第222話
ギルバートはその夜の内に、出発の準備を済ませておいた
マーリンと打ち合わせをして、馬車には必要な物資を積み込んだ
行きと違って帰りは兵士も多いので、食糧も多めに積む必要があった
町は魔物に攻められていた事もあり、食糧には余裕は無かった
しかし魔物を討伐した事もあって、適正価格で譲ってもらう事が許された
翌日の朝早く、ギルバートは城門に向かっていた
そこには既に兵士が集まり、騎兵と馬車に別れていた
城門には見送りに来た者も居て、ギルドマスターや犠牲者の遺族などが集まっていた
彼等はギルバートの姿を見ると、わっと歓声を上げた
「殿下、ありがとうございました」
「これでうちの者も浮かばれます」
「仇を取ってくださりありがとうございます」
「これで公道も安心して通れます」
「道中お気を付けください」
「平和を取り戻していただき、ありがとうございました」
ギルバートは住民の感謝の声を聞き、歓声に手を振って応えた。
「これはまた…」
「殿下が魔物を討伐してくださったからですぞ」
「いや
討伐したのは兵士だが?」
「それでも、討伐を指示されたのは殿下です
ワシ等はそれに従っただけですぞ」
「うーん…」
ギルバートはにこやかに微笑んではいたが、その心中は複雑だった。
確かに魔物は討伐したが、住民は結局助からなかった
それに、ノルドの風のメンバーは、依然として見付かっていなかった。
公道の安全に関しても、今は魔物は居ないが、いつ再び現れるか分からない。
結局は兵士や冒険者を鍛えなければ、問題は解決したとは言えなかった。
「魔物が…
出なければ良いのだが」
「既に山脈には雪が積もり始めています
さすがに森から出る事は無いでしょう」
「いや
その無さそうな事が、実際にあったばかりなのだが?」
「それは…」
「そもそもワイルド・ボアが出た事からしておかしいんだ
あれは猪の魔獣だ
冬場には姿を見せる事は無かった」
「それでは、殿下はどうしてだとお考えなのですか?」
「山脈から…
いや、それともダーナからか?
兎も角、魔物が移動して来ているんだ」
「それはもっと大規模な移動があると、お考えですか?」
「ああ」
ギルバートは周りに聞こえない様に、マーリンとひそひそと会話をしていた。
ここでまた、魔物が来るだろうと言えば大きな混乱を招く。
領主には忠告しておいたので、後はこちらの領民次第なのだ。
しかしそうは思っていても、魔物の行動には腑に落ちない点があって、納得出来ていなかった。
「私がこちらに向かう直前に、北からも魔物が来ていました」
「北ですか?」
「ええ
王都の北に当たる、小さな町と集落しか無い辺りです」
「何でまた、そんな所に?」
「どうやら山脈を避けて、北回りに向かった隊商が居たみたいです
その幾つかが、北の山脈の麓の森で、魔物に襲われたそうです」
「交易の隊商ですか?」
「ええ」
「山脈を通る公道は、内乱で通れませんでした
そして南回りでは、大きく迂回する事となります」
「しかし北回りでも、町がほとんど無くて大変ですよ?」
「だから大きな隊商しか挑まなかったのでしょう
そうして抜け切れた隊商が、魔物に襲われたと報告して来たんです」
「そうですか…」
実際に南回りは、他国の国境を通る大回りなルートになる。
長旅になるので、最初からそのつもりが無ければ、無理して通ろうとは思わないだろう。
かと言って、北回りでも回り道になる。
特に山脈が無い場所まで北上するので、北の沿岸部まで向かう事となる。
そうすれば、距離は多く掛かるし、集落しか無い地域を通る事にもなる。
食糧や積み荷に余裕が無ければ、渡ろうとは思わないだろう。
「ダーナの異変
ノルドの町の滅亡
魔物の群れの移動
殿下はこれらが関連があるとお考えですか?」
「ああ
と言うか、ダーナに異変が起きたから、内乱や魔物の群れの移動が起こったと見ている」
「ダーナが原因だと?」
「ああ
エルドの証言が正しいのなら、ダーナの異変が原因だ」
「殿下は…
彼の証言を信じるので?」
「そうだな
熱で見た幻覚や譫言では無さそうだし
はっきりと魔物になっていると言っていたからな
あれは薬でおかしくなったわけじゃ無いんだろう?」
「それはそうですぞ
ワシが調合した特別な気付け薬ですからのう
しかし負担が大きいので、暫くは目が醒めんでしょう」
二人が話し込んでいると、心配になったのか、ギルドマスターも話し掛けて来た。
「そうなると、引き続き魔物の対策をしておいた方が良いのかのう?」
「え?
そうですね
領主様にはお話ししてあります」
「そうですか…」
「ワシ等のギルドでも、魔鉱石を量産するつもりじゃ
少しでも魔物に有効な武器が欲しいからのう」
「そうは言っても、戦える者が居なくてはな」
「冒険者はどうなのじゃ?」
「今のところは、弓で遠くから撃つぐらいしか出来んじゃろう
実戦経験が乏しいからのう」
「もっと経験を積むしか無かろう」
「しかし、そうそう倒せる様な魔物とは限らんじゃろうな」
「いえ
そもそも、この時期に魔物が出るのが珍しいんです」
「そうは仰られても、出たものはしょうがないからのう
これから春まで、大人しくしてくれれば良いのだが…」
「そうですね
雪が積もれば、寒くて大人しくなるとは思うんですがね…」
ダーナでも雪が降れば、魔物は寒さで見掛けなくなっていた。
冬眠をするのか?
それとも森や洞窟に居を構えて閉じ籠るのか?
春になって雪が溶けて、暖かくなるまでは見掛けなくなっていたのだ。
「春先になると、ゴブリンやコボルトが増えて厄介なんだよな」
「春先ですか?」
「ええ
どうやら繁殖期があるんでしょうね
春先と秋に増える傾向がありました」
「そうなると
このまま出て来ないにしても、春先には…」
「そうですね
何某かの魔物が出て来る可能性は高いでしょう」
ギルバートの言葉に、ギルドマスター達は重苦しい雰囲気になっていた。
今はどうにかなるが、春になると厳しくなるだろう。
「兎に角、今は準備をしてください
春までにはまだ、時間はあります」
「そうですな」
「魔物に対する武器もですが、掘りの完成や畑に柵を作るとか…
やる事は一杯あると思います」
「畑に柵か…」
「堀は必要なんですか?」
「堀はあった方が良いでしょう
ただし、もっと深く掘って、水を流し込んだ方が良いでしょうね」
「水ですか?」
「近くに水源が無いからな…」
ボルの近くには川は無く、貯水湖と井戸を使っていた。
川から取るとなると、南の森の中から水路を引く事になる。
これから冬になるので、それは不可能な事であった。
「雪はどうですか?」
「雪ですか?」
「ええ
この辺りはよく降るんですか?」
「どうでしょう?
積もっても腰ぐらいですから」
「そうですか」
多量の雪があれば、それをどうにか出来ないかと思った。
しかし、さすがに町まで大きくなるなる場所だ、そこまでの雪は降らないらしかった。
「そうなると、上り難くするぐらいか」
「そうですな
水が引けない以上は、それぐらいでしょうな」
「まあ、暫くは魔物も出んでしょうから
ワシ等で何か対策を取ります」
「殿下は安心してご帰還してください」
「分かりました」
城門が開かれ、警備兵が周辺の安全を確認する。
それから騎兵達が進み出て、進路を確保する。
「それではみなさん
お気を付けて」
「はい
殿下も道中はお気を付けてください」
「はい」
ギルバートは応えると、真っ直ぐ公道に目を向けた。
「それでは、出発」
「おお」
馬車が出て、それから護衛の騎兵が出て来る。
ギルバートは、護衛の騎兵に囲まれながらゆっくりと進んだ。
最期に殿の騎兵が従う。
こうしてギルバートは、王都へ向けて旅立った。
行きは身軽だったが、帰りはマーリンも同行しているので、進軍は少し遅くなっていた。
しかし魔物も居なかったので、順調にノフカへと到着していた。
そのまま翌日に出発して、途中に一晩野営して、トスノへと到着した。
ここまでは魔物も出なかったので、順調に旅は進んでいた。
しかし旅を4日目にして、トスノとリュバンニの間で魔物が現れた。
公道に1台の馬車が横倒しになっており、辺りには積み荷と死体が散乱していた。
「これは…」
「襲撃の後ですか?」
「どうやら隊商が襲われた様だな
見てみろ」
「はい?」
「馬車は1台だが、商人が1人と冒険者が2人亡くなっている
そうなると、他の者は何処へ行ったのかな?」
「なるほど
残りの馬車で逃げ出したんですね」
「そう言う事だ」
死体は他にも、コボルトの死骸が転がっていた。
「襲い掛かった魔物はコボルトだな」
「そうみたいですね」
「この先の詰所に向かえば、襲撃された馬車が無事か分かるだろう」
「そうですね」
「周囲には魔物の姿も見えない
このまま先を急ごう」
「はい」
一行はそのまま次の詰所に向かって、先を急いだ。
詰所に近付くと、兵士達が慌ただしく動いていた。
馬車は2台停まっていて、周囲には馬に乗った冒険者達が警戒していた。
「どうやら無事の様だな」
「あなた方は?」
「殿下
無事に戻られましたか」
警備兵はギルバートを知っていたので、無事を喜んでいた。
しかし冒険者の方は、ギルバートを知らないので驚いていた。
「殿下?」
「ええ
あちらのお方が次期王太子殿下であらせます」
「噂の王子様ですか…」
「あなた達が襲撃された隊商の生き残りですか?」
「はい
急に魔物が出て来て、必死にここまで逃げて来ました」
「それで?
魔物は何処へ?」
「途中でまけたみたいで、どこかへ行きました」
「そうですか」
「殿下は魔物を見ませんでしたか?」
「ええ
種劇現場を見て、すぐにこちらに向かいました
しかし魔物の姿は見られませんでしたね
どこへ行ったのやら」
「そうなると、まだ周辺に居る可能性がありますね」
「ええ」
「我々はこのまま、リュバンニまでに向かいます
リュバンニでこの事を報告しておきます」
「そうですね
出来れば増援をお願いしたいです」
「そうじゃな
ワシがバルトフェルドに伝えておこう」
「マーリン様?」
馬車から降りて来たマーリンを見て、警備兵達は慌てて敬礼をした。
ギルバートには気が付いていたが、まさかマーリンまで同行しているとは思っていなかったのだろう。
兵士の様子を見て、冒険者達も慌てて敬礼をした。
「はははは
そんなに緊張せんでええ」
「マーリン様…」
「殿下と帰還しておる途中じゃ
魔物の事は報告しておく
お前達はここを見張っておいてくれ」
「はい」
「それで?
商人殿は我が街に向かうのでよろしいかな?」
「はい」
「それならば、ワシ等と一緒に行くかの?」
「良いんですか?」
「ああ
このままでは見張りの手が足りんじゃろうて
殿下もそれでよろしいですか?」
「ああ
その方が安心だろう」
「ありがとうございます」
隊商は一緒に行動する事になり、隊列の中央に合流した。
そのまま詰所を後にして、一行はリュバンニに向けて出発した。
一行はそのまま進んで、夕刻を過ぎた頃に遠くに灯りが見えてきた。
既に周囲は日が暮れていて、辺りは薄暗くなっていた。
しかし何とかリュバンニに到着出来そうなので、そのまま進軍したのだ。
「もう少しで街に着くぞ」
「はい」
「周囲が暗くなっている
警戒して進め」
「はい」
一行は松明を用意して、それを灯りにして進んだ。
早や駆けは出来ないので、馬車に合わせて並足で進んで行く。
周囲が真っ暗になった頃に、ようやっと街の城門が見えてきた。
「後少しだ、頑張れ」
「はい」
「殿下
先に城門へ向かいます」
「頼んだぞ」
「はい」
先触れに兵士が、王家の旗を持って駆け出した。
そろそろ街の灯りで、公道が何とか見える様になっていた。
しかし油断したら、石で躓く恐れもある。
それでも勇気を振り絞って、先触れの兵士は駆けて行った。
「開門!
開門!
王子のご帰還だぞ」
「ギルバート殿下の護衛か?」
「ああ
殿下とマーリン様もいらっしゃる
門を開けてくれ」
「分かった」
既に門限は過ぎていたが、門番が城門を開いた。
周囲を警戒しながら、先触れの兵士を中に通した。
「殿下は無事か?」
「ああ
マーリン様も元気だぞ」
「そうか」
門番に身分証を渡して、これから通る兵士のリストを提出する。
その際に、同行している隊商の事も説明しておく。
「途中で魔物の襲撃を受けた隊商が居た
一緒に来ているので通してやってくれ」
「おい
門限は過ぎているんだぞ」
「殿下も一緒なんだ
今回は特例にしてくれ」
「しょうがないな…」
門番は詰所に入ると、入場の書類を手に戻って来た。
「隊商は手続きが必要だぞ?」
「ああ
その辺は承知している
ほら、殿下が到着したぞ」
城門を潜りながら、騎兵達は下馬して集合する。
その後に歩兵の馬車が続き、その後ろに隊商が続いていた。
「さあ
お前達は入場の審査が必要だ」
「すいません
こんな時間になってしまって」
「なあに
お前達も災難だったんだ
しょうがないだろう」
隊商は脇に避けて、入場の審査を始めた。
その間にマーリンの乗った馬車が通り、ギルバートも続いて入って来た。
「ふう
やっと到着だ」
「殿下
このまま砦までお越しください」
「え?」
「バルトフェルドに報告をしますので、殿下も来て下され」
「うーん」
ギルバートはさっさと宿に入ろうと思っていた。
これから砦に向かうと、下手をすれば明日も滞在する事になるだろう。
しかし報告する事がある以上、ここで断る事は出来なかった。
「マーリン殿
出来れば宿に泊まりたいんだが…」
「言いたい事は分かりますが、報告は重要ですぞ」
「はあ…」
ギルバートは溜息を吐きながら、マーリンの後に続いた。
時刻は夜になっていたので、大通りは人通りはほとんど無かった。
そのまま馬車と馬は、砦に向かって進んで行った。
まだまだ続きます。
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