第208話
その魔物の目撃がされたのは、最初に目撃されてからおよそ2週間が経った頃だった
既に11の月は終わりに差し掛かり、後2日で12の月になろうとしていた
目撃した隊商は王都に入ると、直ちに兵舎に向かって報告をした
まるで獣の様な男が、器用に槍を振り回していたと言うのだ
直ちに国王に報せが届き、ギルバートとアーネストが呼ばれた
ギルバートは訓練も終わり、王城へと向かっていた
そこで執事のドニスに会い、すぐに王城に向かう様にと伝えられた
ドニスはアーネストも探しており、そのまま魔術師ギルドへと向かった
ギルバートは着替えもせずに執務室に向かい、国王に面会を願った
「おお
待っておったぞ」
執務室に入ると、既に宰相と将軍が座っていて、一緒に会議室に向かう事となった。
宰相は書類を抱えており、将軍は気難しそうな顔をしていた。
ギルバートは何が起こったかは知らされておらず、不安になりながら後に従った。
「すまないな
急な報告があったのでな」
国王は前置きをしてから、その報告を読み上げた。
「本日11の月、28日の午後の報せじゃ
ここから北に20㎞の公道にて、魔物が発見された」
「魔物ですか?」
「ああ
先日から騒がれておる、正体不明の魔物じゃ」
国王は書類を開くと読み上げた。
「リュバンニの北、18㎞地点にて正体不明の魔物と邂逅する
その魔物は野獣の様な姿をしており、槍を振り回しておりました
公道には隊商の馬車が破壊されており、冒険者5名も既に息絶えていました
至急対策をお願いします」
国王は報告書を読み上げると、それを将軍に手渡した。
将軍も眼を通すと、それをギルバートに手渡した。
どうやら宰相は既に読んでいる様子で、困った様子で書類に書き込んでいた。
「どうじゃ?
思い当たる魔物はあるか?」
「そうですね
野獣の様なとありますが、豚の頭とは書かれていません
どうやらオークでは無い様ですね」
「うむ」
「他に特徴は無いのでしょうか?」
「そうじゃな
報告では、兎に角獣の様な男だとしか…」
「私の聞いた報告では、足が獣のそれだったと…」
しかし野獣と言われても、あまり思い当たる物は無かった。
こういう時は、魔物のの辞典を持つアーネストが必要だった。
彼が居れば、該当する魔物を絞り込めるだろう。
「分かりません
少なくとも、ダーナでは現れた事の無い魔物です」
「そうか」
「後はアーネストの意見を聞くしかありませんな」
一同は沈黙し、アーネストの来るのを待った。
しかし数刻もしないうちに、廊下に足早に歩く音が聞こえた。
「遅くなりました
何が起こったのです?」
アーネストはドアを開けながら、開口一番、何が起きたのかを聞いてきた。
ギルバートは書類を手渡しながら、魔物が出た事を告げた。
「どうやら、先日から騒がれている魔物が出たらしい」
「魔物?」
アーネストは書類に目を通すと、頭を抱えてしまった。
「これだけでは…」
「やはり難しいか」
「そうですね
特徴が少ないです」
そこで将軍が、再び脚が獣の様な脚をしていたと告げた。
そこでアーネストは、該当しそうな魔物を調べる。
「その特徴に該当するのは、ミノタウロスかサテュロスですね
しかしミノタウロスは3mぐらいの巨体と記されていますから、恐らくは…」
「サテュロスか?」
「ええ」
「そのサテュロスと言うのはどういう魔物なのじゃ?」
「そうですね
ここに書かれている通りなら、ランクGの魔物になります」
「ランクG?」
「分かり易く言いますと、一番下の格になります
しかし集団で襲い掛かる危険な魔物で、実質単体で無ければもう一つ上のランクF相当の魔物になります」
「そんなに危険な魔物なのか?」
「はい
ゴブリンやコボルトに比べられない様な危険な魔物です
集団で襲い掛かり、食糧を奪います」
「食料?」
「ええ
彼等は雑食ですが、人間を食べる事はありません
ただ食料を狙って来る事はありますので、隊商を襲ったのは食料目当てでしょう」
「ううむ」
「彼等はどちらかと言えば温厚な魔物で、飢えていなければ襲って来ません
しかし度々襲撃されているとなれば…」
「食料を求めて移動して来たか?」
「恐らくは」
サテュロスは襲い掛かる時は獰猛だが、普段は森に潜んで大人しい魔物である。
考えられるのは、何らかの理由で食糧が枯渇して、こちらに向かって移動したのだろう。
書類に書かれた場所も、森に近い場所になる。
「そうなると、今後も襲われる可能性はあるな」
「はい
特に冬になりましたから、森には食料になる物は少ないです
さらに被害が増えるでしょう」
アーネストの言葉に、国王も将軍も苦い顔をする。
襲われなくするには、森に近付かなくするしか無い。
しかし公道が近くを通っており、隊商が行き来している。
もうすぐ冬に入り、隊商の行き来も無くなるだろうが、再び春の訪れと共に交易は再会するだろう。
その時に、サテュロスが大人しく通してくれるとは思えなかった。
「どうしたものか…」
「そうですね
今後の安全を考えれば、討伐すべきでしょう」
「そうなるか」
「ええ
今は公道だけですが、このまま飢えればさらに南下する恐れもあります
そうなれば、リュバンニや王都に向かって来る恐れも…」
「リュバンニは先月のコボルトの事もある
当面は兵力が不足しておるであろう」
「はい」
今、リュバンニに攻め込まれては、兵力不足で危険な状況になる。
ここは王都から軍を派遣して、討伐するしか無いだろう。
しかし王都の軍も、あまり余裕があるとは言えなかった。
王都の方でもノルドの町での手痛い損失があり、兵力が少なくなっていた。
徴兵したとは言え、まだ兵士は十分に育っていなかった。
「困ったのう」
「ええ
せめてワシの軍が、数を減らしていなければ」
しかし今さらそうは言っても、減った兵力は帰って来ない。
今ある兵力で何とかしなければならなかった。
「それで
その魔物はどの様な戦い方をするのか?」
将軍の言葉に、アーネストは書物を渡しながら説明をした。
「先ず、特徴として脚が発達しています
山羊の様な強力な脚ですので、走るのも速いですし、跳躍力もあります」
「山羊の様にか
それは厄介だな」
「それに…
報告にもありましたが、槍を使って集団で向かって来ます」
「そうなると、騎兵が必要になるな」
「ええ
歩兵では駄目でしょう」
「弓はどうだ?」
「そうですね
頭に丈夫な角があるので、頭を狙うのは駄目でしょう
それに素早く走る様ですから、狙うのも難しいかも」
「そうか…」
話しを聞く限りでは、騎兵や騎士で互角と言ったところだ。
人間側が優位に立つ物が無い以上、後は何か策を考えるしか無かった。
「厳しい戦いになりそうだな」
「そうですね
相手が森に居る限りは、こちらは迂闊には攻めれませんね」
「森の中に?」
「ええ
彼等は森に住みますから
森の中では不利でしょう」
「森から誘い出せれば?」
「そうですね
色々策が使えそうですね」
「何か考えがあるのか?」
将軍の言葉に、アーネストはニヤリと笑った。
「そこは魔術師ですから
多少卑怯な策でも考え付きますよ」
「そうか…
いざとなったら頼るが、良いか?」
「それは御命令でしたら」
アーネストはそう言うと、国王の方を見た。
それは国王が許可を出せば、色々とやると言っている様な物だ。
しかし国王としては、数少ない宮廷魔術師を出すのに不安を感じていた。
「先ずは何をするに於いても、情報が少ないです
この報告をした商人はどちらに?」
「街の宿に宿泊している
後で案内させよう」
将軍は宿泊先を確認していたので、兵士に案内させる事にした。
そこで細かい情報を聞いて、魔物がサテュロスだと確認出来るであろう。
「他に必要な事は?」
「そうですね
出来ればすぐにでも、交易を中止したいところですが…
それは無理な相談ですよね」
「そうじゃな
まだこちらに向かっておる隊商もおる
それを止める事は出来んじゃろう」
隊商達は、今年最後の稼ぎをする為に向かって来ている。
それを追い返せば、逆に王都の物資が不足する恐れもある。
何とか隊商を守りつつ、魔物を討伐する必要があるのだ。
これ以上は具体的な案も無く、会議は一旦解散となった。
ギルバートはアーネストと共に、兵士に案内されて宿屋へと向かった。
情報を提供してくれた商人に会う為だ。
宿は大通りに面した場所にある、洛陽の林檎亭という宿であった。
そこは大きな宿屋で、いくつかの隊商が停まっていた。
二人は兵士に案内されて、奥のテーブルで食事している商人の所へ向かった。
「アブラサスさんですね」
「あんた達は?」
商人は夕食を堪能していた様子で、急に現れた二人に不審そうな顔をした。
それはそうだろう。
ギルバートは簡素なチュニックや腰に佩刀していたし、アーネストは見るからに魔術師だ。
兵士に連れられているとは言え、見た目は冒険者にでも見えただろう。
「これは失礼しました
私はギルバートと申しまして…」
「王太子殿下!
これは失礼しました」
アブラサスは慌てて姿勢を正すと、酔いも吹き飛んだ感じで頭を下げた。
「そんなに畏まらないでください
それに私は、まだ王太子ではありませんよ」
「いえ
すでに王太子も同然でしょう」
「まだですよ
戴冠式は来年ですよ」
ギルバートは何とか宥めると、アブラサスを座らせた。
「すると…
そちらの方が噂の魔導士殿ですか?」
「噂の?」
「ええ
高名な魔導士殿が殿下のご友人と聞き及んでおります」
「だとよ
魔導士殿」
「やれやれ…」
二人の遣り取りを見ながら、アブラサスは一体何の用事だろうと首を傾げた。
別段大口の取引も扱っていなかったし、今回の商談は明日からであった。
王子にお声掛けされる様な品は持ち合わせていなかったのだ。
「それで?
王太子殿下ほどのお方が、私の様な商人に何の御用でしょうか?」
「殿下
警戒されていますよ」
兵士が小声で忠告する。
考えてみれば、王子が会いに来たとなれば、商人も焦っているだろう。
「ええっと
大した事では無いんです」
「あなたが見たと言う魔物の事を聞きたいんです」
「昼間の…」
アブラサスは魔物と聞いて、昼間の事を思い出した。
忘れる為に酔っていたのに、昼間の光景が思い出される。
「う…」
アブラサスは失礼が無い様に、慌てて手洗いに向かった。
「何だ?」
「殿下、アーネスト殿…」
兵士は二人に呆れた顔をした。
「普通の商人でしたら、凄惨な現場を思い出したらああなりますよ」
「え?」
「ああ
そういう事か」
暫くして戻って来たアブラサスに、アーネストは頭を下げた。
「すみませんでした
私達の配慮が足りていませんでした」
「いや
あんたらのせいじゃあねえよ
酒で誤魔化そうと思っていたけど無理だっただけさ」
アブラサスは溜息を吐きながら答えた。
「あれは酷えもんだった
冒険者も兄弟達も、みんなやられていた」
アブラサスは顔を青くしながら、当時の状況を思い出していた。
「そのう…
魔物を見たと聞いたんだけど?」
「ああ
獣の様な毛むくじゃらな奴だったよ」
「毛むくじゃら?」
「ああ
髪は肩まで伸ばしていて、ぼさぼさにしていた
そして脚は馬か羊の様な、筋肉質で毛むくじゃらだったんだ」
「やはり…」
「そうだな」
二人は頷いて、アーネストは書物を引っ張り出した。
「そいつはこんな奴じゃなかったかい?」
サテュロスのページを開いて、その挿絵をアブラサスに見せた。
アブラサスはその挿絵を見て、あっと声を上げた。
「あ!
こいつだ!
間違いねえ」
「当たっていたな」
「ああ
しかしそうなると、将軍でも厳しいな」
魔物が判明したのは良かったが、そうなると強敵だと判明した事になる。
何せランクFの魔物だ、将軍は兎も角、一般の兵士では太刀打ち出来ないだろう。
「こいつが分かるんですか」
「ええ
その為に確認に来ました」
「それじゃあ、どうにかしていただけるんで?」
「ん?」
「ええっと…」
二人は返答に困り、思わず兵士の方を見た。
兵士も答える事が出来なくて、慌てて首を振った。
「そうですか…」
「いや、倒せないわけじゃあ無いんだ
ただ時間が掛かりそうで」
「いや
無理はしないでくだせえ
私らはどうせ、来年まで帰れそうに無いんで」
アブラサスはそう言いながらも、ガックリと項垂れていた。
「倒せないわけじゃアないんだよ
ただ、準備に時間が掛かりそうで…」
「そうそう
魔鉱石がなかなか調達出来なくて…」
「魔鉱石?」
アブラサスは魔鉱石と聞いて、確認する様に質問してきた。
「それは魔物から作られる鉱石の事ですかい?」
「え?
知っているのかい?」
「ええ
実は今回の品物は、魔鉱石の材料なんですよ」
「確認したいんだけど、どうして知っているんだい?」
「そりゃあダーナから仕入れて来たからですよ
しかしなかなか売れなくて、在庫が残っています」
「それは何の骨なんだい?」
「確か鬼の骨だと聞いてやすぜ」
アブラサスはそう言って、馬車から持って来ると言って席を立った。
「どう思う?」
「いや
それが本物のオーガの骨なら、武器の大幅な強化になるぞ」
「そうなると、王都の軍でも…」
「ああ
勝てる可能性が高くなるぞ」
二人はアブラサスの持つ品を、期待しながら待っていた。
まだまだ続きます。
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