第256話
ベルモンド家の者からジョナサンを救ったギルバートは、そのままジョナサンを騎士団に送らせた
このまま酔い潰れたままでは、何に巻き込まれるか分からないからだ
ジョナサンを送らせた後で、ギルバートは改めて残された兵士の剣を見た
彼はベルモンド家の者と言っていたが、ベルモンド家は取り潰されて代替わりをしていた
しかしさっきの男は、その新しい領主では無かった
兵士が使っていた剣は、安物の鉄の小剣だった
それに装備も、皮鎧では無く服を着ているだけだった
ここに潜入する為に、皮鎧は着なかった可能性はある
しかし剣を持っていた辺りは、わざわざ服にしたとは思えなかった
「殿下
それは賊が持っていた」
「ええ
彼等はベルモンド家の者と名乗っていました」
「まさか?
あそこは分家が入って…」
「ええ
家は取り潰された筈です」
ベルモンド家は、ガモン商会との件があって取り潰されていた。
代わりに分家のベルモンド家が入り、今は選民思想の貴族達では無かった。
しかし先ほどの男達は、今まで見たベルモンド家の者達の中には居なかった。
「彼等はどこの家の者なんでしょうか?」
「え?
先ほど殿下は…」
「ええ
私もそう聞きました
しかし私は、彼等を見た事がありません」
「そうですか…
実は私達も見た事が無いんですよ」
どうやら兵士達も見た事が無いらしい。
「入り口では?
警備の際には見掛けませんでしたか?」
「そうですね
今日の警備では見掛けていません
どこから侵入したのやら…」
警備兵も侵入を見ていなかったので、彼等がどこから来たのかが分からなかった。
「こうなれば、尋問で確認するしかありません」
「そうですね」
ギルバートは剣を兵士に渡してから、自分の私室に戻った。
これ以上は知る術も無いので、自分の部屋で休む事にしたのだ。
ゆっくり休んだ翌日に、ギルバートは朝早くから起こされた。
昨晩の事情を聞いて、アーネストがドアを激しくノックしたのだ。
「ギル
襲われたんだって?
大丈夫なのか?」
「おいおい
朝早くから騒々しい」
「何を暢気な」
「いや
大丈夫に決まってるだろ
ほら」
ギルバートは全身を見せて、無事だとアピールしてみせる。
しかしアーネストは、よほど心配していたのかさらに聞いてきた。
「本当に
本当に大丈夫なんだな」
「ああ
それに襲われたのは、私じゃ無くてジョナサンだよ」
「へ?」
「確かに兵士達を取り押さえたのは私だが、狙われたのはジョナサンだよ」
「そ、そうか…」
アーネストはやっと安心したのか、ほっと息を吐いた。
「それで?
私が心配で飛んで来たのか?」
「当たり前だ
昨日はあんなに飲んでいたし、警備の兵士も少なかったし…」
「飲んでたのはお前な
それに私は、酒はほとんど飲んでいなかったぞ
代わりに茶を飲んでいたがな」
ギルバートはお酒が好きでは無いので、なるべくお茶を飲んでいた。
だからアーネストと違って、深くは酔っていなかった。
「自分が酔ってたから心配したのか?」
「ああ
そうだよ」
「しょうがないな…」
「それで?
お前が来たと言う事は、陛下も知っているのか?」
「ああ
それで向かって来たんだ」
「そうか」
「なら、犯人が誰か分かったのか?」
「ああ
連中は簡単に吐いたぜ
ベルモンド家に所縁のある私兵達だった」
「自分達が解雇されたのは、王子であるお前が原因だと逆恨みしてたんだ
だから今回の祝賀会に紛れ込んで、関係者を拉致しようとしてたんだな」
「それで私が狙われたと勘違いしたのか?」
「ああ」
アーネストは憮然としながら返事した。
勘違いをして慌てて来たのを、今頃恥ずかしくなったのだろう。
「ありがとな、心配してくれて」
「そんなんじゃないやい」
「ふふふふ」
「しかし私兵か
今のベルモンド家とは関係が無いのかい?」
「どうやらその様だな
しかし街中にも居るみたいだから、今日は王城で大人しくしてろって話だ」
「え?
外に出たら駄目なのか?」
「当然だろ
まだ私兵がうろついている可能性が高い
数日は大人しくしてろって言伝だ」
「そんな
今日こそは訓練を見に行けると思っていたのに」
ギルバートはガックリと項垂れていた。
遠征に向かう前から、兵士や騎士の訓練は見に行けていなかった。
ここ数日でどれほど腕が上がったか気になっていたのだ。
「その事なんだけど…」
「ん?」
「陛下から暫く、訓練を見る必要は無いって
すでに指導は十分したから、これからは自分達で訓練させるって」
「え?
大丈夫なのか?」
「ああ
今回の遠征が触発させてな
近衛騎士だけに活躍させれないって、各自で熱心に訓練しているらしい
そういう意味では、陛下の読み通りになったわけだ」
「読み通りって?」
「お前が指導したおかげで、近衛騎士達は活躍出来た
しかも人食い鬼まで倒したんだ
それを聞いて、他の騎士や兵士が黙って見ていると思うか?」
「それで熱心に訓練しているのか?」
「ああ
自分達も頑張れば、人食い鬼も倒せるんじゃないかって」
「そうか」
騎士達がやる気を出してくれた事は嬉しかった。
しかし訓練を見に行く必要が無くなるのは寂しい事だった。
「自身を持って訓練をしてくれるのは嬉しいが
見に行けなくなるのは寂しいな」
「そう言うなよ
お前が頑張った結果が出たんだから」
そう言いながら、アーネストは先の事も考えていた。
「騎士や兵士も重要だが、ゆくゆくは冒険者も鍛えないとな」
「そうだな
ゴブリンやコボルトは、冒険者で何とかして欲しいな」
「身体強化が出来れば大丈夫だろう」
「それよりも陛下から、今後の為に勉強をしておけと言われたぞ
ギル
お前また、王国の歴史で間違えたな?」
「え?
あ、いや、それは…」
それは昨晩の挨拶の折に、貴族の一人に功績の事で間違えてしまった。
その貴族は帝国の進行に立ち向かったうちの1家ではあったのだが、ギルバートはそれを知らなかったのだ。
いや、正確には覚えていなかったのだ。
その事自体は貴族は、若いので知らないのかな?と笑っていたのだが、国王は頭を抱えていた。
「それは忘れていただけで…」
「はあ…
アルベルト様がいつも言っていただろう
帝国との戦いは、貴族にとっては栄誉ある戦いであるんだ」
「分かっているよ」
「いいや分かっていない
大体お前はいつも…」
それから暫く、ギルバートはアーネストの小言を聞く羽目になった。
元々の原因が、自分が真面目に勉強をしていなかった事にある。
しかし真面目に勉強するのは苦手なのだ。
「ダーナの件が落ち着いたら、学校に行かされるからな」
「え?」
「そりゃあそうだろ
普通の子供より覚えが悪いんだぞ」
「う…」
「このままじゃあ、小さな子供と一緒に勉強だな」
「え?」
「そりゃあそうだろう
読み書きは出来ても、歴史や算術も駄目だろう?
それに神学も学んでないだろうし」
「それは教会で教えてもらえなかったから…」
「ダーナの司祭じゃなあ
あの人は高齢だったからな」
ダーナの司祭は温厚なお爺さんで、若い頃は貴族のお抱えの司祭でもあった。
しかしアルベルトに着いてダーナに移動してからは、のんびりと余生を送っていた。
少し惚け始めていたので、とてもじゃ無いが神学を教えれる様な状況では無かった。
その点アーネストは、アルベルトに書物を借りて独学で勉強していた。
だから算術だけでは無くて、歴史も良く学んでいた。
そのおかげで魔物にも詳しく、その他の勉強も出来ていた。
「学校は陛下からも行く様に言われている
貴族の子供が行く学校だ
少しは真面目に勉強しろよ」
「うう
何とか行かずに済まないかな?」
「諦めろ
今さら勉強しても、独学じゃあ難しいぞ
それにマナーの勉強もある
どの道お前は、学校に行かなければならないだろう」
「くっ…」
勉強に関しては、どの道学校に行く必要があった。
だからこれからどうこうしても、大して変わらないだろう。
むしろ問題は、その前にダーナを解放する必要があった。
準備は進んでいるが、装備が完成するのを待つ必要があった。
先日集めたオークの素材を、ギルドで加工しているのだ。
「なあ
ギルドでは順調に装備は作られているのか?」
「ん?
加工は上手く行っているぞ
最初は何個か失敗したみたいだけど、今では安定して出来ているらしい」
「そうか
では、後は待つだけだな」
「ああ
それと魔術師ギルドでも、出来上がった装備に付与している
全部出来上がるには、後1週間は必要だ」
「そうか」
「装備が出来上がっても、油断は出来ないぞ」
「ああ
聞いた話からも、ダーナに居るのは未知の魔物だ」
「そうだな
ゾンビやグールでは無いだろう
しかしもう少し特徴が分かっていれば…
今のところは分からないな」
「何か弱点はあるかな?」
「そうだな
ダモンが化けたレブナントは、火に弱かったと聞いたよ
他の死霊はどうか知らないけど、可能性はあるな」
「そうか
そうなれば魔術師からも、参加を求めた方が良いかな?」
「それはマズいだろう
魔術師は体力が無い
近場なら良いが、ダーナまでは…」
「そうか」
ダーナに向かうには、竜の背骨山脈を越える必要がある。
普通の兵士でも大変なのに、体力の無い魔術師が越えれるとは思えない。
「大丈夫さ
ボクが何とかするよ」
「着いて来てくれるのか?」
「当たり前だろ
ボクの家もあるし、何よりも残したメイド達が心配だ」
本当はヘンディー将軍も心配だったが、それは黙っていた。
他にも仲良くなった街の住民や、ギルドの職員も心配であった。
何よりもフィオーナやイーセリア、母であるジェニファーの無事を一番に確認したかった。
ノルドの風の報告では、蔦で囲まれている事しか分かっていないのだ。
「無事だよな」
「分からない
しかしフィオーナ達は、少なくとも無事だと信じたい」
「ああ」
二人は心配しながらも、後は待つしか無かった。
そして街中に居たというベルモンド家の私兵達は、3日掛けて捜索された。
一部は逃げ出したが、主だった者は捕らえられた。
こうして祝賀会で起こされた騒ぎは、あまり大事になる前に収束した。
主犯格は処刑されて、残りは犯罪者として苦役を課されて鉱山へと送られた。
そして1週間が経ち、工房で作られた装備が届けられた。
それらを身に着けた親衛隊が、いよいよ褒賞を与えられるために、式典に呼ばれた。
「戦勝式典なんて初めてです」
「それは私もだよ」
ギルバートはジョナサン達親衛隊に囲まれて、ホールの舞台裏に待機していた。
これから行われる式典で、褒賞を与えられる為だ。
会場には王城に待機していた貴族が集まり、国王の発表を待っていた。
時間が来た事を、教会の鐘が鳴って告げる。
「それでは、魔物討伐の記念式典を行う」
パチパチ!
会場に拍手が鳴り響き、国王は一旦静かになるまで待つ。
「それでは、今回の遠征で活躍した騎士達を紹介する
一同入りなさい」
サルザートが声を上げて、騎士達に入場を促す。
それを合図にして、ジョナサンを先頭にして親衛隊が中に入る。
そこには先日負傷した騎士も居て、無事に怪我が治った事を喜んでいた。
「近衛騎士団、親衛隊
総勢25名集合しました」
「うむ
よくぞ集まった」
国王は正面を向き、会場の貴族達を見回した。
「ここにおる25名は、先日の遠征での功績により、親衛隊という新たな騎士団を立ち上げた
これを褒賞の一つとする」
「おお」
「そしてもう一つが、新たな騎士団の創設による、新たな装備の一式じゃ
こちらは職工ギルドに発注して、新たに作られた装備じゃ」
国王の言葉に合わせて、ジョナサンが一歩前に出る。
事前に打ち合わせた通りに、一回り回ってから、剣を抜いて国王の前に跪く。
騎士の礼をして、剣の柄を国王に差し出す。
「そしても一人の功績者
遠征者代表のギルバート」
ギルバートも呼ばれて、会場の中に入る。
そしてギルバートも、貴族の礼を国王に取る。
それから立ち上がったギルバートに、ジョナサンが騎士の礼をする。
ギルバートも剣の柄に手を置き、忠誠を受ける儀式を行う。
これで親衛隊が、国王からギルバートの直属となった事を示した。
これで親衛隊の紹介と就任を示して、褒賞とした。
「それとギルバートには、今回の功績としてダーナの開放に向かう事を許可する」
「おお」
「これは危険な任務だが、彼が育ったダーナを解放する事は、彼の悲願であり願いでもあった
だからワシは、この危険な任務を受ける事を許可する」
「おお」
貴族達の騒めきは続き、国王は再び静かになるのを待った。
「あと一人
今回の功績を称えるものがおる」
「はい
宮廷魔導士アーネスト」
アーネストが呼ばれて、会場に入る。
彼は魔術師のローブを着ているが、今回はそれ以外に、貴族の階級を示す勲章も身に着けていた。
「彼には子爵の階級を与えるが、まだ成人しておらぬ
故に勲章を与えて、準子爵扱いとする」
成人するまでは、叙爵は延期になっている。
代わりに勲章を与えて、目に見えて貴族だと分る様にしたのだ。
これで子爵と同等の扱いになるので、下の貴族から軽んじられる事は無くなる。
これはギルバートの為でもあり、下手に貴族に絡まれなくさせる為だった。
今日の式典ではパーティーは無いので、これで解散となった。
後は貴族達が、騎士の装備に興味を持って質問を始める。
ジョナサン達は辛抱強く、装備の詳細はギルドで聞いてくださいと答えた。
ある程度は教えられてはいるものの、まだ把握しきれていないのだ。
それから貴族達は、ギルバートに質問をぶつけて来た。
新たな騎士団と、ダーナの開放についてだ。
ギルバートも質問責めにはうんざりしていたが、なるべく丁寧に答えていた。
それは一部の貴族が、開放後のダーナと関わってくるからだ。
ここで機嫌を損ねれば、開放後のダーナの発展の手助けが受けられなくなる。
そう思えば、我慢して質問に答えた方が良かった。
こうして式典も無事に終わり、いよいよダーナの開放に向かえる日が近付いた。
既に2の月も後半に入り、雪が降らない日が続いている。
数日中に準備を完了して、遠征には向かいたかった。
早くしなければ、それだけ家族の無事が危うくなる。
そう思って、ギルバートは内心では焦っていた。
そして、式典から4日が経った。
遠征の準備が整い、いよいよ明日、ダーナに向けて出発する事が決まった。
「いよいよだ
待っていてくれよ」
ギルバートは焦る気持ちを押さえる様に、静かに呟いた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
前話が短かったので少し長めです・




