第238話
ギルバートは翌日になると、さっそく冒険者ギルドに向かった
下級貴族である子爵や男爵の領地である、地方の町に冒険者を派遣する為だ
彼等の町では兵士が少なくて、魔物に対抗する手段が無かった
だから冒険者を鍛える為に、王都の冒険者を派遣する事にしたのだ
指導出来そうなベテランを選ぶ為に、ギルバートはギルドマスターに依頼をする事にした
アーネストも魔術師ギルドに、魔術師を派遣するに訪れていた
こちらも地方に送り出す為に、ギルドマスターに会いに来ていたのだ
しかし魔術師の力量に関しては、ギルドマスターよりアーネストの方が詳しかった
日頃から魔法の相談を受けたり、訓練を見ていたからだ
そこから判断して、適任者に連絡を取ってもらうのだ
「それで?
話は分かりましたが、この16名でよろしいんですか?」
「ええ
彼等は主力ですが、他に適任者がいませんからね」
「そうですか…」
ギルドマスターは溜息を吐きながら、リストの魔術師を確認した。
そこに書かれた名前は魔力量が多い者達で、出来れば残しておきたい者達だった。
「出来れば彼等には、王国軍に同行してもらいたかったのですが…」
「それはそうなんですが、魔力量が少なくては指導も困難になります
そうすれば他の地方の町が、危険に晒されます
それは避けたいですからね」
「そうですか…
それは仕方が無いですな」
ギルドマスターの了承も得られて、魔術師達は貴族達に同行する事になった。
冒険者達も同行者が決まり、正式に貴族達に報告される事になった。
国王の執務室に向かい、ギルバートは報告を済ませた。
そこには昨晩の貴族も同席して、同行する者の名簿を受け取った。
「こちらが同行する冒険者達と魔術師達の名簿になります」
「拝見してもよろしいですか?」
「ええ
彼等が同行して、冒険者や魔術師に指導します
誰を使うかはその町のギルドマスターに任せます」
「ありがとうございます」
「ただ、彼等の衣食住はあなた達の方で用意してください」
「はい
分かりました」
「それと、彼等は本来は、王国軍に同行する予定の魔術師です
魔物討伐は町の者達で行ってください」
「それは…」
「彼等を危険な目には遭わせられません
それが出来ないのでしたら、彼等を送る事は出来ません」
「しかし町を守る為には…」
「その為に指導に向かうんですよ
彼等にも家族が居て、この街に居ます
そんな彼等を危険な目に遭わせるつもりですか?」
子爵は暫く迷っていたが、やがて諦めたかの様に溜息を吐くと呟いた。
「分かりました
他の者達にもその様に伝えます」
「お願いします」
「はい」
そう言ってから、子爵は頷いた。
「そうですよね
冒険者の方々も家族は居ます
私達の我儘に巻き込んでは申し訳ないですよね」
「分かっていただいて助かります」
「それで
このリストは?」
「そちらは差し上げますので、他の方と相談してください」
「ありがとうございます」
子爵は頭を下げると、そのまま執務室から出て行った。
「うむ
良い判断だったな」
「いえ
アーネストの入れ知恵です」
「ん?」
「アーネストが言っていました
さすがに選民思想者ほどでは無いとは思うけど、念の為に釘を刺しておけと
貴族は冒険者を軽んじるから、魔物討伐に駆り出される恐れがあると」
「むう
確かにそうだな」
貴族や王族に比べると、冒険者や魔術師もただの一般人に過ぎない。
魔物が手強いと感じたら、無理矢理にでも戦場に送り出される恐れがあった。
彼等には無理を言って、指導に向かってもらう事になる。
そんな彼等を捨て駒の様に、軽々しく魔物の前に出されたくは無かった。
「まあ、彼等自身が戦うと言った場合は別ですが」
「そうだな
冒険者なら、危険な魔物が居れば黙ってはおれんだろう」
「ええ」
「出来得る事なら、みんな無事に済めば良いんですが」
「そうじゃな」
国王は頷くと、話題を変えようとした。
「ところで
主力が出て行く事になるわけだが、ギルドは大丈夫か?」
「そうですね
ベテランが少なくなるのは痛いと言っていました」
「そうか…」
「ですが血の気の多い者も多く居ます
鍛えればオーガは無理でしょうが、コボルトやゴブリンぐらいは狩れると思います」
「使えそうか?」
「そうですね
反抗的な者も居ますが、基本的に冒険者は実力主義です
力ある者には黙って従います」
「おい…
まさか?」
「大丈夫ですよ
最初のうちは木剣で扱きましたから
今ではほとんど反抗しません」
「はあ…
お前は王太子なんだぞ」
国王は頭を抱えると、深く溜息を吐いた。
「え?」
「もう少し自重してくれ」
「はあ?」
それから暫く、国王はどの様な訓練をしているか質問した。
ギルバートは基本的な訓練として、身体強化を使った打ち込みをしていると言った。
他にもスキルの指導もしていたが、これは身に着くかは賭けだったからだ。
ダーナでもスキルや称号は、兵には修得出来ていた。
しかし冒険者に関しては、別の称号しか修得出来ていなかった。
何か条件があるらしかったが、それがまだ判明していなかったからだ。
「ふうむ
体力や素早さをあげれる訓練か」
「はい
しかし正確には、一時的にです」
「一時的にか?
それでは魔力が切れたら…」
「はい
一気に弱体化するでしょうね
強化が無くなりますし、魔力切れで頭痛もするでしょうから」
「それは危険では無いのか?」
「そうですね
しかし強化が無くては、今の兵士や冒険者達では魔物に勝てません」
「だが、魔力はそう多くは無いんだろう?」
「ええ
ですから訓練をしているんです」
「ん?」
「これはまだ話していませんが…
魔力を増やす方法は分かっています」
「それは本当か?」
「ええ
ですが危険な事ですので、これは内密にしてください」
「ううむ」
ギルバートは国王に、魔力切れにする事で基礎魔力を増やす方法を説明した。
これを行う事で基礎魔力が増えるので、訓練と並行して行っている。
「それは本当の話しか?」
「ええ
ダーナでも行っていましたし、今も兵士や騎士に行っています」
「兵士達にもか?」
「ええ
少しづつですが、魔力は増えています」
「ううむ
それが本当なら、画期的な訓練だな」
「はい
ですがこれを悪用されては危険です
ですからこの事は、くれぐれもご内密に」
「そ、そうじゃな…」
「兵士達にも話さない様に伝えています
悪人が利用しては…
危険ですからね」
「うむ」
国王はそれを聞いてから、ふと表情を険しくした。
「なあ
それはダーナでも行ったと申したよな?」
「ええ」
「そうなると、ダーナの兵士達も使えるのだな?」
「そうですが?」
「そうなると、魔物になった兵士達も使えるのか?」
「あ…」
「兵士達…
いや、冒険者達も使えるのか」
「それは…」
ギルバートは少し考えていた。
国王の言う通りだと、ダーナの魔物は思ったより手強いかも知れない。
「そうですね…
自我が残っていれば…」
「自我か…」
「いや、自我が残っていなくとも、身体強化が使えれば…
しかし魔物がその様な、スキルなどを使うという話は聞いた事はありません」
「信じて良いのか?」
「はい
今のところは…」
魔物がスキルを使ったところは、今のところ誰も見た事は無かった。
いや、魔法を使う事も見られていなかった。
それを思うと、魔物がスキルを使えるとは思えなかった。
「だがしかし、ダーナが危険な事には変わりが無いな」
「ええ」
「なあ
もう一度考え直して…」
「陛下!」
「はあ…」
国王はギルバートの様子を見て、溜息を吐いて諦めた。
ダーナが危険だとしても、ギルバートは諦め切れないのだ。
「ジェニファー達の事か」
「ええ」
「無事かどうかも…」
「無事です!
でないと…」
国王は苦しそうな顔をするギルバートを見て、立ち上がって肩に手を置いた。
「すまなんだ」
「いえ…」
そのままギルバートは、黙って部屋を出て行った。
「ふう
ままならんな」
国王は溜息を吐くと、再び席に着いて書類を拡げた。
祝日とはいえ、急ぎの案件が上がっていたのだ。
それから2週間ほど、王都は何事も起こらなかった。
報告では東と南の地方の町が、魔物に襲われて大変だったという話だった。
町に魔物が押し寄せて、冒険者達が頑張って追い払ったと言う話であった。
しかし冒険者達にも被害が出ており、怪我人も多く出ていた。
その事が影響して、地方の町では魔物に対策を急ぐ様になっていた。
「これで2つの町ですか」
「そうだ
いずれも被害が少なかったのは、勇敢に戦った冒険者のおかげだ」
「そうですか…」
「しかし意外でしたな」
「ん?」
「冒険者達が魔物に向かって行くなんて」
「そうか?」
「そうですよ
兵士では無く、ただの冒険者が…」
「冒険者だからだろう?
兵士が当てにならんから、町を守る為に立ち向かった」
「え?
たかだか冒険者がですか?」
文官は国王の言葉に、眉を顰めていた。
しかしそんな文官の態度を見て、国王は声を荒らげていた。
「この馬鹿者が!」
「ひいっ」
「その冒険者が居なければ町はどうなっていたと思う
そもそも、お前では魔物には勝てないだろうがな」
「そ、そんな事は…」
「もう良い
下がれ」
「は、はい」
文官は国王に叱られて、慌てて執務室から出て行った。
「あの者の名は?」
「はい
聞かれますか?」
「良い
厳重注意としておけ」
「はい」
サルザートは出て行った文官の名を記録して、後で叱責しておく事にした。
「それよりも問題は、魔物が少しづつ増えている事だな」
「はい
幸い地方の町では、今も冒険者や魔術師達を鍛えております」
「うむ
これで何とかなれば良いが」
国王の懸念は、その晩に訃報として知らされた。
王都の南の平原に、魔物が姿を現したのだ。
「ゴブリンが群れで現れたか」
「はい」
「被害はどれほどか?」
「そうですね
周辺の様子を見に出ていた、農家の主人が亡くなっております」
「他には?」
「幸い亡くなったのは一人でして
他の者は逃げ帰っております」
「ううむ
国軍は出撃したのか?」
「はい
兵士がすぐに向かい、魔物は無事討伐されました」
「そうか…」
魔物は討伐されたが、王都の住民達は不安になっていた。
魔物が再び、王都の周辺にまで現れたからだ。
「警戒が必要だな」
「はい
しかし雪がまだ降っております
兵士達もあまり巡回は出来ません」
「そうだな」
まだ1月の半ばだ、外では雪は残っており、まだ吹雪く日もあった。
魔物もそんな状況なので、食糧を探してうろついているのだろう。
「将軍に伝令を送って、朝夕だけでも見回る様に伝えてくれ」
「はい」
サルザートはすぐに書類を作り、宿舎へと届けさせた。
その日から朝夕に、兵士達が見回りに出る様になった。
寒い時期とはいえ、王都の安全を守る為には仕方が無かった。
「今朝も出て行ったな」
「ああ
あれだけ騒ぎになったんだ、国王様も仕方が無いさ」
ギルバートは王城の2階から、城門を出る兵士達を見ていた。
ここから距離があるので、詳細までは見えなかった。
しかし3部隊が武装して、騎馬で城門を出るのは見えた。
「魔物が増えているみたいだな」
「ああ
だが、まだゴブリンだけだ
コボルトまで出てくれば、魔術師も出ないといけないかな」
「ゴブリンか
繁殖力が強いんだったか?」
「ああ
その分他の魔物に比べて、弱い魔物にはなるんだけどな」
ゴブリンは弱い。
恐らく最弱の魔物になるだろう。
身体は小柄だが、腕力は大人と互角である。
しかし知恵が無いのか、子供並みの知能だと言われている。
実際に簡単な罠にも掛かり、集団で戦う知恵も無かった。
しかし数だけは多いので、油断していると兵士でも負けてしまう。
ゴブリンの恐ろしいところは、実はすぐに数が増えるところだろう。
「他の町では、コボルトの被害が出ているらしいな」
「そうだね
コボルトの方が厄介だよな
数もそれなりに増えるし」
ゴブリン程では無いが、コボルトも繁殖力は高かった。
一度に産まれる数が数匹と多いので、中々に厄介な魔物であった。
また、腕力もゴブリンよりは強いし、何よりも集団戦が得意だった。
コボルトの脅威は、実はこの統率力と、連携して襲って来る集団攻撃だった。
「西の森では、また新たなコボルトが住み着いたらしい
バルトフェルド様も苦戦していて、王都にも報せが届いていたよ」
「厄介だよな」
「ああ」
「リュバンニは大丈夫かな?」
「城壁が高いから、すぐには問題は無いだろう
むしろ周辺の町が危険だな」
「そうだな」
王都やリュバンニの街は、高い城壁に囲まれている。
オーガの様な大型の魔物でもない限り、城壁は越える事は出来ないだろう。
むしろ問題は、この時期に外に出た者だろう。
隊商や護衛着きで移動している貴族は、魔物に狙われる恐れがあった。
他には食料不足で、町の外に出る農民や狩人などが危険だろう。
兎に角今は、下手に外に出ない方が安全だった。
吹雪が起こる事もあるので、この時期は外は危険なのだ。
「どうして外に出るのかな?」
「そりゃあ食料が少なくてはな
何か手に入らないか、外に探しに行くしか無いんだろう」
「それにしてもだ
わざわざ危険な外に、出なくても良いだろうに」
ギルバートには分からなかったが、魔物の影響で作物が減っているのだ。
全ての畑が町の中にあるわけでは無いので、外に出れないと収穫が出来なかったのだ。
その影響で食料が不足して、こうして今の時期に無理して出る者も居るのだ。
「何とか早く、天候が変わらないかな?」
「難しいだろうな
大体2の月の半ばまで、雪が降る日があるからな」
「そうか…」
ギルバートは城門を見ながら、外の雪を憂鬱そうに見ていた。
まだまだ続きます。
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