第229話
大型の魔物を倒せた兵士達は、みな喜んでいた
あれほどの恐ろしい魔物を倒せたのだ、中には涙を流す者も居た
しかし内心では、仲間が一人犠牲になった事を悲しんでいる者も居た
魔物に恐怖を感じて、早く逃げ出したと感じている者も居た
しかし喜ぶ者を見て、自身を鼓舞する為に喜んでいるふりをしていた
将軍は兵士達に声を掛けて、野営地の中心に集まる様に指示した
兵士達は怪訝そうな顔をしていたが、てっきり魔物を倒した事を褒められると思って集まった
しかし将軍は集まった兵士を見ると、厳めしい顔をしていた
喜びに沸く兵士達に、苦言を呈する為だ
「あー…
喜んでいるところを悪いが、仲間が一人亡くなっている
それは分かっているかな?」
「え?」
「将軍?」
「あんな大物を倒したのだ、確かに嬉しいな」
そう言われて兵士達は頷く。
「しかし仲間が犠牲になったのだ
少しは悲しまないのか?」
「そ、それは…」
「恐怖を誤魔化したいのは分かる
ワシでも逃げたいと思うからな」
「…」
将軍の言葉に、兵士達は下を向いて黙っていた。
将軍まで逃げたいと言うのだ、逃げ出したい気持ちを抑えるので必死だった。
「だがな、まだ1体だ」
「え?」
「それは?」
「こいつ1体だけだと思ったのか?」
「あ…」
兵士達は事実を突き付けられて、騒然とし始めた。
「怖いか?」
「はい」
「逃げ出したいか?」
「当然ですよ」
「オレは先月、娘が産まれたばかりなんです」
「私もようやく婚約出来たのに…」
兵士達が口々に、このまま帰りたいと言い出した。
アーネストは不安になり、何か言おうと前に出ようとした。
将軍はそれを片手で制すると、言葉を続けた。
「逃げ出すのは良いが、それで?
王都はどうなる?
お前達の家族は?
王国の民はどうなる?」
「それは…」
「しかし我々では…」
「だが、お前達は勝てたんだよな?」
「それはそうですが、何とか勝てただけですよ」
「そうですよ
仲間だって犠牲になっているし」
そう言う兵士は、自身もオーガの振るった一撃が掠めて、肩に傷を負っていた。
「そうだな
仲間が犠牲になってくれたおかげで助かったし
魔術師達が頑張ってくれたから、こうして勝つ事が出来た」
「…」
兵士達は無言になり、悔しそうに俯いていた。
将軍の言う事は一々尤もだが、それを反論出来ない事が尚更悔しかった。
「悔しいよな
仲間の犠牲と、他者の助力で運よく勝てた
お前達の功績とは言い難いからな」
「そんな事!」
「いくら将軍でも、今のは酷いですよ」
兵士達から反発の声が上がるが、将軍は一睨みして収めてみせた。
そして怒鳴る事も無く、逆に静かに諭す様に話始めた。
「事実を述べただけだ
運よくだったのは、お前達が一番分かっているだろう?」
「…」
「ワシだって悔しいんだ
手塩に掛けたお前達が、勝てない様な化け物がいるんだぞ?
それにワシにしても、あの化け物に勝てる気がしないからな」
「将軍…」
「そんな…」
数名の兵士が、ガックリと膝を着いた。
回りに合わせて何とか気分を盛り上げていたが、勝てないと聞いて心が折れたのだろう。
中には先ほどの勝利の涙から、絶望と仲間の死に対する涙に代わった者も居た。
「そうだよな
絶望的な状況だ
出来る事なら、ワシもさっさと逃げ出したい」
その言葉を聞いて、また数名の兵士がビクリと反応して、肩を震わせていた。
「だがな
先も申したが、そうなれば国民はどうなるのだ?
ワシ等は国民を守る為に、ここまで進軍して来た
それが勝てないと思ったから、ここで尻尾を巻いて逃げるのか?」
ここで数名の兵士が、鋭い目をして将軍を見た。
その顔は悔しそうに、唇を嚙みしめていた。
「怖くて仕方が無いので、逃げて来ましたと帰還するのか?」
「挑む前から逃げ腰になって、魔物から逃げ続けるのか?」
将軍が一言一言言う度に、兵士達は少しづつ顔を上げて行く。
その顔は負けたくないと、決意を刻み込んでいた。
「我々は敗けるかも知れない
しかし勝てる可能性は残されている」
将軍は魔物の遺骸を指差して、力強く宣言した。
「先の戦闘は辛勝であったが、勝つ事が出来た
そうだ、勝てたんだ」
冷静に聞いている者が居れば、さっきと言ってる事が違うぞと思っただろう。
しかし将軍の言葉に、兵士達は鼓舞されていた。
それも浮かれた感情では無く、決死で戦って勝つという決意を持っていた。
「アーネスト殿
魔物の事を説明してくれ」
「え?」
アーネストは困惑していた。
将軍は散々兵士を凹ませておいて、ここで一気に士気を上げていた。
しかし魔物の説明をすれば、また兵士の士気は下がるのでは?
一体どういう考えをしているのか、アーネストには理解出来なかった。
ここでボクに振るのか?
内心そう思いながらも、アーネストは一歩前に出ようとした。
「良いからありのままに、魔物の危険さを説明して欲しい
後はワシの方で何とかする」
将軍が小声で囁いて、アーネストの肩を叩いた。
将軍の言葉を聞いて、アーネストは溜息を吐きながら、ありのままに話す事にした。
「オーガですが…
戦った方はもう、分かっていますよね?
武器はそのまま使っても、歯が立たないか破壊されるでしょう
もう少し良質の魔鉱石なら…
まあ、サテュロスを素材にするにしても、今からだと間に合いませんが」
アーネストの言葉を聞いて、兵士達は驚いた顔をした。
まさか武器が効かないとは思っていなかった様子だった。
実際に戦った兵士が、手を挙げて質問してきた。
「あの…
我々の武器が効いたのは?」
「その前に
みなさんに質問ですが、身体強化は出来ますか?」
兵士達はザワザワと話し合い始めて、質問してきた兵士は頷いていた。
「私は短時間ですが、使う事は出来ます
あの時も必死で魔力を使いましたが、その事が何の関係があるんですか?」
「そうですね
武器が効いたのは、恐らく身体強化があったからです
魔鉱石の武器なら、身体強化で多少は強化出来ますから」
「え?
あれはそれで?」
「ええ
身体強化をしていたので、その効果が出たんだと思います
他に武器が壊れた方が居ましたが?
身体強化は?」
「そうですね
私はまだ、上手く使えていません」
「そういう事です
身体強化と強い魔物を使った上質な魔鉱石の武器
これが強力な魔物と戦う為に必要な物です」
「なるほど
そう考えれば、誰でも向かって行けば良いとは限りませんね」
「そうです
後はスキルやジョブがあれば、多少は変わって来ますが…
先の戦闘で、頭の中に声が聞こえた者は居ますか?」
おずおずと3名の騎兵が、手を挙げた。
「私は戦士の称号と聞こえました」
「オレはチャージのスキルって…」
「オレは危機察知って聞こえました」
「戦士のジョブは、身体強化やスキルを得る為に必要な条件です
それが得られれば、身体強化が使える様になっている筈ですし、スキルもそのうち身に着きますよ
チャージは馬で突進する攻撃ですね
危機察知は初めて聞きましたので、詳しくはまだ分かりません」
「危機察知と言うからには、危険を察知する能力かな?
これは検証も必要だな」
将軍が補足して、他にもその様な声を聞いた者が居ないか確認してみた。
すると、先のサテュロスの戦闘の折に、6名の騎兵が戦士のジョブを得ていた。
しかしジョブを得たからと言って、すぐに強くなるわけではない。
これから鍛錬して、ジョブで得た能力を使いこなせる様にならなければならない。
「戦士のジョブを使いこなせれば、将軍に近い戦闘能力を発揮出来る可能性があります」
「私が?
将軍みたいに…」
「ええ
ですが訓練は必要ですし、ジョブを得たからとすぐに強くなるわけではありませんよ」
「そうですよね
そんな実感がありませんし」
「しかし女神様から、それだけの贈り物があったわけです
将軍が何某かのジョブを得るまでは、あなた達が強力な戦力です」
アーネストの言葉に、ジョブを得た騎兵達は頷いていた。
「とは言え、このままでは危険な状況なのは変わりありません
どうでしょう?
一旦帰還しませんか?」
アーネストはそう言って将軍を見た。
将軍は少し躊躇いながらも頷いた。
「そうだな
これだけ魔物の素材が手に入ったんだ
これを使えば、今よりは軍備が整うだろう」
「ええ
それに無理して戦えば、我々は全滅するでしょう
そうすれば、折角得た素材も王都に届けられません」
「うむ」
「しかし問題がある
このまま魔物を放置して大丈夫なのだろうか?」
「そこなんですよね」
もうすぐ雪が降り始めて、魔物の活動も収まってくる。
しかし魔物の群れが、王都に向かわないという確証は無かった。
「どうだろう?
このまま戦ったとして、勝てる見込みは?」
「サテュロスなら勝てます
いや、オークを始めとしたGランクの魔物なら、勝てる見込みはあります」
「Gランクか」
「ええ
オーガはFランクです
今のままでは、単体でも危険です」
将軍は熟考してから、頷きながら言った。
「分かった
撤退するしかないだろう」
「そんな!」
「将軍!」
「逃げるわけでは無いぞ
一時撤退するだけだ
装備を十分整えて、再び向かうだけさ」
「しかし…」
「だったら、このまま残って戦うのか?
あの魔物の力を見ただろう
勝てるつもりなのか?」
「いいえ…」
「なあに
負けて逃げ出すんじゃあない
装備を整えて、年が明けた頃に再び挑むさ」
将軍はそう言っていたが、内心は悔しくてしょうがなかった。
アーネストに説明させたのは、内心では戦えると踏んでいたからだ。
確かにオーガを倒せていたし、魔術師と協力すれば、何とかなるだろうと思っていた。
しかしまさか、武器が効かないとは思ってもみなかった。
身体強化が出来る兵士だけで向かっても、返り討ちにあう可能性が高いのだ。
「悔しいが、明日は魔物の様子を見て、何もしてこなければ撤退の準備をする」
「またオーガが出ましたら?」
「オーガなら逃げるしか無いだろう
危険を冒してまで、戦う意味が無い
まあ、あの山羊が攻めて来たら、返り討ちにするがな」
将軍はそう言うと、兵士達を解散させた。
各自に警戒はする様に指示して、交代で仮眠を取らせる事にした。
明日がどういう事になろうと、十分な睡眠は必要だった。
それから武器が壊れた者には、予備の鎌を支給した。
手に馴染ませる必要はあったが、無いよりはマシだと判断したからだ。
兵士達は武具の手入れをしたり、遭遇した魔物の事を話したりしていた。
早く休む必要があるのに、みんな目が冴えて眠れなかったのだ。
「明日も何があるか分からないんだ
用事の無い者は早目に休め」
「はい」
将軍の注意を聞いても、暫くは眠れない者が多かった。
しかし疲れていたのだろう、夜も更ける頃には、ほとんどの兵士が眠っていた。
そんな中で、将軍は見張りの兵士と話していた。
「まさかあんな物が出て来るとは…」
「そうですね
他にも居るんですかね?」
「そうだな
アーネスト殿はそう思っているらしい
だから一旦帰還して、態勢を整えるべきだと…」
将軍は溜息を吐くと、森の方を向いて呟いた。
「このまま何も起きなければ良いのだが」
「それは大丈夫でしょう
魔物もさすがに、あれを倒したのを見たわけですから」
「そうは言っても、オーガが来たら…」
「それこそ大丈夫でしょう?」
あれだけ騒音がするんです
まさかあの巨体で、こそこそと音を立てずには来れないでしょう」
「う、ううむ」
「さあ、将軍も休んでください
明日に何が起きるか分からないんでしょう?」
「だが…
心配で…」
「不安なのは分かりますが、休む様に言ったのは将軍でしょう?
そのあなたが、ここで夜更かししてどうするんです?」
「ワシは別に不安など…」
「いや、不安でしょう?」
「それに一日ぐらい夜更かししても…」
「はいはい
でも、将軍もお年ですし、疲れているでしょう?」
「誰が年寄りじゃ」
「もう…
騒いだらまた起きだしますよ
どうしてもと言うなら、我々も起きていますが…」
「明日の撤退する際に、寝不足とか言っても放置しますよ」
「うぬう…」
将軍は何か反論しようとしたが、ここは部下の言う事の方が正しかった。
反論を諦めて、将軍はすごすごと天幕へ向かった。
「将軍も心配なんだろうが…」
「それで起きていられたら、オレ達の方が不安になるっての」
「そうだよな」
見張りの兵士達は苦笑いを浮かべていた。
将軍が彼等の身を案じて居てくれているのは分かっていた。
だが、それで寝不足になられても困るのだ。
もう少し信頼して見張らせて欲しいとも思っていた。
「そうは言ったが…
もう魔物は来ないよな?」
「ああ
将軍にも言ったけど、大型の魔物なら、音がするから分かるだろう」
「そうだな」
「それに
他の魔物なら、アレを見たらびっくりして逃げ出すぜ」
兵士はオーガの遺骸を指差して言った。
一応腱は切っておいたが、暗いので馬車に載せるのは翌日となった。
そのままでは載せられないので、ある程度は切らないといけないのだ。
「そうだな
あんな物が転がっていたら、オレでもちびってしまうぞ」
「寝起きには見たくないな」
「ぷっ」
「くくくく…」
「何だよ!」
兵士達は暫く、軽い雑談をしていた。
それは頭で分かっていても、やはり魔物が現れないか不安だったのだ。
そうして夜は、何事も無く過ぎて行った。
まだまだ続きます。
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