第249話
ギルバート達は馬に飛び乗ると、王都の城門を抜けて行った
そして暫く公道を走ると、そこからは馬車のペースに合わせて速度を上げた
あまりゆっくりしていると、碌に進まない内に夜になってしまうからだ
日が落ちるまでには、野営地を決めて火を焚く必要がある
まだまだ2の月の前半なので、夜はとても冷えるのだ
一行は順調に進んで、公道を北へと進んで行った
近くには小さな村もあるが、今回の遠征でも寄る予定は無かった
本当に小さな村だし、村人に気を遣わせたく無かったからだ
それよりは早く進んで、魔物を討伐する方が良かった
そうすればこの辺りの住民達も、安心して暮らせる様になるからだ
「あそこにも集落がありますね」
「本当だ
しかし地図には載っていないな」
「恐らくは無断で町を出た者達なんでしょう
勝手に伐採して集落を作っているので、どこにも申請はしていないんでしょうな」
「申請しなくても大丈夫なんですか?」
「どうでしょう?
申請していないとなると、税は取られていませんでしょうな
その代わり何かあっても、誰も助けようとはしませんが」
「何でです?」
「そうですな
税とは国に払う庇護の見返りです
そもそも国が軍を持つには、色々と経費が掛かります」
「そうですね
軍を作るのも、維持したり戦うにしても、色々と予算が掛かりますよね」
「そういう事です
それを支払わないでいる以上は、国軍や領主に助けは求められないでしょうな」
「しかし何でまた
こんな所に集落を?」
「そうですな
村や町に居れない様な何かをしたか…
あるいは領主に逆らったり、税が高くて生活が出来ないとか
理由は様々でしょうな」
「税が高い?」
「ええ
領主によっては、不当に高額な税収を決める者も居ます
勿論国王様や宰相様も確認しておりますが…
国に提出している書類が嘘であった場合には分かりません」
「何でまたそんな事を?」
「それは贅沢をする為でしょうね
例えば先ほどの若者達
あんな高価な鎧をどうやって手に入れたのか…」
「そうですね
実用的では無かったですが、やたらと金や細工を入れていましたね」
「それに衣服や食事
或いは高額な宝石などもあります
贅沢しようと思えば、どこまででも贅沢になります」
「そんな事して何になるんでしょう?」
「さあ?
自己満足でしょうか?
私達には無縁なので、理解は出来ませんが」
ジョナサン達新設の近衛騎士達は、ギルバートの親衛隊となっていた。
彼等は真面目な者達が選ばれており、訓練もだが生活も倹約していた。
そんな彼等だったからこそ、ギルバートは気に入って厚遇していた。
武器も前回のサテュロスの魔鉱石を使い、丈夫な鎌を作らせていた。
「生活が苦しいのは分かったけど
他のは?
領主に逆らうとか、町に居れないとか…」
「そうですね
例えば領主が我儘で、娘や妻を寄越せと言って来るとか」
「え?
何で?」
「そうですね
娘や妻が美しくて、気に入ったから寄越せと言うんですよ
案外地方の領主では、よくある問題行動なんですよね」
「娘さんならまだ分かるが、奥さんを?」
「ええ
場合によっては旦那を不敬罪だと言って殺したり…」
「え?
何で?」
「それは旦那が生きていては困るからでしょう
殿下にはまだ早かったかな?」
ギルバートにはそれが、理解出来なかった。
奥さんを気に入ったからと、貴族が強引に奪うのか?
そもそも娘を奪うと言うのも理解し難かった。
「そんな横暴がまかり通るのか?」
「ええ
報告が上がらない限りは、領内で片付けられますからね」
「そんな…」
「そうした問題が起こって
逃げる様に町を出るならまだ良い方ですね」
「え?」
「中には家族を殺され、自身も濡れ衣を着せられて犯罪者になる者もいます
そうした者の中でも、逃げ出せた者は新天地を求めて旅に出ます」
「そんな…」
「そうした者の中で、生き残れた者はまだ幸せですね
新しい土地で生きて行けますから」
「そんな…
酷い」
「そうですな
ダーナのアルベルト様は公正名大な方でした
ダーナではそういう事は無かったんでしょうね」
「そうですね
そんな話は聞いた事も無かった」
「他にも貴族や商人に騙されて、犯罪者に落とされる者も居ます」
「あ…
ガモン商会」
「ええ
あれが代表的ですが、中にはバレない様にこそこそとやっている者もいます
そうした者を罰する為に、王都の警備兵は内偵をしています」
「そうなんだ…」
「陛下はまだ、殿下にはお話しされていないんでしょうな」
「ええ」
「王都にも悪人は、数多く居ます
それは決して表に出ず、明るみに出ていません
しかし陛下は、そう言った悪人は許しません」
「そうですね」
ギルバートも王都に来てから半年ほど、何度か国王の仕事を手伝わされていた。
中には証文を誤魔化したり、無実の罪をでっち上げる者も居た。
しかし今聞いた話からは、それはまだ軽い罪人だったと思い知らされた。
国王はギルバートの知らないところで、そんな犯罪者を糾弾していたのだ。
そして苦しむ者達を見て、その心を締め付けられていたのだろう。
「国王様は、どうしてそれを私には見せなかったのでしょうか?」
「それは殿下では、まだ早いと思われたのでしょう」
「早いですか?」
「ええ
殿下はお優しいですし、何よりもまだまだ未熟だと思います
それでは狡猾な相手では騙されてしまいますよ」
「そうですか…」
未熟と言われて、ギルバートはしょんぼりとしてしまった。
「アーネストにもよく言われるんですよね
お前は甘いって」
「あー…
そうでしょうな
アーネスト殿は意外と擦れていますからな
彼を騙すのは相当骨が折れますよ」
アーネストの事を話していると、馬車から小さくくしゃみをする声が聞こえた。
「あ…」
「くすくす
聞こえたんですかね」
「それにしても
犯罪者だと言っても色々あるんですね
父上が恩赦を与えていたのも、そういった経緯があったんでしょうか?」
「そうかも知れませんね
中には騙されて、犯罪者になった者もいたんでしょう」
ジョナサンはそう言って頷いた後に、付け加える様に言った。
「勿論
騙されていなくて、最初から性根の悪い者も居ます
それに真っ当な暮らしが出来ない、荒事が好きな者も」
「そうですね
そういった者達は、纏めて鉱山に送られていました」
「鉱山にですか?
それはもしかして、ノルドの町の近くの」
「ええ」
「そうですか…
それでダモンは…」
「え?」
「いえ
ダモンの周りには荒くれ者が護衛に着いていたと聞いていました
そいつらは鉱山から連れて来ていたんですね」
「なるほど
気付きませんでした」
確かにノルドの町では、荒くれ者が多かった。
彼等が元鉱山労働者だったと考えれば、確かに納得出来た。
しかしそうなると、肝心の鉱山では誰が働いていたのか?
「ねえ、ジョナサン
鉱山労働者が町に入っていたとしたら、鉱山には誰が居たんでしょう?」
「え?」
「町には確かに、多くの荒くれ者が集まっていました
それが鉱山労働者として送られていた者だとすれば、鉱山には誰が居たんでしょうか」
「そう…ですね
確かに鉱山は稼働していたんですから、誰かが働いていた筈です
しかし送られた犯罪者が町に居たのでは…」
ジョナサンは暫く考え込んだ。
それから確認する様に、ギルバートに質問した。
「殿下
それは内戦が近いので集まったのではないですか?」
「そうですね
その可能性ももちろんあります
しかし鉱山が完全に止まっていたんでしょうか?」
「ううん
それは確かに」
「しかしそう考えると、他に誰が働いていたんでしょうか?」
「例えば奴隷とか?」
「え?
奴隷?」
「ガモンは奴隷を売っていました
そう考えれば、ダモンも奴隷を働かせていたとは考えられませんか?」
「そうですね
しかしどこから?」
「そうですね
それは分かりませんし、まだ確認出来てませんから
この事は確認が取れるまで内密にしてください」
「良いですが、確認ですか?」
「ええ
ダーナに向かう時に、ノルドの町には立ち寄ります
その時に鉱山がどうなっているのか、確認してみます」
「なるほど
分かりました」
ジョナサンは、危険ですとか反対する言葉は言わなかった。
この数ヶ月見て来たので、ギルバートが行動的なのは知っていた。
下手に止めても逆効果だし、ギルバートなら成功させるだろう。
それに止めるよりは手伝った方がマシだと思えた。
どうせ止めようとしても、一人でやり遂げるだろうからだ。
「それならば、是非ともこの遠征は成功させませんといけませんね」
「ええ
必ず無事に、王都に帰還しますよ」
「はい」
ギルバートは集落が気になったが、視線を前に戻すと先を急いだ。
どうせ立ち寄っても、そんな事情があるのなら歓迎はされないだろう。
いや、むしろ嫌がられて命を狙われる恐れすらある。
そう考えると、魔物や雪が心配だったが、このまま見て見ない振りをする方が良いのだろう。
そう思って集落の事は、忘れる事にした。
そうして暫く進んで、時刻は正午を少し回っていた。
相変わらず雪がちらついていて、日は薄曇りの雲の向こうだった。
日が見えないので正確な時刻は分からないが、明るさから正午は回ったと判断した。
そこで川の近くに馬を停めて、一時休憩する事にした。
馬も走り通しなので、少し休憩が必要だからだ。
一行は昼食に、黒パンと干し肉を出した。
食材は積まれていたが、わざわざ野営をして昼食を作るほどでは無かった。
軽く昼食を取ると、馬に水や飼い葉を与えて、少し休憩をさせた。
これから魔物と戦うのだ、馬が疲れていては支障を来す。
1刻ほど休息をして、馬が十分に休んだと判断をしてから、一行は再び出発した。
目的地はまだ先なので、この分では手前で野営をする事になる。
あまり無理して進むと、野営地で魔物と対峙する事になる。
その辺も考えて、安全そうな場所を探しながら前進する。
良さそうな場所があったら、今夜はそこで野営する事にするのだ。
一行は再び進み、野営地に向いていそうな場所を探す。
「さっきの川の側の方が良かったですかね」
「そうですね
しかし人数も少ないので、出来れば遮蔽物があった方が安心ですね」
「遮蔽物ですか?
逆に危なくないですか?」
「実はアーネストが、周囲に魔物が居ないか確認出来る魔法を知っています
それを使えば、周囲に魔物が居るか確認出来ます」
「ああ
それを使えば安心なんですね」
「ええ
そんなに頻繁には使えませんが、野営地を決める時と仮眠前に使えば、周囲の安全は確認出来ます
そうなれば遮蔽物があった方が、戦闘になった時にも有利になりますから」
通常は遮蔽物があると、向こうが見えないので危険になる。
しかし魔物が近くに居ない場合なら、魔物に見付かり難くなる。
それに場合によっては、その遮蔽物を使って奇襲を掛ける事も出来る。
まあ、逆に使われたら危険なのだが、魔物の場所が分かるのなら話は別だ。
遮蔽物の向こうに居ても、魔物の大体の数や、場所も確認出来るからだ。
一行は先程の川を遡り、周辺が岩場になっている場所を見付けた。
そこは公道からあまり離れておらず、岩が水辺を囲んでいた。
その岩に囲まれた場所で、川に近い場所に一行は集まった。
「ここなら安心でしょう」
「そうだな
どうやら周囲に魔物は居ないみたいだし」
アーネストはさっそく魔法を使い、周囲に魔力を検知しない事を確認した。
しかし魔力を感じないという事は、魚も川には居ないという事だ。
「どうやら魔物は居ないけれど…
魚も居ないな」
「え?
大丈夫か?」
ギルバートは試しに、川の水を掬ってみる。
特に変な匂いもしないし、水も澄んでいた。
そのまま掬った水を、試しに飲んでみる。
「あ!
おい」
「大丈夫だ、問題無い」
「問題無いって、問題があったらマズいだろう」
アーネストが不満を言うが、ギルバートは構わず馬から鞍を外した。
そのままハレクシャーを連れて行き、水を飲ませてやる。
「さあ
みんなも馬を休ませてくれ
それと野営の準備もしなくちゃな」
「はあ…
まったく」
アーネストも水辺に近付くと、両手で掬って飲み始めた。
騎士達も馬から鞍を下ろすと、それぞれの馬の手入れを始めた。
歩兵達は馬車なので、御者以外は天幕を運び始めた。
そして天幕を張り終わると、今度は焚火の準備を始める。
夕食を作る為にも、火は重要であった。
「ここは岩が遮ってくれるので、思ったよりも寒く無いですね」
「ええ
水は少し冷たいんですが、風が吹き込まないのは助かります」
日が沈み始めて、冷たい風が吹き始めていた。
しかし岩が遮るので、野営地には風は吹きこまなかった。
その為焚火の火は、周囲を暖かくしてくれていた。
そしてその焚火の上には、スープが入った鍋が吊るされていた。
「野菜と干し肉のスープです」
「野営地ですので簡単な物しか出来ませんがどうぞ」
兵士達が作ったスープを、騎士達も一緒になって飲む。
そうして黒パンを浸しては、それを口に運んでいた。
「はあ
暖まる」
「ああ
やはり冬場はスープだな」
「家庭によって入れる野菜が違うんだってな」
「王都は物があるから、寒村に比べるとマシだよな」
兵士達は感想を述べながら、熱いスープを楽しんでいた。
それからアーネストが、もう一度周囲の魔力を確認する。
回りに魔物が居ない事を確認してから、交代で見張りながら仮眠を取った。
周囲に魔物が居ないという事で、兵士達は安心して仮眠を取った。
まだまだ続きます。
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