第243話
いよいよ戦闘が始まった
歩兵と斥候達が飛び出して来て、その後ろに魔物が迫っていた
それに目掛けて、騎兵隊が身構えている
そしてその後ろには、歩兵達が大楯を構えていた
そして怒号に搔き消されながら、魔術師達の呪文が唱えられた
遡る事数分前
歩兵達は斥候に従い、3ヶ所に別れて移動していた
この先に待ち構えている、魔物達に奇襲を仕掛ける為だ
やがて目的の目印を見付けて、斥候達は部隊を止めた
そして声を小さくして、魔物が近い事を告げた
「魔物はあの繁みの向こう側です」
「本当に魔物が居るのか?
何も見えないな」
「ええ
分かり難いですが、繁みが不規則に動いています
魔物が移動している証拠です」
「それでは、準備は良いですか?」
「ああ」
「戻る時は我々の後に着いて来て下さい」
「大丈夫か?」
「ええ
実は足の速さでは、私達の方が上なんですよ」
「へえ…」
「では…」
「行くぞ!」
歩兵の掛け声に合わせて、3ヶ所で一斉に魔物に突撃した。
近くまで接近出来れば良かったのだが、コボルトは耳と鼻が利く。
近付いたらすぐにバレるのだ。
「うおおおお」
「いくぞおおお」
グガッ?
グルルル
兵士達の怒号に、魔物は驚いて周囲を見回す。
しかし鋭い聴覚が徒となり、響く怒号に方向が分からなくなっていた。
これも事前に伝えられた作戦で、耳の利く魔物に対する対抗策であった。
「うりゃあああ」
「食らえええ」
ギャワン
キャイン
歩兵達は魔物に突進すると、一気に切り伏せて行った。
殺す事が目的では無く、なるべく致命的な一撃を与えて、1体でも多く公道不能にする。
そうしてその場に動ける魔物が居なくなった事を確認して、一気に逃げ帰って来る。
これが奇襲作戦の全容であった。
そして作戦は上手く行き、歩兵達は逃げる為に斥候の元へ急いだ。
作戦では不可能と判断した場合でも、早急に逃げる様に指示されていた。
これは殺す事を目的にしていないからだ。
「行くぞ!」
「退避!」
「引き揚げろ!」
各々が声を上げて、撤退を全体に報せる。
こうする事で、逃げ遅れる者が居ない様にする為だ。
そして他の場所からは、騒ぎに気付いた魔物が騒ぎ始めていた。
「来たぞ!」
「逃げろおおお!」
「うわあああ」
そして歩兵達は、必死になって駆け出した。
行きは10分以上掛けた道を、一気に駆け抜けて行く。
斥候は宣言通り、歩兵達の前で安全な道を進んで行く。
それを追い掛ける様に、歩兵達も必死になって走って行った。
「森を抜けます」
「うおおおお」
「出たぞ!」
「構えろ!」
歩兵達が駆け抜けた瞬間、騎兵達が鎌を握り締める。
そして魔術師達の、呪文が辺りに響いた。
「マッド・グラップ」
グギャ
ギャワン
先頭を駆けていた魔物が、不意に出来上がった泥沼に足を取られた。
「ソーン・バインド」
ギシッ!
キャイン
続いて出て来た後続に、拘束の呪文が炸裂する。
魔物は手足を縛られて、その場で身動きが取れなくなる。
そこへ事態を理解して無い、後続の魔物達が突っ込んだ。
ギャワン
キャイン
次々と飛び出して来る、魔物達がぶつかって転倒する。
そして前に居た魔物は、後続に圧し潰されてしまった。
「今だ、掛かれ!」
「うおおおお」
「うりゃあああ」
騎兵達が前に出て、一気に鎌で刈り取って行く。
聖なるクリサリスの鎌は、文字通り魔物の生命を刈り取って行った。
ギャワン
グギャアア
キャイン
魔物達の悲鳴が響き、次々と無慈悲に刈り取られて行く。
「上手く行きましたな」
「ああ
出だしは上々だ」
将軍も部隊長も、作戦が上手く行って上機嫌だった。
出て来た魔物は200体近く居たが、そのほとんどが一気に倒されていった。
そして数分も掛からずに、魔物は殲滅されていた。
「大体200体ぐらいかな?」
「ええ
上手く行きました」
「さあ
次の作戦の為に、魔物の遺骸を回収しろ」
「はい」
歩兵達が前に出て、魔物の死体を集めて行った。
中には原型を留めていない物もあったが、そういった物は骨だけ回収して、肉片は脇に避けられた。
「さて
次にどうでるかな?」
将軍は森の入り口を見て、魔物の動向を確認した。
しかし魔物達は、警戒してか出て来なかった。
「うーむ」
「どうされますか?」
「そうだな
出て来ないのなら、こちらから行くしか無いか」
将軍は立ち上がると、全体に響く様に指示を出した。
「どうやら魔物共は、警戒して出て来ない様だ
予定通り歩兵を前にして、ゆっくりと進むぞ」
「はい」
待機していた歩兵達が、3部隊でゆっくりと前進して行く。
その手にはショートソードと小型の盾が握られ、油断なく進んで行く。
歩兵達の中に、数人の斥候も同行する。
魔物が潜んで居ないか確認する為だ。
「何も居ないな」
「油断はするな
どこに居るか分からない」
「斥候
どうだ?
居るか?」
「いえ
今のところは居ません」
そうしてゆっくりと進み、先ほどの場所まで戻って来た。
時刻は正午を過ぎて、太陽は真上から少し離れていた。
バサッ
「う!」
「雪です」
「ふう…
脅かせやがって」
「気を付けてください
ここには居ませんが、どこに潜んで居るのか分かりませんから」
「おいおい…」
「どうしますか?
先に進みますか?」
「ううむ…」
部隊長は暫し悩んだが、予定通り集落があると想定した場所に向かう事にした。
「よし
このまま進むぞ」
「はい」
「集落があるのか?
そしてどうなっているのか確認する」
「はい」
部隊長の指示があったので、斥候が先頭になって進んだ。
そして暫く進むと、やがて煙が上がっているのが見えた。
「見えました
煙です」
「ううむ
やはり集落がある様だな」
「はい」
そのまま慎重に進んで、少し先に人工物が見えてきた。
魔物が造った家だった。
それは粗末な木切れを集めて、蔦で縛った簡素な家だった。
それが幾つも集まって、小さな村を作っていた。
「あったぞ
集落…
いや、村だ」
そこには多くのコボルトが住んでいて、建物も50軒ぐらいはありそうだった。
「確かに村ですね」
「これはマズいな
一旦退くか」
「そうですね」
予定ではもう一度、ここで攻撃して釣るつもりだった。
しかし数が多いので、このまま釣るのは危険だった。
「一旦退いて、将軍に報告しよう」
「はい」
歩兵達は斥候に促して、元来た道を引き返した。
引き返す際には、斥候は独自の目印を残して行った。
もう一度来る時の為に、安全そうな道を確保する為だ。
暫くして、歩兵達は森の入り口に戻って来た。
歩兵達が無事に戻って来た事を、みなは喜んでいた。
「どうだった?」
「大丈夫だったか?」
「ええ」
部隊長は将軍の元へ行き、状況を報告した。
「将軍」
「うむ
無事だった様だな」
「はい」
「して、状況はどうだった?」
「はい
魔物は集落というより、村規模でした」
「む!
そうか…」
「どうされますか?」
「そうだなあ…
どれぐらい居そうだ?」
「ざっとですが、約500体といったところでしょう」
「そうか…」
将軍はどうしたものかと考え始めた。
さすがに500体程になると、迂闊に攻め込むのも危険だった。
歩兵部隊が何もしなかったのは、それだけ危険だと判断したからだ。
「500と言ったな」
「ええ」
「それは大人が500か?」
「いえ
戦えそうなのは300ぐらいですね」
「なるほど」
将軍は部隊長を招集した。
「これは少々強引だが…」
将軍は策を持って切り崩そうと考えた。
そこで歩兵部隊から、2部隊だけ再び向かわせる事にした。
ただし今度は、装備を変えて向かわせる事にした。
「そうなりますと、第2、第3部隊が適任かと」
「そうだな」
将軍は振り向くと、歩兵の第2、第3部隊長に指示を出した。
「今から諸君らの部隊に行ってもらいたい」
「はい」
「作戦の成否は、君達に掛かっている」
「はい
お任せください」
部隊長は自分の部下の元に向かうと、すぐに指示を出した。
そして自らも、愛用の弓を手に取った。
「あれ?
隊長も撃つんですか?」
「そうだ
お前達に私の、腕前を見せんとな」
「そう言って失敗しないでくださいよ
部隊長って本番に弱いんですから」
「馬鹿者!
ワシはまだまだ現役じゃ
お前等若い者には負け取らんぞ」
「はははは」
部下達に笑われながらも、部隊長は弦の具合や矢の状態を確認していた。
「それで?
何を狙うんです?」
「魔物は村を作っておる」
「村ですか…」
兵士達は思ったより大きな仕事だと、表情を険しくした。
「なあに
そんなに難しく無いさ」
「ですが村規模ですと…」
「これとこれを使う」
「あ…」
部隊長は色違いの矢筒と、小さな魔道具を取り出した。
「あ…」
兵士達はそれを見て、何をするかを察した。
「分かりました
それでは3、6で分れますね」
「ああ
指揮は任せたぞ」
「はい」
兵士は歩兵部隊のリーダーで、特に弓を使う時の指揮を任されていた。
部隊長よりも弓が上手くて、仲間達からも信頼されていたからだ。
歩兵部隊は弓兵部隊として、準備を整えていた。
その間に斥候は休憩をして、昼食を軽く取っていた。
これから再び走るので、栄養を補給しておいたのだ。
「準備は良いな?」
「はい」
「では、作戦を決行する」
「はい」
部隊長からの号令で、弓兵達は森の中に入って行った。
斥候ほどでは無いが、彼等は弓の腕で選ばれた部隊だった。
その為に狩の経験もあり、簡単な斥候や見張りも出来る者達であった。
だから斥候部隊としては、そんな彼等を案内するのは気後れをしていた。
「あの目印を辿れば良いんですね?」
「はい
安全な道に着けています」
「それは助かる」
「君達のおかげで、私達も安心して進める」
「そんな
私達のする事なんて、大した事ではありませんよ」
「そうだろうか?」
「例えばそこに、魔物が伏せていたとする
君達はそれに気付けるので、我々に警告を出来る」
「そうでしょうか?」
「もっと自信を持ちたまえ
君達の斥候の腕は、王国軍一なんだよ」
「しかし私達は、戦闘では何の役にも立てません」
「何を言っているんだい
魔物の位置を探り出し、安全に近付ける
これのどこが役立たずなんだ?」
「ですが…」
「もっと自信を持ってくれ
将軍が心配していたぞ」
「え?
将軍が?
何で?」
「君達が有能なのに、正式に評価されないって
もっと自信を持って、活躍して欲しいってさ」
「将軍…」
将軍がこの部隊に斥候を付けたのは、実はこれが目的であった。
実際に弓兵達でも、実は魔物の近くまで十分に近付ける。
それでも安全策と、斥候に自信を着けて欲しくて、こうして同行させたのだ。
「さあ
将軍の期待に応える為にも、一番良さそうな場所へ誘導してくれ」
「はい」
斥候部隊は、魔物の村からの死角で、一番狙い易い場所を探した。
そうして魔物に見付からない様に、その場所に弓兵達を移動させる。
「ここならすぐには見付かりません」
「ありがとう」」
「それから…
逃げる時は言ってください
私達が必ず、あなた達を安全な場所まで先導します」
「ああ
頼んだよ」
「はい」
弓兵達は配置に着くと、それぞれ3人と6人に別れた。
それから3人の内の1人が立ち、矢筒から矢を取り出す。
矢の先にはボロ布が付いていて、そこに魔道具で火を着けた。
そして6人の方では、2人が同じ様に用意をする。
こうして射る者の側で、残りが風を確認したり、周囲に危険が無いか見回す。
全員が準備を出来たのを確認して、合図を待っていた。
「よし
それぞれ狙いは付けたな?」
「はい」
「それでは一斉に撃つ
撃て!」
「はい」
それぞれの場所から、一斉に火矢が飛んで行った。
そして撃った者がしゃがんで、次の者が用意していた矢を番える。
「撃て!」
「はい」
第2射が放たれて、次の者と後退する。
こうして隙を少なくして、次々と矢を射掛ける。
これが新しく考案された、連続射出の方法だった。
火矢は次々と飛んで行き、魔物の粗末な家に突き刺さった。
少し雪が残っていたが、木は全体的に乾燥していた。
だから火が燃え移って、すぐに家を焼き始めた。
「魔物が気付きました」
「しかしまだ、こちらには気付いていません」
「分かった
撃て!」
「はい」
さらに火矢が飛んで行き、次の家に突き刺さる。
魔物達は家が焼けた事で、狼狽えてパニックを起こしていた。
そして子供を守ろうと、まだ火の着いていない家に逃げ込んだ。
そこに狙いを定めて、次の火矢が撃ち込まれた。
残酷な事だが、子供とはいえ魔物だ。
ここで生き残ると、次の被害の原因に成り兼ねない。
弓兵達はよく狙って、子供が逃げ込んだ家に射掛けた。
「マズいですね…」
「そろそろ気付き始め…
あ!」
数体の魔物が、飛んで来る火矢に気が付いた。
そして仲間に報せ始めた。
こうなると飛んで来た方向から、こちらの位置がバレてしまう。
「魔物に勘づかれました!」
「分かった
もう2射したら移動する」
「はい」
「撃て!」
「はい」
「撃て!」
「はい」
さすがに大体の方角はバレて、魔物が向かって来ていた。
その間にも順番に片付けて、いつでも動ける様には用意していた。
「よし
撤収するぞ」
「はい」
「それでは先導します」
「頼むぞ」
「はい」
斥候が駆け出して、それに追従して弓兵も駆け出した。
魔物がその場に来たのは、逃げ出してから数分後であった。
「急いでください」
「大丈夫だ
奴等もすぐには追い付けまい」
「しかし鼻が利きます」
「ちっ
そうだった」
コボルトは鼻が利くので、人間より優れた追跡者だ。
すぐに臭い追って、彼等を追跡するだろう。
斥候は走りながら、追い付かれない様に道を選んで進んだ。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




