第212話
ギルバート達が新装備に盛り上がっている頃、遠く離れたボルの町に不穏な報せが届いていた
それは麓の村から、怪我人が出たという報告であった
しかし只の怪我人では無く、ボルの村に所縁の有る者だと言うのだ
怪我は重傷であり、ポーションでは治せないほどの深い傷であるという話だった
ボルの領主は、直ちに他の町へと遣いを出した
ボルの医師でも、重傷の者の治療は難しかったからだ
アブラサスが納めたオーガの骨は、合わせて300本であった
1本の骨で4個のインゴットが出来るので、インゴット1,200個分の素材であった
その内800個をショートソードに回して、合計400本のショートソードが作られる予定だ
残りの400個はクリサリスの鎌の、鎌と穂先を作る分に回される
予定ではこれで、400本の鎌が作成出来る予定であった
「はあ…
300本の骨で銀貨30枚だから、合わせて銀貨9000枚
金貨で90枚…
かなりの出費になりますよ」
商人ギルドのギルドマスターは、計算しながら情けない声を上げていた。
金貨100枚でも大きな商いである。
商人ギルドの金庫から持って来た金貨が、ほとんど出てしまっていた。
「まあ、今回はイレギュラーだから
そうそうこんな取引は起こらないよ」
「そうですが、これで今月分の動かせる予算の2割が出ましたよ」
後は完成するのを待つだけだが、これだけでギルドは金貨60枚の収入が入る
そこを考えれば、そんな話では無かった。
「加工賃込みでショートソード1本が銀貨50枚、クリサリスの鎌は銀貨30枚になりますが
これでよろしいですか?」
「そうだな
制作された代金に上乗せするから、そんなもんだろう」
実際の純利益はショートソードが銀貨40枚で、クリサリスの鎌が銀貨25枚になる。
この差額の金貨60枚が商人ギルドの利益に当たる。
「宰相殿には金貨320枚の請求になりますが?」
「それは私が持って行こう」
「お願いします」
ギルバートは書類を受け取ると、それを持って王城へ向かった。
王城に入ると、兵士が騒がしく動いていた。
また魔物に動きがあったのかと思い、ギルバートは手近な兵士を捕まえた。
「どうしたんだい?」
「殿下」
「城が騒がしいが、何か起きたのかい?」
「ええ
先ほどリュバンニから伝令が来まして、ボルに冒険者が帰還したそうです」
「冒険者ってノルドの風か?」
「さあ?
私では詳しく分かりません」
ギルバートが兵士と話していると、執事のドニスが走って来た。
「殿下
こちらにいらっしゃいましたか」
「ドニス
どうしたんだい?」
「陛下が冒険者の事で、至急お呼びになられています」
「国王様が?
分かった」
ギルバートはドニスに連れられて、慌てて王宮の執務室へと向かった。
後ろからはアーネストも着いて来ていて、二人は慌ただしく執務室へ通された。
そこには将軍も同席していて、国王と真剣な顔をして話し合っていた。
「国王様
如何致しました?」
「おお、ギルバート
大変な事になった」
国王は座る様に促すと、自身も向かい側に座った。
「先ほどリュバンニから、ボルに冒険者が帰還したと連絡が入った」
「どうしてリュバンニに?」
ボルに着いたのなら、ボルの領主から連絡が入る筈だ。
しかし、わざわざ離れたリュバンニから伝令が出たのだ。
「それがな、その冒険者は深手を負っていたそうじゃ
周辺に応援を呼んで、リュバンニからはマーリンが向かったそうじゃ」
「深手…
それで無事なんですか?」
「うむ
命に別状は無いそうじゃ」
「良かった」
「それでじゃな
マーリンによると、冒険者はお前を呼んでいるそうじゃ」
「私をですか?」
「うむ
内密な話があるが、怪我で暫く動けない
そこでお前に来て欲しいそうじゃ」
「分かりました」
王都からボルまででは、急いでも5日は掛かる。
「私はすぐに出立の準備をします」
「うむ
護衛も王都の門へ用意する
くれぐれも気を付けて行ってくれ」
「はい」
ギルバートはアーネストの方を向くと、どうするか尋ねた。
「どうする?
お前も来てくれるか?」
「いや
ボクは魔物に対抗する為に、魔術師の指導をしなければならない」
「そうか」
「それに…
魔法の付与となれば、ボクが指導しないと出来ないだろうし」
「そうだな」
明日から出来上がる武具に、魔法の付与をする必要がある。
付与自体は魔術師ギルドで出来るだろうが、それを指導する必要があった。
これまで付与の経験がある魔術師が少ないからだ。
「それではこちらを頼む」
ギルバートは宰相に渡す書類を、アーネストに手渡した。
「分かった
気を付けて行けよ」
「ああ
頼んだぞ」
ギルバートは急いで私室へ向かった。
旅の装備もだが、必要な資材も用意しなければならない。
ドニスに声を掛けると、食糧やポーションの在庫を調べさせた。
「食料はこちらに用意しております
ポーションはこのポーチに入っております」
「ありがとう」
ギルバートは鞄やポーチを受け取ると、その足で厩舎に向かった。
そこには王族用の馬が飼育されており、ギルバートの馬も用意されていた。
「殿下
こちらが殿下の為に用意された仔です」
「おお
葦毛の仔馬か」
「ええ
まだ3歳ですが脚は十分に鍛えています」
「名は何て言うんだい?」
「ハレクシャー、草原の風という意味です」
「ハレクシャーか
良い名だ
行くぞ、ハレクシャー」
ヒヒーン
ギルバートはハレクシャーを駆り、人手の少ない道を選んで城門へ向かった。
王都の西の門では、既に兵士達が馬に乗って待っていた。
護衛の兵士達は警護兵のアルミナを筆頭に、12名の兵士が集まっていた。
道中に魔物が出ないとも限らないので、念の為に1部隊で警護に着く事になっていた。
「殿下」
「アルミナ
あなたが隊長ですか?」
「ええ
この旅だけのですが、臨時の隊長です」
「アルミナは普段から殿下の護衛を任されています
今回の旅でも適任だろうという事で、アルミナを隊長に選出しました」
「そうか
みんなも頼んだよ」
「はい」
アルミナを先頭にして、左右に6名ずつに並んで、ギルバートを守る様に配置に着く。
そのまま城門を抜けると、リュバンニへ向かう公道に沿って走り出した。
「このまま一気にリュバンニへ向かいます
夕刻は過ぎますが、城門は開けてもらえます」
「分かった
一気に進むぞ」
「はい」
馬を一気に加速させると、一行は一路リュバンニへと向けて駆け抜けた。
道中は魔物も出ずに、問題も無く駆け抜ける。
詰所では兵士達が警戒していたが、王家の旗を掲げているので、呼び止められる事も無く抜ける。
そのまま走り抜けて、一気にリュバンニの城門へと到着した。
「今夜はここの宿に泊まります
領主の待つ砦に入れば、安全ですが時間を食いますので」
「分かった
宿は任せて良いのか?」
「はい
ここは我々にお任せください」
兵士が2人、先に街に入り宿を探す。
ギルバート達はゆっくりと入って、馬を引きながら街中を進んだ。
「リュバンニの住人達もピリピリしているな」
「ええ
先月のコボルトの件もありますし、その後にも魔物は出ています
それに加えての今回の件です」
「何が起こるか分からないので、住民も不安なんでしょう」
一行がゆっくりと大通りを進んでいると、先行していた二人が戻って来た。
「この先の木の看板に蜂が描かれたのが見えますか?
今夜はそこの、森の蜜蜂亭に泊まります」
「分かった
馬には十分な休息を与えてくれ」
「はい」
馬を兵士達に任せて、ギルバートは護衛と一緒に宿に入った。
「ようこそ、森の蜜蜂亭へ
宿泊は一人銀貨8枚だ」
兵士は銀貨の入った袋を出すと、それをそのまま親父に渡した。
「中には金貨1枚と銀貨20枚が入っている
馬の世話と食事を頼む」
「へい
すぐに用意しやす
おい!」
宿の主人は下男を呼んで、馬の世話と食事の用意を申し付けた。
「ちょっと多くないか?」
「いえ
チップもありますが、馬の世話を良くする為です」
「王家の旗もありますしね、ケチっては駄目なんですよ」
「なるほど」
ギルバートはこういった、旅での決まり事みたいな事は知らなかった。
「逆に何も無いのに羽振りが良いと、後ろ暗い者に狙われます」
「王家の旗やチップは、無事に過ごす為の必要経費なんですよ」
「そうか
私では知らない事ばかりだ
君達を頼りにするよ」
「任せてください」
そうは言っていたが、実際に危険が迫った時は、兵士よりギルバートの方が敏感だった。
何せ魔物が潜む森で狩をしていたのだ。
危険を察知する能力は、並みの兵士より遥かに上だった。
しかし旅人には旅人の流儀があるので、ギルバートは兵士に任せる事にしていた。
「それじゃあ、料理が出来たのでどうぞ」
主人に案内されて、一行は奥の席に案内された。
そこなら背後に壁があるし、兵士達も十分に周りに警戒出来た。
席に着くと、甘い香りのする蜂蜜酒とスープが運ばれた。
少し固い黒パンと、焼き立ての豚の腿が載せらたサラダも出て来た。
兵士達は蜂蜜酒で乾杯すると、さっそく腿肉にかぶりついた。
「かーっ、旨え!」
「おいおい
あまり飲むなよ」
「大丈夫ですって
ちゃんと酔わない程度にしますって」
兵士は蜂蜜酒で喉を潤すと、香辛料の効いた肉を頬張った。
そしてパンをスープに浸して、柔らかくして食べていた。
「こうしてスープに浸すと、固いパンも柔らかく食べれるんです」
「なるほど」
「それに、肉に香辛料を効かせていますんでね、スープは薄味にしてあるんです
決して具を少なくしたり、味をケチっているわけではないんです
これが普通の家庭での食べ方なんですよ」
「へえ
これは勉強になるな」
ダーナもスープに浸して食べる習慣はあったが、スープには大きめの具材が入っていた。
それに肉には香辛料をあまり使わないので、スープも味は濃い目だった。
「うん、これは旨い」
ギルバートも試してみて、スープの味が濃すぎないのに好感が持てた。
確かに肉が濃い味なので、スープまで濃いと喉が渇いてしまう。
これぐらいの味付けが丁度良かった。
「お?
分かってくれるのか?
それじゃあサービスだ」
「え?
良いのかい?」
「ああ
ウチの味を分かってくれる客だ
こっちも嬉しくなっちまう」
主人はそう言うと、お湯で湯がいたトウモロコシを持って来た。
「これは…
トウモロコシ?」
「お?
知っているのかい」
「ええ
領主様に見せていただきました」
「じゃあ、食べ方も知っていますね」
「ええ」
ギルバートはそう言ってトウモロコシに齧りついた。
よく火の通ったトウモロコシは、プリッとした果肉から甘い汁を迸らした。
「うん
甘くて美味しい」
「ほう
これがトウモロコシですか」
「確かに甘くて美味しい」
兵士達も喜んで、美味い美味いと頬張っていた。
「それでは、明日のことなんですが」
「はい」
「明日は早目に発つ予定ですので、7つの鐘で起きようと思っています
朝食は大丈夫でしょうか?」
「それぐらいなら問題無いですぞ
ここらでは6の鐘で起きますので」
「良かった」
主人は早く起きるのは問題無いと言ったが、気になった様子で尋ねて来た。
「何やらお急ぎのようすですな」
「ええ」
「それならば、弁当も用意しておきましょう」
「良いんですか?」
「ええ
それだけの額はいただいておりますし
何よりも旅人に快適に過ごしていただくのが宿の務め
旨い弁当を用意しますぞ
はははは」
主人はそう言って笑っていた。
「部屋は5部屋用意しております
場所は2階になりますので」
「ありがとう」
「なあに
ゆっくり休んでくだされ」
主人は鍵を手渡すと、陽気に歌いながら片付けに向かった。
「良い主人だね」
「ええ
良い宿を見付けました」
「あの主人は、王族とか気にしなかったね」
「殿下
こういう場所では、身分がある者がトラブルを起こします」
「主人としては、身分を振り翳す者は嫌厭します」
「それに身分を探るのもご法度です
高貴な身分の者でも、宿からしたら下手には探りません」
「下手に関わると巻き込まれますからね」
「知らないふりをしてくれるんです」
「なるほど」
「さあ
殿下は一人部屋で寛いでください」
「私達は3人ずつで泊まります」
「ああ」
「明日は早起きして、外で水浴びになりますから」
「そうだな
こういう宿では風呂は無いんだな」
「そうですね
お風呂というのは贅沢品ですから
宿に常設しているのは滅多に見ませんな」
「あっても湯浴みぐらいです」
「火の魔道具で何とかならないのかな?」
「普通は火付けの魔道具ぐらいしか持ってませんよ」
「それだって高価なんですから」
「うーん
水浴びの水を温められないかな?」
「それが出来れば画期的ですが…」
「ダーナでは魔道具が普及していたんだが」
「それは魔物が多く出ていたからですよ
そもそも魔道具に使う魔石が足りませんよ」
「そうか、魔石が無いのか」
ギルバートはポーチの中に、お湯を沸かす為の魔道具を持っていた。
しかしみなが持っていないと知って、それは黙っておこうと思った。
ダーナと違って、ここではまだ、そこまで魔道具が普及していないのだ。
「いつか多量に魔物を狩って、魔石を集めれる様になれば良いのに」
「はははは
そうすれば、出先でも風呂に入れますね」
「そ、そうだね
はははは」
不味いな
魔道具を使うのは止めておこう
ギルバートはこっそり使おうと思っていたが、諦める事にした。
明日は寒いだろうが、冷たい水で水浴びしようと思った。
まだまだ続きます。
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