第235話
いよいよ師走に入り、新年の祝賀会に向けて続々と貴族が到着した
公道は魔物を警戒して兵士が立っていたが、何とか魔物の襲撃を退けていた
20体から30体程度のコボルトやゴブリンだったので、兵士達の犠牲も少なかった
そして王都に到着した貴族から、大通りをパレードしてから王城に入った
既に王都に入っていた貴族も、一旦城門近くに移動してからパレードに加わる
当然アーネストも移動して、バルトフェルドの列に加わっていた
一方ギルバートは、王城で国王の傍らに控えていた
今回は初顔合わせの貴族も居るので、その為に分かり易い場所に立っていた
そして王妃は国王の隣に座り、王女二人はその横に小さな玉座を用意されていた
王族一同が集まり、挨拶に来る貴族を迎え入れる
挨拶を済ませると、貴族達は客間で深夜まで寛ぐ
貴族達の入城する順番は、遠い者からが基本になっている。
遠方から来た者を休ませる為だ。
そして同じぐらいの距離なら、貴族位の高い者が優先される。
これは貴族間の話し合いで決める筈なのだが、より高位の者に気を遣って、結局上位の者が優先されていた。
「次はアルザス卿でございます」
「ん?
もうか?」
「ええ
ベルモンド卿は廃嫡もされています
孫の男爵はまだ成人していませんので、辞退しております」
「そうか
他にも取り潰された者も居たな」
「ええ
ですので順位が変わっております」
「分かった
では、アルザス卿を呼んでくれ」
「はい」
貴族の中には、不祥事や亡くなった事によって来れなくなった者もいる。
ガモン商会に与していたいた者もだが、ダーナのフランドールも来ていなかった。
もっともフランドールに関しては、国王に叛意があると言うより、生きているかも怪しかった。
街が魔物で溢れ返っていたと言うから、フランドールも既に亡くなていると考えるのが普通だろう。
他にもダモンは亡くなっていたし、ボルのキルギス男爵も登城していなかった。
ボルの町に関しては、まだ魔物が周辺に出るという報告があった。
国王も事態を重く見ていて、登城は免除していた。
場所の問題として、登城していない者も何組か居た。
それで昼過ぎには遠方の貴族は挨拶を済ませて、一旦昼食となった。
「これで残すは、周辺の町の領主だけですね」
「ああ
夕刻前には終わるだろう」
数組の貴族が爵位剥奪や取り潰しになっている。
そして魔物の影響で、数組の貴族が町から出れなくなっていた。
「早く終わるのは嬉しいが、原因が原因だからな」
「陛下」
サルザートが慌てて止めに入る。
あまりよろしくない話なので、みなその事には触れないでいたのだ。
「まあ、冗談はこれぐらいにして
どうだ?
今のところは問題は無さそうか?」
国王は急に真剣な顔をして、ギルバートに聞いてきた。
「それはどういった事ですか?」
「うむ
ここだけの話だが…
選民思想者と反国王派が居たのは気付いていたか?」
「え?
いえ…」
国王は危険な人物も居るので、それが誰か分からせたかったのだ。
「これがそのリストだ
一部は代替わりをしているので、今回は様子見だな」
「これが…」
ギルバートはリストの名前を見て、謁見に来た人物と照合する。
そして警戒すべき人物と、その名前を胸に刻み込んだ。
「さすがに、すぐには行動は起こさないだろう
しかし警戒する必要はある
一応注意しておいてくれ」
「はい」
選民思想者が少なからず居る事は、先日の騎士団隊長の事で理解していた。
それに兵士からも、貴族に少なからずその様な者が居るという話も聞いていた。
ギルバートは注意深くリストを確認して、その者が住む地域も頭に入れた。
大体が帝国寄りの東に集まっており、幾人かは元帝国の貴族であった。
そこを踏まえて注意しようと思った。
元帝国の貴族からすれば、クリサリスは帝国が滅びた原因の一つだと見ていた。
それが自分達を重鎮として扱わず、地方に飛ばされたと感じていた。
実際は元々の領土を保証するには、どうしても帝国寄りになってしまった。
また、重鎮にしなかったのも能力が著しく低かった為で、貴族であるのも仕方なくであった。
しかしそれを理解出来ない彼等は、国王に反発していた。
結果として、爵位を落とされたり、自領の管理の問題で厳しく当たられていた。
それは当然の結果であった。
国王に逆恨みをして、叛意を持つ貴族も多かったが、中には別な理由で叛意を抱く者も居た。
それが選民思想から来る、自分が王になるべきだという思想だ。
確かに国王は、帝国を退けて独立した。
そして一介の地方領主から、国を興して王となった。
だからと言って、その能力や器量が無い者が、国王に成り代わる事は出来ないだろう。
しかしそう言った者達は、自分達こそ王になる者だと信じて疑わなかった。
だからこそ軍備を強化して、いずれは王都を攻め落とそうと画策していた。
しかし、無理な軍備は増税に繋がり、また選民思想から奴隷を多数生み出していた。
結果として、彼等は王都からは危険人物とみなされ、警戒の対象となっていた。
知らぬは本人達だけで、同行する兵士達は、いつ自分達が謀反人として捕まるかビクビクしていた。
そしてそれを見るにつけて、王都では未だに危険な思想を持っていると見張られていた。
「良いな
選民思想者は奴隷を持ちたがる
自信が選ばれた者だから、その他の者は隷属すべきだと考えておる」
「え?」
「つまりは自分達以外は価値が無くて、自分に従うべきだと思っておるのじゃ」
「そんな馬鹿みたいな発想をしているんですか?」
「ああ
じゃから選民思想者は、簡単に判別できる
自分達は優秀だから、バレても問題無いと思っておるんじゃろう」
国王の言葉を聞いて、ギルバートは何て馬鹿な奴等だと思った。
自分達から敵対する意思を示して、自分達に従うと思っているのだ。
しかもそれが、理由も無い妄想から来ているとは…。
「反国王派の方が簡単じゃな
自分達の思い通りにならないと、いつも不満そうにしておる
選民思想はベルモンドなどが良い例じゃろう」
「そういえば
私を攫った時にも、自分が国王になれないのは陛下と私のせいだと言っていたとか
そもそも国王になる資格も無いのに」
「それが選民思想者の特徴じゃな
そして、それ故に国にとっては困った存在じゃ
一掃できるものなら、全て切り捨てるのじゃがな」
「どうして降格にして、爵位剝奪はしなかったんですか?」
「それはな
彼の先代には恩義があるし、孫はまだ4歳じゃ
この先変わる事があれば、全てを切り捨てる事も無いじゃろう」
「なるほど
息子までは駄目でも、孫はまだ可能性があるという事ですか」
「そう言う事じゃ
尤も、その孫が叛意を示したなら、その時は今度こそ爵位剝奪になるじゃろう
家臣が上手く諌めれば良いのじゃが」
国王は哀しそうな眼をして、静かに首を振った。
国王としては、出来ればその様な事は起こって欲しくなかった。
ベルモンド家の先代は、従軍して活躍した老兵の一人だった。
その恩に報いて、長男には子爵を叙爵したのだ。
それが結果として、彼の選民思想に火を点けてしまった。
身の丈に合わぬ野心を抱かせ、この様な結末になってしまった事を、国王は後悔していた。
「話は変わりますが
フランドール殿はどういたします?」
国王は暫く考えた後、難しそうに答えた。
「そうだなあ
あ奴は式典にも来ておらぬ
それに内戦の顛末も報告に上がっておらぬ」
「そうですね
どうやらダーナからは、使者も来ていませんね」
「それに…
聞いた話では、ダーナは街中に魔物が出ておるそうじゃな
そんな場所で、果たして民は無事なのじゃろうか?」
「そうですね
私が聞いた話でも、住民らしき者が、魔物に成り果てていたと聞いております
果たしてフランドール殿も無事なのか…」
「そうじゃな
街がそうなっておる以上、恐らくは…」
国王は具体的に言わなかったが、この場に居るみなが、フランドールも魔物となっていると思っていた。
住民が魔物になっているのだ、領主が無事とは考えれなかった。
いや、むしろ領主に何かあって、住民が魔物になったと考えた方が筋が通るだろう。
「どうしても行くつもりか?」
「はい」
国王が言っているのは、来年にギルバートが、ダーナに向かう事だ。
街には魔物が闊歩していて、非常に危険な状況だ。
それにジェニファー達についても、屋敷には人の居る気配はあったが確認は取れていない。
それでも生存を信じて、ダーナを奪還しようと言うのだ。
「魔物を全て倒せたとしよう
しかしジェニファー達の生存は、正直…」
「しかし、屋敷には茨が囲んでいて、中には生存者が居る可能性があります」
「それは可能性の話だろう?」
「…」
「ワシは友を失った
そして、その家族も絶望的な状況だと聞いておる
お前までも失いたくは無いのじゃ」
「分かっております
ですから前線には出ません
せめて街がどうなってしまったのか、一目だけでも見たいんです」
国王は哀しそうな顔をして頷いた。
「危険な事はするなよ」
「はい」
「もし危険だと判断すれば、直ちに帰還させるぞ」
「はい」
ギルバートの言葉に、国王はもう一度頷いた。
「サルザート」
「はい」
「今の会話を記録しておいてくれ」
「はい」
サルザートがメモを取り終わるのを見て、国王は再び口を開いた。
「それと…
ダーナへの移民を選定しておいてくれ」
「はい?」
「聞こえなんだか?
ダーナが解放された後、そこに住む者が必要じゃろう
それを今から、選定しておいてくれ」
「しかし、いくら魔物が討伐されても、あそこは今、危険な場所なんですよ」
「分かっておる
じゃから新たに移民する者には、それなりの戦闘経験がある者が必要じゃ」
「はい」
「それとな
港がどうなっておるか分からぬが、出来ればあそこも復活させたい」
「そう言えば
ここ半年はフランシスからの交易は止まっていましたね」
「ああ
魔物の事を考えて、国としての交易は差し止めておったからな
街が解放されたら、それも再開せねばならんじゃろう」
「はい」
サルザートは文官を呼び、フランシスとの交易の資料を整理する様に指示した。
この3年ほどは、魔物との戦闘を懸念して、大きな交易は行われていなかった。
その間に、港を通じて周辺の町とは交易はあったらしいが、記録は全てダーナに残っていた。
詳細が分からない以上、それは街を解放してからになるだろう。
「さて
無事に解放できるかだが…」
「必ず解放させます」
「無理はするなと…」
「しません
兵士を鍛えて、街を解放します」
「ううむ」
国王はまだ、何か言いたそうにしていた。
しかしこれ以上言ったところで、ギルバートの意思は変えられそうになかった。
国王は諦めて、食後のお茶を飲み干した。
「陛下」
「うむ
午後の謁見を済ませるぞ」
「はい」
国王を先頭にして、再び謁見の間に向かった。
午後は周辺の町の領主の挨拶からになる。
先ずは北西の小さな町の、男爵が呼ばれる事になっていた。
そうして順番が進み、貴族が入れ替わりで挨拶に赴いた。
そして最後の貴族となり、バルトフェルドが呼ばれた。
「次はリュバンニのバルトフェルド侯爵です」
「うむ」
バルトフェルドは謁見の間に入ると、堂々と進み出た。
そして国王の前まで進むと、そこで跪いて貴族の礼をした。
「バルトフェルド、参上しました」
「うむ
ご苦労であった」
バルトフェルドは侯爵であるため、他の貴族よりは上になる。
それで国王の前まで進んで挨拶をしていた。
後ろにはマーリンも着いており、そのさらに後ろにアーネストが控えていた。
「本日は叙爵前の客人がおりまして、一緒に参内致しました」
「うむ」
「ささ
アーネスト殿」
「はい」
アーネストが進み出て、バルトフェルドの少し後ろに跪く。
そして貴族の礼をすると、自分から名乗った。
「ご紹介いただきました、アーネストになります
まだ成人前ですのでご容赦ください」
「うむ
みなの者、このアーネストは王都に来て以来、数々の功績を残しておる
ワシは彼に、オストブルクの姓と子爵の座を用意しておる」
「おお」
国王の宣言に、謁見の間に集まる文官や兵士が騒めく。
「彼には魔術師の才があり、彼のガストン老師の師事も受けておる
ワシは彼が成人した暁には、宮廷魔導士の称号を与えようと思う」
「何と!」
「宮廷魔導士ですと?
それではヘイゼル老師より上では?」
「そうじゃ
ヘイゼルも彼の魔力には、宮廷魔術師では不十分だと申しておった
ワシもこれからを期待しておる」
国王の言葉に、みなの眼はアーネストに集まった。
そして一同が拍手を送り、新たな宮廷魔導士の誕生が期待されていた。
それからバルトフェルドに話が戻り、前年の収穫の報告や魔物の被害の報告が上がった。
暫く前年の話が続き、やがて来年の作付け予定なども話された。
「収穫自体は問題はありません
気候は穏やかですし、雨も少なくはありませんでしたからね」
「それでは何故
今年の収穫が微妙に落ちているんでしょうか?」
「それは…」
バルトフェルドは国王の方を向き、それからアーネストを見た。
二人から頷かれて、バルトフェルドは覚悟した様な顔をした。
「それはですな、魔物が出たからです」
「魔物?
ですか?」
「ええ
魔物の被害が出た為、その周辺での収穫が中断されました
それが無ければ、もう少し収穫できていたでしょう」
「なるほど
そうなると、魔物は討伐せねばなりませんな」
文官は簡単そうに言うが、実際は簡単な話では無かった。
魔物の討伐に向かうとなれば、それだけ兵士を動かさないといけないし、食糧等も必要だ。
「簡単そうに申さないで欲しい」
「しかし魔物を討伐しなければ、収穫の妨害になる
それに魔物を討伐するのも、バルトフェルド殿の仕事では?」
「それはそうだが…」
バルトフェルドが困っているのを見兼ねて、国王が割って入った。
「その件はまたにしよう
今日は年末の挨拶じゃからな」
「しかし…」
「折角の祝いの席を駄目にしたいのか?」
「…」
国王に睨まれて、文官は不承不承ながら黙った。
これにて謁見は終了して、貴族達は休憩に向かった。
後は年が明ける、夜中の零時を待つだけだった。
まだまだ続きます。
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