第234話
ギルバートが兵舎で訓練の見学をしている頃、アーネストは魔術師ギルドに来ていた
新しい魔鉱石は生産体制に入り、無事に武器の生産は開始されていた
後は兵士達の訓練と、魔術師達の連携が問題であった
先の魔物との戦闘では、結局11名しか同行出来なかった
ギルドに登録された魔術師は50名を超えていたが、まともに使える者は少なかった
ギルドに集まっていたのは30名の魔術師達であった
20名は魔力が十分にあったが、扱える魔法の数が少なかった
残る10名は魔力が少なく、魔力を上げる訓練をしていた
実は少ない方の10名が、前回の戦闘に参加した魔術師達であった
前回の戦闘で、彼等は魔力の少なさに落ち込んでいた。
そこでアーネストの話した、魔力を消費して魔力を増やす訓練をしていた。
これはひたすら魔法を使い、魔力切れになる訓練方法だ。
魔力切れまで使うので、基礎魔力量を増やせる。
それに魔法を沢山使用するので、呪文の詠唱や魔力を練る訓練にもなる。
「アーネストさん
呪文はこれで合っていますよね」
「ええ
後はここは詠唱しなくても良いので…」
「え?
呪文は全て詠唱しなければ駄目なのでは?」
「それはイメージを描く為ですよ
実際に灯りの魔法に関しては、呪文は無くても良かったでしょう?
それと同じで、突き詰めれば結句だけも魔力さえ練れていれば…」
アーネストは実際に、魔力を練ってマジックアローを作り出す。
「え?
え?え?」
「結句も魔法の完成と、魔力を放つ為に使いますからね」
そう言いながら、アーネストはマジックアローを的に向けて発射した。
矢は音を立てて飛んで行き、見事に的に当たった。
「そんな
詠唱無しで魔法なんて…」
「さすがに結句は唱えた方が良いですよ
それが魔法のイメージを完成させますし、的に向かうイメージに繋がりますから」
そう簡単そうに説明するアーネストを見て、魔術師達は驚いた顔をしていた。
言うのは簡単だが、実際に無詠唱で魔法を使う事は難しい。
いや、そもそもが無詠唱という発想が無かった。
アーネストは小さい頃から魔法を実際に使っていたので、頭の中には複数の呪文が暗記されていた。
そして使っていくうちに、間違って詠唱しても影響が無い事に気が付いた。
要は呪文を唱えている時に、頭の中でしっかりとイメージ出来ていれば、多少は呪文を間違えたり端折っても魔法は完成するのだ。
その事に気が付いてから、改めてギルド内の魔術師達を観察してみた。
実際に、一部の魔術師は呪文を間違えていても発動出来ていた。
また、呪文を全て唱えなくても、魔法が発動出来る事も確認出来た。
そうなって来ると、後は自身で検証するだけだった。
結果としては、結句だけでも発動出来るし、一部の魔法は結句も無くても使えた。
その事を踏まえて、アーネストは呪文とは、魔法を覚える為の手段だと認識した。
そう考えてみると、確かに知らない魔法は発動出来ない。
しかし呪文を間違えずに唱えれば、自然と魔力が練る事が出来た。
そして発動してみれば、それがどういった魔法か理解出来る。
理解出来たなら後は呪文を暗記して、繰り返して使って身に着ける。
これは武器を手にして、素振りをするのと同じだと思った。
そして身に着いたなら、無意識に身体が動く様に、頭でイメージした魔法が使える。
ここまで到達してからは、アーネストは暫く呪文無しで魔法を使う練習をした。
無詠唱で使えるなら、何かあって喋れない状況でも魔法が使える。
そう思って練習をして、複数の呪文を使える様になった。
今も無詠唱で使える魔法以外は、魔術書に刻んで持ち歩いている。
しかし身に着いた魔法に関しては、魔術書から削除していた。
「無詠唱なんて出来るものなんですか?」
「ああ
だけど相当練習しないと、簡単には出来ないよ」
「それでも凄いですよ
私達はそんな事が出来るとも考えていませんでした」
「それは私も同じだね
だけど灯りや火付けが出来るのに、何で他の魔法が出来ないかは私も不思議に思っていた」
「思ったとしても、それを実際にやるのは別ですよ」
「そうですよ
そんな事を考えるなんて、やっぱりアーネストさんは天才です」
魔術師達は、いつの間にかアーネストの周りに集まっていた。
そして話を聞いて、いつか自分も出来る様になりたいと思っていた。
「うーん
気持ちは分かるけど、今は先ず、攻撃魔法を覚えようか
まだ呪文は暗記していないよね」
「ええ
さすがに全部は…」
「なら先ずは、一つでも魔法を暗記しないとね」
アーネストはそう言うと、大きめの火球を作り出した。
「先にも話したけど、魔法を使うのに重要なのは、実はイメージする力だ
これは普通のファイヤー・ボールと違って、火球を一つにして魔力を集中させている
こうする事で、威力の大きい火球も作れる」
「おお…」
「そして魔力を複数個に分ければ…
通常の複数個の火球にも出来る」
「なるほど
それで威力や範囲を調整出来るんですね」
「その通り
敵の数や周りの状況に合わせて、魔法を使い分ける事も出来る」
「へえ…」
魔術師達は集まって、アーネストが火球を増やしたり減らしたりするのを見る。
こうやって目の前で実演する事が、実は魔法の訓練には一番重要なのである。
アーネストの火球を見て、魔術師達にはファイヤー・ボールがどの様な魔法かを理解出来た。
そして同時に、自分達も使いたいと思い始めた。
「あのう…
私達にもファイヤー・ボールを教えていただきませんか?」
「勿論良いよ
ただし先ずは、魔力を増やさないとね
少ない魔力では、例え覚えれても小さな火球を1個しか作れないよ」
「はあ…」
「それと、魔力がある側の人でも、上手く魔力が練れないと出来ないよ
先ずは魔力を増やす事と、少ない魔力でも安定して使える様にならないと」
「はい」
アーネストの言葉を聞いて、各自で練習を再開した。
先ずは訓練を繰り返して、ファイヤー・ボールが使える魔術師だと認められなければならない。
その為には、何度も魔法を使って、少しでも技量を上げる必要があった。
「スネア―」
「アースバインド」
「ソーン・バインド」
「マッド・グラップ」
こちらの魔術師達は、呪文の詠唱の練習をしていた。
魔力の鍛錬もあって魔法も発動はさせていたが、主な練習理由は間違えずに呪文を唱える為だ。
本を片手に呪文を唱えながら、間違えない様に結句まで唱える。
「呪文を間違えないのも重要ですが、一番重要なのはイメージです
自分が唱えた呪文の効果を確かめてください」
「はい」
「それとイメージが湧く様になったら、次はそのイメージを頭に描きながら唱えてください
出来ればイメージと魔力を調節して、効果がどうなったかも覚えてください
イメージと魔力次第で、魔法は威力や効果、範囲も変わります」
「効果が変わるんですか?」
「そう言えば、オーガに使った魔法は強力でしたね
あれもイメージですか?」
「ええ
威力や効果範囲も変えれます
しかし、その分魔力は消費しますので、残存魔力には注意してください」
「はい」
魔術師達も魔力枯渇は知っていたので、魔力切れ程度になる様に注意していた。
使用した魔力量によって基礎魔力が上がるので、魔力が多い者はそこまでする必要は無いのだ。
「しかし、補助魔法ばかりで良いんでしょうか?」
「いえ、むしろ魔物相手には、補助魔法の方が重要です
兵士達の攻撃の手助けになりますし
何よりも自分が危険な目に遭うのを防げます」
「え?」
「どういうことですか?」
「拘束するのですから、魔物がこっちに向かって来れません」
「あ!」
「それに使い慣れていれば、咄嗟に身を守る為に使えるでしょう?」
「確かにそうですね」
「それは思い付かなかった」
魔術師達は納得して、再び呪文を唱え始めた。
今のところは、拘束系の呪文を重点的に覚えている。
これが城に籠城するのなら、威力の高い攻撃魔法を教えただろう。
しかし外での戦闘なので、先ずは身を守る魔法の方が重要だった。
他にも有用そうな魔法はあったが、まだ検証中だった。
アーネストですら、全ての魔法を把握しているわけでは無いのだ。
中には効果がよく分からない、謎の魔法なども知っていた。
しかし説明文を読んでみても、実際の効果は使ってみないと分からない。
いや、使っても分からない物もあった。
特に謎だったのは、シールド・マジックとレジストと書かれた魔法だった。
呪文の説明欄を読んでみても、身軽な魔術師の為の防御用呪文としか書かれていなかった。
確かに魔術師は、鍛えていないので重たい鎧などは着れない。
しかしそれだからと言って、魔法で身を守れる物なのだろうか?
それが載っていたページは、初級魔術と書かれていた。
初心者用の魔法らしいが、どういった効果か分からない為に、ギルドには紹介していなかった。
「魔物が迫ってきている時
拘束出来れば安全を確保出来ます
出来れば咄嗟にでも唱えれる様に覚えてください」
「はい」
実際の戦場では、街の様に魔物を寄せ付けない結界などは無い。
まあ、最近ではその女神様の結界も、効果が弱まってきている。
しかし忌避感があるのか、魔物も率先して近付こうとはしなかった。
これが戦場では、結界が無い物だから魔物は近付いて来る。
特に魔術師は弱そうに見えるからか、魔物に狙われ易かった。
ダーナで従軍している時も、よく魔術師が狙われていた。
「しかし、マッド・グラップは泥濘の範囲なので想像し易いですが
他の魔法は難しく無いですか?」
「ん?
そういう時の為に、あの的はあるんだよ」
「ソーン・バインド」
アーネストは呪文を唱えて、的である人形に蔦を絡めた。
「え!」
「おお…」
蔦はスルスルと伸びて、的である人型の人形に絡みついた。
そして腕や足に絡みつき、しっかりと縛り上げた。
「こうすれば、蔦がどこまで伸びるかも指定出来る」
「なるほど」
「それに魔力を込めれば、腕や足をへし折るぐらいに強力に出来るよ」
「折れるんですか?」
「ああ」
「アースバインド」
今度は違う呪文を唱えて、地面から土の腕が伸びて来る。
それは人形の足に絡みつくと、しっかりと握った。
メキメキ!
バキン!
鈍い音がして、人形を支える丸太が折られた。
丸太には手形も残っており、その握力の凄さを現わしていた。
「凄い…」
「恐ろしいな」
「私の握力は…
というか、私自身は全体に弱くて、どう頑張ってもこんな事は出来ない」
「しかし魔法を使えば、魔物の腕でも折れるだろう」
魔術師達は訓練をいったん中断して、丸太に着けられた跡を調べた。
そこにはしっかりと握られた跡が残り、そこで真っ二つに折られていた。
「イメージさえあれば、こんな事も出来るんですか?」
「ああ
だけど魔力も必要だからね
基礎魔力を上げる必要はあるよ」
「はい」
言われた魔術師は何かを得たのか、その後は熱心に訓練に励んでいた。
そして他の魔術師も、効果を調節しながら練習していた。
夕刻前には3度目の魔力切れを起こして、今日の訓練は終わりになった。
少し休憩すれば、また魔力は自然に回復する。
しかし気絶までしていないので、ポーションは飲むほどでは無かった。
そのまま壊れた的を片付けると、明日の為に新しい的を作り始めた
地面をマッド・グラップで泥濘ませて、そこに丸太を突き立てる。
それに横棒を括り付けて、後は布を被せるだけだ。
マジックアローの様な攻撃魔法では無いので、重たい鎧などは乗せていない。
これはあくまでも、拘束の魔法を掛ける為の的なのだ。
兵士達の様に腕力は無いので、泥濘ませてから杭を立てている。
当然ながら上からも叩いて無いので、杭はそこまでしっかりと立ってはいなかった。
それでもソーン・バインドで引っ張っても抜けない辺りは十分だろう。
魔術師達は強度を確認してから、今日の訓練を終わりとした。
明日から年度末の祝日になる。
訓練も今年の最後になるが、明日からも来たい者は来て良い事になっている。
手の空いている者は、率先して来るつもりであった。
「ああ
いよいよ年末だな」
「そうだな
今年は王子の事もあるから、パレードは賑わうだろうな」
「ああ
出店も多く並ぶだろう
掘り出し物もあるかな?」
明後日の師走から、王都の街路には出店が立ち並ぶ。
ほとんどが立ち食いの出店だが、中には怪しい道具や書物を扱う店も出て来る。
それを目指して買いに来る者もいるので、年末は大騒ぎになる。
それに中央の大通りでは、新年を祝う式典に向かう為に、貴族達のパレードが行われる。
毎年多くの貴族が、自領の繁栄を誇りたくて兵士を集めて通る。
それを見たくて子供達を連れて来るので、大通りには人の波が出来るほどだ。
アーネストは騒がしいのが嫌なので、それには参加したく無かった。
しかし叙爵してないとはいえ、彼も貴族の一員になる予定だ。
だから式典には、参加しなければならなかった。
「そう言えば
アーネストさんは式典に出るんだよな」
「ああ」
「良いなあ
美味い食事に美女と酒
オレも行きたいよ」
「なら代わるか?」
「え?」
一瞬、男は代わると即答しかけたが、面倒臭そうなので首を振った。
大体が、魔術師は人嫌いが多い。
そんな人込みの中に、好んで行く物好きは居なかった。
「遠慮しておきます」
「だよな
ボクも出来る事なら、辞退をしたいよ」
アーネストはそうボヤキながら、ギルドを後にした。
まだまだ続きます。
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