第206話
ダガー将軍が帰還してから1週間が経過した
ギルバートは兵士の指導をしながら、配属された近衛騎士団の準備をしていた
準備と言ってもほとんどは、ジョナサン騎士団長に任せていたので、具体的にはメンバーのリストの確認や装備の準備が主になっていた
装備に関しては少数の魔物が出ていたので、その素材を集めて作らせていた
その間にアーネストも、魔術師ギルドで指導をしていた
ギルバートは今日も、兵士達に稽古を付けていた
身体強化こそ修得出来ていないが、魔力を使いながらの訓練をしていたのだ
訓練の内容もスキルの型を教えていて、一部の兵士は型を覚えていた
後は実戦で使いこなして、スキルとして授かれるかどうかだ
しかし肝心の魔物がなかなか現れないので、スキルやジョブを修得出来る者は少なかった
「魔物がもっと現れれば、実戦も可能なんですが」
「それは仕方が無いだろう
それに魔物が現れない方が良いだろう?」
本来は魔物なんか現れない方が良い。
しかし魔物が現れないと実戦は行えないし、スキルの修得も出来なかった。
「先日のゴブリンは、ダガー将軍の部隊が退治したらしい」
「ウチの時だったら良かったんだが…」
「そうだな」
魔物が現れたとしても、外の巡回や警備に回っている兵士が主に向かう。
王都内で訓練している兵士が、外で魔物と戦える機会は少ない。
ギルバートもそこは懸念していて、対策に悩んでいた。
しかし訓練だけでも僅かだが上がるので、無理して魔物を探す事は無かった。
御前の訓練が終わって、ギルバートは午後の訓練の為に兵舎に向かっていた。
兵舎には親衛隊の候補である兵士達が居るので、彼等の訓練をするのだ。
騎士に比べると、兵士は多くの人員を失っていた。
そこで親衛隊は、当面は警備兵の掛け持ちとなっていた。
ギルバートが兵舎に着いた時に、隊長は丁度将軍と面会していた。
将軍の部下である兵士が不足していて、警備兵からも引き抜く事になったからだ。
「お疲れ様です」
「殿下」
「将軍はどうしてここへ?」
「それが遠征で失った兵士の不足分を補う為に、各部署から回してもらっているんですよ
徴兵するにしても、新兵では使えませんので」
「なるほど」
ギルバートはアラン隊長の隣に座ると、将軍に引き渡す兵士のリストを確認した。
主にスキルを獲得出来そうな兵士が選ばれていて、戦場での活躍が期待されている。
「どうですか?
活躍出来そうですか?」
「そうですね
あまりベテランばかり引き抜くと、ここの兵士が不足してしまう
若くて勢いのある者も選んでおきました」
「なるほど」
「ワシとしても、これから成長する若者が欲しいところですからね
ベテランばかりでは戦闘は楽でも、長く続けられませんですから」
「ベテランと新兵を組ませて、訓練させながら実戦をさせるのはどうです?」
「それは良い案ですが、暫くは出せませんですね」
将軍としては、慣れない新兵が前線に出て、怪我をする事は避けたかった。
その為に、なるべく新兵には町での仕事を割り振っていた。
「どちらかと言えば、新兵には町の警備や巡回を任せたいんです
その方が安全ですし、訓練に十分な時間が取れますから」
「しかし新兵ばかりでは、治安の低下が恐ろしいです」
「そこが問題なんですよ
ですから安易に、町中の兵士は引き抜けないんです」
「ですが魔物と戦わないと経験にはなりませんよ」
「それはそうですが…」
「スキルやジョブを得るには、生きるか死ぬかの戦いを経験しなければなりません
ダーナの兵士が急成長出来たのも、死傷者を出しながらも必死に戦ったからです」
戦闘の経験が、兵士に戦士のジョブやスキルを与えている。
それを考えれば、訓練で得られ無いのは当然であった。
「戦わないと得られ無いのですか?」
「そうですね
実戦が一番の訓練だと思うんですよ
経験も多くなりますし、訓練では限度があると思いますから」
「生き死にが掛かっているからこそ、経験になるんですね」
「ええ
ですから訓練をするだけでは十分ではありません
コボルトでは危険ですが、ゴブリンでしたら何とかなるでしょう
その分経験としては低いんですがね…」
「コボルトの方が経験になりますでしょうか?」
「ええ
ダーナで見ていた限り、ゴブリンではあまり育ちませんでした
しかしコボルトでしたら、何度か戦っていたらスキルを得ていました」
「そうですか」
将軍は羊皮紙にメモを取りながら、連れて行く兵士に戦わせるか悩んでいた。
基礎の訓練はしているが、どこも実戦の経験が少なかった。
「オークが居れば、良い経験になるんですが」
「オークですか?」
「ええ
豚の頭をした魔物です
力は強いんですが、動きはそこまで早くありません
コボルトみたいに連携も取りませんので、数で囲めばそれほど苦戦しません」
「それではゴブリンが出たなら、なるべく新兵を連れて向かいます
最近では南に現れていますから」
先月にもゴブリン・ライダーが現れたが、南の平原にはゴブリンがよく現れる。
どうやら南の平原の向こう側で、ゴブリンが少しずつ増えている様だ。
ゴブリンは南から来ては、王都の周りの農村や農地に姿を見せていた。
「ゴブリンに関しては、南から来て農村や王都の農地を狙っています
このまま放置しては農村に打撃を受けますので、こちらに詰所を建てる予定です」
「なるほど
魔物が出る度に向かうのは、時間が掛かりますしね
そこにベテランと新兵を配置しますか?」
「え?」
「どうせならベテランが新兵を率いて、魔物に当たれば良いと思いませんか?
それに訓練場を併設させれば、そこで訓練も出来ます」
「ううむ」
将軍は少し悩んだが、書類を出して確認を始めた。
そこに配置出来る人員を確認しているのだ。
「こちらからもう二人出しましょうか?」
「良いのか?」
「ええ
その代わり新人を回してください
こちらで基礎の訓練をさせます」
「分かった」
将軍とアランは、誰を回すかで暫く相談した。
改に配置を見直してから、二人は書類を交換して判を押印した。
「それで?
施設の手配は済みましたか?」
「ああ
陛下には許可を得ている
後は収容人数と施設の草案を出して、宰相に確認していただくだけだ」
将軍が出した書類を見て、アランが施設の大きさを確認する。
「こちらが宿舎ですか?」
「ああ
人数を考えれば、これで十分だろう」
「いえ
これでは予備の兵士が置けませんよ」
「ん?」
「将軍
普段は部下に任せきりでしょう」
「ああ」
「これでは兵舎の数が足りません
こちらをこうして…
兵舎をもう二つ追加してください」
「それでは多過ぎないか?」
「普段は使いませんが、補充の兵士や追加の新人が入る宿舎も必要です
それに何かあった時に、避難民を匿う宿舎にもなります」
「ううむ」
「ここには近場の町はありません
農村が襲われた時には、逃げ込む場所も必要です」
「そうなると、必要な食料も…」
「ええ
多少は余剰分を抱えて、非常時に備えましょう」
「分かった」
将軍はアランに手伝ってもらって、書類を見直し始めた。
「それでは、私は訓練を見て来ますね」
「あ、はい
お願いします」
アランは暫く動けそうに無いので、ギルバートは訓練場に向かう事にした。
このまま見ていても、ギルバートには手伝う事はもう無いからだ。
そのまま訓練場に向かい、訓練をしている兵士と合流した。
既に兵士達は訓練をしていて、もうすぐ冬だというのに汗を掻いていた。
「殿下」
「みんな頑張っているね」
「はい」
「新兵として徴兵された者も居ると聞いたけど?」
「はい
こちらの30名が新たに配属になりました」
紹介された30名は、新人と言う割には歳は20を超えていた。
どうやら急な徴兵であった為に、次男や三男といった後継ぎで無い者が選ばれた様だ。
若者ではあるが、農地や商人の中で職にあぶれた者が主になっていた。
「オレ達は家を継げないから」
「それに職も継げなかったから、簡単な訓練ならしていました」
「冒険者という選択もありましたが、こちらの方が安定していますからね」
王都では裕福な家庭では、職に就けない次男や三男が兵士や冒険者ギルドに入っていた。
しかし普段は需要が無いので、徴兵があるまでは訓練か冒険者をしていた。
冒険者に関しては名ばかりで、普段は雑用ばかりである。
そして訓練も、自主的にしているだけで収入にはならなかった。
だから正式な採用となると、喜んで集まる者もいた。
しかしそれでも、減った兵士の補充には不十分であった。
だから訓練もしていない、素人の兵士も集まっていた。
「オレ達は農村出身ですが、役に立つんでしょうか?」
「ええ
最初は誰でも訓練からです
先ずは身体強化を身に着ける、そこから始めましょう」
「はい」
ギルバートは先ずは、身体強化を指導し始めた。
既に他の兵士からも聞いていたが、改めて訓練の有用性を説明する。
「身体強化が身に着けば、体力や力も底上げ出来ます
そうすれば戦う時にも逃げる時にも楽になります」
「力が上がるという事は、重たい武器も振れる様になりますね」
「それに体力が無いと、防具も身に着けれないし走れないですしね」
新兵達は身体強化の意味を理解した。
しかし魔力に関しては、ほとんどの者が少なかった。
訓練を始めて半刻もしないうちに、ほとんどの新兵がへたばってしまった。
「無理をすると意識を失いますから
先ずは回復しては使う事を繰り返して、魔力を上げる事を目標としましょう」
「はい…」
返事はするものの、新兵達は起き上がれなかった。
その間にギルバートは、兵士達の訓練を見ていた。
兵士達は少しは慣れてきていたので、身体強化を行っても平気だった。
そのまま走り込みをすると、次は二人に分かれて向き合った。
このまま身体強化を使いながら、二人で打ち込みをするのだ。
まだスキルは身に着かないので、先ずは基礎の型を繰り返して打ち込む。
ベテランになったらスキルの訓練になるが、今日の訓練にはベテランは居なかった。
兵士達が訓練を続けていると、隊長が姿を見せた。
どうやら将軍との会談も終わり、訓練を見に来たのだ。
「殿下」
「アラン隊長、お話は終わりましたか?」
「ええ
何とか草案も出来たので、将軍は宰相に会いに行かれました」
ギルバートはそう聞いて安心した。
これで南に対しては、対策が練られるだろう。
だが問題は、装備の充実が計れていない事だ。
「武器の方はどうです?」
「武器ですか?
そういえば、魔鉱石というのが出来ると聞きましたが」
「ええ
コボルトぐらいになりますと、素材になりますから」
「魔鉱石と言うのは?」
「魔物の素材を練り込んだ鉄になります
まだ鉱石のうちに魔物の骨を砕いて、一緒に炉に入れて作ります」
「魔物の骨ですか」
「ええ
コボルトではそう強くはなりませんが、鉄より硬くなります」
「そうですか」
アランは真剣な顔をした。
将軍はゴブリンと戦っていたので、ほとんど素材が集まっていなかった。
ノルドの町で倒したグールも、魔石以外は回収していなかった。
骨粉が素材になると知っていれば、回収して帰ったのだが、当時は知らされていなかったのだ。
「コボルトとなれば、リュバンニで戦ったのがコボルトでしたね」
「ええ
ゴブリンよりは素早くて、連携した攻撃をして来ます
その為に結構な被害が出たようですが」
「そうですね
多くの死者が出たと聞きました」
リュバンニでは、最初はコボルトの死体は燃やして埋めていた。
後から骨粉が使えると聞いたが、多くは回収出来ていなかった。
犠牲になった者が多かったので、回収する事が出来なかったのだ。
「こちらでも集めれれば良かったんですが」
「そうですね
しかしゴブリンの骨粉では、効果は出なかったと聞いています」
「リュバンニに出た魔物の遺骸を、こちらで回収しますか?」
「ううん
いくら魔物とはいえ、墓を暴くのは抵抗がありますね」
「そうですね」
「他にはありませんか?」
「そうですね
先月のゴブリン・ライダーの討伐で、ワイルド・ボアの素材が出ています
しかし数が少ないので…」
「ああ
あの猪の魔物ですね」
「ええ」
「ワイルド・ボアから皮が取れています
後は骨粉も使えますので」
「その魔物も魔鉱石の素材になるんですか?」
「ええ
コボルトよりは魔力を持っていますので
頑丈な装備が作れる筈です」
「それなら、そのワイルド・ボアを狩れば?」
「そうなんですが、なかなか見つからないんですよ
どうやら魔物が飼育する事もあるんですが、こちらではまだあまり見ていませんので」
「そうですか
ゴブリンが連れているとは限らないんですね」
「ええ」
ワイルド・ボアが、元々そういう魔物として存在しているのか?
それとも猪を魔物が飼いならして魔物になるのか?
その辺はまだ分からなかった。
しかし見付からない以上は、まだ王都の周りには数は居ないのだろう。
「いずれは現れるでしょう
それまでに訓練をして、戦える様にならなければ」
「ここにも現れるでしょうか?」
「そうですね
魔物が徐々に増えていますから、時間の問題でしょう」
「そうですか…」
ダーナの時とは違うが、それでも日に日に魔物は増えている。
新たな魔物が現れるのも時間の問題だろう。
いや、ひょっとしたらダーナでは、新たな魔物が現れている可能性もある。
こうしている今にも、魔物の脅威が増えているのかも知れない。
まだまだ続きます。
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