第253話
馬車には魔物の遺骸が積み込まれていた
オーガの遺骸だけで5台の馬車が埋まってしまう
それに32体のオークの遺骸もあった
これで3台の馬車も埋まってしまった
だから荷物を他の馬車に載せて、遺骸だけを載せた馬車を移動させた
御者は嫌そうな顔をしていたが、死臭を我慢しながら運んでいた
野営地は朝を迎えて、一行は馬車を伴なって出発した
最初から余分に用意していたが、それでもオーガの遺骸は予定外であった
だからギリギリになったが、それでも成果は大きかった
大量の素材を得た事で、一行は意気揚々と帰還の途に着いた
途中で再び集落が見える場所に着いたが、ギルバートはもう見ていなかった。
思うところはあるものの、自分には出来る事が無い。
出来る事なら、ダーナが再建される時にはああいった避難民を受け入れてもらいたい。
そう思いながらギルバートは、先を急いで進んだ。
一行は2日目も何事も問題無く、そのまま王都へ帰還した。
王都では魔物の集団を討伐したとして、兵士以外に住民達も見に来ていた。
城門では馬車は一旦外に置かれて、職工ギルドで受け入れを待っていた。
素材は主に騎士団に収める装備に回される。
それも近衛騎士団に優先されて、クリサリスの鎌や騎士用のブロードソードに使われる。
それもあってか、騎士達はそわそわしながら様子を見ていた。
騎士達が使う装備になるのだ。
気になっているのだろう。
「殿下
オークの素材は騎士団に回されます
オーガはどうされます?」
「そっちはもう決まっている」
「そうですか
では書類は書かなくてもよろしいですね」
「いえ
数と討伐者は記載してください
報酬や褒賞に関わりますから」
「え?
ですが殿下が…」
「その場に居た全員の名前を記載してください
私の事は書かなくて良いので
理由は分かりますよね」
「あ!
分かりました」
ジョナサンは言われた通りに、騎士団が討伐した事にした。
こうしなければギルバートが、オーガを討伐していた事がバレる。
そうなれば国王から、ギルバートが叱責される事になる。
それが分かっていたのでジョナサンはギルバートの名前を外していた。
代わりに両方の討伐に、アーネストが関わっていた事を記載した。
その方が理由になるし、アーネストも正当な評価を受けられると思ったからだ。
魔術師は評価が悪い職業であった。
主に部屋に籠って書物を調べて、必要な時だけ呼び出される。
それ以外の時は必要とされないで、むしろ無駄飯食いとまで揶揄される。
そんな仕事だから、魔術師も表に出たがらない。
だから余計に籠りがちになり、人付き合いが苦手になる。
アーネストみたいに表に出て切る魔術師は、むしろ珍しかった。
騎士団からも評価は悪く、体力が無い事から馬鹿にされてもいた。
運動をほとんどしないで、部屋に籠って本を読んでばかりなのだ。
毎日稽古をしている騎士達に比べると、体力が無くて当然だった。
しかしアーネストは、その体力の無さを補って余りある魔力を持っていた。
だから近衛騎士団では、アーネストの評価は良かった。
「では、これで宰相に報告してくれ
詳細は追って私が報告する」
「分かりました
それでは確認はこれで終わりです
あ!
丁度ギルドの職員も来ました
馬車は後程回収させますね」
「ああ
それで頼むよ」
ジョナサンが報告書を仕上げている間に、職工ギルドの職人達が到着した。
さっそく馬車の中身を見て、歓声を上げて喜んでいる。
まるで誕生日に剣を送ってもらった、子供の様だった。
「殿下
それでオーガはどうされますか?」
「オーガは主に、騎士団や兵士の隊長に回してください
ダガー将軍は既に、一式受け取ってますよね」
「ええ
前回の討伐で得られた、オーガの骨を使わせてもらいました
鎌や剣だけでなく、護身用のナイフや鎧の金属部位にまで、魔鉱石として使いました」
「大剣はどうですか?」
「殿下が使われていたと言う剣ですか?
さすがに剣を作れるほどの骨ではありますが…
どうやって骨を補強して大剣にしたのかが分かりませんでして
それが残されていれば良かったのですが」
ギルバートが使っていたボーンクラッシャーは、魔物との戦闘で砕けてしまった。
今持っている剣は、白い熊から作られた剣だった。
この魔物の骨は丈夫だったので、剣にしても問題無かった。
「殿下の今使われておる、その魔物の骨は別格ですな」
「そうですよ
それを借りた時に、試しに魔鉱石のインゴットを切ってみました
見事に真っ二つですよ」
「え?
そんな事したんですか?
「あ…」
ギルバートは一瞬怒ろうとしたが、職人達が反省していたので注意だけにしておいた。
そして魔鉱石にするにしても、十分な強度を得られる様に工夫する事をお願いした。
折角隊長に支給するのだ、頑丈な物が必要だと判断したのだ。
それを話しているところで、ジョナサンが戻って来た。
「殿下
引き渡しは済みましたか?」
「ええ
後は完成を待つだけです」
「そうですか」
「立派な武器にするからな」
「楽しみに待っててくれ」
「ええ
期待していますよ」
ジョナサンはまさか、オーガの武器が貰えるとは思っていなかった。
だから話を合わせていて、武器の事は気にしていなかった。
「それで?
このまま王城に入りますか?」
「ええ
そうですね
先にアーネストは帰りましたが、私も早く風呂に入りたいです」
「あ…
そう言えば返り血を浴びたままでしたよね」
「ええ
タオルで拭っていますが、まさか川に入るわけには行きませんでしたからね」
季節はまだ冬なので、川は凍えそうなほど冷たかった。
だから川に入って、血を洗い流す事は出来なかった。
代わりに温めたお湯で、タオルを使って拭き取った。
しかし服や鎧には残っていたし、服の下には血の跡も残っていた。
「そうですね
私も出来れば入りたいですよ」
「あれ?
騎士団には風呂は無かったですか?」
「あるにはあるんですが…
そこまで大きく無いので、順番に数人で使います
今頃は使っていますから」
「ああ
そうですね」
先に帰還した騎士や歩兵は解散していた。
報告はギルバートが行うので、兵士達は通常の仕事に戻ったのだ。
騎士もこのまま休暇に入り、明日までは休みになる。
褒賞は明後日ぐらいになるだろう。
だから自由行動の今、騎士達は汗と汚れを落としに向かっている。
ジョナサンが向かっても、暫くは待たされるだろう。
「殿下は先に報告に向かうんですよね」
「ええ
私の責任ですから」
「それなら私も、それに同行しますよ」
「え?
ジョナサンは休暇ですよ
ゆっくり休んでいてください」
「いえ
ついでですから、報告までは同席します」
「え?
休んでいても良いんですよ」
「大丈夫ですよ
その後でゆっくり休みますから」
ジョナサンはそう言って、ギルバートの報告に付き合う事にした。
これは国王がギルバートを叱った時の為の牽制で、その場に同席しようと思ったのだ。
今回の遠征でも、少なからず負傷者は出ている。
幸い死者は居なかったが、重傷者も居るのだ。
責任問題で叱責ぐらいはされるだろう。
「さあ行きますよ」
「分かりました」
ギルバートはジョナサンと一緒に、王城に向かって歩いて行った。
王都は今日も賑わっていて、そろそろ雪が降らなくなるとあって盛んに商いが行われていた。
もうすぐ公道に安心して出られるので、今の内に在庫を売っておきたいのだ。
そうすれば隊商は、新たな品を積んで王都から出発できる。
だからこの時期は、安値で外地の商品が商われる。
店先には離れた土地で作られた、小物や雑貨が並べられていた。
中には怪しい品や本も並べられていて、道行く人が熱心に吟味している。
これが違う場所に運ばれて、値が釣り上げられて売られる事もある。
転売はリスクも伴うが、隊商には貴重な収入源でもあった・
「今日も賑わっていますね」
「ええ
もうすぐ公道が解禁になります
そうすれば隊商が一斉に王都から出ます
今はその為の準備期間でもあります」
「その分不正な商いも増えますよね」
「ええ
王都の警備隊にとっては、頭の痛い問題でしょう」
よく見ると、通りの何ヶ所かで警備兵が見張りに立っている。
不正な商いを見張っている者も居るが、逆にそう言って因縁を付ける不届き者も居る。
そういった者を摘発する為に、警備兵は市場を警戒して見張っているのだ。
そのまま大通りを抜けて、貴族街に入って行く。
ここからは貴族の家が並んでいるので、逆に露店や商店は少なくなる。
代わりに不審者が近付かない様に、貴族の私兵が通りに出て見張りをしている。
ほとんどの者が王子を知っているので、そのまま黙って見過ごしていた。
しかし何人かの兵士は、ギルバートを見て不審がっていた。
まだ成人していない少年が、血に汚れた鎧を着て歩いている様に見える。
ギルバートを知らない者からすれば、不審な者に見えただろう。
「殿下」
「ん?」
「やはり目立ちますね」
「そうかな?」
「さすがに拭いてはいますが、血が乾いた跡が見られますからね」
「ああ
そう言う事か」
「はい」
ギルバートは何でも無いと言った様子であったが、数人の兵士が通り過ぎるまで睨んでいた。
さすがに貴族街でこの格好は、何か犯罪でもあったかと不審がられていた。
王城の門では、さすがにギルバートを知っている者しか居なかった。
しかし逆に、ギルバートが何かに巻き込まれたかと心配する者が代わりに居た。
「殿下!
どうされましたか?」
「馬鹿
殿下は遠征からの帰還だよ」
「へ?
ああ…」
「きゃっ
殿下、その恰好はどうされましたの?」
「ちょっと魔物の返り血で…」
「すぐにお召し替えを…」
「え?
でも報告が…」
「その恰好はさすがに…」
「殿下
やっぱりマズいかも知れませんね
先に風呂に向かわれては?」
「でも…」
「先に私が話をしておきます
殿下は後から来てください」
「分かりました」
ギルバートは止む無く、メイドに連れられて風呂場に向かった。
鎧は清掃と補修に回されて、代わりに礼服が用意された。
ギルバートは軽く汗を流して、頭から返り血を洗い流した。
「その方が素敵ですよ」
「そうですよ
あんな汚れた格好では、陛下に私達が叱られますよ」
メイド達はくすくすと笑いながら、ギルバートに新しい礼服を差し出した。
ギルバートはすっかり着替えも済ませて、国王の元へと案内された。
執務室ではジョナサンが、魔物との報告をしていた。
丁度オーガの討伐の話をしていて、配置と使われた魔法、騎士の配置などが説明されていた。
「ふむ
それでこう向かって行って…」
「殿下」
「うむ
新しい服が出来上がっていて良かった」
国王は新しい礼服を着たギルバートを見て、ニコニコと微笑んでいた。
やがてその視線は、懐かしそうに細められた。
「その服はアルベルトが、ワシをここに迎えに来た時に着ていた物じゃ
まるであの時の、アルベルトに生き写しじゃな」
「え?
父上の?」
「ああ
アルベルトがワシを、帝国討伐に迎えに来た時に着ていた服じゃ
元の服は失われてしまっておったが、よく出来上がっておる」
アルベルトが若き日に、貴族として着ていた服を再現した物だった。
それを忠実に再現したので、アルベルトが帰って来た様に見えたのだろう。
国王は目を細めて、ギルバートを見ていた。
「それで、報告は?」
「ええ
丁度終わったところです」
「うむ
オーガまで討伐したとは上々じゃな」
「ええ
今回の経験で、オークは問題無く倒せると思います」
「はい」
「オーガはどうじゃ?
討伐は出来たんじゃろう?」
「ええ
しかし確実に討伐出来る様になるには、まだまだ回数が必要ですね」
「そうですね
まだ不安はあります」
「そうか…」
「大丈夫ですよ
ダーナには居ませんですよ
居るとしたら周辺の…」
「だが抗戦する可能性はあるじゃろう」
「え?
まあ…」
「ワシは不安じゃ
アルベルトが亡くなったのも、オーガに襲われた時じゃろう?」
「ええ
ですがオーガなら、私でも単独で倒せます」
「じゃが危険じゃろう」
「ですが殿下は、お一人で倒されています」
「あ!
ジョナサン」
「何?
どういう事じゃ!」
ジョナサンが思わず、庇う様に発してしまった。
「これはここだけの事として聞いてください」
「ん?
うーむ…」
「殿下は騎士の身を案じて、単独でオーガを1体討伐しております」
「それは本当か?」
「ええ
お一人で危なげも無く、オーガの首を刎ねました」
「首を…
相手は巨人だろう?」
「ええ
手足を切って、頭を下げたところを背中を駆け上り
首を一撃で跳ね飛ばしました」
ジョナサンの報告を聞いて、国王は顔を覆って呻いた。
「何と無茶な事を…」
「勝算はありました
ですから騎士達を守る為に止む無く…」
「そういう問題じゃあ無い!
お前は王子なんだぞ
この国を継ぐ重要な責務がある
それが魔物の討伐なんぞ…」
国王は頭を抱えて、低く呻いていた。
「陛下
ですが殿下は、魔物に全然後れを取っていませんでした
むしろ我々よりも、魔物と戦えていました」
「それも問題なんだが…
はあ…」
国王は頭を抱えてしまった。
しかしこのまま報告しない訳にも行かないので、ギルバートは改めて報告する事にした。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
遅れてすいません。
少し直していたので間に合いませんでした。




