第248話
2日経って、ギルバートは遠征に旅立つ日が来た
ここから北へ2日ほど進んだ、森の周辺に魔物が出るらしい
そこに現れる魔物を討伐する事が、今回の主な遠征の目標にしている
そして序でにだが、本当にサテュロスが襲って来ないかの確認もある
前回はいきなり襲われたが、本来はサテュロスは森から出て来ない
それを確認する為だ
今回の遠征では、騎士団が2部隊の25名と歩兵が1部隊50名になる
それに魔術師のアーネストが同行する
遠征の責任者はギルバートで、指揮官をジョナサンが務める
アーネストは一応、参謀と魔物の足止めが主な任務になる
「準備は良いか?」
「ああ
マジックポーチにも食料は入れてある
いつでも出れるぞ」
「食糧って…
他の荷物は?」
「だからポーチの中だって
思ったよりも物は入るんだぞ」
「…
まあ、準備が出来ているのなら良いや」
「そういうお前はどうなんだ?」
「荷物はハレクシャーに載せてある
天幕は馬車で運んでもらうし、これで十分だろう」
「そうか
後は騎士団の到着待ちか」
「ああ
どうやら揉め事が起きたらしい」
騎士団は直前になって、遠征を代われと騒ぐ者が現れたらしい。
それで貴族が出て来て、国王に不満を述べている様だ。
「例の選民思想の貴族か?」
「ああ
手柄が欲しくて、碌に剣を振れないくせに同行させろと騒いでいるらしい」
「それはまた…
陛下も大変だな」
問題の騎士は、訓練もサボってばかりで、剣の腕もからっきしらしい。
そのくせプライドだけは高くて、最初はギルバートの代わりに行くと言っていたらしい。
それが魔物が狂暴だと聞くと、そんな所へ行かせる気かと父親が出て来た。
そこから同行させて、手柄を譲れと騒いでいるらしい。
本当は騎士団は、既に準備が完了している。
しかし問題の騎士達が邪魔をして、王城から出れなくなっていた。
「いっその事、ボクが魔法で蹴散らしてやろうか?」
「止めてくれ
話が余計にややこしくなる」
騎士達が強硬に出ないのは、相手が貴族の子息達だからだ。
しかも選民思想を掲げた、反国王派の貴族でもある。
だから下手にぶつかると、後々厄介な問題になるのだ。
それを懸念して、騎士団は動けないでいた。
「お?
噂をすれば」
遠征に向かうとは思えない様な、派手な金属鎧を着た集団が城門に近付いて来る。
例の貴族の子息という騎士達だろう。
その出で立ちは派手で目立ち、実戦には不向きに見えた。
そもそも金属鎧では、馬も動きが鈍ってしまう。
それに動きが遅くては、素早い魔物に狙われたら逃げきれないだろう。
「あれで遠征に行く気か?」
「ああ
そのつもりなんだろう」
ギルバートもアーネストも、思わず溜息を吐いていた。
どうやら相当にお頭が弱そうであった。
「見付けたぞ!
貴様がギルバートとか言う小僧か!」
騎士の一人が、ギルバートを見付けて指差して叫んだ。
「うわっちゃー…
あいつは馬鹿だな」
「ああ
私にそんな事を言って、無事に済むと思っているのか?」
「思っているんだろうな
パパが貴族だから、何でも思い通りになるとか」
「だとすれば相当だな…」
「ああ
相当だろうよ」
二人がヒソヒソ話している間も、騎士は近付こうと必死になっている。
しかし鎧が重いので、馬も歩くのがやっとだった。
「この無礼者が!
何で格下の貴様が、オレの足元に馳せ参じないのだ」
「エレン殿
マズいですぞ」
「そうですよ
これ以上事を荒立てないでください」
「ええい!
黙れ黙れ!
何で私の思い通りにならない
こんな小僧なんぞ、一思いに首を刎ねてしまえ」
従者が取り無そうとするが、騎士は相当に苛立っている様子だった。
そして仲間の騎士も、苛立った様子を見せていた。
「そこの小僧
このお方がどなたか分からんのか?」
「すぐにこちらに来て、跪いて許しを請わんか」
「え?
誰なんですか?
兜まで被っているから全然分かりませんが?」
「ぷっ、くく…
それはマズいだろ」
ギルバートの言葉に、アーネストが思わず吹き出す。
「小僧!」
「舐めやがって」
「舐めると仰られても
どこの誰とも分からん輩に対してどう接しろと?」
「おのれ…
とことん舐め腐りおって」
「叩き切ってやる」
騎士達が剣を抜き、ギルバートに襲い掛かろうとする。
「おいおい
本気かよ?
城門前と言っても街中だぞ?」
「煩い!
オレ達は貴族だぞ」
「そうだ
不敬罪で処刑してやる」
「貴族ねえ…
貴族の子息の間違いじゃあ?」
「そうだね
子息が貴族を僭称するのは良くないな」
「うぬぬぬ」
「だからと言って、その貴族の子息に盾突く事がどういう事か、分かって言っているんだろうな」
騎士達は苛立ちながら言うが、アーネストは余裕でニヤニヤ笑っていた。
「そうだな
その貴族と言うのなら、こちらのアーネストは貴族だぞ」
「な、何だと?」
「おい」
「まさか?」
「そうだな
叙爵はまだだが、子爵の叙爵予定だからな
暫定貴族ではあるな」
「そうなれば、貴族の子息よりは上になるな」
「おい
子爵だとオレの家より上だぞ」
「まさか」
「しかしまだ、子爵にはなっていない
今の内に殺せば…」
「物騒だな」
「そうだな
とても貴族の子息には見えんが?」
「く、くそお」
騎士達は襲い掛かろうとするも、鎧が重くてなかなか前に進めない。
そしてアーネストが子爵と聞いて、何人かは及び腰になっていた。
「どうする?」
「くそお
こいつ等舐めやがって」
「そもそも
そんな恰好をしてどこに行く気なんだ?」
ギルバートが何気なく聞いた言葉に、騎士達が反応した。
「よくぞ聞いた
我々は貴様ら愚民の代わりに、魔物を討伐してやるのだ」
「ふはははは
喜んで譲るが良い」
「はあ…
そんな恰好で?」
「死にに行く様なもんだろ」
「な、何だと!」
「オレ達の実力を知らんのか?」
「知らないな
それにお前達、騎士って割りには訓練には来ていなかったな」
「はあ?
訓練だと?」
「あんな物は力を持たない愚民共がする事だ」
「そうだ
我々は力を持つ選ばれた貴族達だ
そんな物は必要無い」
「必要無いねえ
訓練にも着いて来れない貴族の子息が、訓練を嫌がっているとは聞いていたが?」
「そんな事は無いぞ」
「そうだ
あんな物はする必要は無い」
「そうかなあ?
他の騎士にも簡単に負けていたのに?」
「ぐぬぬぬ」
「ふざけるな」
「舐めやがって」
騎士達は一層怒りを込めて、抜身の剣を構えてにじり寄って来る。
しかし鎧が重たいので、その動きは非常にゆっくりであった。
そこへジョナサンが、騎士団を連れて現れた。
「殿下
お待たせしました」
「殿下?」
「やあ、ジョナサン
問題は解決したのかい?」
「ええ
反抗していた騎士見習い達は、縛られて禁固刑になりました
これで遠征に出れます」
「そうか
それは良かった」
「おい
禁固刑だって?」
「マズいんじゃないか?」
騎士達、もとい騎士見習い達は、ジョナサンの話を聞いて怖じ気付き始めていた。
「話が違うんじゃ無いか?」
「そうだぞ
遠征に着いて行けるって話だろ?」
「それに着いて行くだけで、名誉になるって」
騎士見習い達は、一人の騎士見習いの周りに集まり始めた。
「そんな筈は無い
パパがどうにかしてくれるって」
「それがどうにかなってないだろう」
「そうだぞ
どうするんだ」
「それにさっき、殿下って…」
騎士見習いが騒いでいるのを見て、ジョナサンは怪訝そうにしていた。
「殿下?
彼等は?」
「ああ
どうやらその貴族の子息たちの仲間らしい」
「愚民共の為に、代わりに遠征に出るんだそうで」
「へ?」
ジョナサンも思わず、騎士見習い達の装備を上から見直してみる。
そしてあんまりなその恰好に、思わず溜息を吐く。
「あれでですか?」
「みたいですね」
「まったく…」
ジョナサンはもう一度溜息を吐くと、騎士見習い達に向かって近付いて行った。
「それで?
君達はどうしたいのか?
本気で遠征に行きたいのか?」
「そうだ
我々は優秀な貴族だ」
「だから貴様ら愚民共の代わりに、この遠征を成功に導いてやる」
「本気…なのか?」
「ああ
貴様らこそ、そんな装備で大丈夫なのか?」
「はははは
貧乏人は装備も碌でも無いな」
「いや…
それで動けるのか?」
「え?」
「あ…」
「いや…」
ジョナサンの言葉に、子息達はたちまち勢いを失った。
確かにさっきから、まともに動けていないのだ。
恐ろしい魔物達も、親が金で買い揃えてくれたこの装備で何とかなると思っていた。
しかし実際には、さっきから満足に動く事も出来ないでいた。
「そもそも皮鎧なのは、魔物に襲われない様に動く為なんだよ
それでは満足に動けなくて、あっという間に魔物に殺されてしまうよ」
「それは…」
子息達は何も言い返せなくて、思わず口噤んでしまった。
「分かったらさっさと帰りなさい
君達の父上達も、今頃は謹慎に処されているだろう」
「な、何だと!」
「何で父上が」
「我々は選ばれた貴族なのだぞ」
「そりゃあ国王様の命に背いて、殿下の出立を妨げたんだ
謹慎にもなるでしょ」
「何なんだよ
さっきから」
「そうだよ」
「みんなもう止めようよ
さっきから何かおかしいよ
それに殿下だなんて」
「ふざけるな
オレ達の方が正しいんだ」
「そうだ
それもこれもその小僧が…」
騎士見習い達は一斉にギルバートの方を向いた。
「小僧?
貴様等…
今小僧と言ったか?」
「そうだ
そこの生意気な小僧が原因なんだろ
だったらオレがその小僧を…」
「殿下を…
小僧だと?」
「何なんださっきから
こんな小僧がどうしたと言うのだ」
「そのお方が誰か知らんのか
この痴れ者が!」
ジョナサンの一喝で、騎士見習い達は怯んだ。
「まあまあ
彼等は訓練にも来ない落ち零れ達です
私の事は知らないんでしょう」
「何だと
誰が落ち零れ…」
カコーン!
ギルバートは素早く剣を抜くと、そのまま間合いを詰めて兜を切り裂いた。
「な!」
「私の名は知っているんでしょう
しかし私が王子だと知らないとは…」
兜を割られた騎士見習いは、その場で腰を抜かして失禁していた。
「おやあ?
こいつ失禁しているぞ?」
アーネストがその騎士見習いを見て、意地悪そうな顔をする。
「さて
この馬鹿共はどうしましょうか?」
「そうだなあ…」
ギルバートは城門の方を見て、門番の兵士達を手招いた。
門番達もギルバートが絡まれているのを見ていたが、相手が貴族を名乗っていたので手を出せないでいたのだ。
それにギルバートが噂通りなら、あんな鎧を着た若者には負けないと踏んでいた。
だから事が終わるまでは静観していたのだ。
「こいつ等を拘束してくれ」
「良いのですか?」
「ああ
国王様にも逆らってまで来たんだ
王城に連行すれば良いだろう」
「分かりました」
「くそっ
何だってんだ」
「王子だって?」
「そんなの聞いて無いぞ」
「貴様らが知らないだけだ」
「そうだぞ
殿下はこれでも、私達を鍛えてくれたお方だ
大型の魔物も一撃で倒せる様な方だぞ」
「へ?」
「大型の魔物?」
「そうだぞ
オーガとか言う大型の人食い鬼を倒せるほどの方だ」
「まともにやり合わなくて良かったな」
「そうだぞ
お前等では瞬殺だろう」
門番の兵士達も鍛えられていた。
あっという間に子息達を縛り上げて、そのまま王城に向けて連行して行った。
「何だか大袈裟になっているな」
「ああ
いつ私が、オーガを一撃で倒した事になっているんだ?」
「え?
でも、ダーナでは倒していたよな」
「それはそうだが…」
ギルバートがアーネストと話しているのを聞いて、ジョナサンが呆れた顔をする。
「殿下
本当に倒したんですか?」
「ん?
まあ…」
「身体強化を使ってだけどな
その後はぶっ倒れていたけど」
「あれは仕方が無かっただろう
城門に迫っていたし、父上が殺されそうになっていたんだ」
「ああ
アルベルト様が襲われた時の話なんですか」
「ええ
結局父上は、オーガに…」
「それはまた…」
「しかしあれからも技量は上がっている
今では本当に一撃で倒せるだろうな」
「そうかもな」
「殿下…
くれぐれも私達の前ではやらないでください
心配で倒れそうですよ」
「はははは
気を付けるよ」
ギルバートは苦笑いを浮かべて、そう答えていた。
しかし騎士達が危険な場合は、アーネストと協力して戦う事になるだろう。
こればっかりは、力を持つ者の仕事になる。
「さあ
これで出発できるな」
「はい
もう邪魔はされないでしょう」
「では行きますか」
三人は騎士を従えて、王都の城門に向かった。
これから1日掛けて、少しでも森の近くに行かなければならない。
まだ雪は降る可能性はあったし、何よりも日が沈む時間は早かった。
だからなるべく早く、森に向かう必要があった。
「思わぬ邪魔が入ったが、これで出発できる」
「はい
準備は万端です」
城門では歩兵達が、馬車に乗って待機していた。
後は騎士が揃ったところで、すぐに出発できる様に待っていたのだ。
「遅くなってすいませんでした」
「いや
ジョナサン達が悪いんじゃあない
選民思想の貴族が悪いんだ」
「そうだな
いずれはこの問題も、解決する必要があるな」
「では出発するぞ」
「はい」
既に城門は開門して、いつでも出られる様になっている。
後は馬に乗って、そのまま出発するだけだ。
「それでは出発」
「おお」
一行は馬に飛び乗ると、ゆっくりと並足で進んだ。
アーネストは馬だとしんどいので、歩兵達の馬車に一緒に乗り込んだ。
少し雪がちらつく、薄曇りの空を見上げながら、一行は王都の城門を抜けて行った。
まだまだ続きます。
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