第225話
ダガー将軍は夕刻まで進軍して、公道に沿った草原で野営をする事にした
公道と言っても、こちらは小さな町と村にしか繋がっていない
だから公道も荒れていて、隊商の馬車が通れる様に岩を取り除いただけの物だった
そこから公道は、小さな町に向かっているが、今回は魔物の討伐なので立ち寄る予定は無かった
野営地から、遠くに町の灯りが薄っすらと見えたが、他は星や月しか見えなかった
アースシーの大陸では、2つの月が見られていた
2つの月は離れているので、片方は昼間に薄っすらと見えるだけであった
今は夜の月のルナが昇っていて、昼の月のセレネは見えなかった
ルナの照らす明かりを頼りに、兵士達は焚火や篝火を用意する
周囲に魔物の気配は無かったが、暗闇では危険だからだ
「今日はルナがよく見えますね」
「ああ
もう12の月の中ほどになるからな
空気も冷えて澄んでいる
星々もよく見えるだろう」
将軍の言う通り、空気が澄んでいるので星もよく見えていた。
これで雲が出ていたら、月や星は見えなかっただろう。
しかし雲が出ていたなら、この時期では雪が降ってしまう。
月が見える夜は、雪が降らないので安心出来るのだ。
「夜も冷えていますからね」
「そうだな
防寒着の用意は出来ているか?」
「ええ
魔術師達にも、毛布の用意をさせています
いつ雪が降るか分かりませんからね」
「うむ」
「明後日には森の近くに到着する
このまま問題が無ければ、年内に帰還出来るのだが…」
「年内ですか?」
「ああ
出来れば年越しは、王都の兵舎で迎えたいものだ」
「そうですね
今年は王都での初めての年越しになりますからね
私も王都に戻りたいです」
「ふはははは
新年は国王様を始めとして、各地の貴族が集まる
盛大な祝いになるから、楽しみにしておいてくれ」
「帰れたらですがね…」
アーネストはそう言いながら、遠くて見えないが、魔物が潜む森の方角を見た。
「魔物の正確な数は、分かっていないのだな?」
「ええ
隊商で生き残れた者も、いつ襲われたか分からなかった様ですから
姿を見て生き残れただけでも幸運でしょう」
「そうだな
おかげで魔物が居る事が判明したのだからな」
「それに魔物は、今でも数が増えているかも知れません
コボルトやゴブリンほどではありませんが、奴等も増えますので」
「ううむ
具体的にどれぐらい増えるのかな?」
「それが資料には情報が乏しくて、簡単な特徴しか載っていませんでした」
「そうか…」
「我が軍が総勢180名
しかし騎兵は120名しか居ない
100を超える様なら、さすがに引き返すかも知れんな」
「しかし引き返していたら、益々増えてしまいますよ?
それに町や村が襲われる恐れもあります」
「うむ
まだ被害の報告は無いが、いずれは村にも向かって来るだろう」
幸いにして、森の周辺には村は無かった。
一部は公道の近くを覆っているが、ほとんどが公道から離れていた。
その為に、村も森の近くには無かった。
これは公道を挟んで、村の側にも湖があったからだ。
それが無ければ、多少の危険を冒してでも森の近くに村が出来ていただろう。
「奴等が何を思って、何も無い森に住んでいるのかが分からないな」
「そうですね
資料にはサテュロスは、元々は森の中で生きるのに適した魔物の様です」
「森の中でか?」
「ええ
基本が木の実や茸を主食にし、大人しい魔物だそうです
しかし繁殖期には、他の種族を襲って雌を使って繁殖するそうです」
「つまりあれか?
雌であれば他の魔物でも…」
「ええ
それは有り得ますね」
「何か危険な魔物から逃げたのか?
それとも繁殖相手を求めて移動して来たのか?
いずれにせよ、隊商を襲ったとなれば、今は危険な状態なのでしょう」
「そうか…」
将軍はアーネストの言葉を聞いて、これでは村も危険だと思った。
森を縄張りにしているので、隊商を襲ったと思っていた。
しかし繁殖相手をさがしているのなら、そのうち村を襲う可能性も十分にあった。
「これは警戒を強めなければならないな」
「え?」
「縄張り意識で襲ったと思っていたが、女性を探しているのなら、森から出て来る可能性は十分にあるだろう」
「あ…
それはそうですね」
「明日はそうでも無いだろうが、明後日は森に近付く事になる
警戒は必要だろうな」
「ええ」
それから簡単なスープを夕食にして、兵士達は順番に仮眠を取った。
アーネスト達は魔術師なので、そのまま就寝を許された。
十分に睡眠を取らなければ、体力の無い魔術師は倒れてしまうからだ。
翌日も朝早くから起きると、そのまま北に向けて進んだ。
魔物は出なかったので、行程は順調に進めていた。
そしてそのまま夜になると、再び兵士は交代で仮眠を取っていた。
魔術師達は、馬車に乗っていたとはいえ疲れ切っていた。
慣れない馬車に長時間乗っていたので、すっかり疲れてしまっていたのだ。
「魔術師達は大人しいですね」
「ああ
疲れ切っているのだろう」
将軍は部隊長と、焚火を囲んで話していた。
アーネストも既に、魔術師達と一緒に天幕で就寝していた。
「明日は森に近付きます
そろそろ慣れてもらわないと…」
「ああ
だが彼等は、普段は室内で魔術の研究ばかりしている
我々の様な長旅には慣れていないのだろう」
「アーネスト殿もですか?」
「ん?
いや、彼は平気そうだが?」
「まだ若いからですかね?」
「そうだな
考えてみれば、彼はまだ子供なんだよな」
「ダーナでは成人らしいが、王都では11歳は未成年だからな」
「あれ?
彼はまだ、11歳ですか?」
「ああ
もうすぐ…
年明けに12になると聞いていたな
だから陛下も、彼を叙爵するのに悩んでいらっしゃるのだ」
「はあ…」
「それにしては、とても11歳には見えませんね」
「そうだな
落ち着いているし、身長も高いからな」
「それに…
他の魔術師に比べると、筋肉も着いていますからね
魔術師と聞いていなければ、従者と勘違いしてしまいますよ」
「ううむ
それにしては、従者にしては華奢だが?」
「はははは
そうですね」
アーネストはまだ、成長期であった。
それに王都に来る間にも旅をしていたし、最近では少しだけ運動をしていた。
体力が無くては、魔物の討伐に同行出来ないからだ。
その甲斐あって、最近では身長が伸びて、少し筋肉も着いてきた。
「まあ、明日は森から少し離れた場所で野営をする
そこで十分に休息してもらおう」
「そうですね
いざって時にへばっていては、我々も困りますからね」
翌日も魔物は出なくて、進軍はスムーズに行われた。
その甲斐あって、昼過ぎには遠くに森が見えてきた。
「あれが問題の森か?」
「そうですね
ここからは何も見えませんが、話が本当なら、魔物が潜んでいるんですよね」
「さて…
どうするかな」
「ここら辺で野営にしますか?」
「そうだな
あまり近付いては、魔物が警戒するだろう」
「ただ警戒するだけなら良いが、野営中に襲われるのは困るからな」
「そうですね
出来れば気付かれ難い様に、離れた方が良いでしょう」
部隊長も賛成して、森がギリギリ見える場所で野営の準備を始めた。
2日とも近くに川が無かったので、水は大分少なくなっていた。
このままでは飲み水も不足するし、怪我した時に洗う水にも困るだろう。
「誰か斥候に出て、周囲に川が無いか調べてくれ」
「はい」
数名の兵士が返事をして、森とは反対の方向に向かった。
これで水源を確保出来れば、討伐も楽になる筈だ。
将軍は野営の準備をさせながら、斥候の帰還を待っていた。
1時間ほどしてから、斥候に出ていた兵士達が帰って来た。
「将軍
向こうで小川を見付けました」
「うむ
どのぐらいの距離か?」
「馬で大体20分ぐらいです」
「そうか」
「馬車で水を汲んで来てくれ
班はそうだなあ…
アレンの班で向かってくれ」
「はい」
指名されたアレンは、仲間の8名の兵士と2台の馬車で小川に向かった。
幸い開けた草原にある小川だったので、迷う事無く見付ける事が出来た。
アレン達は馬車に積んだ樽を使って、汲んだ水を溜めて帰って来た。
それを部隊別に配ると、もう一度汲みに向かった。
そろそろ日が暮れて来ていたが、もう一度汲みに行くには十分な時間があった。
「これで水は何とかなりそうだな」
「焚火や篝火は如何致しますか?」
「そうだな
日が暮れるまで待とう
その方が魔物に気付かれ難いからな」
「そうですね
さすがに魔物も、真っ暗になってからでは出て来ないでしょう」
「それならば良いのだがな…」
将軍は多少不安に思っていたが、少しでも魔物に襲われない状況にしたかった。
「将軍
ここで大丈夫でしょうか?」
アーネストが魔術師を代表して、将軍に確認をしに来た。
森から離れているとはいえ、ここは開けた草原の真っただ中だった。
魔術師達も不安だったのだろう。
「そうだな
一応は森から離れてはいる」
「しかしギリギリ見える範囲ですよ
夜襲の恐れがあります」
「だがな、これ以上離れるとなると、明日にまた移動する必要が出て来る
君達がゆっくり休息する為にも、これが妥当な案だろう」
「そうですね」
アーネストも納得したのか、頷いて引き返した。
そのまま魔術師達の元に行くと、彼等に事情を説明していた。
それで納得で来たのか、魔術師達も野営の準備を始めた。
明日から討伐に向かうので、天幕はしっかりと固定されていた。
この場で数日、野営をする事になるだろう。
水汲みの兵士達が戻った頃には、既にルナが夜空に浮かんでいた。
兵士が戻ったところで、一斉に焚火が火を点けられた。
野営地が一気に明るくなり、夕食の準備が始められる。
その間にも、斥候の兵士が森の入り口を見張っていた。
「将軍」
「どうした?」
「一応報告しておきます」
「森の向こう側ですが、薄っすらと灯りが見えます
恐らくは魔物が火を点けているかと」
「うむ
それぐらいの知恵はあるか…」
「どうしますか?」
「一応交代で見張っていてくれ
何かあったら報告を頼むぞ」
「はい」
斥候は森を見詰めながら、他に動きが無いか見張っていた。
火が見えない距離とはいえ、その辺りには魔物が集まっているのだ。
油断していれば、火はそのまま残して、魔物が襲って来る恐れもある。
その辺を警戒して、斥候は見張っていた。
その夜は、緊張しながらも問題無く過ごせた。
魔物の動きは無く、斥候も交代しながら見張りを続けた。
朝の日差しが見え始めた頃、不意に斥候が大声を上げた。
「隊長
将軍に連絡を
魔物が動き始めました」
「何!
分かった」
斥候の声が聞こえたのだろう。
天幕が一斉に開かれて、慌てて兵士達が出て来た。
「魔物が来たのか?」
「まだです
しかし見張りが…
あれは?
馬??」
斥候がどもって目を擦っていた。
他の斥候も眼を凝らして、森の入り口を見ていた。
日差しは森の方から漏れており、そこに影が動いているのが見えた。
「馬…
じゃない
馬みたいな頭をしているが、人間みたいに立っている
魔物だ!」
「聞いたか!
総員装備をして、魔物を迎撃する準備をしろ」
「馬を用意しろ
騎兵は何時でも出れる準備をしろ」
将軍と部隊長が声を上げて、兵士達に檄を飛ばした。
騎兵達は馬に飛び乗ると、クリサリスの鎌を手に持った。
そして隊列を組むと、何時でも突撃出来る体制を取った。
歩兵は辺りを片付けると、陣地を守る為に大盾を用意して周りを囲んだ。
魔術師達も騒ぎで起きだすと、各々の杖や触媒を確認し始めた。
魔物は視認外になるが、もう少し森の外に出て来たら、魔法の効果範囲に入りそうだった。
「魔法はギリギリ範囲外だ
視認出来る距離まで待って、確実に魔法を当てるんだ」
「はい」
魔術師達も準備が出来て、後は魔物が出て来るのを待つだけだった。
「良いか?
魔物が魔法を喰らってから、一気に突っ込むんだぞ
それまでは堪えて、構えを決して崩すな」
「はい」
将軍は指示を出すと、じっと森の入り口を睨んでいた。
少しずつ、魔物が森の入り口に集まり始める。
その数は50体を超えて、さらに増えてきていた。
「マズいな
思ったより多いぞ」
「大丈夫です
最初に魔法をぶつけますので、一気に数を減らしましょう」
「行けるのか?」
「やるしかありません
ただし無理はしないでください
確実に殺せそうでも、一当てしたら引き返してください」
「しかしそれでは、魔物を倒せないだろう」
「最初の一撃は、倒すよりは相手を警戒させるべきです
一撃で倒せる補償が無いんです
負傷しない事が重要なんです」
「ううむ」
将軍は苦い顔をしていたが、アーネストの言い分の方が正しかった。
最初から消耗している様では、魔物を討伐する事は出来ないだろう。
それに魔物の数は、少なく見ても100体に達している様だった。
「分かった
一気に踏み込んで、一当てしたら引き返せ
無理して倒そうとするな」
「はい」
いよいよ魔物の姿が見えて来て、その鳴き声も聞こえてきた。
ンメエエ
低く嗄れた声で、山羊の様な鳴き声が聞こえてきた。
その声を聞いて、騎兵達でさえ数名が震えていた。
動揺する馬を押さえて、騎兵達は必死に体制を整える。
「もう少しだ
もう少しだけ引き付けろ」
「はい」
アーネストが声を張り上げて、魔術師達が動揺しない様に指示を出す。
「今だ!
放て!」
「はい、スネアー」
「アースバインド」
ンメエエエ
メエエエ
森から駆け出していた魔物が、先頭から十数体纏めて倒れた。
横から回り込もうとしていた魔物も、足元を捕らえられて転倒していた。
「今です」
「突撃!」
「おおおお」
ドドドドと地響きを立てて、一斉に騎馬が飛び出す。
クリサリスの鎌を構えて、等間隔に広がりながら駆けて行く。
そして一斉に鎌を振るうと、手近な魔物に切り付けた。
しかし素早いと聞いていただけあって、ほとんどが攻撃を躱していた。
足元を捕らえられた数匹が、まともに鎌を受けて切り裂かれていた。
「いける!」
「馬鹿
油断するな」
「良いから駆け抜けろ」
「ぐはっ」
油断したのか、一人の騎兵が後ろから組み付かれて、そのまま地面に突き落とされていた。
そしてそのまま魔物に囲まれて、騎兵は絶命していた。
「くそっ」
「いいから引き返せ」
将軍の声が響き渡り、助けに行こうとした兵士も体制を整えた。
そして再び、騎兵達は突進の構えを取った。
ここから引き返しながら、再度突撃を掛ける為だ。
まだまだ続きます。
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