第247話
国王は不思議と優しいい顔をして、ギルバートをじっと見詰めていた
しかしギルバートは、国王の顔を険しい表情で見ていた
それは今聞いた話が、ギルバートにはあまりに許容出来ない話だったからだ
指導者の視点と言われたが、それの意味がよく分からず、話は胸糞悪く感じた
だからギルバートは、将軍と国王を険しい顔をして睨んでいた
国王の主張は理に敵っている
他国の人間が入って来れば、それだけ色々と問題も起こる
それに移民であるなら、援助もしなければならない
それには国が富んでいなければならない
しかし今の王国では、そこまでの余力はまだ無かった
「移民を殺すと言う事ですか?」
「そうじゃな
指導者としては、残念じゃがそうなる」
「何で?」
「それは我が国がまだまだ発展途上じゃから
他国民を抱えるほどの余力が無いからじゃな」
「しかし」
「殿下
これはあくまでも例えです
本当に来たのなら、まだ会話の余地はあります」
「そういう事じゃ」
「しかし…」
「だが、お前は魔物なら当たり前じゃと思っておるよな?」
「え?
それは魔物ですし、当然でしょう」
「何でじゃ?」
「え?」
「魔物も子供がおった
それに飢えておったし、他の魔物に追われて仕方なく越境して来た
それなのに何故、何も言わずに一方的に虐殺される?」
「ですからそれは、魔物ですから」
「魔物だから良いのか?」
「え?」
「魔物が話せたら?
人間と共存出来たら?」
「それは…
ですが出来ませんし」
「今のところは…な」
「え?」
「これが亜人ならどうじゃ?
獣人は?」
「え?
話は出来ますし、彼等も人間ですし…」
「どうしてじゃ?
魔物も喋れるじゃろ?」
「あれは鳴き声で…」
「そうじゃなあ
ギルバートから見れば、そうなるんじゃろうな」
「どういう事ですか?」
国王は溜息を吐き、哀しそうな顔をした。
「ワシからすれば、魔物が可哀想でならない
人間と話し合いが出来ないから、共存が出来ない」
「それはそうでしょう
ですから女神様は魔物を追いやって…」
「それは違うぞ
女神様は魔物を哀れに思って、人間から守る為に結界を作られた
これは教会では認められておらんが、歴とした事実じゃ」
「そんな…」
「なあ
ギルバートよ
何で魔物だと駄目なのじゃ?」
「それは魔物が人間を憎んでいて、人間を殺すからでしょう」
「そうじゃな
しかしそれは、人間が魔物の住処を奪ったからじゃ
それはフェイト・スピナーからも聞いておるな」
「ええ…」
「そして魔物は、今も人間を憎んでおる
しかし実際には、もっと困った事がある
それは魔物の見た目じゃな」
「え?」
「例えば…
お前がいきなり獣の様な人間を見たらどうする?」
「それは魔物ですから…」
「いや、待て
それで良いのか?」
「え?」
「獣の様なと言ったぞ
獣人はどうなんじゃ?」
「あ…」
「そういう事じゃ
大多数の者が、見た目で魔物と決めつけて殺そうとするじゃろう
それが当たり前になっておる」
「しかし」
「言いたい事は分かる
じゃがな、それだからこそ問題なのじゃ」
ギルバートは国王にここまで言われて、返す言葉が見付からなかった。
「そしてな
じゃからこそ魔物が、話せたとしても共存が難しい
それで魔物と人間が出会うと、先ずは殺し合いになってしまう
魔物からすれば、人間も十分に化け物じゃからな」
「それは…」
ギルバートはもう、返す言葉が見付からなかった。
自分が当たり前に思っていた事が、実は多くの者が当たり前と思っているだけで、正しい事では無いと言われたからだ。
「魔物からしてみれば、彼等も被害者じゃ
しかしワシ等は、指導者として国を守る為に、魔物は殲滅せねばならん」
「それが指導者の視点ですか?」
「そうじゃ
そして場合によっては、獣人や移民も同様に処分しなければならない」
「そんな…」
「そして分かって欲しい
本当はワシ等も、魔物を殺す事は躊躇っておる」
「ですがそれは、彼等とは話も出来ませんし、理解も出来ませんから」
「ギルバートよ
本当にそれで良いのか?」
「え?」
「それでは、今後話せる魔物が現れたら?
友好的な魔物が現れたら?」
「そんな魔物は…」
「本当に居ないのか?」
「え?」
「まあ良い
今はそれ以上は無理じゃろう」
「はあ…」
「しかし忘れないでくれ
ワシ等は移民達を殺したのじゃ」
「ですからそれは、魔物で…」
「魔物でも移民じゃった
それを有無を言わさず、殲滅させたのじゃ」
「う…」
「そしてそれを、後悔して苦しんでいる者も居る
それを忘れないで欲しい」
「そんな者が居るのですか?」
「ああ
そうじゃ」
「そうですよ
部隊の兵士の半数近くが、魔物の子供を殺した事を悔やんでいました
こうならない方法が無かったのかと」
「でしたら、どうすれば良かったのですか?
追放すれば良かったのですか?」
「そうじゃな
そう出来ておれば、こんな気持ちにならずに済んだのじゃろう」
「ええ
ワシもそう思います」
「しかしそれは…」
「そうじゃな
出来なかったからこうなった
じゃからこの事を、忘れないで欲しい」
「…」
「あ!
じゃからと言って、討伐の指示は気にしなくても良いぞ
まだお前には、そこまでの責務は無いからな」
「いや、それは矛盾して…」
「殿下
陛下が仰るのは心構えだと思ってください
今は理解出来なくても、いずれは分かる時が来ます
その時に、今の言葉を思い出してください」
「うーん
二人の言葉の意味が、正直よく分からないです」
「それでも良いんですよ」
「そうじゃな
お前にはまだ早い様じゃな」
ギルバートはよく分かっていなかったが、国王はこの話はここまでにしようとした。
これ以上言ってみせても、却って混乱するだけだ。
後は経験を積んで、理解していくしか無いだろう。
「兎に角、例え相手が魔物でも、それは命を奪う事には変わりが無い
その事をよく覚えておいてくれ」
国王はそう言って、優しく微笑んだ。
それから最終的な討伐数と負傷者数を確認して、将軍の報告は終わった。
そして話題は、ダーナの魔物の話になった。
「北の魔物を討伐してからになるが、それでも良いんだな?」
「ええ
正式な許可を頂きたいんで
まさか勝手に向かうわけにもいきませんし」
「そうじゃな
出来れば国内が安定してからにして欲しいが…」
「それでは遅すぎます
今も妹達が無事か不安なんです」
「妹か…
確かアルベルトの娘以外にも住んでおるのじゃったな?」
「ええ
セリアは戦災孤児です
集落が魔物に襲われた時の生き残りです」
「そうか」
「その子は可愛いのか?」
「ええ
フィオーナも可愛いのですが、セリアはまた別ですね」
「ふむ」
国王はふと、妙な顔をして将軍の方を見た。
しかし将軍は、肩を竦めて何も言わなかった。
「?」
「その子に…
特別な感情はあるのか?」
「特別?」
「そうじゃな
家族とは違った意味で好きとか…」
「へ?
そりゃあ妹は可愛いですし、大好きですよ
私を慕ってくれていますし」
「いや、そうじゃなくて…
まあ良い」
「ぷっく…」
国王は焦って何か言い掛けたが、迷いながらそれを言わない。
将軍もその様子を見ながら、笑いを堪えていた。
しかしギルバートは、何の事だか分からず、キョトンとした顔をしていた。
「え?
一体何なんですか?」
「…気にするな」
「え?」
「陛下は殿下が妹を大事にしているので、安心されたんですよ」
「よく意味が分かりませんが?」
「まあ、そう言う事にしておいてください」
将軍にそう言われて、それ以上の追及は出来なかった。
何よりもギルバートが、恋愛とかに疎かったからだ。
そういう浮いた話が理解出来ないので、王宮内で噂になっても気付かなかった。
アーネストは変な噂の引き合いに出されて、暫く距離を開けていた。
それなのにギルバートは、二人が熱愛と噂されても気付いてもいなかった。
国王は息子に浮いた話が無いので、てっきり妹のどちらかに懸想しているのかとも思っていた。
しかしギルバートは、単純に家族として心配していた。
少なくとも、今のところはそれ以上の感情は持って無さそうだった。
これならば、どこぞの貴族の子女を宛がっても問題は無さそうだと思った。
「それで?
殿下はいつ討伐に向かうのですか?」
「実は既に準備を済ませておるのじゃよ
将軍が帰るまではと引き留めておってな」
「はあ…」
「明日にでも出たいのですが?」
「せめて明後日にしなさい
将軍にも休息は必要じゃ」
「明後日ですか…
分かりました」
「それまでにしっかり準備をして…
大丈夫です
私自身の準備は整っていますし、騎士団はジョナサンが確認しています」
ギルバートはまるでピクニックにでも行く様に、うきうきしていた。
その様子を見て、将軍もさすがに不安になってくる。
「殿下
そのう…
大丈夫なんですか?」
「へ?
何が?」
「魔物を討伐に向かうんですよ?」
「ええ
オーガの大群でも無ければ大丈夫ですよ」
「そう…ですか」
オーガの大群と聞いて、将軍はゾッとした。
1体でもあれだけ苦戦して、武器も碌に通らなかった。
それを1体なら一人で倒せると聞いている。
武器も相応の業物を身に着けているし、心配するだけ杞憂なのだろうか?
「ここから2、3日とはいえ、食糧等は手配していますか?」
「ええ
それにいざとなれば、魔物の中には食用に出来る魔獣もいますから」
「え?
殿下は魔物の…」
「正確には魔獣ですよ
獣ですから魔獣という呼び名が考案されました
ワイルド・ボア等がそれですね」
「それでその、魔獣を食べたんですか?」
「ええ
王宮にも持って来ましたが、将軍は知らなかったんですか?」
「いえ、話には聞いていましたが…
陛下?」
将軍が振り返ると、国王は顔を背けていた。
「どういう事ですかな?」
「あ、いや
将軍は丁度居なかったし
美味かったからすぐに無くなってしまって…」
「だからって…」
「ええっと…
あれ?」
「ワシは食べておりません
しかし美味いとは聞いておりました」
「ああ、それで…」
「それではもしかして…
アーマード・ボアも…」
「あ!
ギルバート」
ギルバートが思わず、アーマード・ボアの名前を出していた。
国王は慌てていたが、将軍は聞き逃していなかった。
「アーマード・ボア?
へ・い・か?」
「い、いや
その時も将軍は出ておってな
それで、そのう、あのう…」
将軍はゆっくりと笑みを浮かべて、国王の方へ振り返った。
しかしその目は、全然笑っていなかった。
「ワシは全然食べていないんですが?」
「いや、そのう…」
「食い物の恨みは怖いんですよ?」
「仕方が無いじゃろう
タイミングという物が…」
将軍は美味しいと言う魔獣の肉を全然食べれていなくて、すっかり拗ねていた。
ギルバートは可哀そうになって、ある提案をした。
「将軍
今度魔獣を見付けたら、肉をお持ちしましょうか?」
「え?
よろしいんですか?」
「ええ…」
将軍の顔が、喜びで輝いていた。
その様子に、思わずギルバートも引いてしまう。
「見付けたらですが」
「いえ
それで構いません
ありがとうございます」
「ワシの分は?」
国王が思わずと言った感じで呟く。
「へ・い・か?」
「国王様?」
二人は思わず、ジト目で国王を見た。
「だって…
ワシもまた食べたいんじゃもん」
「反省していますか?」
「いや
これは反省していませんね」
「だってあれだけ美味いんじゃ
もっと食べたいと思うもん」
「可愛く言っても駄目ですよ」
「そうですよ
反省してください」
国王なので、当然狩った魔物の肉は献上されるだろう。
しかし国王としては、息子であるギルバートが狩って来た事が重要だった。
だが、ギルバートは勿論だが将軍も、そこは理解していなかった。
単に国王が、美味い肉が食いたいと我儘を言っている様に見えていた。
「ワイルド・ボアとはどういった魔物…
いや、魔獣ですか?」
「そうですね
分かり易く言えば、大きな猪の魔獣です」
「ほう…」
猪の肉は臭みが強くて、下処理をしっかりとしないと食べれなかった。
それが魔物になると美味くなると言うのは興味深かった。
「見た目は大柄で、瘤のある猪ですね
しかし表皮は頑丈で、良い皮鎧が作れますよ」
「へえ
皮鎧の素材になるんですか?」
「ええ
骨も使えますよ
コボルトよりは良い魔鉱石が出来ます
って言うか将軍は使われていないんですか?」
「え?
そうですな」
「その素材は騎士団に配備されたと聞いておったが?」
「何で騎士団に?」
「さあ?
ワシは報告しか聞いておらんでな
問題があるのか?」
「そうですね
そもそも何で、前線に出る兵士では無く、騎士に優先されたかです」
「それは騎士だからじゃのう
国としては見た目の騎士の方に金を掛けたがる」
「それで国民に危険が及んでも?」
「さすがにそれは…
そうなのか?」
「ええ
将軍もですが、兵士達の武具が弱いせいで被害が大きくなっています」
「それに昨年の北への遠征でも
武具が役に立たなくて帰還しました」
「何?
良い素材が手に入ったから、それを加工する為では無かったのか?」
「そもそも
それぐらいの素材で無いと歯が立たなかったからです
そうでなければ途中で帰還などしませんよ」
「そうか…」
「これは裏で金が動いておる様じゃな」
「え?」
「考えられるのは、選民思想の貴族が絡んでおる
そんなところじゃろう」
「なんでまた?」
「おおかた自分の息子を優遇する為じゃろう
騎士団には貴族の子息も入っておる
それで優遇する馬鹿者も多い
今回の事もそれじゃろうて」
国王は思い当たる事があるのか、これは自分の方で調べると言った。
最近ではすっかり鳴りを潜めていたが、相変わらず選民思想者の貴族は健在な様子だった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




