表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖王伝  作者: 竜人
第八章 冬の訪れ
221/800

第221話

ギルバートは落ち込んでいた

作戦自体は成功して、近くに居た魔物は一掃する事は出来た

しかし住民は亡くなっており、ノルドの風のメンバーも見付からなかった

このまま見付からなければ、彼女等はオークの繁殖に使われると言う。

何とか探してあげたかったが、手掛かりは無かった

考えてみれば、アーネストのメイドも行方不明のままだった

彼女達も魔物に攫われている可能性があるのだ

しかし時期が違っているので、彼女達に関しては絶望的だった

他にも行方不明の者は居そうだが、悪徳商人のダブラスに殺された者もいるだろう

それを考えれば、魔物がいつから居て、被害がどれぐらいなのかは不明であった


「これは困った事になったな」

「ええ

 冒険者達も一緒だと思っていましたが、あそこにはそれらしき痕跡はありませんでした

 どこかで生きている可能性もありますが、絶望的ですね」

「ああ

 エルドになんて伝えれば良いのか…」


ギルバートは町に戻ると、さっそく兵士達を集めた。


「周辺の片付けは終わったか?」

「はい」

「魔物の遺骸も回収したんだな?」

「はい

 職工ギルドに預けましたので、今頃は解体しているでしょう」

「そうか」


「他に報告は無いか?」

「そうですね

 魔物の集落は片付けましたし、住居も焼いて来ました

 これなら他の魔物が住み着く事も無いでしょう」

「そうか

 そうなると…」

「いよいよ王都へ帰還ですか?」


「うーむ

 戻りたいところだが、このままここを放置して良いのか?」

「それはそうでしょうが、後は領主の仕事です」

「そうですよ

 いつまでも殿下が残っていれば、逆に領主の仕事の邪魔になりますよ」

「邪魔になるか?」

「ええ

 殿下はご自身の影響力を考えてください

 殿下が活躍すれば活躍するほど、領主の評価が下がってしまいます」


「私は別に、そんなつもりは無いのだが?」

「殿下にその気が無くても、住民は殿下を支持して、領主を能力が無いと評価するでしょう

 これ以上ここにいれば、いずれ暴動に発展してしまいますよ」

「そうか…」


護衛の兵士達に忠告されて、ギルバートは改めて考え込んでいた。

そのままマーリンの兵士にも目を向けるが、彼等も考えは同じだった。

コクコクと頷いて、自分達と同じ考えだと示していた。


「分かった

 王都に帰還する事にしよう」

「ええ

 その方がよろしいでしょう」

「私達も途中まで同行致します」


マーリンの兵士達も、リュバンニまでは同行すると提案してくれた。

後は町の様子を確認して、領主に挨拶をするぐらいだろう。


「そういえば、男爵はどちらにいらっしゃる?」

「男爵は邸宅に詰めていらして、今も戦勝報告を確認している筈です」

「戦場では役に立てそうにないので、裏方で働くと仰っていましたから

 今も町の為に書類を纏めている筈です」

「そうか

 私は領主に挨拶をしてくる」

「はい」


ギルバートは領主の邸宅に向かった。

そこは町の中心部になり、先日の教会のすぐ側であった。


ギルバートが邸宅に到着すると、忙しそうに町の警備兵が動いていた。

彼等は魔物との戦闘には無理があるので、町の治安を守ってもらっていた。

彼等に戦闘経験があれば、魔物との戦闘にもだせたのだが、まだまだ修練不足であった。

そんな警備兵の間を通っていると、気が付いた警備兵が敬礼をした。


「殿下

 何かございましたか?」

「ああ

 領主に挨拶をしたいんだが」

「承知しました」


警備兵は執務室に向かうと、ノックして領主にお伺いを立てた。

それか振り返ると、頷いてから道を開けた。


「どうぞ」

「すまないな」


ギルバートは執務室に入ると、貴族の礼をした。


「殿下

 すいません、出迎えも出来なくて」

「いえ

 町はこの混乱している状況です

 先ずは立て直しが先決でしょう」

「そう言っていただけると助かります

 どうぞお掛けください」


男爵はギルバートに席を勧めると、自分もその向かい側に腰をおろした。

夫人も執務室に居たが、彼女は書類を整理する事が忙しかった。


「申し訳ございませんが、妻も書類を整理させています

 ご挨拶は私だけでよろしいでしょうか?」

「ええ

 こんな時期で無ければ良かったんですが…」


ギルバートはそう言いながら、苦笑いを浮かべた。


「それで…

 魔物は全滅でしょうか?」

「ええ

 少なくとも、周辺にはもう居ません」

「そうですか

 良かった…」


男爵は心から安堵した様子だった。

彼からすれば、領民をどう守ろうか真剣に悩んでいた。


「殿下がいらっしゃらなければ、この町は滅んでいました

 どう感謝すればよろしいのか…」

「よしてください

 私は国民を守りたかっただけです

 それに大した事はしておりません」

「いえ

 戦の報告は受けています

 ご立派な指揮だったと思いますよ」

「は、ははは…」


ギルバートは簡単な作戦しか立てていなかったので、上手く行って良かったと思っていた。

しかしこの町の住民からすれば、的確な指揮を執って、見事に魔物を殲滅した様に見えていた。

これがダーナであれば、この様な戦闘は何度も行っていた。

しかし魔物が珍しいこの町では、この様な戦闘は初めてだったのだ。


「それで、魔物の巣に向かったと聞きましたが?」

「ええ

 生存者が居ないか確かめる為に、森に分け入りました」

「どうでしたか?」

「それが…」


男爵としては、ギルバートのその反応で十分だった。


「申し訳ございません

 殿下に辛い役回りまで…」

「いえ

 私も気になる事がありましたので」

「ノルドの風ですか…」

「ええ」


「それで…

 見つかりましたか?」

「いえ

 彼等の姿は見付からなかったと」

「そうですか…」


男爵は溜息を吐いていた。

見付からなかったという事は、まだ生きている可能性はある。

しかし魔物に連れ去られた以上は、依然として危険なままだ。

いっそ見付かって、亡くなっていた方が良かったとさえ言える。


「エルドにとっては辛い報告になりますね」

「ええ」


「よろしければ、その報告は私からでよろしいですか?」

「え?」


ギルバートはその申し出に驚いていた。

この後救護院に向かう予定ではあったが、どう報告すれば良いか悩んでいた。


「エルドにとっては辛い報告になります

 それならば、もう少し容体が安定してから伝えようと思うんです」

「よろしのですか?」

「ええ

 今あいつに伝えたら、そのまま気力を失ってしまいそうで…

 それなら伝えない方が良いでしょう」

「分かりました

 申し訳ございませんがお願いします」

「ええ

 任せてください」


二人が話していると、夫人が何か言いたそうに見ていた。

しかし諦めたのか、溜息を吐いて書類を片付け始めた。


「あんた

 同情するのは良いけど、キッチリ伝えるんだよ」

「ああ、分かっている

 彼には辛いだろうが、いずれは報せないといけないからな」

「分かっているなら、私は何も言わないさ

 殿下

 私からもお願いします

 こいつが報告するのを、私が責任もって見ていますので」


「おい

 ワシをこいつ呼ばわりは…」

「いいえ

 こいつで十分でしょう

 安請け合いして、困るのはあんただよ」

「むぐっ…」


「ええっと…」

「ほら、殿下が困っているだろ」

「大丈夫さ

 殿下もジェニファーを見ているんだ

 領主の妻がどんなもんか、見慣れているさ」


「え?

 母を知っているんですか?」

「ああ

 妻はジェニファーの学友だったからな

 しかしジェニファーと比べると…」

「あんだって?」

「ひっ!

 いや、その…」


「ぷっ

 くくくく…」

「殿下?」


「確かに、母上もよく父上を叱っていました」

「だろうさね

 アルベルト様は意外と優柔不断だからねえ」

「おい

 止さないか」


「良いんですよ

 確かに父上は、よく優柔不断だと叱られていました」


ギルバートは二人の遣り取りを見て、亡くなった父の事を思い出した。

確かに父は、政策を迷って母に小言を言われていた。

そして今の二人の様に、母に窘められていた。


「父の事を…

 思い出せました」

「そうか

 アルベルト様はもう…」

「残念な事をしたよね

 あの人はうちのと比べると、良い領主だったからね」

「おい…」


「しかし、今のダーナはどうしたんだい?

 ノルドを攻め落としたと聞いたし

 交易を止めて周辺の町に迷惑を掛けている」

「そうみたいですね」


「それに…」

「男爵

 それは迂闊に言わない方が…」

「う、ううむ

 しかし」


「分かりますが、詳細が判明しておりません」

「そうだな」


「私はこれから王都に戻り、国王様に報告致します」

「これから?」

「殿下

 今日は泊まって行きなさい」

「しかし急がなければ!」


「なあに

 これから冬なんだ

 当面は山脈は越えられない」

「そうですよ」

「しかし…」


「急ぐ気持ちは分かりますが、明日の出発にしてください」

「分かりました」


ギルバートとしては、このまま出発して詰所を目指そうとしていた。

しかし魔物が周辺に居ないとはいえ、夜間の移動は危険を伴う。

結局領主に説得されて、出発は明日の朝にする事となった。


「それと

 今回の魔物の素材なんですが、町で買い上げてよろしいでしょうか?」

「町で?

 いえ、その素材はこの町の物ですよ」

「いや、倒されたのは殿下とマーリンの兵士ですぞ

 素材の権利はお二方にあります」


「マーリン殿は何と言っていますか?」

「マーリンは殿下に任せると…」

「でしたら、私としては町の財産として納めていただきたい」

「しかし…」


「今回の襲撃で、町の財政にも負担が掛かっています

 マーリン殿もその辺を考えているのでしょう」

「ですが、それでは…」


「そうですね

 それならこういうのはどうですか?」

「え?」


「先にも話に上がっていましたが、いずれはダーナに攻め込む事になるでしょう

 その時に、この町に軍が立ち寄ります

 その時に支援をしていただきたい」

「それなら…」

「あんた!

 安請け合いは駄目だよ」


「殿下

 申し訳ないんだけど、ここは田舎の小さな町だ

 私らが出来る事なんて、そう大した事は出来ないよ」

「ええ

 それで良いんです」

「分かったよ

 それなら受けましょう

 あんたも良いよね?」

「ああ」


書類にはしなかったが、男爵が了承したので、魔物の素材は提供される事となった。

そしてギルバートは、素材の使い道に関しての提案をした。


「既に職工ギルドには伝えていますが

 ダーナでは魔物の素材を加工して、魔鉱石と言う素材を作っていました」

「あの鏃に使った素材ですな」

「ええ」


「魔鉱石は魔力が強い魔物ほど、その効果は高くなります」

「そう仰いますと?」

「昨日の魔獣の骨もそうですが、オークの骨の方が強固な魔鉱石に仕上がります」

「なるほど…」


「それと魔獣の皮は鎧に使えますし、牙は研いで武器に使えます」

「それはギルドには?」

「ええ

 伝えております」


「そうなると、今後魔物を倒せたなら…」

「そうですね

 ゴブリンやコボルトでは素材になりませんが、強い魔物なら素材に使えます

 その武器で魔物を倒せたら、また武器に加工出来るでしょう」

「そうなると、魔物と戦う力になりますね」

「ええ

 ですから素材は、なるべく回収した方がよろしいです」

「分かりました

 兵士達には伝えておきます」


「それと」

「何でしょう」


「魔物と戦うに当たっては、なるべく大人数で当たってください

 1対1はもちろん、1対2でも危険です

 なるべく魔物を囲んで、数人で戦う訓練をしてください」

「そうですな

 我が町の兵士では、まだ魔物と戦うのは危険でしょうな

 分かりました

 魔物が出た時はその様に心掛けます」


「冒険者を雇えれば良いんですがね」

「冒険者ですか?」

「ええ」


ギルバートは腕組みをして考える。


「王都の冒険者は、雑用ばかりしているので戦闘ではあまり役に立ちません」

「そうでしょうな」


「その点、この辺りの冒険者や狩人は、普段から狩をしています

 彼等を上手く使えれば、下位の魔物や魔獣なら勝てるでしょう」

「なるほど

 戦い慣れている分、兵士よりは使えるかも知れませんね」


「過信は禁物ですが、強力な弓を持たせるのも良いかも知れませんね」

「そうですな

 冒険者は気が付きませんでした

 後でギルドと相談してみます」

「ええ

 彼等が活躍してくれれば、兵士の手助けになると思います」


ギルバートは一通り話すと、領主の邸宅をお暇する事にした。

翌日に出発するので、その準備も必要だからだ。


「私は宿に泊まりますので、この辺りで…」

「良かったら泊まって行きませんか?」


「いえ

 男爵にはまだ、戦勝の処理があるでしょう?」

「しかし、殿下を…」

「あんた

 殿下のお気持ちを受け取りなさいな」

「ううむ…」


「今回の件では、殿下には多大なご恩があります」

「いえ

 私も思惑があっての事です」

「しかし、助けていただいたのは事実です」


「そういう事でしたら、今後の魔物との戦いで見せてください

 その方が私としても嬉しいです」

「そんな…

 それこそ私達からしましたら、当然の事で…」


「私はこの国の王子です

 国民を守る事も、私の仕事だと思います」

「殿下…」


「明日も忙しいでしょうから

 これで別れの挨拶とさせてください」

「分かりました

 重ね重ね、ありがとうございました」


男爵は臣下の礼を執り、深く頭を下げた。

ギルバートはそんな男爵に会釈をすると、そのまま退出して行った。


「あんた

 最初は大層無礼な事を言っていたね」

「う…」


「まあ、あんな子供が戦場に来れば、侮ってしまうんだろうね」

「そうだな

 しかし子供に見えても、やはり陛下のお子様なんだな

 しっかりとした考えを持っていらっしゃる」


二人はギルバートに感心して、そのまま暫く頭を下げていた。

当のギルバートは、面倒な事が嫌で、結構適当な事を言って誤魔化していた。

しかし的を得ていたので、二人には気付かれていなかった。

こうして男爵は、ギルバートを立派な王太子だと思っていた。

まだまだ続きます。

ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ