第242話
王都では将軍が、部隊の編成を急いでいた
斥候達の報告を受けて、このまま調査の続行は難しいと判断したのだ
それに魔物の配置も気になっていた
各場所に10体前後の魔物だとしても、囲いには合計で200体以上の魔物が居る事になる
そう仮定してみると、集落が中心にあるとすれば、500体以上の村が出来ていると推察された
将軍は騎兵達を集めると、7部隊に編成して鎌を装備させた
また、歩兵部隊も半数を連れて行く事にした
本当は歩兵をメインにしたかったが、馬車がそこまで用意出来なかったのだ
そこで騎兵を主軸にして、歩兵で攻めてから引き寄せる策に変更する事にした
こうして部隊を整えると、翌日には出発する事にした
「伝令はどうしますか?」
「明日の朝で良いだろう
恐らく陣地を作っているだろうから、我々はそこに合流する事となる」
「はい」
「魔物の群れはコボルトだ
手強いが勝てない敵では無い」
「はい」
「問題はその数だな」
「そうですね…」
部隊長達も地図を見て、将軍と同じ感想を抱いていた。
このまま数が増えれば、やがては食料が尽きて、王都に向かって来る恐れが十分にあった。
ここで数を減らして、出来れば根絶やしにしておきたかった。
「どう思います?」
「ん?」
「アーネスト殿の仰った事ですよ
我々の打ち漏らしが、こうして増えたのでは無いかと」
「そうだな」
「そんな事はありませんよ」
「そうですよ
我々は打ち漏らしは無いか調べたんです
それをさも、我々の失態の様に…」
「そうでは無いだろう
彼は打ち漏らしがあると、こうして増える恐れがあると言っただけだ」
「そうでしょうか?」
「ああ
それより今度は、打ち漏らしが無い様にしないとな
次がどこで増えるか分からないからな」
「はあ…」
部隊長達は納得していなかったが、将軍も打ち漏らしは危惧していた。
一応調べていたが、可能性は高かった。
だからその話が出ても、当然だと思っていた。
しかし部隊長達は違っていた。
多少は理解出来ていても、やはり魔術師を侮っている様子が見えた。
だからあんな事を言われると、反発してしまうのだ。
これでアーネストが叙爵をすれば、益々反発するだろう。
子供でしかも魔術師だ、見下している相手が上に立つと、人は無意識に反発してしまう。
ここはアーネストも連れて、彼の実力を示した方が良いだろう。
そうすればアドバイスを出された時も、素直に聞く事が出来るだろう。
先の北の遠征に同行した兵士達は、アーネストを恐れ、尊敬していた。
他の部隊長にも、魔術師達の実力を見せるべきだ。
将軍は筆を取ると、指示書を書いて兵士に渡した。
「これを魔術師ギルドに持って行ってくれ」
「魔術師ギルドにですか?」
「ああ
急ぎだから早目に頼むな」
「は、はい」
兵士は慌てて敬礼をすると、執務室を飛び出して行った。
その後姿を見送りながら、将軍は苦笑いを浮かべていた。
さっきの兵士も、露骨に嫌そうな顔をしていた。
魔術師達を侮っている証拠だ。
さて、明日の朝は一騒動になりそうだ
将軍は重い溜息を吐いて、再び地図を開いていた。
今回は森の中になるので、魔術師達をどう配置すべきか悩むところであった。
こういう時は、アーネストの意見を聞くべきなんだろう。
将軍は伸びをすると、兵士が帰って来るのを待っていた。
将軍が待っていると、兵士と共にアーネストが来た。
アーネストは将軍の前に来るとソファーに腰掛けた。
「将軍
魔術師が必要だと聞きましたが?」
「ああ
コボルトが思ったより多く居そうなのでな
それに森の中と条件も悪い」
「森の中ですか?
確かにコボルトが相手に森は不利ですね」
将軍は地図を拡げると、そこに報告があった場所に駒を置く。
アーネストはそれを見て、何か分かった様子で頷いた。
「こういう配置なんだが」
「ふむ
これは警戒した配置ですね
因みに何体ずつ居ますか?」
「1ヶ所につき10体以上らしい」
「そうですか…」
アーネストは地図を見ながら、幾つかの案を述べる。
「どうでしょうか?」
「そうだな
大体ワシと同じ作戦だな」
「ええ
状況によりますが、これで半数は削れるでしょう」
「半数か…」
「後は本隊がどう出るかですね」
「そうなるな」
将軍はアーネストと暫く相談して、魔術師の配置と作戦の内容を確認した。
「これで何とかなるでしょう」
「ありがとう
助かったよ」
将軍はアーネストに礼を言い、そのまま外まで見送った。
部下達には明日の準備を任せて、将軍は翌日まで休む事にした。
そして翌日の朝、将軍は早朝から城門で待機していた。
「早く準備をしろ
昼前には設置した陣地に合流するからな」
「はい」
兵士達が馬車を用意して、騎兵と共に城門の前に集まって来ていた。
そこへ魔術師達がやって来て、将軍に挨拶をした。
「将軍
おはようございます」
「うむ
来てくれたか」
しかし将軍が魔術師達を歓迎していると、数人の兵士が不満の声を上げた。
「将軍
何でそいつ等が居るんですか?」
「魔術師だって?
冗談じゃない!」
「お前等
魔術師達は我々の戦いの手助けに来てくれたのだぞ」
「そんな奴等は必要ありません」
「そうですよ
魔物なんぞ我々で十分です」
将軍の言葉を聞いても、なおも兵士は不満を述べていた。
「ワシが頭を下げて呼んだのだが?」
「将軍がこいつ等に頭を下げるなんておかしいでしょう」
「そうですよ
こんな役立たず共を…」
兵士達の言葉に、次第に魔術師達の顔が引き攣って行く。
魔術師達としては、アーネストに頼まれてここに来たのだが、それでもこの仕打ちは酷かった。
「私達は必要だと呼ばれたのですが?」
「黙れ
何で貴様らなんかを…」
「黙れ!
それ以上不満を言うのなら、貴様らにはここに残ってもらうぞ」
「そんな
将軍はこいつ等の肩を持つんですか?」
「聞こえなかったか?
ワシは頼んで彼等を呼んだんだ
その意味が分からんか?」
「しかし!」
「部隊長!」
将軍は大声で、この無礼な兵士達の上司を呼んだ。
「はい!」
「こいつ等はどこの部署になる?」
「はい
こいつ等は先日第6部隊に配属された歩兵達です」
「はあ…
例のあれか?」
「ええ」
「将軍
何でこの役立たず共を…」
「煩い!
黙れ!」
「何でですか
オレ達は優秀な…」
「貴様らはどうして降格されたか、まだ分からん様だな
部隊長
こいつ等を懲罰房へ入れておいてくれ」
「はい」
「将軍
何でこいつ等…」
「将軍…」
「こい!
貴様らの処分は後回しだ!」
数名の兵士が来て、なおも不満を述べる兵士達を連れて行った。
この騒ぎで兵士が数名減ってしまったが、問題の有る兵士を事前に排除出来たのは大きかった。
「将軍
申し訳ございませんでした」
「いや
お前だけの責任では無い」
「しかし、教育が行き届いていなかったのは私の責任です」
「いや…
ううむ…」
「将軍?」
「いや
時間が惜しい
準備を進めてくれ」
「はい」
部隊長は頷くと、急いで部下の指揮に向かった。
将軍は改めて魔術師達の方に向くと、頭を下げた。
「すまなかった
気を悪くせんでくれ」
「いえ
将軍のせいではありませんよ」
「そうですよ」
そう言いながらも、魔術師達の笑顔は引き攣っていた。
「しかし…
選民思想には困りますな」
「ああ
ここまで影響しておるとはな」
将軍は溜息を吐く。
彼等は自分達を優秀だと過信して、騎兵部隊の訓練をサボっていた。
それで降格されたのに、相変わらず反省の色は無かった。
歩兵部隊に転属されても、不満ばかりで訓練にも参加していなかった。
そして今回は、責任者である将軍に直接文句を言って来た。
それも作戦の要である魔術師達を馬鹿にして、追い返そうとまでしたのだ。
「帰ったら奴等は、厳重監視で懲役に処します」
「そこまで…」
「いえ
ワシに逆らっただけではなく、作戦を不意にしようとまでしました
これは国軍に…
いや、王国に対する叛意と取れます」
「いや…
そうですね」
魔術師達は将軍の、静かな怒りを見て口を噤んだ。
これ以上言うのは良くないと判断したのだ。
「それで
私達は予定通りに参加してよろしいのでしょうか?」
「当然ですよ
よろしくお願いします」
「はい」
「部隊長
悪いが彼等に乗っていただく馬車を案内してくれ」
「はい」
遠くで指示を出していた部隊長が、返事をして駆けて来た。
そして魔術師達に頭を下げると、馬車に案内をした。
「申し訳無かったです」
「いえ
こちらはもう、気にしていませんですから」
「はい
ではこちらへ」
「はい」
魔術師達も無事に馬車に乗り、全ての準備が整ったのは8時前だった。
騎兵達が10部隊中7部隊が参加して、先に出た部隊と併せて10部隊240名になる。
歩兵は5部隊で先に出ている部隊と併せて550名になる。
これに魔術師達を30名追加して、合計で総勢820名になる。
先に120名が出ているので、これから出撃するのは700名になる。
「準備は出来たな?」
「はい」
「我々はこれから
南の平原に巣くう魔物の討伐に向かう」
「はい」
「魔物は現在、平原の先にある森を拠点にしている
ここに進軍して、魔物の殲滅を行う」
「はい」
「これはこの後に行う、北への進軍と、ダーナ解放戦の予行演習だと思って欲しい」
「え?」
「予行演習?」
「魔物の討伐何だよな?」
兵士達は返事も忘れて、予想外の言葉に騒めき始める。
「貴様ら!
将軍の言葉が聞こえなかったか?」
「はい」
部隊長達の怒声に、兵士達は慌てて返事をした。
「はははは
まあ良い
今後の予定は国王陛下の要望であるからな
ワシが先に伝えたいと勝手に思っただけじゃ」
将軍は苦笑いを浮かべて、兵士達を見回した。
「それで?
みなは着いて来てくれるのか?」
「は、はい」
「はい」
ほとんどの者が即答したが、中には怖じ気付いて返答に遅れる者も居た。
無理も無かった。
今後も魔物との連戦があるとは思っていなかったのだ。
「それでは進軍する
開門!」
「開門!」
王都の南の城門が、音を立ててゆっくりと開く。
今朝は雪は降っていなかったが、公道にはまだ白い物が残されていた。
「出撃!」
「おおおお」
先ずは騎兵部隊が5部隊先行して、その後に馬車が続く。
歩兵達は馬車に乗り込み、そのまま平原まで向かう。
それから騎兵が2部隊、殿を務める。
一行は馬車のペースに合わせて、急ぎ過ぎない様に進んだ。
公道にはまだ雪が残っているので、あまりスピードを出すと危険だったからだ。
道中には魔物は現れず、一行は順調に進んで行く。
そして昼前には、目的地の陣地が見えてきた。
「将軍
先行した部隊の陣地が見えました」
「よし
そのまま陣地の周りに進んで、そこで合流するぞ」
「はい」
一行は進んで行き、陣地を囲む様にして停止した。
そして部隊長達と合流すると、将軍は天幕の中に入って行った。
「各部隊は武器の確認をして、その場で待機」
「部隊長
焚火を用意してよろしいですか?」
「ん?
そうだな
このままでは寒いか
分かった、危険が無い範囲で焚火を許可する」
「はい」
先行部隊の兵士達が、焚き火用の薪を持って現れた。
事前に想定して、薪を作っておいたのだ。
それを何ヶ所かに置いて行き、魔道具で火を着けて行った。
「うう…寒い」
「さすがに遮る物が無いから、風が冷たいな」
兵士達は暖を交代で取りながら、各自で武具の点検を始めた。
その間に将軍は、部隊長達と状況を確認していた。
追加情報として、新たに分かった魔物の位置も確認する。
その上で作戦を告げて、兵士達の案内を斥候部隊に頼んだ。
「そのう…
私達でよろしいので?」
「ん?
斥候はお前達の専門任務だろ?」
「しかし私達は、役立たずの…」
「誰が役立たずだ?
お前達は優秀な斥候部隊だ
自信を持って働いてくれ」
「は、はい」
部隊長は感動して、涙ぐみながら頷いた。
「さあ
さっさと済ませるぞ
先ずは魔物に奇襲を仕掛ける」
「はい」
将軍は天幕を出ると、朗々と響き渡る声で宣言した。
「我々はこれから
この平原に巣くう魔物を討伐する」
「作戦の概要は、各部隊長に事前に伝えてある
各自指示に従い、魔物共に渾身の一撃を加えてくれ」
「はい」
「それでは作戦を決行する
各部隊、編成を開始せよ」
「はい」
将軍の号令で、騎兵が4部隊前に出て、森の入り口の脇に陣取る。
続いて歩兵部隊が4部隊、斥候部隊に先導されて森に入って行く。
歩兵部隊が森に入ったところで、騎兵部隊が入り口を囲む様に待機した。
その後ろに歩兵部隊が移動して、魔術師達を護衛する。
魔術師達は等間隔に拡がり、騎兵の後ろから森の入り口を睨んでいた。
全ての準備が整い、将軍は陣の真ん中から森を見ていた。
「上手く行きますでしょうか?」
「そうだな
今の部隊の練度なら、問題無く出来る筈だ」
そう言いながらも、将軍は不安で無意識に腰の剣に手を掛けていた。
作戦は何段階かに分けて、幾つかの不測の事態も想定してはいた。
しかし絶対は無いので、後は魔物がどう動くかだった。
こればっかりは相手の出方次第なので、絶対というわけには行かないのだ。
「上手く掛かってくれよ…」
将軍は無意識に呟くと、じっと森の入り口を見ていた
不意にわっと怒号が響き渡り、次第に地響きが聞こえて来る。
そしてその音は、次第に近付いてきた。
「来たぞ…」
「はい」
騎兵部隊も怒号に気付き、鎌を脇に構えた。
そして魔術師達は、呪文を唱え始めた。
「来たぞ!」
「構えろ!」
「おおおお」
いよいよコボルトとの、戦闘が始まった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




