第220話
ギルバートは兵舎で兵士を集めて、魔物に対する部隊編成を決めていた
部隊はギルバートの護衛の騎兵が12名と、マーリンが連れて来た48名、合わせて60名であった
それに将軍が残していった兵士も居たのだが、彼等は傷が完治していないので休ませていた
マーリンが連れて来た兵士は歩兵が半数だったので、そちらは城壁の中に待機する事になった
残りの24名とギルバートの護衛の12名が城門の外に出る事になる
特に護衛の兵士は腕利きばかりなので、戦果を期待されていた
ギルバートが魔術師達を呼んで、城門からの支援の説明をしていた時、門番が走って来た
魔物が森から出て来た事を伝える為だ
ギルバートは直ちに指示を出して、兵士達を城門へ送り出した
そして魔術師達には、城壁に向かう様に指示を出した
「魔物が
魔物が森から出てきました」
「分かった
すぐに迎撃に向かうぞ」
「はい」
「騎兵は城門に向かってくれ
魔術師は城壁に向かい、城壁から魔物に魔法を掛ける用意をしてくれ」
「はい」
「急ぐぞ
魔物がどのぐらいの早さで来るか分からない
時間は無いぞ」
「はい」
歩兵達はどうしたものかと、ギルバートを見て指示を待った。
「君達は城壁の内側に控えていてくれ」
「はい」
「魔物が城壁を越えたなら、君達が最期の守りになる
くれぐれも無理はするなよ」
「はい」
ギルバートは一通りの指示を出すと、自身も馬を引いて城門に向かった。
約束通り前には出ないが、もしもの時の為に、準備をしておくのだ。
「殿下
騎兵は準備が出来ました」
「こちらも準備は出来ています」
ギルバートが城門に着くと、騎兵と魔術師達から準備が出来たと声が掛かった。
「よし
このまま魔物が来るまで待機だ
良いな、合図があるまで出ては駄目だぞ」
「はい」
「殿下
私達はどうすれば」
「君達は合図に従って、魔物に魔法を掛けてくれ」
「はい」
「良いか
なるべくバラバラに掛けるんだぞ
1体でも多くの魔物に魔法を掛けて、動きを封じるんだ」
「はい」
城壁に登った魔術師は、総勢でも8名しか居なかった。
そもそもが田舎の町なので、生活魔法しか使えない者が多いのだ。
8名でも使える者が居たのはマシだったと言えるだろう。
城門で待ち構えていると、西からゆっくりと魔物が迫って来る。
話しにあった通りに、豚では無くて猪の様な牙のある頭をした魔物が歩いて向かって来た。
「まだだぞ
まだ引き付けるんだ」
「しかし殿下
このままでは危険では?」
「思った以上に数が多い
なるべく2対1で戦うんだ
その為には魔術師の支援は必要だ
先に魔法を使ってから突っ込むぞ」
「分かりました」
騎兵達は、緊張しながら鎌を握っていた。
魔物の姿が見えるに連れて、その異様な姿が見えて来る。
中には怖くて逃げ出したくなる者も居たが、何とか城門の中で押さえられていた。
「ひっ!」
「恐れるな!
我々なら勝てる」
「しかし…」
「ここで逃げ出せば、後ろには住民達しか居ないんだぞ
踏み止まれ!」
「くっ…」
兵士は必死になって平静を保とうとしていた。
やがて魔物の姿がはっきりと見えてきた。
総数は18体居るのが見えた。
棍棒を手にして、2m近くの巨体がゆっくりと歩いて来る。
その異様な姿だけで、逃げ出したくなる者は多数居た。
「今だ!
魔法を放て!」
「はい」
「スネアー」
「アースバインド」
魔術師達は呪文を完成させると、次々と魔物に向けて放った。
前の方に居た11体が、身体を拘束されたり、足を取られて転倒していた。
ウガウ!
グガアアア
グルルル
「今だ
突撃!」
「おう」
騎兵達が一斉に駆け出した。
脇に構えた鎌を突き出して、穂先で突き刺しながら駆け抜ける。
そして向きを変えると、そのまま鎌を振り上げて切り掛かって行った。
「うおおおお」
「こなくそっ」
先ずは魔法を受けていない魔物を、後方から急襲する形で襲い掛かる。
並みのオークと違う様で、中には鎌を弾き返す個体も数体居た。
「手強いな」
ギルバートは唇を噛むと、不安そうに戦況を見ていた。
棍棒で殴り倒される者。
鎌で腕を切り飛ばす者。
攻防は一進一退であった。
しかし先に魔法で足止めをしたのが効いたのか、魔物は徐々に囲まれて倒されていった。
グガアアア…
「最後の1体を倒しました」
「よし
一旦引き下がってくれ」
「はい」
魔物を倒したのを確認して、騎兵達は引き返して来た。
36名のうち、死者は2名で、重傷者が6名であった。
やはり通常の個体に比べると、強力な個体であった様だ。
表皮が頑丈で刃が通りにくく、棍棒を振るう膂力も強かった様だ。
亡くなった2名は、棍棒の一撃で頭を砕かれていた。
他にも鎌や腕を叩かれて、腕ごと粉砕された者も居た。
それだけ魔物は強かったのだ。
「思ったより強かったな…
被害が大きかった」
「いいえ
むしろこれだけで済んで良かったと思います」
「出来れば犠牲は出したくは無かったのだが…」
「しかし訓練が出来ていない以上、多少の犠牲は止むを得んでしょう
殿下の指示が無ければ、もっと多くの死者が出ていました
今はこの勝利を喜びましょう」
「ううむ…」
マーリンは褒めていたが、ギルバートは納得していなかった。
ギルバートとしては、犠牲は出したくは無かったのだ。
「もう一度、斥候に出てくれるか?」
「殿下?
まだ魔物が居ると?」
「いや
魔物の確認もだが、奴等が何処から来たのかを知りたい
その為には、森に魔物が残っていないか確認が必要だ」
「なるほど
それならば、森の入り口まで見た方がよろしいですか?」
「頼む
危険だと思うが、念の為に確認しておきたいんだ」
「分かりました
少し時間をください」
狩人達は馬に乗ると、再び森に向かって進んだ。
「さて、騎兵達は休んでくれ」
「はい」
「代わりに歩兵達で、仲間の死体と魔物の遺骸を回収してくれ」
「はい」
ギルバートは指示を出すと、今度は魔術師達の方を見た。
「まだ、魔法を使えるかな?」
「ええ
少し休めば問題はありません」
「そうか」
「念の為に森を見てもらっている
もし、また魔物が来たら、魔法を使ってもらう必要があるかも知れない」
「はい
では城壁の下で待機しています」
魔術師達は城壁を下りると、その場で座り込んで休息を取り始めた。
「このまま魔物が出ない様なら…
私としては安心して帰れるんだが」
「ワシとしましては、殿下に帰っていただかなければ困ります
陛下が心配しておりますでしょう」
「そうだな
しかし安全は確認しないとな」
斥候は森に近付くと、ゆっくりと森の中を覗き見る。
そこには先ほどとは違って、小動物が動いていた。
斥候はそのまま森に分け入ると、暫く周囲を確認して回った。
「どうだ?
魔物や魔獣は居そうか?」
「いや
こっちには居ないな
そちらはどうだ?」
「こっちも居そうに無いな」
「それならば、殿下に報告に戻るか?」
「ああ
これだけ探しても居ないのなら、もう周辺には居ないだろう」
斥候は暫く周囲を捜索してから、再び馬の元へ戻った。
周囲の状況から、魔物はもう居ないと判断したのだ。
そこから馬に乗ると、急いでボルの町に戻った。
状況を考えて、兵士と探索するなら今がチャンスだと判断したからだ。
「殿下」
「お!
戻ったか?」
「はい」
斥候はまだ城門で待機しているギルバートに近付くと、さっそく報告を始めた。
「森の中を確認しましたが、周辺に魔物が潜んで居る様子はありませんでした」
「森の様子はどうだ?
動物や野鳥は居たか?」
「はい
既に小動物は出ていました
これなら魔物は居ないと思います」
狩人達はギルバートが、動物を確認した事に感心していた。
魔物が居れば、確かに動物は居なくなるだろう。
そこに気付いているのはさすがと感心した。
「どうしますか?
魔物は周囲には居ませんが?」
ギルバートはそれを聞いて、腕を組んで考え込んだ。
「うーん
行方不明の冒険者や住民を捜索するのなら、今が好機なのか?」
「え?」
「しかし誰を捜索に差し向わせるか…」
「それなら、私達がその役目を…」
「いや、これは危険な任務になる
あなた達には他に頼みたい事があるから、今は休んでいてください」
「しかし…」
「おい
すまないが手の空いている兵士は居ないか?」
「はい」
ギルバートは手の空いている兵士を集めると、そのまま森の入り口へと向かった。
そこから捜索して、少しでも手掛かりが欲しかったからだ。
「諸君らには申し訳ないが、勇敢な冒険者や、森に近付いた住民が行方不明になっている
見付ける事が出来れば良いのだが、せめて手掛かりが欲しい」
「しかし殿下
これだけの森となると、一日では見付からないのでは?」
「そうかも知れないな
しかし魔物は公道から森の間で襲って来ている
あまり森の深くには居を構えているとは思えないんだ」
「そうですか
それでは出来る限り探してみます」
「うむ
頼んだぞ」
「はい」
兵士達は森に入ると、二人一組で移動を開始した。
一人の時に何かあっては、仲間に報せる事が出来ないからだ。
そうして12組の兵士が進んで行き、森の中を捜索した。
最初の2時間は何も進展が無かった。
兵士達も一旦引き返して、捜索した場所を地図に記していった。
そうする事で、まだ捜索していない場所を明確にしたかったのだ。
「今のところは目ぼしい痕跡は見付かりません」
「こちらも探しましたが、魔物が野営した跡しか残っていませんでした」
「野営した場所があったのか?」
「はい」
ギルバートは野営の跡を記すと、そこから少し奥を丸で囲んだ。
「それではこの辺りを調べてくれ」
「その根拠は?」
「野営をしたならば、ここから町までの間に移動した跡がある筈だ
それが無い以上、ここが前日の野営の地点だろう」
「なるほど」
「そこから辿って行けば、奴等の集落か拠点がある筈だ」
「分かりました」
「良いか
何かあったらすぐに戻るんだ
無理はしないでくれよ」
「はい」
兵士はギルバートが当たりを付けた地点を中心に、森の奥へとさらに踏み込んだ。
それから2時間近く経った頃、興奮した様子の兵士が帰って来た。
どうやら何か見付けた様子だった。
「殿下
魔物の集落が見付かりました」
「何だと!
それで魔物は?」
「どうやら残っていたのは、戦闘が出来ない者と子供だった様です
集まった者達で、そのまま奇襲を掛けました」
「馬鹿者!
失敗したらどうするつもりだ!」
「それなら心配に及びません
魔物は6体居ましたが、世話をしていた1体以外は動けませんでした
奇襲を掛けたので、そのまま殲滅しています」
「まったく…
逆襲されたらどうするつもりだったんだ」
「その時はその時です
勝てる見込みがありましたので、一気に囲んで倒しました」
ギルバートは溜息を吐いていたが、兵士は興奮していた。
やれると思っていたとはいえ、思ったより簡単に勝てたのだ。
しかも負傷者は出さずに勝てたので、興奮して戻って来たのだ。
「それで?
集落には犠牲者は捕まっていたのか?」
「それは…」
兵士は連れ去られた者達の事を聞かれると、途端に意気消沈した顔をした。
「私達が突っ込んだのは、魔物が負傷していたからだけではありません
数名の者は、そのあまりの非道さに憤っていたのです」
「そうか…
では犠牲者は…」
「はい
その場に埋めています」
「分かった
作業が終わったら、そのまま町に戻ろう」
「はい」
それから1時間ほどして、他の兵士達も出て来た。
その手には遺留品が握られており、遺族の元へ返す事となる。
また、魔物の遺骸は距離があるので、そのまま刻んで埋められていた。
素材は惜しかったが、他の魔物と遭遇する可能性もある。
重たい荷物は危険なので、そのまま撤退してきたのだ。
「ご苦労だった」
「いえ
命令を無視して申し訳ございません」
「いや
君達も許せないと思ったのだろう
その気持ちは私も同じだ」
「はい」
「しかし今度からは、出来れば先に報告ぐらいは欲しいな
君達に任せるにしても、安心して任せたい」
「はい」
ギルバートは叱ろうかとも思ったが、部下の気持ちを尊重する事にした。
それが彼等の誇りにも繋がるし、叱ってばかりだとやる気も失せてしまう。
ただ、注意だけはしておいた。
再度行う様では、部隊の士気にも関わって来るからだ。
「それでは町に戻ろう」
「はい」
「それで犠牲者は、全員見付かったのか?」
「いえ
住人は見付かりましたが、冒険者らしい遺体はありませんでした」
「私も遺留品を探しましたが、衣服か貴金属ぐらいしかありませんでした
或いは他の魔物の群れが襲ったのかも知れません」
「そうか…」
どうやらノルドの風のメンバーは、ここの集落には居なかった様だ。
それならば、彼等は何処へ連れ去られたのだろうか?
オークはコボルトやゴブリンと同じ様に、人間を攫って繁殖をする事がある。
ノルドの風のメンバーは、女性が多かった。
繁殖目的で連れ去ったのなら、どこかの集落でまだ生きている可能性もある。
それを思っての捜索だったが、どうやらここでは無かった様だ。
「エルドに報告が出来ると思ったが、残念だ」
「そうですね
しかし何処に連れ去られたのやら」
「ここで無いとすれば、まだ他にもオークが居るのだろう
そう考えれば、まだ脅威は去ったとは言えないな」
ギルバートは複雑な心境で、町の城門を潜った。
堀や武具造りは引き続き行う必要がありそうだ。
そしてもう数日は、魔物を警戒する必要がありそうだった。
まだまだ続きます。
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