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聖王伝  作者: 竜人
第八章 冬の訪れ
215/800

第215話

コボルトの群れは詰所を包囲しているので、早急に排除する必要があった

これ以上怪我人を増やさない為にも、みなはクリサリスの鎌を構えて向かった

コボルトは太い枝を削った棍棒を持っているので、鎌と比べるとリーチが短かった

クリサリスの鎌を振り回せば、コボルトに近付かれる前に切り倒せた

唯一の問題は、距離を取らないと周りを巻き込む事だった

隊商を守る冒険者達は、必死になって馬車の周りで戦っていた

冒険者達の装備は、鈍鉄のショートソードや普通の狩猟用の弓矢だった

魔術師も居たがマジックアローで応戦するのがやっとだった

斥候役の男は、商人達と一緒に馬車の上で震えていた

彼の装備はダガーしか無く、接近戦では不利だったからだ


「大丈夫か?

 今そちらに向かうぞ」

「す、すいません

 くっ

 無理はしないでください」


冒険者は必死に棍棒を防ぎながら、何とか返事をしていた。

ギルバートとは兵士を二人連れて、馬の機動力を使って一気に間合いを詰めた。


「ふん

 せりゃあ」

ギャワン

グガウ


ギルバートが馬車の周りの一角に突っ込み、そこから冒険者達に当てない様に鎌を振り回す。

こういう時は、リーチの長い武器は有利に立ち回れる。

振り回した鎌の刃が、巻き込まれた魔物を容赦なく切り倒して行く。


「さすがは殿下だ

 こっちも行くぞ」

「おう

 せりゃあ」


兵士達もそれぞれ、別の方向から鎌を構えて突進して行く。

クリサリスの鎌には穂先も付いている。

それを槍の様に構えて、一気に突進する。

そのまま馬の前足で、逃げ遅れた魔物を踏み潰す。


魔物達は勝てないと踏んだのか、算を乱して逃げ出した。


「助かりました」

「無事で…

 と言いたかったがそうもいかないか」


周りを見ると、既に数名の冒険者と、逃げ遅れた商人が亡くなっていた。


「いえ

 あなた方のおかげで、これ以上の犠牲を出さずに済みました

 ありがとうございます」


商人の代表と思しき男が、馬車の中から出て来て頭を下げた。

この男は、他の者を馬車の上に逃がす為に、自分は中に残っていたのだ。


「代表も無事で良かったよ

 あんたまで死んだらと思うとぞっとするよ」

「いいえ

 兄弟に応援を呼びに向かわせたんです

 それまで踏ん張れば、あなた達が守ってくれると信じていましたから」

「代表…」


やはり先ほどの馬車は、この隊商の仲間だった様だ。

向こうの詰所に応援を呼ぶ為に、必死になって走っていたのだろう。


「馬車は東に向かって進んでいた

 もう少しすれば、向こうの詰所に着くだろう」

「ええ

 それまで無事に進めれば良いのですが」

「大丈夫では無いかな?

 我々が来た時には、道中は魔物は居なかったから」

「そうですね」


「生き残ったのは、兵士が5名に冒険者が8名、商人は5名か

 怪我人が多いな」


冒険者のうち3名が負傷していて、すぐには動かせない様な重傷だった。

それに商人は3名が軽傷を負っていて、ポーションで手当てを受けていた。

兵士も負傷していたが、傷が浅かったからかポーションを掛けると、さっそく死体の処理をしていた。

仲間の遺体は詰所に運び、魔物の遺骸は詰所の前に集めていた。

ギルバートの警護兵も作業に加わり、魔物の遺骸を並べては、死霊にならない様に手足を切っていっていた。

中には息をする魔物も居たが、その場で首を刎ねて止めを刺していた。


「それで?

 これからどうしますか?」

「私達はこのまま、仲間と合流するまでここで待ちます

 向こうから応援を呼んで、こちらに向かって来るでしょうから」

「そうですね

 我々も商人が合流するまで待ちます

 仲間を運ぶにしても、馬をやられましたから」


冒険者達は、足になる馬を殺されていた。

逃げ延びた馬もいるかも知れないが、探す余裕は無かった。

そうなれば、馬車で運ぶにしても数が足りなかった。

ここでもう一台の馬車が帰って来るのを待つしか無かったのだ。


「殿下

 作業は粗方終わりました」

「ご苦労さま」

「殿下?

 へえ…

 君…あなたが有名な王子様ですか」


冒険者の一人が、珍しい物を見たという感じで近寄ってきた。


「私はこの冒険者のリーダーをしている、ヨハンと申す者です」

「どうも

 噂は知りませんが、私が王子のギルバートです」

「はははは

 そんな変な噂ではありませんよ

 仲間のノルドの風が負傷して、ボルの町で待っています」


「彼等は無事なんですか?」

「彼等?

 いや…

 ううむ…」


ヨハンは困った様な顔をした。


「え?

 どうしたんですか?」


ヨハンは逡巡したが、仕方が無いといった顔をした。


「殿下

 これから聞く事は他言無用で」

「え?」


「エルドは重傷を負っています

 そして…

 他の仲間の生死は不明です」

「そ、そんな…」


「彼等は仲の良い6人パーティーでした

 殿下と別れた時はそうだったと聞いています」

「ええ」


「それからゴブリンの群れとも戦い、2名は負傷しました」

「それは…」

「幸い死ぬほどの怪我ではございませんでした

 ですから重症の一人を残して、他の5人で先に向かいました

 それが良かったのか悪かったのか…」


「他の4名は?」

「生死は不明です

 何とか山脈は越えたそうなんですが、麓の村を出た時に魔物が現れて…」

「あの村ですか?」

「ええ」


「村は無事なんですか?」

「ええ

 ですが村人が出てみた時には、既に魔物の死体と重傷の彼だけが残されていて…」


「殿下!」

「これは急ぐ必要があるな」

「危険です」

「しかし、村は今も危険なんだろう?」

「う…」


「すみません

 私達も危険と思って

 彼等に無理を言ってリュバンニまで引き上げて来たところです」

「他の町は?」

「現在、王都に応援を要請しています

 それまではマーリン様が、同行した兵士達と警戒されています」


「そうだったな

 あそこにはマーリン様も行っているんだ

 しかしボルには柵しか無いし、村に至っては柵すら無かっただろう?」

「ええ

 ですからマーリン様が主導して、町には防護壁を急造しています

 村にも非難する様に伝えて、ほとんどの者が避難しました」


そこまでの事を聞いて、兵士達は引き返そうと提案してきた。

しかしギルバートは、このまま進む事を決断した。


「その魔物は?

 どういった特徴をしていたんだ?」

「村人の話では、豚か猪の様な顔をしていたと…

 恐らくはオークでしょう

 マーリン様もそう仰っていました」

「オークか

 それならば何とかなりそうだ」

「殿下?」


「予定通りこのまま進むぞ」

「危険です」

「いや

 相手がオークならば、我々でも何とかなるだろう」


「それならば王都から応援が来てからでも」

「いや

 それだと間に合わない恐れがある

 一刻も早く合流して、一緒に殲滅した方が良いだろう」

「殿下!」

「くどいぞ!

 私一人でも、救援に向かうからな」

「くっ…」


ギルバートの意思が固いので、警護兵達も覚悟を決めた。


「本当なら、殴ってでもあなたを無事に連れ帰らなければならないんですが…」

「すまないな

 しかし相手がオークならば、君達でもどうにかなりそうなんだ

 問題はその規模なんだよな…」


「ここで悩んでいてもしょうがない

 少しでも急ぐぞ」

「はい」

「しかし無理は出来ませんよ

 折角無事に着いても、疲労していては戦えませんからね」

「ああ

 分かっている」


ギルバートは冒険者達と、警備兵達に向かって言った。


「すまないが先を急ぐ

 君達はここで、応援が来るのを待っていてくれ」

「はい」

「さすがにすぐには来ないと思うが、報復に来る可能性もある

 警備兵は増やす様に伝えてくれ」

「はい」


「では、これで失礼する」

「はい

 殿下もお気をつけて」


ギルバート達は騎乗すると、そのまま先を急いで出立した。


「どうしますか?」

「そうだな

 寝ずに駆けるのは危険だ、夜は予定通り野営しよう」

「はい」


アルミナはホッとした様子を見せた。


「どうした?」

「いえ

 殿下が焦っている様子ですので

 このまま夜通し進むと言われましたら、どうやって止めようかと」

「ははは

 さすがにそこまで無謀じゃ無いさ

 確かに焦っているが、先にも言われた通り、無茶したら何にもならないからな」


一行は夕刻まで駆けて、近くの詰所に到着した。

ここの詰所は魔物を見掛けておらず、何事も起こっていなかった。

一応昼の事件も話して、こちらも気を付ける様に忠告はしておいた。


「殿下

 でしたらせめて、ここに居る間は宿舎を使われては?」

「いや

 その気遣いは無用だ

 確かに宿舎の方が安全だろうが、私達にとっては、コボルトぐらいなら敵では無いからな」


多少大袈裟であったが、問題無く倒せるというのは嘘では無かった。

先程の戦いで、兵士達には自信が着いていた。

後は油断しなければ、コボルト程度では遅れは取らないだろう。


「良いんですか?」

「ああ

 これで疲れさせてみろ

 それこそ大事になるだろう」


ギルバートは警備兵を過小評価はしていないが、過大評価もしていなかった。

彼等がここを守る為には、余計な事で煩わせるわけにはいかなかった。

それこそ気疲れさせて、負傷したりする原因になるだろう。


「それよりも、警戒は十分にしてくれ

 戦える事は分かったが、油断しては殺されるぞ」

「はい」


今日の夕食は、黒パンとスープだけにした。

スープも残った野菜と干し肉を入れただけだ。

野営を始めた時間も遅かったし、何よりも仮眠の時間を多めに取りたかった為だ。

昼の戦闘で、兵士達も疲れている。

少しでも休ませてやりたかったのだ。


「良いんですか?」

「ん?」

「時間さえあれば…」

「ああ

 しかし初めての魔物だったんだろ?」

「ええ…」


「まだ興奮している様だが、緊張し過ぎると疲れてくる

 少しでも気分を和らげる必要があるからな」


ギルバートはそう言って、荷物から茶葉を取り出した。


「これを使おう」

「何ですか?」

「ハーブだ」


ギルバートはそう言うと、お湯を沸かし始めた。


「ハーブって薬草ですよね?」

「ああ

 これはジャスミンを干して乾燥させた物だ」

「ジャスミン…

 確か痛みを和らげる為の?」

「そうだな

 後は沈静ポーションの材料にも使われているな」


「殿下はいつも、その様な物を用意されているんですか?」

「ああ

 母や妹が好きでな」

「母君と妹君ですか?」

「ああ

 無事ならば良いのだが」

「あ…」


ギルバートの言う母と妹とは、ダーナに残して来た家族の事だ。

育ての母と、一緒に育った妹達。

彼女達は今、不穏な噂の立つダーナに残されているのだ。


「本来ならば、数年の内に王都に呼ぶつもりだったのだが…

 魔物の事とかあったからな

 それなのに内乱など起こして」

「殿下」


フランドールが内乱を起こした為に、今やダーナは孤立している。

元々周辺の町から離れていたのに、魔物も出るので立ち寄る隊商もほとんど居なかった。

先に出会ったアブラサスでさえ、内乱が起きる前に立ち寄っていた。

それから山脈を避けて来たので、今のダーナの情勢は不明だった。


「アーネストの住んでいた家の事も気になる

 先に出たメイド達も行方不明だし、残った使用人達の事も心配だ

 一体今のダーナで、無事に過ごせているのだろうか?」

「そうですね

 その辺の事も、エルド殿に会えれば分るでしょう」

「ああ」

「逸る気持ちは分かりますが、どうか自重してください」


「分かっているよ

 焦っても危険が増すだけだ

 こういう時こそ慎重になれと、いつもアーネストに言われているからな」


ギルバートはそう言って、沸いたお湯を注いだ。

ジャスミンの葉が開いて、辺りに良い香りが漂った。


「ジャスミンは沈静とリラックスさせる効果がある

 下級ポーションの鎮静ポーションの材料に使われるし、こうしてお茶の葉にも使える」

「鎮静ポーションは軽傷の時に役立ちますからね」

「ああ

 あれは痛み止めと傷口を洗い清める効果がある

 止血ポーションとは違った効果が有るからな」


「もしかして、他の薬草にもお茶に出来る物がありますか?」

「そうだな

 しかし一部の薬草だけだぞ

 止血のポーションは、さすがにお茶には向いていなかった」

「はははは

 確かにあのポーションは不味いですからね

 あれをお茶にするには…」


「まあ、食中りや二日酔いには効くみたいだぞ」

「え?」

「特に二日酔いには効果が高いからな

 よく父上が飲まされていた」

「うえ…」


兵士達は想像して、その味に苦そうな顔をした。


「まだ先は長い

 もし酒を飲んだりしたら…」


ギルバートはニヤリと笑い、荷物の中から独特の匂いのする包を取り出した。


「いいえ

 我が隊にはその様な者はおりませんので」

「そうですよ

 勤務中には、身体が冷えたりしなければ飲みません」

「はははは

 冗談だよ

 そもそも貴重な薬草だ

 これは止血用に持っているだけだよ」

「ふう…」


兵士達のうちの何名かが、明らかに安心した顔をした。

勿論ギルバートも、身体を暖める為の酒は禁じるつもりは無かった。

今は冬になっている。

焚火の暖が無ければ、凍えてしまうだろう。


「さあ

 少しでも休もう

 明日も長距離を走るからな」

「ええ

 馬たちにも精が着く様に、人参を多めに与えておきますね」

「頼んだよ」


兵士達は仮眠の準備をすると、武器の手入れと馬の世話を始めた。

魔物と戦った後なので、馬も疲れていただろう。

それに武器の手入れを怠れば、次に魔物と戦った時に、破損したり切れ味が悪くて困るだろう。


「このまま何事も無く、ボルの町に着けば良いのだが…」


ギルバートは鎌の刃を研ぎながら、周囲を見回していた。

気を付けなければ、周囲には魔物が潜んで居るかも知れない。

いくら警備兵が詰所に待機していても、油断していては負けてしまうだろう。

公道も以前と比べれば、危険な場所となっているのだ。


油断なく周囲を見回して、ギルバートは仮眠を取る為に天幕に入った。

それを見守ってから、兵士達も順番に仮眠に入った。

まだまだ続きます。

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