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聖王伝  作者: 竜人
第一章 クリサリス教国
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第20話

遂に魔物討伐の軍が立ち上がる

人々は魔物の恐怖を押さえ、戦う事を選択する

それが如何に長く苦しい戦になるかも知らずに

魔物の討伐軍は、ゆっくりとノルドの森へ向かって進んだ

魔物の群れの不意討ちを警戒していたからだ

それでも進軍は続き、何事も起こらずに砦の近くまで辿り着いた

それはまるで、罠に誘い込まれた兎の様に


討伐軍は、歩兵の進行速度も考慮に入れて、ゆっくりと進軍した。

それでも3日目には砦から数㎞の距離まで到達して、そこへ陣を張った。

時刻は夕刻少し前で、夕闇にも砦の方から上がる煙が見えた。


「今日はここで陣を張る」


将軍の言葉に進軍は終わり、各自で天幕を張ったり野営の準備が進められる。


「ここでは魔物に狙われませんか?」


「どこに居ても、これだけ開けた場所では同じだろう

 警戒して休息を取るしかない」


心配する大隊長を他所に、将軍は開き直って見張りの指揮をする。

変に不安に思って騒ぐよりも、襲撃に警戒して万全に備える方が安全だと。

実際に、これだけの規模の軍に下手な手出しは出来ない。

守備隊だけで24名ずつの騎兵部隊が5組に、歩兵が120名、弓を持った兵士も60名待機している。

それに加えて、騎士団の精鋭が12名編成で5部隊ずつ、3名の隊長に従って居る。

総勢500人近くの武装した兵士が居ては、魔物でも迂闊に近付きはしないだろう。


「それに、な

 お前の報告では、奴らは馬鹿では無いんだろう?」

「へ?」


「聞いたぞ

 わざわざ決闘の様な事をして、砦を勝ち取っていたんだろう?」

「ええ、まあ

 あの様子では、そうとしか考えられなくて…」


「なら

 この状況を見たら、馬鹿な奴は向かって来るだろうが、ボスは様子を見るだろうな」

「それならいいんですが…」


大隊長は直接魔物とやり合った。

だからあのボスは知恵があって、無闇に突っ込んではこないだろうとは思った。

問題は、あの決闘の時にもボスに従わない頭の悪そうな魔物が居た事だ。

どれぐらいが従わないか分からないが、結構な数で不意を打たれたら危険だ。

師匠は、将軍はその辺を考えているのだろうか?


「ししょ…」

「将軍と呼べ」


ゴシャ


将軍の容赦ない拳骨が落ちる。


「痛え」

「ここでは将軍じゃ」


「はい

 で、将軍は…本当に大丈夫だとお考えで?」

「ああ

 一部は突っ込んで来るかも知らんが、少数なら蹴散らせるであろう

 その為に、騎士団が要所に控えておる」


見ると、危なそうな場所には、騎士が2人一組で見回っている。


「いざとなったら、体制を立て直すぐらいはこちらで時間を稼ぐ

 その間にお前は指揮を取って犠牲を減らせ

 まあ、そこまで馬鹿とは思えんがな」


将軍の言う通り、その夜には散発的な少数の襲撃はあったが、大きな争いもなく、襲ってきた魔物もすぐに片付けられた。

そうして野営の火を絶やす事無く、交代で休息を取って朝を無事に迎えた。


一方その頃、ギルバートとディーンは寝袋で眠っていた。

ジョナサン達は、野営は慣れてるからと交代で見張りに立ち、アレックスも見張ると言い張ったが、そのうち木の根元で眠りこけていた。

一度、まだ眠りも浅い時に騒ぎが起きた時にはギルバートも起きて来たが、すぐに魔物は倒されて騒ぎも収まり、その後は朝まですっかり眠ってしまっていた。

だからジョナサン達は魔物の死骸を見たが、ギルバートとディーンは魔物を見る事はなかった。


「おはようございます」


ギルバートが起きた頃にはジョナサン達も起きていて、朝食の準備を始めていた。


「すいません

 手伝います」

「ああ、いいよ

 そっちの坊やも起こしてやんな」

「それから、顔も洗ってきな」


リックがそう言いながら、水で顔を洗っている兵士達の方を指す。

ギルバートは言われたままに、ディーンを起こして一緒に顔を洗いに行った。


「ふわぁぁ

 まだ眠いよ」

「しっかりしなよ

 アレックスはもう起きてるよ」


二人は樽から汲んだ水で顔を洗った。

冷たい水が頭をすっきりと目覚めさせる。


「うわっ、冷たい」

「気持ちいいな」


二人は顔を布で拭うと、元の場所へ戻った。

既に他の者は朝食を始めていた。

焚火の火で炙った黒パンに干し肉、昨晩作った野菜を煮込んだスープの残りを温めた物だ。

ギルバートもスープを受け取り、すぐに朝食に取り掛かった。


朝食が終わり一心地着いたが、この時期の早朝は肌寒い。

みなで焚火に当たりながら昨晩の襲撃について話をする。


「昨日のあれは、やはり魔物ですか?」


「う、あー…

 そうだが、見なくて良かったな」


「どうしてです?」


「あまり見て気持ちいい物じゃないぞ

 寧ろ不気味で、子供には早いと思ったよ」


弟がいたリックは、まだ子供であるギルバートとディーンには刺激が強過ぎると思った。


「そうですね

 しかし、この遠征に居る間には慣れていただかなくては」

「子供に見せる物では…」

「子供とはいえ、彼はいずれは領主にならねばならない

 今後も魔物が現れ兼ねない現状では、今からでも慣れていただかなくては困るのですよ」

「はあ…

 大変だな」


リックは同情してギルバートを見る。

そんなギルバートは困った様に苦笑する。


「そんなに気味の悪い物なんですか?」

「ああ

 姿、形はお前らより小さいぐらいの子供だ」


ランディがギルバートの胸辺りの高さを示す。


「そいつが大人みたいにしっかり筋肉が付いててな」

「肌は話に聞いた通りの緑色」

「顔は口が大きくて…」


リックが顔の口を頬の辺りまで裂けているのを手振りで示す。


「頬まで裂けた口に、黄色く濁った鋭い目付き」

「耳は尖っていたな」


「見た目もだけど、子供の惨殺体みたいで…」


アレックスも見たのか、蒼い顔をして追従する。

背丈が子供ぐらいなので、肌の色が違うとはいえ、子供が切り殺された無残な姿に見えたのだろう。


「ワタシ達は魔物を討伐に来たのです

 ここからは、沢山の魔物の死骸を見る事になります」


隊長が静かに語る。


「見慣れろとは言いません

 ただ、魔物に魅入られたり、死骸に動揺しない程度にはなってください

 そうしないと、ワタシ達も君達を守れませんから」


そう言って隊長は、焚火で温めたハーブティーを静かに飲んだ。


「ここからは魔物のテリトリー

 いつ襲われるか分かりません」


隊長は愛用の鉄製のカップを片付けながら、静かに語る。


「君達の安全は、他の騎士達が責任を持って護衛をするので保障出来ますが

 それはこうして周りに騎士が居る状況で、です」


ギルバート達も、隊長に続いて片付けをしながら話を聞く。


「彼らが居れば安心なんですが、彼らから離れるのは危険だと思ってください

 決してパニックになったりして、野営地や我々の側から離れない様に」


支度を終えた隊長は、静かに、しかし威圧感を込めて告げる。


「でないと、たちまち魔物に囲まれて…

 死にますよ」


自分の首を掻き切るジェスチャーをして見せる。

その仕種に、ギルバートも我知らずに唾をゴクリと飲み込む。


「さあ、支度が出来たら出発しましょう

 騎士団も出発の準備は済ませています」


打って変わって明るい声で、隊長はみなを連れて集団の中へと入る。

野営の火は、土を被せて消してはあるが、跡はそのまま残してある。

目印と敵を警戒させる為に、敢えて残して置くのだ。


「また、みんなで無事にここへ戻れますよね?」

「さあ?

 それは君達の行動しだいですね」


隊長は不自然に積まれた焚火の燃えカスを示す。


「幸い、昨晩まではアレは魔物の遺骸を焼いた物でした

 ただしこれからは、油断した味方の者になるかも知れません

 くれぐれも注意してくださいね」


隊長は優しく、しかし寂しそうに微笑んだ。


歩兵部隊の準備も整い、各部隊で点呼が行われて出発の準備が整う。

騎士団が2部隊、砦の方へ向けて準備をする。

その後方へ守備隊の騎兵が配置され、次いで歩兵、弓兵、その周りを護衛する様に騎士団が広がる。

殿にも騎士団から1部隊が出て、後方の安全を確認しつつ進む。


出発の準備が整ったところで、先行して斥候が砦に向けて走る。

ここで魔物の不意討ちを受けては危険なのだが、みんなの安全を守る為には危険を冒してでも周囲の状況を把握する必要がある。

勿論、魔術師が複数人同行していれば、魔術を使った周囲の探索も出来る。

しかし、クリサリスは抱えている魔術師の人数は多くはないのだ。


斥候が戻って来ては、一人ずつ報告していく。

将軍はその報告を大隊長と相談しながら作戦を練る。

斥候の報せでは、どうやら魔物は砦までの公道上には居ない様だ。

残る問題は、砦の中にどれほどの魔物が潜んで居るかだ。


「どう思う

 直接奴らに対峙した、お前の感想を聞きたい」

「はい

 砦の中に拠点を構えているのなら、最大で千を超える可能性は十分にあるかと」

「うむ

 そうだな」


将軍は暫し熟考する。

文献に於いても、小鬼の魔物は繁殖力が高く、数日から1月に1回、複数匹の子供を生み出すと記されている。

最初の襲撃から、既に1月近くの日数が経っている。

女性が攫われたとの報告は無いが、可能性は十分にある。

それに、文献では小鬼のみの繁殖は他の種の雌を使った繁殖には劣るとは書いてあったが、報告にあった規模になっていれば、ペースが落ちても十分に繁殖し得るであろう。

そう考えれば、小鬼が安心して繁殖する場所を求めて、砦を無傷で奪おうとしという考えに納得がいく。


「お前のとこの小坊主

 あれが繁殖する場所が欲しくて、洞窟より大きい砦を狙ったのかも知れないって言ってたな」

「あー

 アーネストの言ってた事ですか?」

「ああ、そうだ」


昨日の夕刻程ではないが、今も砦の方に煙が上がっているのが見える。

あれだけの煙が上がるなら、相当な規模の集団が居る事になる。

しかも、獣と違って、火は怖がるが焚火は作れるという事だ。

思ったよりも知恵は回るようだ。


「あの小坊主の言った事、案外的外れではない様だ」

「え?」


「見ろ

 昨夕もだが、あれだけ煙が上がっている

 それだけ数が多いという事だろう」


将軍の指し示した方を見やり、大隊長も頷く。


「確かに

 規模だけならこちらよりも大きいかも」

「野営でなく、建物を使う知恵があったなら…

 更に規模が増えているかもな」

「まさか!?」

「そのまさかかも知れん」


将軍は最後の報告を受け、少し考えてから決断をくだす。


「こうして突っ立っていても始まらん

 少し藪を突っ突いてみよう」


ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

大隊長は言い知れぬ不安に怯えた。


「何をなさるお積もりで?」

「なあに

 山犬が巣穴に籠っているのなら、煙で燻し出すまでさ」


そう言うと将軍は幾つかの指示を出し、出発の合図を出す。


「これより、魔物が潜むと思われる砦を急襲する」


将軍は長剣を抜き放ち、頭上に掲げる。


「ダーナの領民を護る為

 クリサリスの平和を脅かす魔物を討滅する」


「先ずは我が騎士団が護衛するので、諸君らの中で弓の扱いに長けた者で砦へ攻撃を願いたい」


「その後、砦から出て来た魔物へ騎兵部隊で攻撃を仕掛ける」


将軍はここで一旦言葉を切る。


「騎兵部隊で敵の攻撃を切り崩しつつ、騎士団が砦への突撃を敢行する」


「歩兵部隊はその後ろに着いて侵入し、砦内での敵の殲滅に掛かって欲しい」


作戦の概要が伝えられ、次に注意点が告げられる。


「歩兵部隊の諸君が一番危険な任務となろう」


「我々騎士団も一緒に入るが、騎士では小柄な魔物を狙うのは難しい

 作戦の成否は諸君ら歩兵部隊の働きに大きく作用される」


機動力の無い歩兵は魔物の恰好の的になる。

しかし、標的の小さい魔物には、歩兵での剣による攻撃が効果的なのだ。

危険ではあるが、素早く効果的に魔物を倒すには、騎兵より歩兵が有効なのだ。


「騎兵部隊は騎士団と歩兵が潜入した後、砦の正門を固めて逃げる魔物を殲滅して欲しい」


「また、弓兵として志願した者は騎士団を1団残すので、そちらで護衛されつつ、隙をみて援護射撃を行ってもらう

 あくまで援護射撃なので、射出は各自個人の判断で行うものとする」


将軍の説明が終わり、いよいよ出撃となる。

野営地跡に緊張が走り、空気が重苦しくなる。

将軍の号令が発せられる。


「全軍、出撃!」

『全軍出撃ー!』


復唱が響き渡る中、一斉に兵士達の怒号が響き渡る。


うおおおおお!

わあああああ!


作戦の指示通り、先ずは騎士団が2組先頭を走り、次いで弓兵がその後を追う。

砦前へ騎士団が展開すると、弓兵がその後方へ展開して弓に矢を番える。

騎士団は弓兵が襲われない様に周囲を警戒する。


「構え!

 撃てー!」


ビュン!ビュン!


空気を切り裂き、次々と矢が宙を貫く。

その先は弓なりに砦の防壁を飛び越え、砦の中へと消えていく。

矢が消えて一呼吸後に、くぐもった悲鳴が聞こえてくる。

防壁越しでよくは聞こえないが、中で矢を受けた魔物が叫んでいるのだ。


数回目の矢が放たれた後に、砦の正門がギシギシと音を立てて開かれる。

人の手にある間は、守備隊の兵士が手入れを怠らなかった為に滑らかだった正門が、たった一月魔物に奪われただけで錆て動きも悪くなっていた。


「騎士団、弓兵は後退

 騎兵部隊、突撃!」


うおおおおお!

やあああああ!


怒声を上げて、騎兵部隊が砦へ向かって突っ込む。

殺気立った魔物達が、小剣やダガー、棍棒を持って飛び出してくる。

それに向かって突っ込んだ騎兵部隊は、クリサリスの鎌を縦横無尽に振り回す。

突撃の勢いで蹴散らして行き、正門前で左右に広がる様に展開して魔物を嬲り殺す。


「第1、第2は左翼を、第3、第4は右翼を切り崩せ!

 第5は我と共に、正面を抑える」


大隊長の音頭に、部隊は出て来る魔物を押さえつつ、左右へ展開する。


わあああ!

うおおお!


クリサリスの鎌を右へ左へ振り回し、騎兵達は必死に魔物達を屠って行く。

既に正門の前は混戦しており、出て来た小鬼も100を軽く超えていた。

中には魔物に接近を許し、懐に入られて、鎌を放り出して剣を振う物も居た。


りゃああ!

ふうぬうう!


正面でも混戦になり、大隊長は鎌を振り回して、一刀の元に3匹の魔物を切り裂く。


「小癪な魔物め

 今度こそ、オレの鎌の錆にしてくれる」


大隊長が、振り抜いた鎌の血を払った瞬間、その隙を狙った様に小鬼が宙を突っ切り飛んできた。


アギャアアア


大隊長は咄嗟に石突で打ち払う。

振るわれた石突が見事に命中し、ゲピッと声を上げて、頭の拉げた小鬼がすっ飛ぶ。

小鬼が飛んできた方を見やると、少し大きい魔物がニヤリと笑って立っていた。

周りの小鬼達は、自分が投げられるのは嫌だと逃げ出す。

それを見て、大隊長はゆっくりと馬を魔物の前へ向ける。

第5部隊長がそれを見て止めようとするが、大隊長は片手を挙げて制した。


「大隊長!」

「案ずるな

 ロンの仇だ

 オレがここで決着を付ける」


そう言って大隊長は馬を下りると、魔物の前へと立つ。

1対1の対決だ。


「しかし」


部隊長は、それでも止めようと近付く。


「これは1対1の決闘だ

 誰も邪魔はするな」


大隊長は静かに、力強く言った。

そして鎌を地面に突き立て、愛用の長剣を引き抜く。

戦場の真ん中で対峙する魔物と大隊長。

辺りの激戦が別世界の様に、二人の周りだけ静けさに満たされる。


「我が愛刀、ヴォルフ・スレイヤーに賭けて、貴様を討つ」


大隊長は、そう静かに呟き、正眼に構えた。

それを見て、魔物も剣を抜いて構える。

先の戦場で拾ったのか?

少し錆て、ところどころ欠けているが、魔物は気にする事なく身構える。

どうやら多少の加工は出来るものの、研いだり手入れをするほどではない様だ。

武器が痛んでいるのなら、こちらにも勝機が十分にある。


「ロンの仇!

 行くぞ!!」


ギャア!ギャヒイ!


大隊長の言葉に返す様に、魔物は声を上げた。

砦奪還作戦の始まりです

予定では3話ぐらいのつもりですが、延びるかも知れません

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