第209話
アブラサスが持って来たのはオーガの骨で間違いは無かった
しかし状態はあまり良く無くて、そのままでは武器にならない素材であった
その為に格安で売られていて、ダーナの商人以外にも渡っていた
アブラサスの素材を見て、アーネストは難しい顔をする
このままでは、骨粉にしても素材になるかは微妙だった
アブラサスが運んでいたのは、欠けたオーガの骨であった
乱戦で倒されたのか、あちこち傷が入っていたり、折れたりしていた
それでも魔力は感じるので、上手く加工すれば魔鉱石にはなりそうであった
しかし試してみなければ、使えるかは分からない
「アブラサスさん
これは買い取ってもよろしいですか?」
「え?
あまり状態は良く無いですよ」
アブラサスも状態が良くないと分かっていたらしく、買い取ると言う提案に驚いていた。
「状態が良くないと分かっていたんですか?」
「ええ
ダーナで購入しましたが、ここに来るまでに兄弟達に見てもらいました
騙されたんですよね」
「そうですか…」
ダーナでは、状態が良くないと分かって売っていたのだ。
しかしそれでも、魔鉱石に加工出来る可能性は残っている。
「もしよろしかったら
1本当たり銀貨10枚で買い取りますが?」
「え?
これにそんな価値があるんですか?」
「ええ
そもそも、アブラサスさんは幾らで購入されたんですか?」
「私は銀貨20枚で買い取りました
しかし10枚でも売れるのなら十分です」
「え?
20枚だと高いですよ?
適正な価格では無いですね」
「でしょうな
私も騙されたと思いましたから」
「しかし半額では問題があるな
陛下に相談してみよう」
「とんでもない
私は助けていただいたんです
それが価値の無い素材まで買い取っていただくんです
半額でも十分ですよ」
アブラサスは恐縮していたが、ギルバートは申し訳ないと思っていた。
今のダーナはフランドールが治めているのだが、それがこんな不正を働いているのだ。
「アーネスト
これが魔鉱石の材料になるのなら、幾らぐらいの価値を出せる?」
「うーん
難しいが、銀貨20枚なら問題は無いだろう」
「それなら、さっそく職工ギルドに持ち込もう
素材に出来るか確かめないと」
「アブラサスさんもそれで良いですか?」
「え?」
「先ずは素材に出来るか確認します
その上で、価格を出させていただきます」
「それは構いませんが…
良いんですか?」
「ええ
こちらも必要な素材が手に入るんです
価格は後日報せます」
ギルバートは骨を1本預かって、それをギルドへと持ち込んだ。
アブラサスには宿で待つ様にお願いして、価格が決まったら残りも買い取る事となった。
「良いのか?」
「ああ
ダーナが起こした不始末だ
それに、他国の商人との信用問題にもなるだろう?」
「そりゃあそうだが…」
二人は兵士と共に、今度はギルドに入った。
ギルドでは仕事が終わったところで、職人達は帰り支度をしていた。
「すいません」
「ん?
殿下じゃないですか
こんな時間にどうされました?」
職工ギルドのギルドマスターが、ギルバートに気付いてカウンターから出て来た。
「ちょっと頼みたい事がありまして」
「え?
いや、今日はもう無理ですぜ
娘が帰りを待っていて…」
「これなんですが」
ドン!
ギルバートは問答無用で、オーガの骨をカウンターの上に置いた。
「これは?」
「オーガと言う魔物の骨です」
「ほほおう…
しかし欠けていますな
頑丈ですが、これでは加工は難しいですね」
「ですから…」
「あ!
待って
この流れはマズい」
職人達はギルバートと素材を見比べて、慌てて首を振った。
「今日の仕事は終わったんです」
「そうですよ」
「大丈夫
素材の説明だけですから」
ギルバートの笑顔を見ながら、職人達の顔が引き攣っていく。
「おい
お前は何をしたんだ?」
「え?
いつもの様に、良い素材が取れたから持って来たんだが」
「それにしては、警戒されていないか?」
職人達は、素材には興味があるが、話を聞きたくないという顔をしていた。
「これは加工出来ないと思います
傷や欠けがあるから、耐久力が不足してるでしょう」
「そうだな
もっと状態が良ければな…」
ギルバートとギルドマスターの話を聞いて、職人達は安心したのかホッとしていた。
「そこで、これを砕いて魔鉱石が出来ないかと…」
「ちょっと待って
だから仕事は…」
「ああ
何も今からすぐに作れとは言ってませんよ
ただ、この骨粉からどんな魔鉱石が出来るのかと…」
「そうだな」
ギルドマスターの顔が、良い素材を見付けた職人の顔になった。
それを見て、職人達は絶望をして顔をした。
「こちらは預けておきますので」
「いや、持って帰ってください」
「野郎ども!
こんな素材を見て、何も感じないのか?」
「ああ…」
ギルバートは骨を置いて、そのままギルドを後にした。
後ろではギルドマスターの不気味な笑い声と、職人達の嘆きの声が響いていた。
「これがあれば…
ぐふふふふ」
「ああ…
また残業だ…」
ギルドから離れたところで、兵士が質問してきた。
「良いんですか?」
「ああ
職人もギルドマスターも、喜んでいただろう?」
「うわあ…」
「お前…
何気に酷いよな」
兵士もアーネストもドン引きしていた。
しかしギルバートは良い素材を提供して、職人が喜んでいると思っているのだ。
ギルドでは火の付いたギルドマスターが、早速オーガの骨を砕いていた。
これから数日が、職人達にとっては地獄なのだが、ギルバートは気付いていなかった。
「それで?
アブラサスさんにはどう説明する気だ?」
「そうだな
明日の昼頃には鉱石は打ち上がっているだろう
それから商人ギルドに向かって、商品の鑑定をしてもらう」
「そうか
王都では商人ギルドがあるから、先に登録しておく必要があるな」
無理に登録する必要は無かったが、トラブルがあった際に証明になる。
先に登録を済ませて、それから代金の交渉になるだろう。
その際に、事前に宰相の許可も必要になる。
ギルバートが個人で購入する手もあるのだが、今回は王都の軍に卸す必要がある。
そうである以上、事前に代金や必要な手続きを済ませておく必要があった。
「それでは、先に宰相にお会いになりますか?」
「そうですね
王城に戻りましょう」
宰相との面会は、兵士から伝えてもらえる。
後はどう交渉するかだ。
それから数刻後、ギルバートは宰相と向かい合って座っていた。
サルザートは難しい顔をして、書類を見ていた。
「具体的な額は後で決めましょう」
「そうですな
しかし…
銀貨20枚分の価値があるかどうか」
「そうですね
そこが問題になるでしょう」
ギルバートの説明は、宰相も納得出来る物だった。
しかし、だからといって価値の無い物にお金は出せなかった。
幾らダーナの商人が悪いと言っても、騙されたアブラサスも悪いのだ。
「付加価値は如何致します?」
「先ずは魔鉱石だけど、普通の鉄よりは価値が高いだろう
鉄のインゴットが1本銀貨5枚相当だから、適正価格なら8枚から10枚ってとこかな?」
「それほどですか?」
「ああ
実際に鉄よりは軽いし、強度も申し分ない
問題はどのぐらいの魔鉱石が出来上がるかだな」
「コボルトならインゴットにすれば2本ぐらいですね」
「そうなると、やはり銀貨20枚は厳しいですな」
「しかしオーガの骨なら、倍以上は作れそうですよ」
「うーむ
そうなると、価格はやはり出来上がってですな」
「因みに、こちらが魔鉱石の武器です」
アーネストがダガーを取り出して見せる。
それは綺麗な装飾を施した、小型のダガーであった。
比較する為に、サルザートもダガーを取り出した。
こちらも護身用の小型のダガーで、武骨な鉄製のダガーだった。
「確かに軽いですな」
サルザートは両方を持ってみて、重さを比べてみた。
指先で叩いてみても、素材の違いは分からなかった。
「サルザート様
これは壊れても大丈夫ですか?」
「ん?
どういう意味ですかな?」
ギルバートは左手に普通のダガーを持ち、右手に魔鉱石のダガーを持った。
それから魔鉱石のダガーで、普通のダガーを叩いてみせる。
ガキン!
ゴトッ!
「え!」
普通のダガーは、見事に真っ二つに切れた。
「やはり強度が違いますね」
「わ、私のダガーが…」
「あ、すみません」
ギルバートは慌てて予備のダガーを引き抜いて、それをサルザートに手渡した。
「これをどうぞ
ワイルド・ベアの骨から作ったナイフです」
「殿下」
「ダガーと違って軽くなりますが、切れ味はこっちの方が上です」
サルザートは困った顔をしたが、価値ではこちらの方が上だった。
問題があるとすれば、サルザートは短刀の訓練は受けていたが、ナイフは握りや振り方が違っていたからだ。
「ダガーは…
ありませんか?」
「え?」
「私が身に着けている短刀術では、ナイフはちと…」
「ああ…」
結局アーネストのダガーを渡して、後日魔鉱石のダガーを用意する事となった。
いくら王宮に居るとはいえ、護身用の短刀が無いのは不安なのだ。
「すいません」
「いえ
おかげで魔鉱石の価値も知れましたし
同じ様なダガーを用意していただければ問題ありません」
「ははは…」
ギルバートはサルザートには、上等なダガーを用意しようと思った。
勝手に叩き折ってしまったので、せめてものお詫びのつもりだ。
「それで
魔鉱石の価値は分かりましたが、本気で採用するつもりですか?」
「ええ
普通のショートソードに比べると、格段に固くて軽くなります
それに魔鉱石の質次第ですが、魔法を付加出来ますから」
「魔法ですか?」
「ええ」
「身体強化や武器自体の強化
場合によってはその他の魔法も付与出来ます」
「それは魅力的ですね」
「しかし直接的な魔法は、まだ付与は成功出来ていません
火球やマジックアローが出せれば、もう少し役に立てそうなんですが」
「武器に火を纏わせるのは?」
「それも考えました
しかしそういう魔法が見付かっていない以上、付与は出来ません」
「そうですか」
現状では、持っている者の身体強化や、武器の耐久性を上げる加工は出来ていた。
しかしそれ以上の付与に関しては、肝心の魔法が見付かっていなかった。
「今後魔法の研究が進めば、或いは可能になるかも知れません
しかし現状では出来ませんですね」
アーネストの言葉を聞いて、サルザートはさらに踏み込んだ質問をした。
「身体強化は分かりますが、武器の強化とは?」
「武器の耐久性を上げる呪文や、切れ味を上げる呪文ですね
これは書物に残されていたので、簡単に付与出来ました」
「ううむ
具体的にはどう違うんですか?」
「そうですね
魔鉱石の質にもよりますが、多少は良くなるぐらいです
それ以上を求めるなら、より魔力の強い魔物を素材にするか、魔石を加えるかですね」
「魔石ですか?」
「魔石には魔力を込めれますので、魔力が少ない者でも発動出来ます
それに魔石を加工した塗料を使えば、刻む呪文を強化出来ました
まあ、オーガ以上の魔物の素材になりますが」
「そうですか」
結局は、より強い武具を作るには、強い魔物を倒す必要があるのだ。
コボルトしか見付かっていない今、それより強い魔物となればサテュロスしか居ないだろう。
そのサテュロスを倒せる武具を作りたいので、そこが問題となっていた。
ここでオーガの素材が見付かった事は、運が良かったという事だ。
「サテュロスを倒す為には、鉄製の武器では無理でしょう
ここは魔鉱石の武器を製作して、少しでも戦い易くするしかありません」
「そうですな
これが見付かった事は、運が良かったんでしょう
或いは、女神様の加護があったんでしょうな」
サルザートは書類を書いて、ギルバートに手渡した。
「こちらを持って、商人ギルドに行ってください
そこで値段の判断と、軍に卸す価格を決めますので」
「分かりました」
「今日はもう遅いので、明日の昼頃で良いですよ
その頃には試作品も出来るでしょう」
「そうですね」
話し合いは以上で終わりになり、今夜は解散となった。
サルザートはその足で、国王の元に向かった。
先の話し合いを元に、軍備を整える相談をする必要があったからだ。
「陛下、よろしいですか?」
「サルザートか?
どうしたんじゃ?」
「はい
殿下より提案がありまして、それの承認をいただきたく思いまして」
「お前が良しとしたのなら、問題は無いと思うが?」
「まあ、確認という事で」
サルザートは書類を出して、国王の前に並べた。
最初の書類はサテュロスについてで、こちらは報告となっていた。
王都に来た隊商から、魔物を見た証言を聞き込んだという報告だ。
次にその商人からもたらされた、魔物の素材について書かれていた。
職工ギルドに持ち込んで、現在調べている事も書かれていた。
「ふむ
この素材は使えそうなのか?」
「ええ
どれほどの物になるかは分かりませんが、武器の強化になりますでしょう」
「そうか」
サルザートは、追加情報としてダーナでの商人の話をした。
他の国から来た隊商が、騙されたという情報だ。
「それは由々しき事態だな」
「ええ
殿下も懸念されていて、それで今回の話になりました」
国王は武器の購入と、その試算についての承認にサインをした。
「状況は分かった
任せても良さそうか?」
「そうですね
何かございましたら、また相談致します」
「うむ
あの子にも勉強になるであろう
任せてみよう」
「はい」
サルザートは書類を預かると、それを文官に渡した。
「頼んだぞ」
「はい」
これで下準備は完了した。
後はどんな物が出来るのか、それが楽しみであった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




