第224話
ギルバートがボルに向かっている間に、アーネストは魔術師ギルドに出入りしていた
緊急で魔力の高い者を集めて、戦闘の補助魔法を指導していたのだ
最初の予定ではアーネストは、討伐に参加しない筈だった
しかし魔術師が思ったよりも少ないので、急遽参加する事になった
その為にアーネストは、同行して後方から支援する事となった
ギルバートが出発してから3日ほどは、アーネストはギルド内で指導していた
それから兵舎に魔術師を連れて、連携の訓練も指導した
しかし訓練を始めてみてから、思ったよりも深刻な事態だと思い知らされた
魔力はそれなりにあっても、使いこなせない者が多かったのだ
結局同行できる魔術師は、11名しか居なかった
この事が響いて、アーネストも同行する事になった。
「スネアー」
「アースバインド」
「もっと素早く完成させるんだ
それでは魔物に逃げられるぞ」
「はい」
戦う相手がゴブリンやオークなら良かった。
しかし相手はサテュロスだから相当に素早い筈だ。
魔物が載った書物を調べても、サテュロスの情報は少なかった。
その為詳細が分からなくて、素早いという情報ぐらいしか無かった。
「魔物がどんな奴か分かれば良かったんですが…」
「まあ、そこはアーネスト殿の責任ではございませんので
素早く走り回ると分かっただけでも助かります」
他にも人間や亜人を襲って、女性を攫って行くという特徴も載っていた。
どうやら他種族でも繁殖に使えるらしく、その点も厄介な魔物と紹介されていた。
しかし一番厄介なのは、群れになると危険度が上がり、ランクもFランク扱いになる事だ。
Fランクとなると、ワイルド・ベアやオーガといった危険な魔物になる。
それは一般人が立ち向かえない、危険な魔物のランクに当たる。
そして今の王都の兵士では、Fランクの魔物には勝てないのだ。
「アーネスト殿
こう言っては何ですが、我々だけで勝てませんでしょうか?」
「そうですね
ここ数日見ていましたが、確かにみなさんの技量は上がっています」
「それならば…」
「ですが、それでもGランクがやっとだと思います」
「Gランクですか?」
「ええ
Gランクは説明不要ですが、最低のランクです
でも、ゴブリン以外にオークやフォレスト・ウルフといった危険な魔物も含まれます
まあ…フォレスト・ウルフもサテュロス同様集団になればFランクなんですが」
「フォレスト・ウルフですか?」
「ええ
フォレスト・ウルフも素早い動きをする狼の魔物です
それにコボルトと同様に、群れで襲い掛かって来ますのでかなり危険な魔物になります」
「集団で襲い掛かって来ますか」
「そうです
少数なら囲んで何とかなりますが、集団では脅威です
ですから足止め出来る、魔法が必要になります」
兵士達は不安そうに魔術師達を見ていた。
確かに拘束する魔法は有効な足止めになるだろう。
実際に訓練では、兵士に魔法を掛けて動きを止めれていた。
しかし素早く動き回る魔物に、魔法を当てる事ができるのだろうか?
「どうでしょう?
上手く魔法は当てられますでしょうか?」
「正直なところ、難しいでしょう」
「そうですか」
「ですが予定の出発日時まで、まだ1週間はあります
それまでに少しでも、発動までの時間と命中率を上げましょう
そうすればマシになると思います」
それは実際には、かなり甘い見通しであった。
しかしそうでも言わなければ、兵士達の士気まで下がってしまう。
アーネストは兵士の士気を下げない様に、その後も指導を続けた。
しかし結局、行軍に連れて行けそうな魔術師は11名しか揃わなかった。
その為に、アーネストも同行する事となった。
ギルバートが出発してから10日目。
ギルバートが魔物と対峙している頃に、アーネストは謁見の間に来ていた。
「国王様
出兵の準備は出来ました」
「うむ」
ダガー将軍の宣言を受けて、国王は重苦しく頷いた。
「北から魔物が迫っておる
それも国民に害を成す、危険な魔物の群れだ」
「はい
私共が討伐して参ります」
「うむ
頼んだぞ」
「はい」
将軍は跪くと、騎士の礼をして宣言した。
国王は剣を抜くと、将軍の肩にその腹を当てて祝福を与える。
儀式は終了して、いよいよ討伐に向けて出発する。
そこで国王はアーネストに振り向くと、小さく頭を下げた。
「すまない
危険な任務になるが、兵士達を守ってやってくれ」
「陛下
臣下に頭など下げないでください」
「いや
ワシは約束を破って、お前を危険な任地へ向かわせようとしておる
本当に申し訳ない」
アーネストは国王の謝罪を受けて、臣下の礼を執った。
「国王陛下
私アーネストは、将軍と共に魔物に立ち向かい、無事に討伐して参ります」
「うむ
頼んだぞ」
「はい」
アーネストは立ち上がると、将軍の後を追った。
その後ろ姿を見ながら、国王は小さく呟いた。
「これが成功したら、あの子にも相応の地位を与えたいな」
「陛下
それはまだお早いです」
「しかしワシは、あの子を裏切ってしまった」
「それでもです
陛下が軽はずみに褒賞を与えては、臣下の者が疑惑を持ちますぞ」
「ううむ」
「はあ…
それならば、男爵から子爵に上げるのはどうですか?」
「しかし…
まだまだ返せておらんぞ?」
「それでもです
殿下の事もございます
今は波風を立てるべきではございません」
「そうか…」
国王ハルバートは、何かを思い詰めた様に頷いていた。
その横では、宰相のサルザートが心配そうに見ていた。
そんな二人の様子を、貴族や文官達は危険な任務が心配なのだろうと見ていた。
アーネストは将軍に追い付くと、さっそく出発の予定を確認した。
「将軍
出発はいつになりますか?」
「そうだな
事前に聞いていたと思うが、明日の午後からの出発になるだろう
それまでに準備を済ませておいてくれ」
「分かりました
魔術師達にも伝えておきます」
「頼んだぞ」
「はい」
アーネストは魔術師ギルドに向かうと、出発の日時を伝えた。
ギルドマスターは了承して、討伐に向かう11名の魔術師を呼び出した。
「将軍からも話があって、明日の午後に出発となった
それまでに旅の準備をして、北の城門に向かって欲しい」
「食料や野営の準備は兵士の側でするんですよね?」
「ああ
こちらで用意する物は、魔術の触媒やポーションだな
これはギルドから支給する」
「それでは、我々は何を準備をすれば良いんですか?」
「そうだな
代えの服や包帯、日用品等かな?
酒は控える様に
今回は魔物の討伐になる
言っている意味は分かるな」
「はい」
「明日の午前中にここに来る様に
支給する触媒やポーションを渡すからな」
「はい」
魔術師達は返事をすると、各々で自宅に戻って準備を始めた。
中には家族に別れを告げて、無事に帰れなかった場合の遺言などを渡す者も居た。
そして翌日になると、魔術師達はぞくぞくとギルドに集まった。
それぞれに得意な魔法の触媒を受け取り、ポーションと共にポーチに仕舞っていった。
アーネストも来ていたが、彼はマジックバックを持っていた。
それは魔導王国時代の遺物で、非常に高価な品物だった。
特殊な魔法を施したバックで、中は見た目よりも大きな空間を持っていた。
「アーネスト殿は良いですな
そのバックがあれば、多くの物が持ち運べますよね」
「ああ
蔵書や杖も入れられるよ」
「おお
それは素晴らしい」
「しかしな
これを持つには多量の魔力が必要になる
少しずつだが、魔力がバッグの為に使われるからな」
「え?」
「だから、魔力が無いと長時間中に物を入れておけないんだ
魔力が切れたら、中身が飛び出してしまうんだ」
「それは…」
魔力切れになって、バックから物が溢れてしまった姿を想像して、数人が吹き出していた。
「ぷっ」
「くすくす…」
「笑っているが、大変なんだぞ
外している時も、中に物を入れておくのなら魔力を込める必要があるんだ
長時間放置するつもりなら、中身を出しておかないといけないしな」
「はあ…
大変なんですね」
「ああ
いずれこの魔術が解明されたなら、魔石でも使って長時間放置出来る物を作りたいよ」
「そうですか…」
アーネストは簡単そうに言っているが、実際にはほとん解明されていない。
もし調べるとすれば、魔導王国の遺した魔術書を調べるしかない。
しかし魔導書自体が珍しい物で、滅多に見つかる事が無かった。
それに帝国が、魔導王国関連の書物や魔道具を多量に処分していた。
その為に、魔導王国の書物は遺跡や洞窟などからしか見付からなかった。
「調べるとすれば、ダンジョンにでも行くしか無いですね」
「ダンジョンか…
帝国領にでも行けば、遺跡のダンジョンがあるんだがな」
「我が国ではありませんからね」
「そうだな
我が国ではダンジョンが見付かったという話は無いからな」
アーネストは無いとは言わなかった。
ダンジョンとは魔物が住み着いた遺跡や洞窟の事だ。
魔物自体が最近まで見られなかったが、まだ人間が立ち入っていない場所なら、ダンジョンがある可能性はあるのだ。
「話が逸れたな
みんなは支給品は受け取ったか?」
「はい」
「今回はアーネスト殿も手伝っていただいたので、上質なポーションがあります」
「後は我々が、成果を上げるだけです」
選ばれた11名は、さすがに魔力が高い者が選ばれただけあった。
普段から魔術の研鑽をしていて、慣れた魔法なら素早く唱えれた。
「まあ、意気込むのは良いけど、呪文はしっかりと覚えてくれよ」
「大丈夫ですよ」
「お前は慌てると、呪文を間違えるがな」
「な、こいつ!」
揶揄われた魔術師が、揶揄った魔術師と取っ組み合いを始める。
実際に憶えたばかりの者が多いので、慌てたら間違えたりする可能性はあった。
実戦で上手く立ち回るのは、冷静に必要な呪文を唱えれる胆力だ。
魔術師は素早く呪文を唱えれる記憶力と、複数の魔法を放てれる魔力が重要なのだ。
体力や腕力は無いので、先ほどの二人もすぐにへばっていた。
「さあ
遊んでないで城門へ向かいますよ」
「はい」
魔術師達は大通りを通って、北の城門へ向かった。
国王から触れが出ていたので、街中では住民達が、城門に向かう兵士に声援を送っていた。
そこへ魔術師達も来たので、魔術師達にも声援が送られた。
「頑張れよ」
「必ず魔物を倒してくれよ」
「怪我をしないようにな」
住民達からは、温かい声援が送られていた。
兵士も魔術師も、声援に応えて手を振っていた。
「期待されていますね」
「ああ
だから失敗は許されないぞ」
「その前に、失敗したら死んでしまいますよ」
体力が無いから、当然頑丈な皮鎧などは着こんでいない。
だから襲われたら、魔物でなくても簡単に殺されてしまうだろう。
だから魔術師は、後方で兵士に守られながら戦う必要があった。
「魔物が発見された場所に向かう前に
そこまでも兵士達に護衛していただけます」
「はい」
「しかし兵士に護衛していただけるからといって、自分から危険に向かっては助かりませんから
好奇心に負けて、護衛の隊列から出ない様に」
「はい」
「それと、野営地でも護衛は居ますが、当然野営地での話です
単独行動や、こっそり野営地から出ない様に」
「はい」
「そうですね
触媒やポーションは、その為に余分に持って来ています
素材集めに飛び出さない様にしませんとね」
一部のベテラン魔術師は理解していたが、若い魔術師は分かっていなかった。
そこでアーネストが、例を出して注意したのだ。
さすがに選ばれた者なので、そんな迂闊な事はしないと思いたかった。
しかし魔術師というものは、好奇心がとても強かった。
よくよく注意しておかなければ、気になる野草や茸等を見て飛び出す可能性は十分にあった。
「気を付けてくださいね
一人でもそんな事をすれば、当然全体が危険になります
そして私達魔術師の評価も大きく下がるでしょう」
「はい」
話しているうちに、一行は城門に到着した。
既に兵士の半数以上が集まっていて、積み荷の確認や武具の手入れをしていた。
集まっていたのは、騎兵が5部隊の120名、歩兵が60名であった。
魔物に主に立ち向かうのは、馬に乗った騎兵になる。
魔物は動きが素早いので、騎兵でないと難しいと判断されたのだ。
歩兵はその他の雑務と、倒した魔物の回収が任される。
その為に余分な馬車も用意されて、魔物の遺骸を回収する事となっていた。
国王の勅命は、前日に既に出されていた。
その為に、今回の出陣には国王は列席していなかった。
正確には、その他の政務に忙しくて、出陣式を行う暇が無かったのだ。
これから本格的な冬が来るので、今の内に準備をしておかなければならなかったのだ。
時刻は正午を前にして、全ての部隊の準備が出来ていた。
魔術師達は歩兵の馬車に同行して、騎兵に守られながら進む。
その為に歩兵の部隊と並んで、将軍の前に整列していた。
「これより我々は、北の森に現れた魔物の討伐に向かう」
「おおおお」
「国王様はご多忙故に、今回の出陣の挨拶には来られない
しかし我等は団結して、迫り来る魔物の脅威を退けなければならぬ」
「おおおお」
「この恐怖に打ち克ち、魔物と戦う勇気はあるか?」
「おおおお」
「よし!
これより北の森に向かって、進軍する
開門!」
「開門!」
「行くぞ!」
「おおおお!」
戦闘の騎兵から順に、馬に乗って城門を潜って行く。
馬車も同行するので、馬は駆け足程度で進んで行く。
このままのペースで進めば、2日目には問題の、魔物が現れた森に着く予定であった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
10時には間に合いませんでしたが、17時にはもう1本更新します。




