第252話
作戦が決まると、さっそく一行は配置に着いた
アーネストや騎士達は岩に隠れて、ギルバートだけが見える位置に移動する
そして魔物に見付かる様に、その場で大きな声を出すのだ
そうすれば魔物は、声に気付いてギルバートに向かって来るだろう
ギルバートなら、1体ぐらいは問題無く倒せる
この作戦はそれが前提になっていた
ギルバートは少し前に出ると、オーガが見える位置に移動した
そして背中から大剣を取り出すと、それをしっかりと握った
騎士達も岩陰に隠れたが、鎌を出していつでも出れる様に身構える
そしてアーネストは、岩場から出てきた魔物に魔法を放つ為に、呪文を唱え始めていた
「やーい
このでかぶつめ
怖じ気付いていないなら掛かって来い」
グガ?
ギルバートの声に、岩から頭を覗かせている魔物は振り返った。
そして怒号を発すると、ゆっくりと岩を避けて進んで来た。
ゴガアアア
グガアアア
1体目のオーガが動き出すと、頭がもう一つ出て来た。
2体目のオーガも立ち上がって、ギルバートに気が付いた。
「よし
2体目もこっちに向かって来るぞ」
「アーネスト殿
魔法の用意は良いですか?」
アーネストは頷き、いつでも結句を唱えれる様にしていた。
グガアアア
「それ、ハレクシャー」
ギルバートは巧みに馬を操り、オーガの拳を躱しながら進む。
そして大剣を横にすると、そのまま勢いよく左の脛に叩き付けた。
ザン!
グガアアア
ギルバートの一撃が、見事に足を叩き切った。
そのままオーガは、態勢を崩して倒れる。
「今だ
頭を狙うんだ」
「おお」
騎士達が一斉に飛び出し、魔物の眼や首筋を狙って鎌を振るった。
グガア…
攻撃は見事に当たり、魔物は血反吐を吐いて倒れた。
その間にギルバートは、岩を回り込んで進んでいた。
2体目の攻撃を躱すと、そのまま向こうへ進む。
その間にアーネストが呪文を唱えて、2体目のオーガの腕と足を縛った。
「ソーン・バインド」
グガアアア
オーガは身動きが取れなくなり、そこへ騎士達が向かって行く。
「うおおお」
「食らえええ」
両足の脛の辺りを切られて、堪らずオーガは前のめりに倒れた。
そうして両手を着いたところで、後続の騎士が今度は両腕を切り裂く。
「せりゃあああ」
「うりゃあああ」
グガアア
オーガは腕も切られて、遂に地面に突っ伏した。
そこへ騎士が集まり、魔物に止めを刺した。
「ギルは?
一人で向かったのか?」
「アーネスト殿
急ぎましょう」
アーネストは呪文を唱えた後に、慌てて岩の向こうに向かおうとしていた。
しかしオーガがまだ暴れていたので、すぐには飛び出せなかったのだ。
その間にもギルバートは、向こうに居る残りの3体に向かって行っていた。
「せりゃあああ」
ザン!
グガアアア
3体の内の2体目の、踝が切り裂かれる。
堪らずオーガは痛みに呻き、バランスを崩す。
その間にギルバートは、一番奥の魔物に向かっていた。
1体目のオーガは既に、左足を切られて蹲っていた。
「な!
もうあんな所に」
「それよりもアーネスト殿
魔物を拘束してください」
「あ、はい」
アーネストはジョナサンに促されて、2体のオーガに向けて呪文を唱える。
しかし今度は大型の魔物2体なので、それだけ使う魔力も大きかった。
必死に呪文を唱えて、アーネストは魔法を完成させた。
「ソーン・バインド」
グガアア
ゴガアア
2体の魔物に蔦が絡みつく。
しかし2体同時は無理があったのか、肩腕は蔦の数が少なくて引き千切られた。
グガアアア
「ぐはっ」
「ごひょっ」
2名の騎士が、振るわれた腕に当たって吹っ飛んで行った。
馬が盾代わりになっていたが、それで馬はしんでしまっていた。
そして吹っ飛んだ騎士も、どうやら無事では済まなかった様だった。
「大丈夫か?」
「隊長
このままでは危険です」
「しかし
何とか腕を封じなければ」
魔物はなおも激しく腕を振り回して、足の拘束を解こうと暴れていた。
このままでは拘束は間もなく解けるだろう。
折角アーネストが作ったチャンスを、このまま無駄にするわけにはいかなかった。
「くそっ
こうなれば」
「隊長!」
「食らえ」
ジョナサンは飛び出すと、一気に間合いを詰めて振り回す腕を切り飛ばした。
ザン!
グガア
「これで止めだ」
ザシュッ!
2体の内の左の魔物に止めを刺す。
「凄い」
「感心している場合か!
オレ達も行くぞ」
「うりゃあああ」
騎士達も前に出て、必死に馬を動かして行く。
ギルバートの乗馬術に比べると、慣れた手綱さばきで躱して行く。
そして魔物の注意が逸れたところで、左右から一気に切り込んで行く。
「そりゃ」
「とりゃあ」
二人は一気に鎌を振り回して、腕と足を切り裂いて行く。
切り飛ばす事は無かったが、腕と足を切られたオーガはその場に倒れた。
後は止めを刺すだけになり、ほとんどの者がギルバートの方を見た。
「とりゃああああ」
丁度ギルバートは、最後の一太刀を与えようとしていた。
いつの間にか馬から下りており、左足を引き摺ったオーガの背中を駆け上がる。
そのまま宙を跳ぶ様に首筋に一撃を加えると、ゆっくりと降りて来る。
そしてギルバートが着地したと同時ぐらいに、魔物の頭が地面に落ちた。
魔物は慌てて頭の辺りを押さえようとしているが、既にそこには頭は無かった。
「す、凄い…」
「綺麗だ」
降り掛かる血を気にしないで、ギルバートはゆっくりと魔物から離れる。
そこへ馬が駆け寄り、ギルバートは馬に飛び乗った。
その直後に魔物は力尽きて、ギルバートの背後に崩れ落ちた。
「お、お見事です」
「いや、みんなが危険だと思って
つい張り切り過ぎちゃったよ」
「そうですよ
いくらなんでも危険です
あれほど陛下に自重する様に言われていたのに…」
「はははは…」
ギルバートは笑って誤魔化そうとしていたが、アーネストも怒って来た。
「そうだぞギル
あれはなんなんだ」
「いや、思ったよりも危険だったから
私が魔物を引き付けようと思ったんだ」
ギルバートは吹き飛んだ二人の騎士を見た。
彼等は仲間に助け起こされていたが、それでも腹の辺りを押さえていた。
すぐにポーションを飲まされて、不味そうに顔を顰める。
「ほら
馬が庇ってくれたみたいだけど、それでも重傷だ
馬も死んだみたいだし、帰りは馬車に乗せるしか無いな」
「それはそうなんですが、危険ですよ」
「そうだぞ
お前に何かあったら、どうするつもりなんだ」
「はははは
大丈夫だよ
ハレクシャーは賢いから
私の意思を汲んで魔物から避けてくれていたからね」
「何が大丈夫だよ
心配掛けやがって」
アーネストは怒りながらも、先ずはギルバートの無事に安堵していた。
そうして周りの状況を確認しつつ、一行はオーガの死体を運び始めた。
馬車が待機してあったが、そこまでに距離がある。
「これは大変ですな」
「そうですね
でも身体強化を使えば、大分マシになりますよ」
騎士達はギルバートに言われて、身体強化を使い始めた。
しかしそれでも、魔物は3、4人で運ぶ様になっていた。
何とか数人掛かりで抱えると、そのまま死体を運んで行く。
しかし馬車には既に、オークの死体が載せられている。
オーガの死体を載せると、馬車の中は満配になっていた。
「これは…」
「やはり大型の魔物ですからね
運ぶのも大変ですね」
「歩兵達はどうしますか?
全員乗せて怪我人も乗せるとなると、さすがにきつく無いですか?」
「そうですね
でも後は、王都に帰還するだけですから」
「帰られるんですか?」
「ええ
何か問題でも?」
「いえ
まさか素直に帰還されるとは…」
「いや、さすがにこれ以上は素材を持ち帰れなくなりますし
魔物も討伐出来ました
当初の目標は達成しましたよ」
「あれ?
目的はサテュロスでは…」
「それは森から出て来て、襲い掛かった場合でしょう?
出て来ない時点で、彼等は危険では無いと判断しました」
「なるほど
それではこれで帰還出来ますね」
「ええ
まあ、今夜はここで野営をしますが」
「え?」
「当たり前でしょう
野営地に戻る頃には日が暮れていますよ」
辺りは既に夕日が差し込み始めていた。
魔物の死体を運んでいる間に、随分と時間が掛かっていたのだ。
「はあ…
これ以上魔物が出ません様に」
「そうですね
出て来られても、素材を持ち帰れませんからね」
「そうじゃ無くて
殿下が危険な真似をしないかが不安なんです」
「え?」
「え?じゃないですよ
もう、あんな真似はしないでください」
「はははは
気を付けるよ」
ジョナサンとアーネストが、ギルバートを非難する眼で睨んでいた。
このまま野営していると、また魔物が出て来そうで不安だった。
しかしすぐに日も暮れるので、急いで野営地に戻らなければならない。
今夜も川原で野営に決定した。
一行は昨日の野営地に戻ると、先ずは周囲の安全を確認した。
魔物は来ないと踏んでいたが、一応念の為だ。
そして焚火を点けると、さっそく夕食の準備を始めた。
その間にも怪我人が運ばれて、天幕の中で休まされる。
ポーションを飲んでいたが、打撲で肋骨にひびが入っている様子だった。
熱を出しているので、打ち身の薬草を煎じて飲ませる。
その間にも他の怪我人に、打ち身や擦り傷の手当てをしてやる。
二人ほどでは無いが、振り回された腕や、飛んで来た物で負傷していた。
幸いなのはみな、軽傷で済んでいた事だ。
これでギルバートが引き付けていなければ、さらに数人が襲われていただろう。
何だかんだ言っても、ギルバートの判断は間違っていなかったのだ。
「熱が出ていますね」
「ええ
打ち身の痛み止めは飲ませましたが、ここではこれが精一杯ですね」
「解熱の薬草は?」
「さすがに持ち合わせがありません
それに使ったとしても、効果はあまり無いでしょう
骨にひびが入った事による熱ですからね」
「そうですか」
ギルバートは重傷の二人を見て心配していた。
しかし医者が居ないこの場所では、応急処置しか出来なかった。
結局は早く、王都に帰還するしか無いのだ。
「まあ
あの二人は死ななかっただけマシです
馬は潰されましたし、下手したら死んでましたからね」
「いや
運が良かっただけだろ
普通は潰されているか、もっと骨が折れていただろう」
手当てをした兵士も、ひび程度で済んだのは幸運だと思っていた。
しかしギルバートは、それは身体強化の恩恵だと知っていた。
筋肉が強化されるので、当然打撲に対する強化も成される。
それに骨も強化されているので、折れにくかったのはそれが原因だろう。
しかしこの事実は、騎士達には内緒にしていた。
何故ならそうと知れば、無茶をする者が絶対に現れる。
そうした時に負傷して、今回の様に無事とは限らないのだ。
騎士達の強化は未熟で、効果や継続時間もまだまだ短いのだ。
調子に乗って使っていたら、咄嗟の時に魔力切れになるだろう。
だからギルバートは、この事を黙っていた。
負傷した騎士達にも、スープが渡されていた。
痛みに顔を顰めながら、スープにパンを浸けて食べる。
固い黒パンを噛んでいては、ひびに響くからだ。
「っく」
「美味えけど痛い」
「そうだな
オレ達生きているんだな…」
二人は痛みに呻きながらも、生を実感して涙ぐんでいた。
討伐後は興奮と痛みで気付かなかったが、今頃になって生き残った事を実感したのだ。
仲間の騎士達は、そんな二人の様子に気付かない振りをしていた。
下手に声を掛けると、余計に恥ずかしがるからだ。
夕食を食べ終わると、アーネストが周囲を魔法で確認する。
最近では熟練して来たからか、魔力の量を増やせばある程度は広く確認出来た。
「周囲には魔物は居ないな」
「そうか
ありがとう」
アーネストの言葉に、野営地の緊張が解けるのを感じられた。
兵士も安心したのか、さっそく馬車の中身の整理を始めた。
食材が入っていた箱を潰せば、まだスペースが確保出来る。
そうしなければ、天幕を仕舞う場所も無かったのだ。
これでさらに魔物が現れては、歩兵達は降りて歩くしか無かった。
それだけは勘弁して欲しかったので、マジでもう魔物は来るなと祈っていた。
祈りは女神に届いた様だった…。
「さあ
仮眠する前に、各自で武器の手入れをする様に」
「はい」
「特に鎌で戦った者は、歪みが無いか確認してくれ
オーガの表皮は固いし、筋肉も相当に硬い
打ち方がマズいと歪んでしまうからね」
「え?」
数人の騎士が、慌てて鎌の刃を確認する。
どうやら思い当たる節がある様で、真剣に刃の歪みを確認していた。
しかし今回の武器は、ワイルド・ボアを使った魔鉱石で作られている。
例えオーガが相手でも、そう簡単には壊れなかった。
2名だけ少し歪んでいたが、問題は無さそうな程度だった。
彼等は王都に戻ったら、すぐに職人達の元に向かうと話していた。
夜も更けて来たので、一行は騎士に警戒を任せて仮眠に入った。
しかし魔物はもう居ないので、安心して仮眠を取っていた。
オーガの吠え声も聞こえて来ないので、夜は静かに過ぎて行く。
そして朝が来て、野営地に朝日が差し込み始めた。
「どうやら無事に過ぎましたね」
「ええ
朝食を取ったらさっそく準備をしましょう
明後日には王都に帰還したいですからね」
「そうですね
このまま無事に帰還出来るでしょう」
一行は朝食の為に、再び鍋を焚火の上に掛けた。
静かな野営地に、野菜のスープの美味そうな香りが漂っていた。
まだまだ続きます。
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