第239話
あれからまた、2週間が過ぎていた
月は2の月に入り、少しずつ雪の降り方は弱くなる
そして雪が少なくなるにつれて、魔物達が姿を見せる様になっていた
魔物は王都の近くの平原に現れては、自生する薬草や食べれそうな物を探して、雪の中を探していた
そうした魔物の被害が出ない様に、兵士達の巡回は増えていた
今日も兵士達は、荷車に魔物の遺骸を載せていた
ゴブリンは素材にはならないが、そのまま置いておくと他の魔物の餌になる
邪魔にはなるが、回収は必要であった
そのまま街の外で焼いて、灰にしてから埋める
街の周りではそうした作業が行われていた
「今日もゴブリンが30体にコボルトが20体ほどです」
「一昨日もそのぐらいだったな」
「はい」
「ううむ
段々出現頻度が増えているな」
「はい
雪が溶けているので、街の近くにも来れるんでしょう」
「雪が無いと安心して歩けるが、その分魔物も増える
悩ましい問題だな」
将軍は腕を組んで唸っていた。
今のところは雑魚ばかりなので、負傷しても軽傷程度だった。
しかし数が増えてくると、それだけ戦闘が激化する。
そうすれば負傷者も増えるし、最悪の場合死者も出るかも知れない。
しかし戦力を増やすにしても、肝心の兵士には限りがあった。
「殿下が訓練を手伝ってくださっている
それが無ければ、今頃はもっと被害が大きかったな…」
ここ数日は、ギルバートは身体強化をした兵士達を相手に訓練をしていた。
強化無しに強化した兵士を相手にする。
それだけでも危険なのに、兵士には真剣を持たせていた。
しかも数人を相手にして戦うのだ、兵士達は舌を巻いていた。
「確かに殿下は凄いですね
普通は複数人に囲まれたら、何も出来ずにタコ殴りですよ」
「うむ
そうだろうな」
「それを一人で複数から来る相手に切り返すなんて…」
「だがな
それを出来れば、お前達も魔物に囲まれても大丈夫なわけだ」
「無理ですよ
私達では1対1でも精一杯です
複数方向からなんて…」
「そうじゃあない」
「へ?」
「一人じゃあ出来ないが、複数人ならどうだ?」
「あ!」
「そう言う事だ」
将軍は兵士達に、複数の敵に囲まれた時の対処の方法は教えていた。
しかし聞いた事を実際にやるのは違って来る。
頭で理解出来ていても、それが実践出来るとは限らないのだ。
「殿下は理解させる為に、敢えて行って見せたのだ」
「なるほど…」
「で?
出来るのか?」
「やってみせます」
兵士達は宿舎に戻ると、さっそく訓練場に向かった。
魔物討伐の後だったが、疲れているとか言っている場合では無かった。
折角生き残る方法を教えてもらったのに、それを練習しないで死んだら間抜けだろう。
「ふっ
若いもんは熱心だねえ」
「そう言うお前はどうするのだ?」
「訓練も大事だが、さすがに疲れています
今私が入っても、連携が乱れるでしょう
それよりは外から見て、どこか問題が無いか確認します」
そう言って部隊長は、訓練場にゆっくりと向かった。
「お前も十分に熱心ではないか」
将軍はそう呟いて、休憩する為に宿舎に入った。
戦闘自体は短時間だったし、魔物も大した事は無かった。
しかし命を懸ける仕事だ、精神的な疲労はどうしてもあった。
将軍が休む為に椅子に座っていると、慌ただしく部屋のドアがノックされた。
コンコン!
「将軍
いらっしゃいますか?」
「何だ?
入れ」
「はい」
「どうした」
「ご報告です
先ほど2時の事ですが、魔物が20体ほど現れました」
「何?
どこだ?」
「はい
場所は王都の南、先ほど討伐したコボルトの集団の先に、もう一組のコボルトが現れました」
「むう…
そうなると、他にも群れが居そうだな」
「はい
現在第七騎兵部隊が掃討に向かいました
他にも部隊を出されますか?」
将軍は少し迷ったが、本日は休憩していた部隊の出撃を命じた。
「第六騎兵部隊が居るな?」
「はい
ですが待機して休憩中です」
「うむ
念の為だ、第七の近くに向かわせて、他に居ないか周辺を探らせろ」
「はい」
兵士は指示を受けると、足早に部屋を後にした。
「一昨日もコボルトが居たな…
まさか集落が出来ているのか?」
考えたくは無かったが、集落が出来上がっていて、周辺を探索している可能性がある。
そうなれば他にも、コボルトの群れが居る事となる。
「他に居なければ良いのだが…」
将軍は地図を拡げて、先ほどの報告があった場所に駒を置いた。
そこにここ数日の報告があった場所にも駒を置いて、大体の位置情報を確認する。
そこは王都から少し離れた、何も無い平原だった。
春から夏にかけては、食用の野草も自生して農民が収穫に向かう。
しかし冬の今の時期は、野草も少なくて雪ばかりになる。
唯一の食料は、地面に穴を掘った一角兎ぐらいだ。
一角兎は、魔物や魔獣に分類されない野生の動物になる。
性質は温厚で、基本的には臆病である。
しかし身の危険を感じると、頭に生えた角を向けて、突進して攻撃して来る。
遠距離から弓で簡単に狩れるし、大きさも子犬ほどなのでそんなに手強くは無い。
しかし子供では危険だし、大人でも打ち所が悪ければ死ぬ事もあった。
兎の肉は少ないが、肉質は鶏に似ていて美味かった。
魔物はそれを狙っているのか、平原を捜索していた。
「マズいな
この位置から推測すると、もう少し南か…」
平原の報告場所から推測して、集落があるとすればもう少し南になるだろう。
しかし集落が既に出来上がっているのなら、魔物は子供を産んでいる事になる。
そうすれば数も増えるし、厄介な隣人となるだろう。
将軍は休憩を諦めて、国王に報告に向かった。
時刻は夕刻が近付いており、国王は謁見も終了している時間だった。
そのまま執務室に向かって、そのドアをノックした。
コンコン!
「誰じゃ?」
「すいません、ダガーです
気になる事がございまして」
「うむ
入れ」
「失礼します」
将軍は中に入ると、すぐさま臣下の礼を取った。
そして油断なく、部屋の中を見回した。
反国王派が居る時に報告すると、厄介な事になりそうだったからだ。
「して、報告とは?」
「はい
ここ数日の魔物の事です」
将軍はそう言いながら、持って来た地図を机に拡げた。
そこにコボルトとゴブリンを示す駒を置いて行く。
「これがここ数日の、報告が上がった魔物の配置です」
「うむ
全て討伐は完了しておるのだよな?」
「はい
それは大丈夫です」
「それでは何の報告だ?」
「はい
先ほども魔物が現れました」
「何!」
「すぐに部隊を向かわせました
ご安心してください」
「むう」
「それでですが…
ここに現れました」
「むう
近いな」
「はい
コボルトがここに集中しています」
将軍が置いた駒の周りには、ここ数日コボルトが頻繁に見つかっている事を示していた。
「集落があるのか?」
「恐らく」
国王は溜息を吐くと、唸り始めた。
「ううむ
もうすぐ雪が溶けて、北に向かわせる予定ではあったが…」
「はい
ですので先に、こちらを掃討しておこうかと思います」
「出来るのか?」
「はい
魔術師ギルドにも協力を仰ぎます
よろしいですか?」
「そうじゃな
万全を期して当たってくれ」
「はい」
国王はもう一つの集団、ゴブリンを指差した。
「実はな、ギルバートからも相談があった」
「殿下から?」
「うむ
どうやらゴブリンも集落を作っておると見える
ここら辺じゃろう」
そこはコボルトより西の平原になり、ここではゴブリンが多く見られていた。
「確かにゴブリンは見られますが…」
「繁殖力が高いからな
厄介だと判断して、こちらに冒険者を派遣する事になった」
「冒険者ですか?」
「そうじゃ」
「しかし冒険者では、正直技量が…」
「なあに、最近ではギルバートが熱心に指導しておる
ゴブリンぐらいなら安心して任せられるそうじゃ」
「え?
殿下は兵士達に指導を…」
「その合間にじゃが、冒険者の様子も見に行っておった
今では装備こそ不十分じゃが、腕はそれなりの者が多くなっておるそうじゃ」
「そうなんですか?」
ギルバートは兵士や騎士の指導の合間に、冒険者ギルドにも立ち寄っていた。
今では国王の言う通り、技量は上がって来ていた。
問題は国軍と違って、冒険者は自前の装備をしている。
その為高価な装備は買えずに、鈍鉄のショートソードと皮鎧ぐらいだった。
「冒険者の装備も整えてやりたいが、国庫にそこまでの余裕は無い
後は活躍に応じて、褒賞を出してやるぐらいじゃ」
「なるほど
それで装備を良くしろと」
「そうじゃな
しかし素材も足りておらん
コボルトをもっと狩って、素材を集めねばならんな」
「はい」
ゴブリンは素材にはならなかった。
魔石も無ければ骨も魔鉱石の材料には向いていない。
それでもコボルトなら、魔石を持つ個体が稀に居た。
それに骨を加工すれば、鈍鉄よりはマシな魔鉱石が出来ていた。
「それではコボルトの死体は?」
「ああ
職工ギルドに届けてくれ」
「あのう…
ほとんど処分しましたが?」
「何と!」
「ゴブリンと混ぜて焼きましたし、灰はその辺に撒きました」
「骨は?」
「多分埋めたと思いますが?
探させましょうか?」
「そうじゃな」
「魔石は出ておらんのか?」
「魔石は全て、ヘイゼル老師に渡しております
魔力も希少性も低いのですが、照明の魔石にぐらいはなるだろうと」
「そうか…」
ヘイゼルは王城で使われる魔道具の管理も任されている。
その彼が灯りの魔道具程度と判断しているのなら、その魔石なの価値は低いのだろう。
折角獲れた魔石だが、魔力が低くては使い物にならない。
残念だもっと質の良い、魔力のある魔石を探すしか無かった。
「コボルトはどうにかなりそうか?」
「ええ
騎兵で突撃を掛ければ、大体何とかなっています
ただ…」
「ただ?」
「数が多いと厄介ですね
突撃で突破出来なければ、こちらにも被害が出ます」
「うむ
それは仕方が無いだろう」
将軍が言うのは尤もだったが、こればかりはどうしようも無かった。
魔物がどれぐらいの規模で集まるかは、魔物次第だからだ。
少なく来てくれと言っても、それは叶わないだろう。
「それで、いつ仕掛ける?」
「そうですね
数日様子を見て、集落が発見出来れば」
「見付からねば?」
「その時は集落は無いと判断して、先に来たに向かいます」
「分かった
調査の方はその方に任せる」
「はい」
将軍は要件を伝えると、そそくさと執務室を出た。
気になる事はあったが、部下が報告に来ていては困る。
王城に向かうとは伝えておいたが、いつ報告が来るか分からないからだ。
その日はそのまま、夜まで何事も起きなかった。
夕刻を過ぎてから、討伐に出た第七部隊が帰還した。
馬車には大量のコボルトが載せられていて、その遺骸はそのまま職工ギルドに運ばれた。
そして第六部隊が帰還するのを待って、将軍は部隊長を呼んで執務室に入った。
「それでは報告を頼む
先ずは第七部隊からだ」
「はい」
部隊長は前に出て、書類を拡げた。
「私達は報告を受けて、そのまま南に向かいました
報告の通り魔物は、南の平原の南側に居ました」
「うむ」
「そこは森の近くで、どうやら森から出て来ている様子でした」
「森か
そこに集落は?」
「はあ…
小さいとは言え森です
時間もあまりありませんでしたし、我々はただちに掃討に掛かりました」
「そうか…」
「魔物の数は総勢32体
装備は棍棒と拾った剣ですかね?
粗末な錆びた剣を数体が持っていました」
「どこかから拾って来たのか?」
「恐らくは」
「それで…
相手の方が数は多かったんですが、何とか何度か突撃をして、最終的には討伐出来ました」
「うむ
よくやってくれた」
「はい」
「こちらの被害は軽傷者が5名です」
「分かった」
部隊長が報告を終わり、そのまま後ろに下がった。
「次
第六部隊の報告を」
「はい」
こちらも部隊長が前に出たが、その手には書類は持っていなかった。
「我々は第七と合流し、そこから迂回して魔物の背後に立ちました
そのお陰か、魔物は背後も警戒しなくてはならず、結果として戦闘にも貢献出来ました」
「おい
それは違うんじゃ無いか?
オレ達は実力で…」
第七部隊の部隊長が、慌てて不満を口にした。
このままでは自分達の、手柄が低くなると思ったからだ。
「こら
良いから黙って報告を聞け」
「は、はあ…」
第七部隊長は将軍に叱られて、しょんぼりと黙り込んだ。
「それで?」
「あ、はい」
「魔物達がある程度押さえられたのを確認して、我々は森に入ってみました」
「何だと?」
「夕刻が近かったというのに、何て危険な」
「それは…
指示が魔物の集落の調査だったんで…」
森に入ったと聞いて、他の部隊から文句が上がった。
いくら指示だと言っても、暗い森に入るのは危険だからだ。
「これはワシが指示したんだ
良いから黙って聞け」
将軍が一睨みして、他の部隊長を黙らせる。
そして第六部隊長に、話の続きを促した。
「それで?」
「はい
暗くなるのは分かっていたので、先ずは入り口周辺を調べました」
「周辺には野営した跡があり、恐らく今日の魔物が過ごした跡でした」
「近くに集落は?」
「ありません
恐らくはあるとすれば、もっと森の奥です」
「そうか…」
他の部隊長はだらしないと不満を言っていたが、危険だから仕方が無かった。
「こうなるともっと人数を増やして、本格的に調べる必要があるな」
「森をですか?」
「そうだ」
「しかし森では、我々の機動力は発揮出来ません」
「そうだな
しかし魔物を倒さねば、この王都が危険になる」
将軍はそう言って、部隊長達の顔を見回した。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




