第228話
夕刻になっても、魔物達は森から出て来なかった
そのまま斥候は交代で見張りながら、沈みゆく夕日を背に見張り続けた
騎兵達は鎌の点検をしながら、交代で馬の世話をしていた
歩兵は魔物の遺骸を回収し終えて、手足の腱を切っていた
既に死んではいるが、このままでは死霊になる可能性があったからだ
魔物は既に出ないと考えて、将軍は魔術師達と相談していた
今朝と昼間は何とかなったが、このまま勝ち続けるかは不明だった
だからこそ策を練る為に、こうして集まっていた
まだ魔物は、少なくとも100体近くは残っている
このままこちらの手を見られては、いずれは対策を取られるだろう
被害を少なくして勝つには、このまま優位である必要があった
「どうだろう
他には策はあるかな?」
「そうですね
後は状況に応じて、魔物を誘い出すぐらいですかね」
「誘い出す?」
「魔物が反抗出来た際に、上手く撤退するふりをして、そのまま誘い込むんです」
「しかしそれならば、騎兵が逃げた後はどうするんだ?
歩兵では対処出来んだろう」
「そこはですね…」
魔術師達は将軍に、魔術師らしい作戦を伝えた。
「良いのかそれで?」
「そうなってしまえば、もはや他に手は無いでしょう?」
「それならば我々も、王国の民として責務を果たすまで」
「しかし危険だ!」
「その危険を一身に背負って…
あんたらは戦ってくれているんだ」
「たまには私らにも、それをさせてくれ」
「…分かった」
将軍は苦悩しながらも、魔術師達の申し出を受けた。
これから魔物達は、文字通り決死の思いで攻勢に出るだろう。
そんな時に半端な、覚悟では魔物の攻勢に負けてしまうだろう。
あれだけの危険な魔物だ、王国の正規軍でもなければ勝てないだろう。
「そうなると、君達もよく休んで欲しい」
「いざとなった時に、魔力が練れなければ話にならんからね」
「先に休ませてもらうよ」
「ああ
いざという時には…」
「任せてください」
話し合いが終わった頃には、周囲はすっかり暗くなっていた。
魔術師達は夕食のスープを受け取って、自分達の天幕へと向かった。
その間に将軍は、周囲の警戒を指示しつつ斥候の様子を見に向かった。
「どうだ?
魔物に動きは見られるか?」
「そうですね
さすがに暗くなったので、もう見えないですね」
「しかし動きがあればすぐに分かります」
辺りは暗闇に覆われていたので、森の輪郭すら分からなくなっていた。
しかし斥候は、油断なく森の入り口を見張っていた。
ここから動きは見えなくても、魔物が出てくれば何某かの動きがあるだろう。
例えば松明を焚くとかすると思われる。
「そう言えば…
魔物は暗くなると出ませんね」
「ん?」
「松明を焚いている様子も見られません」
「そう言えばそうだな」
「火を嫌っているんでしょうか?」
「いや
それならば焚火もしないだろう
煙が見えた事も考えると、そこまで忌避はしていなと思うが?」
「そうですか
そうなると、松明を作る事が出来ないとか?」
「そうだな
知恵はあっても、造り方が分からなければ無理だろう」
魔物が火を焚く事は、これまでの痕跡からも見られていた。
しかし松明や明かりを持った魔物は、これまでは見られなかった。
「もしかしたら、松明を持った魔物も現れるかも知れない
しかし今回の魔物は、少なくとも松明は持てないんだろう」
「そうなると、夜間は攻めて来そうにないですね
あの山羊の顔を見る限り、夜行性には見えませんから」
「そうだな
むしろ昼間だと遠くまで見えてそうだな
山羊だからな」
魔物の特徴はよく分かっていなかった。
王国の書庫にも、サテュロスの記載された本はほとんど無かった。
そして群れで行動する事と、狂暴である事しか載っていなかった。
実は珍しい魔物なのかも知れない。
「人間の女性を攫って、繁殖すらしいとは載っていたが
果たしてどういった生態かは、実はあまり分かっていないんだよな」
「アーネスト殿もですか?」
「ああ
アーネスト殿の持っている書物にも、詳しくは載っていなかった」
「そうですか…」
斥候は話している間も、じっと森を見ていた。
これ以上は邪魔になると判断して、将軍は戻る事にした。
「それでは引き続き見張りを頼むぞ」
「はい」
将軍は斥候から離れて、再び野営地の中心に戻った。
そこにはアーネストが待っていて、座って茶を飲んでいた。
「アーネスト殿?」
「将軍
お待ちしておりました」
将軍は向かい側に腰を下ろすと、具合はどうかと尋ねた。
先程よりはマシになっていたが、まだ顔色が悪かったからだ。
「どうしたんだね?
具合はまだよく無さそうだが?」
「そうですね
少し頭痛はしますが、大分マシになりました」
アーネストが飲んでいたお茶は、実は薬草から作られたお茶だった
このお茶は鎮静作用と、僅かながらの魔力の回復作用があった。
その為少しではあるが、魔力も回復してきていた。
「それで…
待っていたというのは?」
「そうですね
魔物の遺骸を見て来たんですが…
魔物は本当に、私の魔法で逃げたんですか?」
「ん?」
「魔物には火傷した後と、切られた後がありました
すぐに逃げていれば、両方の傷を持つ死体にはなりませんよね?」
「そうだな
正確には魔法で恐れをなして、騎兵達に追われて逃げ出したというところだな」
「そうですか…」
「どうしたのだ?」
「そうですね
魔法で逃げたのなら良かったのですが…」
「だが、実際にそうでは…」
「いいえ
魔法は恐れていたでしょうが、最終的には騎兵に追われてです」
「何が言いたいんだ?」
「魔物は魔法を恐れていたが、それ以上に恐ろしい物があったのでは無いか?」
「恐ろしい物?
あれだけの魔法を見てもか?」
「ええ
ですから厄介なんです」
将軍は腕を組んで、深く考え込んだ。
「うーむ
あれほどの爆発を見て、まだ恐いと思う物があるのか?」
「ええ
それが魔物が出て来ている原因じゃあないかと」
「恐ろしい物が原因か?」
「はい」
「あれだけの力を持つ魔物です
ましてや森に住んでいるのなら、わざわざ人間を襲う必要が無いでしょう」
「ん?
それは貴殿が、魔物が人間の女性を狙ってと…」
「そうですね
繁殖の為かと思っていました
しかしそれなら、どうして村を襲わないんでしょうか?」
「…」
「仮に恐れる物があるとして、それでなんで人間を襲う?」
「食糧でしょう?」
「はあ?」
「死体が見付からないのなら、食糧として持って行った可能性があります」
「ワシ等を食料にする為に狙ったと言うのか?」
「ええ」
アーネストの答えに、将軍は頭を抱えた。
確かに魔物の行動は、今一理解出来ないところがあった。
しかし人間を食料にするとか、普通では理解出来ない事だった。
「それは本当なのか」
「いえ
まだ仮定の状況です
しかしこの仮定が正しければ、魔物は夜も襲って来るかも知れません
それで急ぎ報告しようと待っていました」
「うむ
確かにそうだな」
魔物が食料として見ているのなら、夜陰に乗じてでも襲って来るだろう。
それを考えたら、早目に報告してくれて助かった。
「それで、どうするのかね?」
「そうですね
危険があると言うのなら、魔術師達にも声を掛けて…」
ズズン!
アーネストが答えようとしている途中で、不意に森が揺れ始めた。
それは地震というよりは、遠くで何か大きな物が落ちた様な音だった。
「マズいです」
「何だ?」
「大型の魔物の可能性が…」
「何だと!」
「急いで騎兵に声を掛けて、戦支度をしてください。
「アーネスト殿」
「私は魔術師達を起こして来ます」
アーネストはそう答えると、急いで魔術師達の天幕に向かった。
「何事だね」
アーネストが天幕に着くと、中から魔術師達が慌てて出て来た。
どうやら地響きを感じて慌てて出て来たのだ。
「急いで支度をしてください
マジックポーションも飲んで」
「何だ?
何が起きている」
「大型の魔物が迫っています」
「何だって」
魔術師達は急いで支度をすると、マジックポーションを飲み始めた。
昼の戦闘では魔法を使わなかったが、朝の分が回復していなかったのだ。
アーネストもポーションを受け取ると、2本をラッパ飲みした。
「うげっ
不味い…」
「どうするんだ?」
「斥候には避難を指示してください」
「将軍
地響きが近付いて来ます」
斥候達も異変を感じて、慌てて野営地に引き返して来た。
そして騎兵達は、馬を引いて野営地に集まって来る。
「恐らくあれは…
鎌では歯が立たないかも知れません
無理に戦闘はしないでください」
「何が近付いて来ているんだ?」
「オーガです
多分間違い無いでしょう」
「オーガ?
噂の巨人か?」
「大型の鬼の魔物です
知恵はありませんが、その分腕力が危険です
攪乱して魔術師の魔法で攻撃します」
「おかしいと思ったんだ
元々サテュロスは、森の中に居て滅多に出て来ないんですよ
それが食料を探して出て来ている」
「それだけ危険な魔物が居たという事か」
「ええ
それで逃げているんでしょう
我々にぶつければ、共倒れすると思ったんでしょう」
「ううむ」
「しかし、森も冬だから、食糧には苦労しているんじゃないのか?」
「いいえ
この辺りはまだ、雪が降るほどは冷えていません
木の実も残っているでしょうから、目的は肉でしょう」
「ワシ等人間の肉か?」
「ええ
特にオーガは食人鬼と言うぐらい、人間を食料として狙って来ます」
話している間にも、森の中に動きが見えて、徐々に地響きが大きくなってきた。
「ひっ!」
不意に斥候が悲鳴を上げた。
どうやら森から出て来た、オーガの姿が見えたのだろう。
それはルナに照らされて、薄っすらと森の入り口に姿を見せた。
大きな鬼の姿は、森の木からも頭が見えていた。
「あ、あんな大きな魔物が…」
「怯むな
間もなくこちらに来るぞ」
「歩兵は盾を持って備えろ
騎兵は前に出て、魔物がこちらに来ない様に攪乱しろ」
「はい」
オーガは野営地の灯りに気が付いて、さらにこちらに向かって来る。
ゴガアアアア
「ひいっ」
「勝てるのか?」
「無理して攻撃しようと思うな」
「は、はい」
騎兵は馬に合図をすると、魔物に向かって駆け出した。
「うおおおお」
グガアアア
騎兵が近付くと、オーガは太い腕を振り回した。
「うわっ」
「うげぷしゃ」
何とか避ける者もいたが、一人の騎兵は振るわれた腕で吹っ飛んだ。
そのまま数m飛んで、地面に無残な姿で叩き付けられた。
「一撃で…」
「気を付けろ
腕や足の動きをよく見るんだ」
魔物は幸いにして、1体しか来ていなかった。
だから8名の騎兵が、周りを回って攻撃を躱していた。
「良いか、無理に当てようと思うな
狙うなら頭か上半身だ
よく狙って撃つんだ」
「はい」
「今だ」
「マジックアロー」
一斉に放たれた魔法の矢は、オーガの胸と右腕に突き刺さった。
ガアアアア
オーガは激昂して、さらに腕を振り回した。
「火よ
火の精霊よ
我が魔力を力にして、我が目の前の敵を射抜きたまえ
ファイヤーアロー」
魔術師達が次の呪文を唱える間に、アーネストも呪文を唱えていた。
放たれた火の矢は、真っ直ぐに飛んで魔物の顔に突き刺さった。
ドシュドシュドシュ!
グガアアアア
「今です
足を狙ってください」
「おう」
騎兵達は隙を突いて、オーガの大きな足に切り付けた。
しかしほとんどの者は弾かれたり、鎌の刃が欠けたりしていた。
ガン!
ガキン!
「何て硬いんだ」
「くそおおおお」
ザシュッ!
ガアアアア
一人の騎兵の鎌が、遂にオーガの脚を切り裂いた。
魔物はバランスを崩して、その場に大きく転倒した。
地響きを起こして、魔物はその場に倒れた。
それを見て、二人の騎兵が魔物の首筋に切り掛かった。
「うわああああ」
「てりゃあああ」
ドス!
ザグリ!
ウガアアアア
鎌は魔物の目と耳元に突き刺さり、魔物は腕を振り回した。
しかし騎兵達も危険を感じて、武器を手放して離れた。
少しの間暴れたが、魔物は間もなく大人しくなった。
頭に刺さった一撃が致命傷になり、何とか倒す事が出来たのだ。
「た…
倒せた?」
「どうやら…」
「うおおおおお」
歓声が上がって、兵士達は勝利を喜んだ。
騎兵達はゆっくりと戻ると、馬を下りて野営地に入った。
サテュロス達は来ていなかったとみえて、追撃は無かった。
兵士達が生き残った喜びに沸く中で、二人の歩兵が走って行った。
殴り殺された騎兵の、遺体を回収に向かったのだ。
「魔物の遺骸はどうする?」
「少し固いんですが…
出来れば腱は切っておいた方が良いでしょう」
「死霊対策か?」
「ええ
さすがにオーガの死霊は聞いた事は無いですが
念には念を入れておきましょう」
「分かった」
「では、私達が行きます」
6名の兵士が剣を抜いて、魔物の遺体に向かって行った。
それから苦労しながら、魔物の腱を切っていった。
そのまま解体しても良いのだが、オーガの表皮が固いので難しかった。
「まさかオーガが居るとは…」
「まだ、他にも魔物は居ると思いますよ」
「他にも居るのか?」
「ええ
たかだか1体の魔物に逃げ出すとは思えませんから」
「そうだな…」
将軍は暗い顔をして、魔物の死体を見ていた。
1体でこれなのだ、数体で来られたらどうなるのか?
不安を感じながら、勝利に喜ぶ兵士達の方を向いた。
まだまだ続きます。
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