て、いよいよいつでも出発出来る態勢になる。
後は国王の挨拶と、出発の式典だけになった。
王国でも大きな街の開放になるので、大々的な出発になるのだ。
「そろそろ8時になりますね」
「ええ
陛下も到着されましたよ」
ジョナサンに言われてみると、仏頂面をした国王が立っていた。
「何処に行ったと思ったら、ここに来ておったか」
「あれ?
私は先に城門に行くと言いましたよ?」
「護衛も着けずにか?」
「あ…」
「護衛の兵士達が困っておったぞ」
こっそり来たのがバレてしまった。
そして国王が怒っているのも見て分かるほどであった。
「あれほど護衛を着けろと言っておるのに、お前は…」
「はははは
大丈夫ですよ
私を傷つけれる様な者は…」
「そういう問題では無い
大体お前は王子としての自覚が…」
それから数分ほど、国王の説教が始まった。
周りに集まった騎士達は、またやったかという顔で見ていた。
しかし時間が時間なので、ほどほどのところでジョナサンが割って入る。
「陛下
そろそろ時間ですが?」
「うぬ
しかしこ奴は反省の色が…」
「国民も見ていますよ」
ジョナサンの言葉に、国王は慌てて周囲を見回す。
みると集まった住民達が、説教をする国王の姿を見て苦笑いをしていた。
どこの家庭も子育ては大変だと、住民達は生暖かい目で見ていた。
「う、うおっほん
それでは式典を始めるぞ」
「はい」
「くすくす…」
集まる騎士や文官達も、国王の様子に笑いを堪える。
そして出発する騎士達が整列して、その前に国王が立つ。
歩兵達は馬車の管理があるので、そのまま待機していた。
「これより、ダーナ解放に向かう戦士達の出陣式を行う」
「一同整列」
「おう」
騎士が一斉に構えて、クリサリスの鎌を左手に持って直立不動の体制を取る。
それから国王が挨拶をして、宰相が行程と予定を説明する。
「これより、ダーナ解放の遠征を行う」
国王は一旦言葉を切り、周囲を睥睨する。
「これはある冒険者が、命を賭して持ち帰った情報を元に行われる
ダーナは今、魔物が街中を闊歩している状況にある
これは誠に危険な状況だ」
「港湾施設の方は不明だが、恐らく街の住民は絶望的だろう
しかし港を取り戻す為にも
また、交易の要衝を取り戻す為にも
この遠征は重要な軍事行動となる」
国王が騎士達の方に向き、宰相が声を掛ける。
「騎士団代表
親衛隊長ジョナサン」
「はい」
ジョナサンが前に出る。
「私ジョナサンは、騎士団を率いてこの遠征を成功させます」
「うむ
頼んだぞ」
ジョナサンが跪きながら、宣誓をする。
国王がそれに応えて言葉を掛ける。
「次に代表として、王子ギルバート」
「はい」
次にギルバートが呼ばれて、国王の前に出る。
「私ギルバートは、王族の代表として行軍に同行し
無事にこの遠征を果たしてみせます」
「うむ
お前は王族である
遠征の成否に関係無く、無事に戻って来るのだぞ」
「はい」
ギルバートも宣誓をして、国王がそれに応える。
次に宰相は、遠征の行程を説明する。
「今回の遠征は、非常に長い旅となる
その為に、途中の町では補給の為に立ち寄るだけになる」
「各町には、事前に補給に協力する様に要請は出してある
後はなるべく時間を掛けずに、竜の背骨山脈の踏破を行う事になる」
竜の背骨山脈は、この時期は雪が残っていて危険だ。
無理なく進むには、どうしても時間が掛かってしまう。
その点を踏まえて、予定の行程は長めに取られてある。
「山脈を越えれば、後は森を抜けるだけである
無理をせず、無事にダーナに辿り着いて欲しい」
「はい」
騎士達は声を揃えて返答し、これで出陣式は終わりになる。
「それでは一同、出立の準備をせよ」
「おう」
騎士達は号令に合わせて、一斉に馬に向かって駆けて行く。
そして馬に飛び乗ると、そのまま城門の前に整列する。
「それでは出撃せよ
開門」
「開門」
城門が開かれて、騎士達が整列して出て行く。
その光景に住民達は歓声を上げて、無事に帰って来いよと声援を送る。
騎士達は振り返る事も無く、整然として城門を抜けて行く。
騎士が出終わると、次は馬車が続々と出て行く。
魔物の素材の回収もあるので、今回も馬車は多めに用意されている。
この遠征の為に、わざわざ新たに造られた馬車もあった。
遠征軍が出て行く様を、国王は黙って見送っていた。
息子であるギルバートの事も心配だったが、何よりもダーナの事が気掛かりだった。
美しい街並みは失われて、今や魔物の巣窟に成り果てている。
そんな危険な場所を、無事に解放できるのだろうか?
全ては騎士団と、それを率いるギルバートの手腕に委ねられていた。
「無事に…
解放できるかのう?」
「そうですな
殿下が一番、魔物に関しては詳しいでしょう
その殿下に出来なければ、他に誰ができるでしょう?」
「そうじゃな」
「しかしワシ等は、あの子に期待し過ぎなのかも知れん」
「いいえ
殿下はそれだけ頑張っておられます
きっと期待に応えてくださいますよ」
「そうかのう?」
「ええ」
サルザートはそう答えながらも、内心ではこう付け加えていた。
努力がもう少し、国政や勉強に向かってくだされば良いのですが。
遠征軍が出発したのを見送り、国王は王城に戻って行った。
王城では今日も、仕上げるべき仕事が山積みなのだ。
一方、出発した遠征軍は、暫く進んでから編成を組み替えていた。
前方を親衛隊が努めて、その後ろに馬車が並ぶ。
そして殿に、騎士団が着いて行く。
これは襲撃に備えてだが、道中は魔物の発見の報告は無かった。
あくまで念の為の布陣である。
ここ数日は、周辺の町でも遠征の報告は受けている。
その為に公道に出て、魔物が出ていないか警戒はされていた。
もし魔物が居たとしたら、それはここ数日で新たに出て来た魔物になる。
それに関しては、遠征軍では無く周辺の軍で対処する事になる。
これは昨年の、ダガー将軍の遠征での失敗から決められた事になる。
遠征軍が足止めされてては、遠征の失敗に繋がる。
その為に周辺の町や公道の警備兵に、遠征の邪魔になりそうな魔物は一掃する様に指示が出ていた。
「今のところは、何事も無く進めているな」
「はい
この調子で向かえば、昼過ぎにはリュバンニに到着しますね」
「そうだな
当座は補充も必要も無いし
周辺で休憩をして、昼食にするか」
「リュバンニの近くでですか?」
「ああ
何も無い公道よりは、街の近くの方が安全だろう」
「なるほど
では街の周辺に着きましたら、一旦休憩にしますね」
「ああ
それで頼む」
一行はそのまま進み、やがて街が見える場所まで来た。
そこで一旦進軍を止めて、休憩に入った。
交代で昼食を取り、その間に馬も休ませる。
食事は黒パンと干し肉で、水で流し込むだけだった。
「遠征と言ったら、やっぱりこれだよな」
「ああ
慣れたと言っても、やっぱり喉が渇くな」
「まあ、保存を考えると仕方が無いよ」
不満はあるものの、一般家庭で食べるパンに比べたら、上質な小麦粉を使っている。
結局は保存の為に水分は少な目で、固くて食べ難い。
それでも味は美味かったので、兵士達は満足していた。
食事の休憩が終わる頃には、時刻は3時になったいた。
もう少し進めば、やがて日が傾いて来るだろう。
それまでに少しでも進む為に、一行は再び馬に飛び乗った。
「さあ
野営するまでにもう少し進むぞ」
「隊長
どこまで進むんですか?」
「時間から考えると、駐屯地の周辺で野営だな」
一行は先に進んで、リュバンニから一つ目の駐屯地に着いた。
出来れば次の駐屯地まで進みたかったが、すでに辺りは夕闇に包まれていた。
「これ以上は危険かな?」
「そうですね
野営の準備もありますし」
「よし
ここで野営にするぞ」
「はい」
騎士達は、馬を駐屯地の周りに集めると、そこで水を借りて与えた。
近くに川は無いので、水は駐屯地の井戸でしか補充出来ないのだ。
飼い葉を与えて、ブラッシングもしてやる。
その間に、歩兵達が天幕を張って野営の準備をする。
薪は余分に持って来ているので、今のところは安心だった。
「ふう
野営はスープが飲めるからマシだな」
「何だお前
さっきは黒パンで十分だって言ってたじゃ無いか」
「いや
美味いと言っただけだぞ
やはりスープが無いと辛いよ」
「現金な奴だな」
兵士はパンをスープに浸して、美味しそうに頬張っていた。
やはり水分があった方が、パンは美味く感じるのだろう。
兵士達は美味い美味いと言って食べていた。
「今のところは順調ですね」
「ええ
これもバルトフェルド様が頑張ってくれているからでしょうね」
「そうですね
最近では魔物に連勝で、兵士の練度も上がっているそうです
我々も負けてられません」
「はははは
まあ、魔物に負けないのは良い事だ
犠牲者が出ないのが一番だからな」
「はい」
リュバンニからトスノまで、バルトフェルドの私兵が巡回をしてくれていた。
以前のコボルトとの戦闘で、苦戦した事がバルトフェルドの考えを変えた。
率先して兵士を向かわせて、魔物との戦闘に慣れさせる事にしたのだ。
最初こそ苦戦して、被害も受ける事になる。
しかし慣れてくれば、魔物との戦闘で負傷する者も少なくなって来た。
それでわざわざ、隣のトスノの周辺まで巡回していた。
逆にトスノでは、私兵は魔物を恐れて町を出ようとしなかった。
その為領主の信用は失墜して、住民達は兵士を嫌っていた。
町を守る為の兵士が、怖がって町から出ないのだ。
住民に呆れられても仕方が無いだろう。
「食事が終わったら、各自で武具の点検をしてくれ」
「はい」
「その後は交代で仮眠だ」
「まあ、何も起きないでしょうね」
「ああ
だが一応は警戒はしておいてくれ」
「はい」
ギルバートは指示を出すと、アーネストの元へ向かった。
アーネストは魔導書を読みながら、新たな魔法の勉強をしていた。
この先で何が起こるか分からないので、魔法のストックを増やしておきたかったのだ。
「どうだい?」
「うーん
なかなかこれと言った魔法は無いんだよな
こうなれば新しい、魔導書が欲しくなるよな」
「王城の書庫には無かったのか?」
「これがその写しさ
ヘイゼル様に貰ったんだ」
「そうか…」
ヘイゼルの持っていたのは、普通の魔術師なら喜びそうな魔導書だった。
しかしアーネストからすれば、どれも知っている魔法ばかりだった。
後は既存の魔法を解析して、効率や威力を上げるしか無かった。
しかしそれを行うにしても、重要なのは魔法の行使したイメージだ。
それが無くては、いくら制度や魔力を変えても効果は大差が無かった。
「これに載っていない、もっと変わった魔法が載った書物があればな…」
「はははは
それには根気よく探すしか無いだろ
そんなに簡単に見つかるなら、王城の書庫に保管されているさ」
「そうなんだよな…」
つまるところは、魔導王国時代の書物が失われた事が痛い。
帝国が周辺国が力を着けるのを恐れて、魔導書を焼いてしまったからだ。
今でも偶に、どこかから魔導書が見付かる事があった。
しかし目新しい魔法が載った書物は、今のところ見付かっていない。
「こればっかりは巡り合わせなんだろうな」
「ああ
気長に探そう」
「そうだな」
ギルバートはアーネストの横に座ると、カップのお茶を飲んだ。
夜はまだまだ寒くて、焚火の熱が身体を暖めていた。
まだまだ続きます。
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