第236話
王都に12時の鐘が鳴り響いた
王都の教会に設置された時計台に着けられた、時報の鐘が鳴らされたのだ
そして王城の入り口に立つ、兵士達が楽器を奏で始める
管弦楽器と弦楽器が奏でられて、王都に新年が訪れた事を告げる
そしてバルコニーには国王が立ち、新年を迎えた事を告げた
王都の民のほとんどが、この祝いの席の為に王城の前に集まっていた
そして国王からの宣言を聞いて、一斉に歓声が上がった
民は新年の訪れを喜び、新しい年に希望を燃やしていた
そして今年こそは良い年になる様にと、教会に向かって女神へ祈りを捧げていた
「今年も新しい年を迎えた
この新しい年を、みなと迎えた事に女神様へ感謝をささげる」
「おおおお」
「さあ
みなの者よ
新しい年の訪れを、共に祝おうではないか」
「おおおお」
民の喜ぶ姿を見て、国王は満足気に頷いた。
そしてバルコニーから戻ると、そのまま城内の礼拝所へ向かった。
王都の教会には住民が集中するので、王家の者はここで祈りを捧げる。
ギルバートも色々と思う事はあったが、国王の隣で祈りを捧げた。
王家の者が終わると、順位の高い貴族から順に礼拝堂に入った。
貴族達も一般の教会には入り辛いので、この礼拝堂に来ていた。
「国王様の挨拶も終わり、女神様への感謝の祈り?
これも終わりました」
「うむ
後は夜会がこのまま、翌朝まで行われる」
「え?
翌朝まで?」
「ん?
説明はしておったが?」
「そうなんですが…
まさか朝までとは」
「ああ
朝になって、6の鐘の後にバルコニーで待機する
そこで新しい年の朝日を拝むのじゃ」
「ああ
それが終わったら、朝食を摂って…」
「忙しいんですね」
「うむ
じゃから夕刻の折に、先に休む様に申したじゃろう」
「はい」
「それでも鍛錬があるからと、修練所に行っておったな?」
「はい…」
「仕様が無いな
夜会は挨拶が済めば、暫くは休憩しても構わん
そこで仮眠を取る様に」
「はい」
ギルバートは叱られるよりも、叱らずに呆れられた事に凹んでいた。
そして思ったよりも忙しい王族の職務に、閉口していた。
「まさかここまで忙しいとは…」
「ん?
忙しくは無いぞ
むしろ退屈で死にそうになるぞ」
「ですが今の説明では、寝る間も無くて…」
「確かに寝る間はほとんど無いが、そこまでは忙しくは無い
野営をするのと変わらんだろう」
「あ…」
国王のアドバイスに、ギルバートは驚いた。
確かに野営をしていると考えれば、短時間の仮眠でも十分だった。
城で王族の責務があると考えるから、疲れると思っていたのだ。
「確かに
野営地では寝ずの番もありますね
それを思えば…」
「そういう事じゃ」
ギルバートは国王との約束を守り、何とか夜会の挨拶回りを終わらせた。
ギルバートの周りには多くの下級貴族が集まり、伝手を求めて話し掛けられた。
その多くが魔物との戦いの事で、どうすれば良いかと相談も持ち掛けられた。
その度にギルバートは、王都での訓練の話をして、そのうち方法を説明すると伝えた。
また、中には令嬢を連れた者も居て、婚約者は居るかと聞いて来る者も居た。
どうやらこの機会に、自分の娘を売り込もうという魂胆らしかった。
しかしギルバートは、当面はダーナの開放が優先んだとして、令嬢とのお話は断った。
王子としては対応はよろしく無かったが、事情を知っている貴族達は無理に話を進めなかった。
「今、ここで無理に話を進めても、殿下のお怒りを買うだけだろう
すまんが婚姻の話はまたになるだろう」
「そうじゃなあ
殿下に嫌われては、元も子も無いからのう」
下級貴族達は、溜息を吐きながらその場を後にした。
次に挨拶に来たのは、上級貴族達であった。
しかし大半が反国王派であり、当然ギルバートに対する挨拶も形式的な物だった。
むしろ不満を言わない分だけ、まだ分別がある方だった。
中には挨拶をしない不遜な貴族も居たが、そういった者は腫物の様な扱いであった。
バルトフェルドが近付いて、国王派の代表として挨拶して来た。
「殿下
新年おめでとうございます」
「ああ
バルトフェルド殿も壮健で良かった
今年もよろしくお願いします」
「はい」
二人は簡単な挨拶をして、固く握手を交わした。
それからバルトフェルドから、国王派の貴族の紹介があった。
順番に名前と領地が紹介されて、今後の話も軽く交わされた。
「それで?
バルトフェルド殿の領地では、魔物の騒動は収まりましたか?」
「いえ
一時中断といった感じですかな
魔物はいずこかに逃げ出して、未だ潜伏しております」
「そうなると、年明けも引き続き警戒が必要ですね」
「ええ」
「身体強化は進めていますか?」
「何とか…
兵士の半数は修得しました
しかし先の戦闘で多くの者が…」
「そうですか」
「これからの戦闘を考えると、少しでも戦える者が必要です
それは身体強化もですが、スキルの修得も必要です」
「そうですな
今回の件で、痛感致しました
しかしどうやって修得するんです?」
「地道な訓練と、魔物との戦いでの勝利
その為には、スキルの練習も必要ですが、身体強化も重要です」
「なるほど
そうなれば、新年早々から訓練が必要ですな」
「ええ
なるべく今の内に訓練を積む必要があるでしょうね」
魔物が出難い今が、訓練をするには良い機会であった。
その事を踏まえて、バルトフェルドは訓練を行おうと思っていた。
しかし訓練を行うにしても、年明けの5日間は祝日になる。
兵士を休ませる必要もあるので、訓練はその後になりそうだった。
「焦って訓練しても身に入りません
今は新年を祝って、暫しの休息を楽しみましょう」
「はい」
「ところで…
フランツ君は?」
「ああ
また騒ぎを起こしそうなんで、今は客室で寝かせています
まだまだ子供ですから」
「はははは
それは心配ですね」
「はい」
フランツは生意気盛りな年頃なので、夜会には呼ばれていなかった。
ギルバートにしても、ここで騒ぎを起こされるのは困るので、一安心だった。
「それで
殿下はこれからどうされるので?」
「一応挨拶は、一周り終わりました
後は少し仮眠を取って、翌朝に備えようと思います」
「そうですな
幸いほとんどの貴族は陛下の元へ向かっています
今の内に退出された方がよろしいでしょう」
バルトフェルドも賛成したので、ギルバートは仮眠に向かう事にした。
「では、私は一旦退出しますね」
「はい
また朝に会いましょう」
ギルバートは挨拶をしてから、夜会の行われているホールを後にした。
退出する直前に、アーネストが酒を呷りながら貴族と話しているのが見えた。
飲み過ぎなければ良いがと思いながら、ホールから外に出た。
アーネストは貴族達と話しながら、葡萄酒を楽しんでいた。
いや、楽しんでいるふりをして、貴族との会話をしていた。
そして会話をしながら、反国王派の動向を探っていたのだ。
彼は反国王派の様子を探り、ギルバートに渾名す者を調べていたのだ。
王都に到着した時の事を思い出し、反国王派が何か企んでいないか調べていたのだ。
下級貴族と会話をしながら、上級貴族の中に居る、反国王派の会話を気にしていた。
当然下級貴族は気が付く者も居たが、それとなく様子を見ているだけにしていた。
アーネストが王子の親友で、国王にも信頼されていると分かっていたからだ。
そのままアーネストは、誰が問題を起こしそうかも確認していた。
そして仮眠を取るふりをして、ホールから出るとサルザートに伝言を伝えた。
危険な貴族の名前をリストにして、それを渡したのだ。
こうして仮眠を交代で取りながら、夜会は朝まで続けられた。
ここは王都でも策を巡らせる場で、陰で取引なども行われていた。
彼等は国王にはバレていないと思って、裏工作に励んでいた。
新年の祝賀行事に紛れて、裏取引が行われていた。
しかしアーネストが調べていたので、祝賀行事が終わった後に摘発される用意が行われていた。
彼等は後に、自らの浅はかな考えが身を亡ぼす事を、身を持って知る事になるだろう。
やがて朝が近付き、仮眠を取っていた者も起き始めた。
朝の6時の鐘が鳴り、国王を始めとして王族が2階に向かう。
そしてバルコニーに出ると、朝日が昇るのを待っていた。
貴族もホールに集まり、国王が朝日を見た後に、新年の挨拶をするのを待っていた。
6時を過ぎて半刻ほどすると、少しずつ王都に日が差し込み始める。
西の竜の背骨山脈を越えて、ゆっくりと朝日が姿を現した。
「どうじゃ
あれが今年の初の日の出じゃ」
「美しいですね
ダーナでは見た事無い光景です」
「うむ
来年もまた見られる様に、今年一年を頑張る
これはそういった行事なのじゃ」
国王の言葉を聞きながら、ギルバートは昇り行く朝日を見詰めていた。
ダーナでは朝日は、海の向こうから昇って来るのが見える。
そして新年の行事では、朝日を見るなどといった事は無かった。
だからこの行事は、非常に珍しく感じていた。
「新しい年を告げる朝日
何だか神秘的ですね」
「ああ
だからこそ価値がある」
「はい」
差し込む朝日に、厳かな気持ちになり、ギルバートは朝日を見詰めていた。
やがて無意識に、ギルバートは朝日に向かって祈っていた。
このまま王都が平和であります様に
そしてダーナが、無事に解放されます様に
ギルバートはそう祈り、朝日を拝んでいた。
「この美しい朝日を見ると、祈りたくなるよな」
「ええ」
「そして来年も見れる様に、ワシ等がしっかりしなければな」
「はい」
朝日が昇り切った頃、7時の鐘が鳴り響いた。
それを合図にして、国王は謁見の間に向かった。
これから貴族が集まり、新年の挨拶をする為だ。
そして今回の挨拶は、数人ずつの貴族が順番に入って来た。
これは形式的な挨拶なので、一人一人が挨拶するものでは無かったからだ。
数人ずつ国王の前に跪き、挨拶をしては両脇に別れて待機する。
そして列席した貴族が全員挨拶を済ませると、いよいよ国王の挨拶が始まる。
「諸君
今年もよくぞ集まってくれた
感謝する」
国王は頭を下げて、貴族達に感謝の言葉を続ける。
「昨年は魔物が現れる様になり、自領に危険を抱えた者も居ただろう
今年は国軍を再編して、この魔物に対する軍を置こうと思う」
「おお…」
数人の貴族が、国王の言葉に感激していた。
彼等は魔物の被害に困っており、援軍を要請していたからだ。
これで一安心だと喜んでいたのだ。
「ちっ」
中にはそんな貴族を見て、舌打ちをする者も居た。
彼等は上級貴族で、魔物など恐ろしく無いと思っていた。
だから国王に助けを求める貴族を、疎ましく思っていたのだ。
「それと雪が溶けてからだが、魔物を討伐する為に遠征を行う
これはダーナにも向かう予定なので、近隣の者は協力をする様に」
「はい」
ダーナに向かう事を、知らない者も居た。
だからこの発表は、正式な辞令として発表されていた。
こうして公の場で発表すれば、反抗する事が難しいからだ。
反国王派からすれば、不満や文句を言いたいところであった。
しかしこの場で口答えする事は、例え上級の貴族でも躊躇われる事であった。
何せほとんどの貴族が集まる中で、自分達だけが反対する事になるのだ。
そんな事をするのは、彼等でも躊躇われたのだ。
不満そうな顔をして、中には舌打ちをする者も居た。
しかし不満は言われる事も無く、国王の新年の挨拶は無事に終了した。
「さあ
ここからは無礼講の、祝賀のパーティーになる
みなも心行くまで楽しんで行ってくれ」
「おおおお」
再びパーティーホールに向かうと、豪華な食事と酒が用意されていた。
朝食でもあるので、昨晩とは違って腹持ちの良い物も用意されていた。
牛や豚の燻製肉や、焼き立てのステーキ。
野菜のスープ以外にも、肉と濃厚なソースの加えられたスープも用意されていた。
焼き立ての黒パンに、柔らかい白パンも用意されていた。
甘い焼き菓子や果物も用意されて、籠に盛られて置かれていた。
そして葡萄酒以外に蜂蜜酒のミードや、小麦を発酵させたエールまで用意されていた。
普段はミードもエールも、安い下町の酒場で飲まれる物だ。
しかし祝いの席なので、こういった安価なお酒も多数用意されていた。
そしてジョッキに並々とエールを注いでは、あちこちで乾杯が行われていた。
ギルバートは酒が苦手なので、甘いミードをチビチビと飲んでいた。
本当は葡萄酒でも良かったのだが、ミードが珍しくてこちらにしていた。
ダーナでは葡萄酒が多くて、ミードは希少だったのだ。
「どうだ?
飲んでるか?」
「ええ」
「酒が飲める事も、良い領主の秘訣だ」
「そうなんですか?」
バルトフェルドはそう言っていたが、それは良い訳ぽかった。
確かに、酒が分かるのは大人の証拠だと言われるが、領主に関わるとは聞いた事が無かった。
ギルバートが不審そうに見ているので、バルトフェルドは慌てて首を振った。
「嘘じゃあ無いですぞ
酒が飲めないと話せない事もあります
そういった意味でも、酒は飲める必要があるんです」
「本当ですか?」
「本当ですとも」
なおも疑り深い目で見ていると、今度はアーネストが来た。
「ギルも飲んでいるのか?」
「ああ」
「そうそう
酒が飲めないと、良い領主にはなれないからな」
「え?」
アーネストの言葉に、バルトフェルドもそら見ろと言った顔をしてみせる。
ギルバートは二人の言葉を聞きながら、本当かなあと思いながらミードを飲み干した。
まだまだ続きます。
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