第245話
再び森の中に潜入した兵士達は、昨日とは違う森の様子に驚いていた
小胴部たちの姿は見えず、空気はピリピリと張り詰めていた
いつ魔物が出て来るか分からず、斥候は黙って用心深く周囲を見回す
そして昨日の目印を辿りながら、同じ道から少し離れて歩いていた
同じ場所を通ると、そこで待ち伏せされる可能性があるからだ
斥候が何かに気付き、手を挙げて全体を止める
そして口元に手を当てると、指で合図を送り始めた
兵士達はそれを見て、頷いてから移動を開始した
それから道を避ける様に回り込み、大きな木の周りの繁みに近付く
そこには8体のコボルトが、身を低くして隠れていた
兵士達は木を前にして死角になる様にして、ゆっくりと繁みに近付く
そしてある程度近付くと、繫みから勢い良くコボルトが飛び出した
ガルルル
コボルトは周囲を見回しながら、兵士達の姿を探す。
まだこちらには気付いていない様子で、しきりと鼻を鳴らしていた。
「今だ!」
「うおおおお」
兵士達は一斉に駆け出し、一気に間合いを詰めた。
「せりゃあああ」
ギャワン
「先ずは1体」
ガウガアア
ガルルル
騒ぎに驚き、繁みから残りの魔物も飛び出した。
「二体目」
ギャワン
キャイン
「三体目」
飛び出した魔物達は、兵士達に冷静に切り倒されて行く。
ある者は袈裟懸けに、またある者は胴薙ぎに。
奇襲しようと身構えていたのが、逆に奇襲されたから仕方が無かった。
魔物達は成す術も無く、その場で切り倒されていた。
「ここはこれで全てか?」
「ええ
他にも待ち構えていると思います
急ぎましょう」
斥候は姿勢を低くすると、再び慎重に進み始めた。
そこから待ち伏せは、合計で5ヶ所存で行われていた。
その度に斥候が気付き、迂回してから奇襲を繰り返した。
どうやら待ち伏せまでは頭が回るものの、そこに隠れては見付かるとは分からない様子だった。
みな昨日の通り道に隠れては、迫って来る兵士達をじっと待っていた。
鼻は利くのだから、兵士が近付いて来ているのは気付いている。
しかしどこから来ているかまでは分かったいなかった。
そして回り込まれては、背後から奇襲を受けていた。
「どうやらあまり賢くは無い様だな」
「ええ
待ち伏せする辺りは子供よりは利口ですが、大人ほど狡猾では無いのでしょう」
6か所目の待ち伏せを倒すと、いよいよ村が見えてきた。
「どうだ?
ここから様子は窺えるか?」
「さすがにそれは…」
斥候は苦笑いを浮かべると、そのまま近くの木に攀じ登った。
そのまま伸びをすると、注意深く村の様子を探る。
暫く様子を眺めると、斥候は木から下りてきた。
「どうだった?」
「魔物は居ます
大体100体ぐらいですかね」
「100体か
少し多いかな」
騎兵達は総勢で3部隊64名。
昨日の戦闘で8名が負傷したり落命していた。
兵士達は歩兵と合流するのを待ち、状況を整理した。
「これから村を襲うが、打ち漏らしを無くす為にも一気に叩くひつようがある」
「この広さだ、正面からでは危険だな」
「歩兵部隊は左右に分かれてくれ
種面はオレ達が受け持つ」
「はい」
村は森を切り拓いて、大体半径400mぐらいあった。
そこに家が乱立していたが、約半数が焼けて見通しは良くなっている。
それでも3方向からでは、十分な包囲とは言えなかった。
だから一気に踏み込んで、魔物の意識をこちらに集中させる必要があった。
逃げ出される前に、敵意を集める必要があるのだ。
「それでは移動してくれ
合図で一気に踏み込むぞ」
「分かりました」
歩兵達は移動して、向こうから合図が送られた。
それを確認してから、踏み込む合図を送る。
「一気に行くぞ」
「おお」
「敵意を集める為にも、鬨の声を上げるんだ」
「おお」
「今こそ騎兵部隊の力を見せてやれ」
「うおおおお」
騎兵達は一斉に鬨の声を上げて、一気に村へと雪崩れ込んだ。
「うおおおお」
「一気に殲滅しろ」
グガ?
ガルル?
魔物達は鬨の声に驚き、一斉に兵士達の方へ振り返った。
そして顔に怒りで皺を寄せると、唸り声を上げて襲い掛かって来た。
ガルルルル
グガアアア
しかし村の中で安心していたのか、ほとんどが武装をしていなかった。
中には子供らしい小さな個体も混じっていたが、敵意を剥き出して向かって来る。
ここまでは怪我人も居なかったが、さすがにこの数を相手では厳しかった。
最初の接近で、数名の兵士が棍棒や牙で負傷する。
しかしすぐに後続が入れ替わって、そのまま魔物を切り倒して行く。
「ぐわっ」
「大丈夫か?」
「このお!」
ギャワン
キャイン
「うりゃあああ」
キャウン
ギャン
一気に振り回された剣が、3体の魔物を切り付けた。
「うおっ
危ないな、気を付けろ」
「大丈夫だ
回りはちゃんと見ている」
騎兵達は身体強化を発動させると、一気に村の中心まで切り込んでいった。
その間にも歩兵達は、ゆっくりと左右から切り倒して進んで来る。
魔物はこの時に、既に半分ぐらいに減っていた。
「何が100体だよ
こりゃあ200体は居るぞ?」
「愚痴るな
目の前に集中しろ」
既に騎兵達は、10名ほど負傷して下がっていた。
それでも勢いは収まらず、向かて来る魔物を次々と切り倒していた。
魔物達は武器をほとんど持っていなかったので、牙や爪で攻撃しようと近付いて来ていた。
しかしそうなると、剣を持った騎兵達の方が有利だった。
近付かれる前に、剣で切り倒せば良いからだ。
「あと一息だぞ」
気が付くと、魔物はもう30体ぐらいにまで減っていた。
歩兵が左右から迫っているので、魔物には逃げ場は無かった。
最後の悪足掻きで、魔物は騎兵達に一斉に襲い掛かって来た。
「油断するな
一気に殲滅するぞ」
「うおおおお」
「てりゃあああ」
ガルルルル
ギャワン
魔物は次々と切り倒され、切り飛ばされた。
そして遂に、村に動く魔物の姿が見えなくなった。
「やった…ぜえぜえ」
「はあ、はあ
もう動きたくない」
さすがに騎兵達も、身体強化が切れて疲れ果てていた。
立って肩で息をする者。
座り込んで剣を支えにする者。
みなが全力を出し切って、その場で休んでいた。
そこへ歩兵の部隊長が来た。
「どうしましょう?
我々で残党を探しましょうか?」
「す、すまない…ぜいぜい」
「それでは探してみます
みなさんは休憩していてください」
歩兵達も身体強化を使って、必死に戦っていた。
しかし正面からに比べると、周りは逃げようとする弱った魔物だったので、そこまで手古摺らなかった。
ゆっくり進んで、冷静に切り倒すだけだったので、消耗はそこまで酷くは無かった。
「さあ
騎兵は疲れ切っている
ここは我々の力の見せ所だぞ」
「おう」
「残党は恐らく、建物の中に潜んで居る
二人一組で、一軒ずつ見回ってくれ」
「おう」
歩兵達は気合を入れ直すと、何組かに別れて建物を確認して回った。
家は簡単に木を組み合わせただけの物だったので、入り口から覗くだけで済んだ。
中は簡素な焚火と布切れ等があるだけで、ほとんど隠れられなかった。
だから覗くだけで一望出来た。
「居ないな」
「そうだな」
「覗いた家は燃やしてしまえ、その方が分かり易いし簡単だ」
「燃やすのか?」
「ああ
このまま置いておいたらマズいだろ」
簡単な木の家だが、他の魔物が来て住み着いてはマズい。
拠点にされても困るので、片っ端から家は壊されて燃やされた。
次々と家を潰して行くが、魔物は見付からなかった。
どうやら先ほどので全部だった様だった。
「逃げた魔物も居なかったし、これで全部なのかな?」
「どうだろう?」
歩兵達は順番に家を覗いては、中を確認してから火を着けて行った。
魔物は見付からず、家も次々と燃やされて行く。
そのうち騎兵達も回復して、家の確認を始めた。
そのまま2時間ほど掛けて、全ての家が燃やされた。
家に逃げ込んだ魔物が居ないので、これで全てが片付いたと確認出来た。
兵士達は魔物の遺骸を集めると、それを何人かで運び始めた。
遺骸を燃やして、骨や魔石の回収をする為だ。
「魔石は胸にあるんだよな?」
「ああ
丁度心臓の辺りに、小さな石がある筈だ」
「このまま燃やしては駄目なのか?」
「石まで燃やしてら、多分駄目になるだろう」
本当は骨も、燃やさないで回収した方が良かった。
しかしコボルト程度の魔物では、燃やしてもそこまで変わらなかった。
これが大型の魔物やFランクの魔物であったなら、燃やしたら魔力が落ちて無駄になる。
コボルトではそこまで気にするほどの物では無かったので、魔石だけ確認された。
そうして魔石の回収を済ませると、片付けを考えて森の入り口へと運ばれた。
ここから骨だけを回収するのは面倒臭かったからだ。
「これなら、家を燃やす序でに焼けば良かったな」
「馬鹿
ここで燃やしたら、それこそ骨を集めるのが大変だぞ」
「そうだぞ
一々木箱を抱えて、ここまで取りに戻るのか?」
愚痴る兵士はそう言われて、不満そうな顔をしていた。
しかし確かに面倒なので、黙って遺骸を背負って運んだ。
「将軍
どうやら無事に戻って来た様です」
「うむ
これで討伐は完了だな」
将軍は兵士達が森から出て来るのを見て、ホッと安心した様子を見せた。
いくら残党狩りだと言っても、まだまだ数は残っていた筈だ。
怪我人も少なく、無事に戻って来て安心したのだ。
「後は遺骸の処理か」
「ええ」
既に残った兵士達で、この辺りの魔物の遺骸は回収されていた。
そして魔石を確認してから、順番に燃やされていっていた。
しかし数が数なので、回収用の箱がどんどん積み上げられて行く。
そして遺骸を燃やす作業も、まだ半分も終わっていなかった。
「ここから一部の者を残して、騎兵達は帰還してもらう」
「はい」
「特に軽傷者が優先だな
重傷者は馬車に集めて、歩兵と共に帰還させよう」
「はい」
ここから半日も掛からないが、王都までの距離は十分にある。
負傷した者達を集めて、先に帰還させるのだ。
「軽傷者が64名
重傷者は12名です」
「死者や行方不明者は少なかったのですが…」
「うむ
残念だが仕方が無い」
死者は8名だったが、行方不明が4名居た。
実質12名が亡くなった事になる。
それでも少なかったのは、魔物に奇襲を掛けれたのが大きかった。
特に魔術師達の活躍は大きく、足止めして倒せたのは大きい。
あれが無ければ、もっと多くの犠牲者が出ていただろう。
将軍は負傷者や死者のリストを作ると、それを帰還する兵士に持たせた。
「これを宰相殿に届けてくれ」
「はい」
負傷者を集めると、護衛に2部隊の歩兵が付いて出発した。
このまま向かえば、夕刻までには王都に着けるだろう。
そして出発を見送ると、将軍は兵士達に昼食を取る様に指示した。
これからまだ片付けが残されている、腹が減っていては作業にならないだろう。
「昼食を取りながらで良い
聞いてくれ」
将軍は兵士達に、今回の遠征の労いの言葉を掛けた。
まだ片付けは終わっていないが、後は片付けだけなのだ。
ここで労いの言葉を掛けて、士気を上げようと考えたのだ。
「諸君らのおかげで、無事に森に巣くう魔物は討伐出来た。
これにより、王都の安全は確保出来たわけだ」
「おお」
「今回の遠征で、国王様より褒賞も出るだろう
また、1週間は休養が取れる様に手配する
十分に英気を養ってもらうつもりだ」
「おお」
兵士達が喜びの歓声を上がる中、一人の兵士が立ちあがった。
「あのう…」
「どうした?」
「1週間というのは何故なんでしょうか?」
「うむ…」
将軍は言うべきか悩んだが、ここで告げておく事にした。
「実はこの後、北の魔物にも討伐に向かう予定がある」
「それは…」
「そういう事だ
準備期間もあるから、休養は1週間となる
しかし負傷者の回復も待たねばならんから…
向かうのは今月の半ばだろうな」
兵士達の何人かは、また討伐に向かって稼げると喜んでいた。
しかし歩兵達からすれば、遠征は恐ろしい物だった。
幾人もの同僚達が、遠征で命を落としていた。
それを思えば、遠征など行きたくは無かった。
将軍は兵士達が昼食を終えるのを見計らって、再び作業に戻る様に指示した。
まだまだ多くの遺骸が積まれており、焼く為の木も必要だったのだ。
森から木を伐採しては、それを運んで薪を作る。
乾燥していないので燃え難いし、煙も沢山出た。
しかし薪が足りていないので、仕方が無かったのだ。
木を伐採しては運び、次々と遺骸を燃やして行く。
そうして火が消えた跡から、冷めたところで骨を回収する。
素材は出来ればで良いと言われていたが、武具を新調するには大量に必要だった。
だから将軍は、なるべく遺骸は回収させていた。
「今回の討伐で、大体700体ぐらいは倒しましたね」
「ああ
だがそれも分かっている範囲でだ
数は正確に数えていなかったからな
回収出来ていないのは数えていない」
「そう考えれば、大きな村だったと思いますね」
部隊長の言葉に、将軍は困った顔をした。
「そうだな
確かに大きな村なのだろう」
「ええ
700となれば、今回の我が軍の総数に匹敵します」
「そうだな
だが…
これは戦士以外の死体も混ざっている」
「あ…」
そう、部隊長は忘れていたのだ。
魔物を残らず殲滅したので、子供や老人に当たる魔物も居た筈なのだ。
それも戦闘に加わっていたので、一緒に残さず殺されていた。
そう考えると、全てが戦士だと言えた。
そして魔物を殲滅するという事は、こうした幼い者も殺さなければならないのだ。
「気にするな
ワシもここまで来るまで、それに気が付かなかった」
「はい…」
部隊長は後味の悪い気持ちで、死体の山を見詰めていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
すいません。
ちょっと更新が遅れました。




