第21話
大切な仲間を守る為
優しかった部下の仇を取る為
遂にヘンディーは魔物と対峙する
必ず勝ってみせると決意して
魔物と対峙するダーナ守備部隊大隊長
魔物は嘗て部下を殺した強敵だ
大人の腕ほどある長く大きな腕は、一撃で小鬼の頭を潰していた
まともに受ければ大隊長でも危険だろう
それでも彼は正面から向かった
部下の仇を取る為に
「うおおおおりゃああ」
ギャアア
ガキーン
大隊長の一撃を軽々と受け、魔物は弾き返す。
「くっ」
ギャアア
今度は魔物が剣を振り上げ、無造作に叩き付ける。
バキーン
ギャヒッ?
大隊長が躱すと、地面に深々と突き刺さり、途中から折れてしまった。
魔物は首を傾げると、折れた剣を無造作に放り投げる。
壊れた玩具に興味を失ったかの様に剣を放り棄てると、腰の手斧を引き抜く。
それは手入れがされてはいないが、丈夫な木と分厚い鉄で出来た武骨な斧であった。
なるほど、これなら手入れなどしなくても壊れ難いだろう。
黒い血の跡がべったりと着いた斧を手に、魔物が醜悪な笑みを浮かべる。
不味いなあ
先の剣なら壊れた隙を狙えたが、この斧では難しいぞ
それに、剣より武骨な斧の方があの魔物な合ってそうだ
大隊長は正眼に構えつつ、冷静に魔物を分析した。
先の攻撃も、熱くなっていたわけではなく、魔物にわざと隙を見せてカウンターを狙っていたのだ。
しかし、そもそもが剣が折れた時に踏み込めなかったのが失敗で、却って魔物に有利になってしまった。
グォッホ
グギャア
魔物が雑に斧を振り回す。
一見すると、大振りで隙だらけに見えるが、膂力が高いだけに返す刃で簡単にやられてしまう。
そもそも、丈夫だと言っても大隊長の武器はロングソードだ。
下手に鉄の塊の様な斧を受けたら欠けるし、最悪折れてしまうだろう。
危険を冒して受けるより、回避してスタミナ切れを狙う方が確実だ。
魔物の体力が、見た目通りだとして…だが。
なるべく刃で受けない様にして、大隊長は魔物の振う斧を避ける。
隙があれば切ろうと狙うがなかなか隙も無く、当たっても皮鎧の端を切る程度だ。
数合を回避し、少し振りが大きくなって上体が開いたタイミングを見逃さず、大隊長は魔物のの脇腹目掛けて投げナイフを飛ばした。
それは回避しながら左手で投げたもので、決して鋭くもなく、軽く脇腹に刺さった程度だった。
しかし、効果は十分にあった様だ。
ダメージこそ無い様だったが、明らかに魔物は苛立った様子でナイフを引き抜き、地面へと叩き付けた。
ギャフウ
カキーン
ナイフが地面で跳ねる。
その一瞬の隙を突いて、大隊長は長剣を魔物の左手へ叩き付けた。
魔物の腕は思ったよりも硬く、腕を切り落とす事は出来なかったが、骨が見えるぐらいは切り裂く事が出来た
ザクッ
ギャアア
魔物が斧を取り落とし、左腕を押さえる。
腕力は強いが、怪我には慣れていなかったのだろう、そこが隙へ繋がる。
大隊長は更に追撃を狙う。
「ふううん
はああ!」
頭への突きは躱されたものの、そこから下段へ下げつつ右へ跳ね上げる。
狙い通り、跳ね上げた刀身が魔物の右腕を跳ね飛ばした。
グギャアア
よろめき、逃げようと背中を晒す魔物。
そこへ容赦なく、大隊長の剣が閃き、魔物の首が宙へ舞った。
「ロン
仇は取ったぞ」
声も無く首は宙を舞い、頭を無くした魔物は数歩歩いて倒れた。
大隊長は刃に着いた血を払い、大声で指示を出す。
「今だ!
第5部隊は正門へ取り付け」
魔物の隊長格がやられた為か、浮足立った魔物は左右へ押され、その真ん中を抜けて第5部隊が正門を奪取する。
それを見て、将軍が次の指示を出す。
「騎士団、突撃!
歩兵部隊も続け!」
『おお!』
騎士団が馬上で鎌を構えて突撃していく。
砦の中へ入ると矢や石が飛んで来るが、騎士達はそれを盾で防ぐ。
その後ろから歩兵部隊が侵入し、正門の周りの魔物を次々と倒していく。
その様子を見て、魔物はパニックに陥ったのか、投石も散発的になり、少しづつ逃げ腰になる。
投石が減れば、歩兵の方も余裕が出来る。
数人の兵士が石を拾い集め、投石で弓を構えた魔物を狙い始める。
ここまでくれば、後は総崩れになるだけだ。
逃げ始めた魔物を見て、他の魔物も逃げ出す。
そこにはもう、戦う気力を持った魔物は居なかった。
逃げ惑う魔物を、蹄で、鎌で、剣で、次々と屠って行く。
それは最早虐殺でしかなかった。
歩兵の中には気分が悪くなる者もいたが、ここで隙を見せたら自分達が殺される。
みなが必死になって魔物を殺して行った。
ある程度収まってくると、生き残りが居ないか死体を刺して回る者もいた。
これは決して残虐な思想からではなく、生き残りに背後からやられない為の重要な行為だ。
しかし、戦場に慣れていないギルバート達には辛い光景だった。
「こいつら、全部殺さないといけないんですか?」
「ああ、そうだ」
「中には命乞いしてるのも居ますよ?」
「それでもだ」
「この死体も、全部刺して確認するんですか?」
「ああ、全部だ」
「無理ですよ」
ディーンが涙目で頭を振る。
戦場に慣れる為に、死体の確認をする様に言われたが、ディーンには無理だった。
1体目に刺した時の感触で気分が悪くなっていた。
「ディーンは猪や野犬の討伐は参加した事は無いの?」
「うん
ボクは商家の三男坊だから、剣は握った事はあるけど殺した事は…うっ」
「そうか
ボクは野兎は狩った事はあるけど、なかなか慣れないよね」
兎と魔物では全然違う。
ましては小鬼は人に近い姿をしている。
簡単に慣れろと言う方がおかしいだろう。
それでも、慣れないと戦場では簡単に命を落とす。
隊長はそれを優しく諭す様に説明し、魔物の死を確認して回った。
「ここいらの魔物は片付いた様だね」
「はい
後はあちらの…」
アレックスが残りの一角を振り返ると、死体の中の1匹の魔物と目が合った。
魔物は跳ね上がる様に死体の下から出ると、傍らに落ちていたダガーを投げ付けた。
アレックスは咄嗟に魔物に背を向けているディーンを引っ張る。
ギャアグアア
「え?
何??」
「危ない!」
アレックスがディーンを庇い、右肩を負傷する。
更に魔物はアレックスの首を狙おうと飛び出して来た。
そこへ離れた場所から、ギルバートが低い姿勢で突っ込んで来た。
「っえええああ!」
グギャアアア
低い姿勢で腰溜めに構えて突っ込み、抜け様に剣を振り抜く。
魔物の爪が頬を掠めたが、他には外傷も無かった。
ギルバートに切られた魔物は、上半分はそのまま少し前へ落ち、下半分は後ろへ突き飛ばされていた。
「お見事」
ランディが思わず声を上げる。
次いでジョナサンがアレックスの元へ駆け寄る。
「大丈夫かい?」
「う…」
リックも側に来て、包帯と薬草で手当てをする。
隊長はそれを見て安堵したのか、ホッと一息吐くとギルバートを手招きした。
「肝が冷えましたよ」
「すいません」
「いえ、あやまるのはこっちです
本来はワタシが、あの様な危険が無い様に引率しなければいけないのですから」
「ところで
見事に魔物を倒したあの剣術は?
お父上に習われたので?」
見た事の無い構えに、隊長は興味を抱いていた。
「ああ
あれは旅の詩人に習いました
まだそんなに上手くは出来ないのですが…」
ギルバートが隊長に剣術の話をしている横で、リックがアレックスの傷の手当てを終える。
その側には、泣きながら謝るディーンが居た。
「ごめんよ
ごめんよ」
「いいんだって
ディーンに怪我が無くって良かった」
泣きじゃくるディーンをアレックスが優しく宥める。
傷自体は大きくはないが、刃物が錆ていた事もあり念の為に解毒のポーションも使われた。
その間に、ジョナサンとランディが残りの死体を確認する。
最早刺しても動く魔物は居なかった。
どうやら、砦には生き残った魔物は居ない様だ。
砦の外での戦闘も終了し、正門の外から兵士達が魔物の死体を運んできて、一ヶ所に纏め始めた。
その向こうでは軽症の兵士が数人、手当てを受けていた。
そして、魔物の死体を纏めて焼却する為に、木材や薪も運ばれてくる。
「死体は焼くんですか?」
「ああ、そうだよ
焼かないと他の魔物を招く餌になるし、死体が闇の魔力で動き出すと言う話もある
疫病の原因にもなるからね、焼いておくのが一番いい」
積み重ねた薪の上に、壊れた建物から取って来た木材が載せられる。
その上に魔物死骸が積み重ねられ、次々と燃やされていく。
死骸が多いので、数ヶ所に火が焚かれて燃やしていく。
死骸の中には子供と思しき小柄の魔物も混ざっていた。
ギルバートは可哀そうに思い、胸に右手を当てて使者を悼む礼をした。
「よせよ!
相手は魔物だぞ?」
「でも…」
ランディが不愉快そうに言う。
それでもギルバートは祈りを止めなかった。
それを見て、ランディは更に何か言おうとしたが、ジョナサンが宥めて連れて行く。
代わりに隊長が近付き、しゃがんで目線を合わせると、何とも言えない優しい目をして尋ねた。
「魔物の事が可哀そうかい?」
「はい…」
「魔物は放っておくと人間に害を及ぼすんだよ?」
「はい…そうですよね
でも、子供が…」
隊長は優しくギルバートの両肩に手を置く。
「その、子供の魔物が大きくなったら、また我々に向かって来るだろうね」
「はい
分かっています
分かっていますけれど…」
「君は優しいね」
「…」
「でもね、やらなければ君がやられるかも知れない」
「…」
次に、隊長はディーンとアレックスの方を見る。
「次にやられるのは彼等かも知れない」
「…はい」
隊長はギルバートの頭を優しくくしゃくしゃと撫でる。
「その気持ちは大事だが
間違えてはいけない」
「…」
「倒すべき敵は倒す
守るべき者は守る」
「…」
「その守るべき者の中には、君自身も含まれる
それだけは覚えておきなさい」
「…はい」
「さあ、友の元へ行きなさい」
隊長は優しく背中を押す。
そんな隊長の元から数歩進み、ギルバートはもう一度隊長の方へ振り向く。
「隊長」
「ん?」
「魔物と人間
仲良く出来ないんでしょうか?」
「…」
隊長は険しい顔をして悩む。
「もし
もしこういう出会いでなかったら
仲良く出来たんでしょうか?」
隊長は一瞬迷い、何か言いかけたが頭を振った。
「無理だろう
それは女神様がそういう風に創られた存在だからね」
今度はギルバートが沈んだ表情で悩んだ。
悩んだ末に、少年は答えを見つけた。
「分かりました
もう…迷いません」
隊長は真摯に見つめる瞳を見て、優しく頷く。
「魔物は、必ずや討ち滅ぼします!
友達を、両親を、大好きな人達を守る為に」
真剣な眼差しで、ギルバートは決意を告げた。
それにもう一度頷き返し、隊長は優しく微笑んだ。
それを見てギルバートは頷き、ディーンとアレックスの元へ走って行った。
「良いんですか?」
ランディはそんな様子を見て、隊長へ尋ねる。
「まだまだ子供なんだ
これから学ぶでしょう」
大人達は優しい表情で子供達を見つめる。
ただ、ランディだけは複雑な表情をしていた。
第1砦は奪還しました
しかし、ここにはあのボスは居ませんでした
奴は第2砦に居るのでしょうか?
戦いは次の舞台へ向かいます




