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聖王伝  作者: 竜人
第一章 クリサリス教国
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第22話

棚引く煙

漂う死臭

多くの魔物が倒され、一時の平穏が砦を包む

しかしそれは、次の戦いの幕間でしかなかった

第1砦での戦闘はダーナ遠征軍側の勝利で終わった

負傷者は数人程度ですみ、砦に住み着いていた魔物は一掃された

しかし、魔物の数が思ったよりも多く、また死骸の処理に時間が掛かってしまった。

それにより、危険ではあるがもう一夜ここでの野営をする事となった。


大隊長と将軍は戦後処理を相談していた。


「さすがにこれから移動は危険です」

「しかし、ここの施設は使えないだろう?」


砦の中は、あちこちに汚物や腐った食料が散らばっており、その上で魔物を討伐した際の多量の血の跡が残っていた。

こんな場所で寝る事は、まともな者ではまず無理だろう。

特に建物の中は屎尿や排泄物があちこちに散らばっていて、悪臭を放っている。

臭いもだが、衛生面でも無理だ。


「魔物は思ったよりも動物に近いのかな?

 そこらで排泄するなどたまった物じゃないぞ

 悪臭で鼻がひん曲がりそうだ」

「そうですね

 先の戦いでは儀式的な物も行っていたので、もう少し知能はあるものと思っていましたが

 これほど原始的とは…」


「まあ、文明から離れた原始的な生活をしている人間も居る

 ここから帝国を挟んで真反対の国に、獣人の集落があるという話だが、そこは原始的な生活をしているって話しだからな」

「そこはこんな感じの集落なんですか?」


「うーん

 そこまでは分からないが、木や石を積み上げた簡単な住居で、生活もかなり貧しいらしい」

「想像出来ませんな」


魔物の話が、遠い異国の獣人の話に脱線する。

将軍は気が付き、咳払いをして話を戻す。


「うおっほん

 話が脱線したぞ」

「師匠が脱線させたんでしょう」

「ここでは将軍と呼べ!」

「うへー」


「まあいい

 話を戻そう」


「ここの施設が使えないって事です」

「うむ」


「このまま中で過ごすのは良くないです

 危険ですが砦から出て野営をするのが無難でしょう」

「そうだな

 襲撃の危険はあるが、それが良いだろう」

「ええ」


二人は砦の中で働く兵士達を見る。

死骸の処理は粛々と行われていたが、千匹は超えるだろうと思われる魔物の死骸だ。

燃やした端から埋められたが、未だ半数ほどしか処理出来て居ない。

恐らく夜まで掛かるだろう。


「作業が終わったら、砦を背にして野営としましょうか?」

「そうだな

 そうすれば、少なとも一方から襲われる心配が無くなる分、楽にはなるだろう」


大隊長はすぐさま兵士を数人呼び、野営の準備と砦前の片付けを命じる。


「可能なら、希望者を募って獲物を狩りたいんですが?」

「この辺りでは何が狩れるか?」

「野兎や鹿が居れば…

 後は少し先に川がありますから、野鳥が居るかも知れません」


「野鳥、鹿…

 しかし人数が揃わないと、魔物と出くわすと危険だな」

「それはそうですが、干し肉以外も必要かと」

「そうだな

 野営の準備が出来たら、狩に出たい者を募って報告してくれ」

「はい」


若い兵士は喜んで走って行った。

人間に似た姿の魔物を倒す事で不満が溜まっていたのだろう。

気晴らしになるなら狩もいいかも知れない。

獲物が手に入るなら他の兵士も喜ぶだろう。

事後報告になるが、将軍にも話は伝える。


「うむ、狩か

 確かにいいかもな

 ただ、周囲の警戒は常に怠らない様にな」

「はい

 では部下達には許可をだしますね」


こうして急遽、狩に出掛けられる様になって、ギルバート達も野営の準備を終わらせてからなら参加して良いと言われた。

ディーンも狩に出れると大喜びで、そんな様子を見てアレックスは苦笑していた。


「ほら、そっちをしっかり持って

 それじゃあ狩には連れてってもらえないぞ?」

「だって」

「ディーン

 はしゃぐ気持ちは分かるが、野営の準備はしっかりしてくれ

 でないと夜に安心して眠れなくなるぞ」

「うーん」


ディーンは商家の出だから、狩に出た事が無かった。

もちろんアレックスも狩は未経験だ。

父親が生きていた頃には、連れられて手伝い程度の事はした事はあったが、獲物を追ってハントした事は無かった。


「ギルバートは狩はした事はあるの?」

「うーん

 父上に連れられて2回…いや3回かな?」

「いいなあ」

「いや

 そんな良い物じゃあないよ」


ギルバートは焚火に使う石組を組みながら、苦笑いを浮かべる。


「弓で射るって難しいんだよ

 野兎でもなかなか当たらないし、野鳥だとすぐに逃げられるよ」

「へえー」


「そうだな

 ボクも父さんに連れられて見たけど、難しそうだったな」

「アレックスも行った事があるの?」

「着いて行っただけだ

 見てるだけだったよ」

「ふうーん」


少年達は弓の練習はした事が無い。

ギルバートは家で訓練はしていたが、動かない的を狙うだけだ。

だから実際に狩に出たらなかなか当てる事は出来なかった。


野営の準備は昼過ぎ頃には終わった。

その後に大隊長へ報告をして、隊長が引率して狩へと向かう事となった。

大人の3人組も一緒に狩に出た。


「ハンティングなんて久しぶりだな」

「ああ

 クエストでは依頼は大体野犬や狼、たまに数組で熊討伐だったからな」

「オレはたまに出てたぜ」


リックは自前の愛用の弓を構えて見せる。

彼は弓の腕もそれなりにあるので、たまに狩猟のクエストを受けていた。


「依頼は大体野鳥を取って来てくれって物だな

 たまに猪も取ってきたが、これは薬草採取の序でだったからな」


「冒険者ってそういうクエストも受けるんですか?」

「ああ

 ここいらは危険な野生動物が少ないからな

 討伐以外なら薬草採取や開拓団の護衛、商店からの肉の納品依頼等がそれになる」

「へえ」


「肉は取って来た時にギルドで確認

 依頼を確認して、依頼内容に合わせて納品するって流れだな」

「納品依頼は、常時クエストボードに貼ってあるからな」

「薬草は事前にどれが要望か確認しないと、必要ない薬草を取って来ても無駄になるからな」


「間違えて採取してきて、クエストは失敗、薬草は雑貨屋に安く買い取られて散々な目に合う初心者冒険者なんているからな」

「え?」

「注文の薬草が取れてないなら依頼は失敗さ」


「まあ、薬草採取程度の依頼なら、1回、2回の失敗は見逃してもらえるが…

 繰り返すと信用を無くしてクエストを受けられなくなる」

「そうしたら、クエストが受注出来ない冒険者なんて引退するしかない」

「うう…」

「ディーンはしっかり仕事をしないとな」


思ったよりも厳しい冒険者家業の現実を聞いて、ディーンは夢を砕かれた気分になる。

そんなディーンの頭をくしゃくしゃと撫でながらリックがからかう。


「ボクは兵士になるんだから」

「ああ

 でも、兵士の方が厳しいぞ?」

「真面目に仕事をしてないと、魔物に食われちまうかもな?」

「やめてよ!」


リックとジョナサンがさらにからかう。

そうこうするうちに、森の中でも茂みが多い場所に着いた。


先頭を歩いていたランディが、片手を挙げてみなを止める。

口元に人差し指を当てて、静かにとジェスチャーをする。

それから小声で告げる。


「どうだ?

 繁みの中に居そうか?」


リックが先頭へ移動し、繁みに目を凝らしてみる。

その場からでも2ヶ所、野兎が動いているのか草叢が動く。

リックが右前方を狙い、ギルバートが進み出て左へ向けて弓を構える。

ギルバートの後ろではアレックスも弓を出す。


「ギルバート

 先にボクが狙ってみてもいいかい?」

「うん

 じゃあ、外したらボクが続くね」


小声で相談したが、物音に気付いたのか野兎が警戒しながら出て来た。

アレックスが弓を引き絞る。

その様は堂に入ってるが、まだ慣れていないのかしっかりと引かれていない。

案の定、放たれた矢は手前の草叢に落ちてしまう。

その矢が落ちる前に、リックとギルバートは素早く矢を放つ。


ピッ


リックの放った矢は草叢に突っ込み、鋭く短い悲鳴が上がる。

ギルバートの矢は残念ながら、逃げる兎の足元へ突き立った。


「あ」

「惜しい」


その直後に、隊長が放った矢が草叢へ突っ込む。


ピーッ


再び悲鳴が上がる。


「ギルバート君

 狙うなら逃げる事も考えて撃たないとね」

「はい」


先ずは野兎が2匹。

ディーンが恐る恐る触ってみるが、動かない。

見事に一撃で仕留めていた。

兎はジョナサンが縄で縛り、ディーンが持って歩いた。

ディーンはまだ弓を引いた事が無かったので、獲物を運ぶ役を買って出たのだ。


「さて

 先を急ごうか」


隊長の言葉に従って、一行は更に森の奥へと入る。


一行は更に森の茂みで野兎を1匹と3匹を射止め、そのまま川へと向かって行った。

川の近くで、もう一組の兵士達と出会う。

彼らは野鳥が岸辺に数羽集まっていたのを狙っていた。


向こうの兵士が手振りで何かを伝える。

それに対して隊長が手振りで返し、ジョナサン達とひそひそと話す。

ジョナサンがアレックスの肩を叩き、身振りで野鳥を狙う様に促す。

そしてギルバートにも合図を送り、隊長達も矢を番える。

どうやら一斉に撃って、少しでも射止めようという算段らしい。

一行は先の兵士達が狙っている方向とは別の群れへ狙いを定める。


向こうの兵士の一人が、合図を送る為に手を挙げる。

その手が振り下ろされるタイミングを見て、一斉に矢が放たれる。

ギルバートは先の経験を生かして、野鳥の少し上を狙って放つ。

狙いはしっかりとしていたので、矢は見事に野鳥の左肩に命中した。

しかし、急所を逸れていたのか野鳥は飛び立ってしまった。


「ああ…」


「うーん

 惜しいんだがな

 まだまだ練習が必要だな」

「狙いは良かったんですがねえ」


隊長達は見事に頭や胸を射抜いていた。

唯一アレックスの矢だけが弓なりに飛んだ為に、野鳥から逸れてしまった。


「くそっ!」


「アレックスはもっと弓を弾き絞る練習が必要だな」


笑いながらリックが野鳥へ近付いて行く。

まだ息のある野鳥が藻掻いているが、ナイフを引き抜いて手早く首を掻き切る。

そうして止めを刺した後、縄で縛って持って帰るとディーンに渡した。


「また機会があるだろうから、しっかり練習しとけよ」

「はい」


リックがディーンに話し掛けていると、向こうから獲物を捕らえた兵士達が近付いてくる。


「いやあ、見事な腕前ですな」

「いえいえ、まだまだですね」

「そうそう

 もっと訓練が必要だって話してたところですよ」

「いえ

 その年で当てれるとは筋が良いですよ?」

「ん?

 見た事があると思ったら、坊ちゃんじゃないですか」


坊ちゃんと言った青年兵士は、ギルバートの練習相手をしてくれた事のある兵士だった。


「坊ちゃんは止めてくださいよ」

「はっはっはっ」


「ああ

 領主様の…」

「道理で」


若い兵士達は、よく領主に頼まれてギルバートの練習相手を務める事があった。

それで面識もある兵士もが幾人か居た。


「少しは腕も上げたようですな」

「まだまだですよ

 逃げられたし…」

「いえいえ、当てれただけでも十分ですよ」


獲物は十分に捕れたし、後は帰るだけだ。

そこで少しの間兵士達と話し込み、兵士の一人がアレックスに弓の引き方を教える。


「ここを持ってな、違う違う

 力で引くんじゃない

 体全体を使って、そう…」

「こっちの坊やはまだ無理そうかな…」

「そんな…」


他の兵士がディーンに弓を引かせてみるが、借りた弓ではまだ全然引けなかった。


「子供向けの弓から練習しないとな」

「ここに持って来たのは大人向けの弓ばかりだからな」

「でも、ギルバートは引いてますよ?」


ディーンは自分が引けないのが悔しいのか、年下のギルバート引けるのが納得いかないと言う。

「あー…

 坊ちゃんは7つの頃からやっていなさるからな」


「ギルバートの弓は軽いんじゃないの?」

「引いてみる?」


ディーンはギルバートの弓を借りて引いてみる。

しかしびくともしない。

それはそうだ、この弓も借り物の弓と同じで大人向けのしっかりした弓だ。


「うーん

 ダメだ

 何で?」

「うん

 やっぱり毎日練習しないと

 ボクも最初は引けなかったから」

「はあ…」


ディーンはがっくりと肩を落とす。


「なあに

 遠征はまだまだ続く

 その間に練習しましょう」


隊長はそう言って優しくディーンの肩を叩いた。


一行は暫く狩のコツ等を話していたが、時刻はそろそろ夕刻に迫っていた。


「そろそろ帰りましょうか」

「そうですね」

「日が沈むまでには帰らないと」


無事に獲物を仕留め、意気揚々と一行は帰途へ着いた。

しかし、再び森に入って少し進むと、不意にリックが手で合図を送った。

その只ならぬ様子にみなが押し黙る。

続いて、リックは手振りでしゃがむ様に合図をする。

鹿や野兎といった獲物を見つけた様子ではない。

寧ろ、熊か何か危険な物が近くに居る様だ。

手振りで合図を送り、それに合わせてジョナサンや兵士達が動き始める。

慎重に音を立てない様に移動し、獣道の先の草叢へ近付く。


ギルバート達もそれに続いて、後から近付く。

草叢の向こう側を見て、思わず声を上げそうになる。

魔物だ。


魔物は5匹居て、近くには野兎の皮や骨が散らばっていた。

奴らも獲物を求めて狩に出ていたのだ。

鉢合わせにならなかったのは運が良かったのか?

それともリックの索敵の腕が良かったのか?


隊長が音を立てない様に、慎重に剣を抜いて構える。

ジョナサンとランディも剣を抜き、リックは弓を用意する。

下手に矢を番えれば音でバレてしまう。

突撃と同時に援護しようと準備だけをする。

兵士達も剣を構え、ギルバートとアレックスもいつでも抜ける様に構える。


「それ!」

「今だあ!」

「うりゃああ」


隊長が目配せをして、一斉に飛び出して切り込む。

そこへ、リックが当てない様に注意しながら立て続けに援護射撃をする。

ギルバートとアレックスはリックの傍らで抜刀し、近付く魔物を警戒して身構える。


隊長が1匹の魔物の首を刎ね、ジョナサンは袈裟懸けに叩き切る。

ランディは正面から突っ込み、魔物の胸に突きを入れる。

1匹はリックの矢で頭を射抜かれ、残りの1匹も兵士達が腕や足に切り付けてから首が刎ねられた。

急襲が功を奏して、驚いた魔物がほとんど声を上げられない内に倒せた。


「はあっはあっ」

「ふー」


「やれやれ

 仲間を呼ばれる前に倒せて良かった」


「リック

 念の為、辺りを警戒してくれ」


ジョナサンがリックに周囲の警戒を頼む。

魔物がこれだけとは限らないからだ。


みなが周囲の警戒をする間、隊長は魔物の死骸の手足を切断する。


「どうしてそんな事をするんです?」


ギルバートは隊長の酷い行為を気にして質問した。


「これはね、魔物が亡者になって彷徨わない様にする為だよ」

「亡者ですか?」

「そう

 亡者だ」


「本来なら、死体を焼いた方が良いんだが

 砦まで運ぶ余裕が無いからね」


隊長は全ての死骸の手足を切り落とすと、剣に着いた血を拭った。


「亡者なんて本当に出るんですか?」

「ああ

 ワタシが以前に帝国で戦った時に、殺された兵士が亡者に成って襲って来た事もあったしね」


他の魔物は出て来ない事を確認し、兵士達も武器を仕舞う。


「さあ

 急いで砦に戻ろう

 まごまごしてたら他の魔物が来るかも知れない」

「はい」


ギルバートは亡者の事が気になったが、危険が迫っているかも知れないのでそれ以上は聞かなかった。

みなで周囲を警戒しながら、それでも急ぎ足で砦へ向かう。

幸いにもそれ以降は魔物は現れず、無事に数分後には砦の前に到着した。

丁度夕日が森の木々の向こうに沈み、辺りは暗くなり始めていた。


すぐに隊長は、大隊長へ魔物に遭遇した事を報告に向かった。

ギルバート達は兎や野鳥を捌く為に、調理をしている兵士の元へと向かう。

余談だが、ディーンは野鳥や兎を捌いた事は無く、初めて捌いた事から気分が悪くなっていた。


「うう

 首が…兎が…」

「しっかりしろよ」


「しょうがないなあ

 じゃあ、晩の料理は肉無しで…」

「ダメだ

 兎は楽しみにしてたんだ!」

「じゃあ…食べれそう?」

「うう

 食べる」


そうして、何度か吐きそうになりながらも、頑張って食べるのであった。

今回は、いわゆる閑話休題です

次からまた魔物との戦いが始まります

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