第199話
強い腐臭に悩まされながらも、兵士達は何とか休息を取る
前日に比べれば、死体を処理した分、幾分かマシにはなっていた
しかし異臭が収まれば、今度は大量の虫に悩まされた
死体に集まっていた虫が、食糧である死体が無くなった為に町から出て来たのだ
糧食に集られては困るので、虫よけの香を焚きながら見張りが立っていた
しかしそれでも、地面を這って虫は集まって来ていた
このままの状況が続けば、糧食が足りなくなる
将軍は決断を急がされていた
翌日も朝から、町の掃除をする為に入り口に集まる
入り口は壊れていたが、門の残骸等を積み上げて塞いでいた
しかしその隙間からは、今日も虫が湧き出ていた
「このままこの虫が出て来ては、糧食が無くなりますよ」
「そうだな
早急に町の魔物を殲滅して、ダーナに向かうか帰還するしか無いな」
しかしダーナに向かったとしても、歓迎されるとはとても思えない。
町のこの惨状を知られたとして、フランドールは間違い無く警戒するだろう。
いや、事実を知られない様に将軍の殺害を計画するかも知れない。
だからと言って王都に戻るのも問題がある。
魔物の数は行きで倒した分、少なくなっているだろう。
しかし山脈を越えて戻っている間に寒気に入ってしまう。
麓と違って山脈では雪が降るだろう。
そうすれば進行速度も落ちるし、滑落する恐れも出て来る。
「急がなければ、行くも地獄、下がるも地獄となるだろう」
「寒気ですか?」
「ああ
もうすぐ十の月、鹿の月も半ばに差し掛かる
そうなれば上では、どんな気候になるか分からない」
「そうですね
地元の猟師でも吹雪では亡くなります
ましては私達は王都の兵士です
とても堪えられんでしょう」
兵士も将軍の意見に頷き、頭上に伸びる山脈を仰ぎ見た。
まだ白くはなっていないが、いつ振り始めるか分からない。
それまでに下山しなければ大変な事になるだろう。
「それで
今日も冒険者に確認してもらいますか?」
「うむ
その方が安全だろう」
魔物の強さまでは分からないが、冒険者の索敵で少し先の魔物の数が確認出来た。
一度だけ範囲外の魔物を見落としたが、それ以外は順調に確認していた。
この策敵の能力が無ければ、町に侵入する事も出来なかっただろう。
「先制さえされなければ、何とか倒せている
問題は武器が壊される事だな」
既に多くの兵士が武器を失っていた。
勿論ショートソード以外にクリサリスの鎌もあるし、ダガーや大きめのナイフだってある。
しかし市街地で戦うとなると、振り回し易いショートソードがどうしても有利になる。
クリサリスの鎌では振り難い場所もあるし、大振りで隙が大きくなるからだ。
「もっと武器を用意してくれば良かった」
「仕方がありませんよ
先のゴブリンとの戦闘では、消耗は少なかったですし
ここでこんなに失うとは予想出来ませんよ」
アルノーが慰める様に言うが、それでも武器の不足は深刻であった。
このまま進むにしても、王都に引き返すにしても、戦闘は避けられないだろう。
そうした時に武器が足りなくては、死ぬ必要が無い兵士まで命を落とす事になる。
「どうにか補給できないか…」
「無理でしょうね
ここが補給ポイントでしたし、今は内乱を警戒して隊商も動いていません」
補給が出来ない以上、食糧も武器も不足してしまう。
「やはりここは、一旦帰還するしか無いか」
「ええ
町を取り戻した後は、そのまま帰還しましょう」
「うむ」
将軍は返事をした後に、ふと何か思い付いた様な顔をした。
その様子を見て、アルノーは訝し気に質問した。
「どうしました?」
「ん?
いや…
どうしてフランドール殿は、ここを攻めた後に撤退したのだ?」
「え?」
「いやな
折角攻め落としたのに、何故かそのまま立ち去っているだろう?
それなら何故、この町を落とす必要があったのだ?」
「それはここが貴重な鉱山で、同時に交通の要衝ですから…」
「いや、それなら兵士を置いて押さえるべきだろう
そもそも鉱山を活かすなら、攻め滅ぼす必要はあるのか?」
「え?
そう言えば…」
アルノーも言われて気付いたのか、考え込み始めた。
それを見ていて、兵士達は困った様に進言した。
「将軍
冒険者と討伐に向かってよろしいですか?」
「ん?
ああ、頼んだ」
将軍は上の空で返事をした。
それほどまでに、この疑問は大きかったのだ。
「彼がまともな判断が出来ていたら、ここを滅ぼすわけがないよな?
ここが滅びれば鉱山が回らなくなるし、多くの人間が殺されている
こんな事をして何になるんだ?」
「そうですね
住民を殺すなんて無意味ですね」
鉱山のある町を滅ぼすのも理解し難いが、何よりも住民を殺している事が分からなかった。
まるで住民全てに恨みでもある様だった。
「住民に何か恨みがあったとして…
子供まで殺すか?」
「子供ですか?」
「ああ
死体の中には子供も混ざっていた」
「私は見ていませんが…」
「死体のほとんどは死霊が食べていた
恐らく子供の方が食べやすかったんだろうな
ほとんどが骨だけになっていた」
「何て事を…
子供まで殺すなんて酷い…」
将軍は頷きながら、哀しそうな顔をした。
「いくら理由があろうとも、子供まで殺すのは間違っている
この事は陛下にも知らせてくれ」
「はい」
アルノーは頷くと、書類を記しながら将軍を見た。
「しかし、本当に彼がやったんですか?
とても信じられません」
「そうだな
ワシも信じられんよ
あんな英雄の様な男が、こんな事を仕出かすとは…」
将軍もアルノーも、フランドールがやったとは思いたくなかった。
しかし死体も切り傷が残されており、どう見ても軍隊に攻め込まれた後だった。
「もう一つ疑問がある」
「もう一つですか?」
「ああ
何で建物の被害が少ないんだ?」
「え?」
所々壊されているが、ここまで見て来た街並みはそこまで壊されていなかった。
まるで大規模な軍隊が攻めて来て、あっという間に攻め滅ぼされた様だ。
しかしダーナの規模を考えると、とてもここまでの規模の軍隊を派遣出来るとは思えない。
「これだけの町を襲ったんだ
建物を損壊させずに殺すには、倍近い規模の軍隊が必要だろう」
「魔法を使ったんじゃないですか?
アーネスト殿の話では、優秀な魔術師も育っていた様ですし」
「それにしてもだ
まるで夜襲であっという間に殺した様だ
短時間でこれだけの事が出来るのか?」
将軍の感想は尤もだった。
ある程度の規模がある町をほろぼすのなら、それ以上の軍隊が必要である。
特に今回の様に、短時間で建物をあまり壊さず殺したとなると、余程の人数差が必要になる。
いくらダーナが大きな街と言っても、そこまでの軍隊が用意出来るのだろうか?
将軍はもう一度町に入ると、ゆっくりと街並みを調べ始めた。
今回は魔物も居ないので、じっくりと戦闘の跡も調べる事が出来た。
血痕の拡がり方から、住民はほとんど移動しないで殺されている。
ここからも一気に殺されたと推測された。
しかもこれだけの住民が外に出ていたのだ。
考えられるのは家から慌てて出て来たか、昼間に外に出ていたとしか思えなかった。
「一体どうやったんだ?」
家に居たのなら、そのまま隠れていた方が安心だっただろう。
しかし住民達は、みな家の外に出ていた。
しかもほとんど逃げる事も出来ずに、その場で殺されている。
血痕がその状況を示していた。
「分からん…」
「将軍」
「分からんが、昼間に突然襲われたか、夜襲を受けたのにわざわざ表に出て殺された
この状況からはそうとしか思えない」
「この事も陛下への書面に記しておいてくれ」
「はい」
アルノーは頷き、書類に書き込んでいった。
「そろそろ奥に行ってみるか
大分進んだ様だからな」
「はい」
将軍は兵士達の後を追って、町の中心部へと向かった。
昨日は入り口から大通りまでを探索した。
今日は町の奥を調べて、そのまま砦跡も調べる予定だ。
町中は無事であったが、どうやら砦は派手に壊されていた。
これが必死の抵抗の為か、それとも別の理由があったのか?
砦は大きく崩されていて、まるで巨人が暴れた跡の様だった。
「町はそうでも無いのに、ここは滅茶苦茶だな」
「そうですね」
砦の手前の角を曲がると、そこでは兵士達が5体のグールと戦っていた。
既に3名が倒れていて、どうやら致命傷を受けた様子だった。
残りも必死に抵抗していたが、2名が剣を壊されて、5名が武器を壊されない様に逃げていた。
このままでは危ないと判断して、将軍も剣を引き抜いて前に出た。
「左の3体は任せたぞ」
将軍はそう叫ぶと、右の2体の内の1体に切り掛かる。
上段から振り下ろし、躱されたところでスキルを発動させる。
「ふん
ぬおおお、スラッシュ」
グギャアアア
ズバッ!
鋭く踏み込みながら横一文字に切り捨てる。
胴を真っ二つにされたグールは、そのまま地面に倒れた。
起き上がろうとするところを頭を踏み潰し、そのままの勢いで2体目に切り掛かる。
「ぬりゃああ」
グシャリ!
グゲ…
ザシュッ!
グギャアア
右から振り上げる様に、向かって来たグールの左腕を切り飛ばす。
勢いで無理矢理叩き切ったので、グールはそのまま後方へ飛ばされた。
そこへ追い打ちをする様に兵士が切り掛かり、左手で持った松明を押し付けた。
グギャアアア…
ジュー!
バチバチと音を立てて、グールの身体が燃え上がった。
そのまま燃えながら向かって来たが、やがて炭化して動けなくなった。
グ…グウ…
パチパチ!
やはり火は有効な様で、動けなくなるまでは危険だが、そのまま燃やす事が出来た。
「そっちも松明を使え」
「はい」
兵士達は松明を持った者が前に出て、隙を突いて押し付ける。
肉の焼ける嫌な臭いがするが、そのままグールの動きが鈍るのを待つ。
将軍が参戦したおかげで、何とかそれ以上の犠牲は防げた。
「はあ、はあ」
「倒せ、ました」
「うむ
どうやら火が有効な様だな」
「しかし燃え広がる事を考えれば、安易には使えませんね」
「そこは状況判断だろう」
将軍はそう言いながら、壊れた砦を見上げた。
砦は前側が崩されており、中の階段や装飾品が見えていた。
そして上の階には、白い人の様な姿が見えた。
「あれは?」
「え?
何でしょう?」
アルノーが見上げた後、驚いた様な声を上げた。
「ま、まさか…」
「何だ?」
「スケルトンです
しかしそんな事があるのか?」
「どうしてだ?
ここは滅ぼされた後だろう?
死霊が出てもおかしくないだろう」
「それにしてもです
スケルトンが生まれるには時間が掛かる筈です」
「そう言えばそんな事を言っていたな」
「骨になるには時間が足りないし
食べられた死者がスケルトンになるのなら、それだけ怨念が込められている筈です」
「つまり何か?
あれは時間が経った骨では無く、死者の怨念が生み出した魔物か?」
「ええ
そうとしか考えられません」
「ううむ」
普通では現れる筈の無い魔物が現れている。
そして原因を考えれば、それだけ強烈な怨念が籠っていると言うのだ。
そう考えれば、あの魔物は只物では無いだろう。
「スケルトンは弱いと言っていたが、あれは別物か?」
「はい
その可能性が高いです」
「これは困ったな」
将軍は手詰まりを感じて困っていた。
魔物を掃討するには、この砦も調べる必要があった。
しかし今までとは違った、明らかに格上と思われる魔物が控えているのだ。
しかもそう考えても、あれ1体とは思えないだろう。
「今までの戦闘で、スキルやジョブを得た者は居るか?」
「はい」
「ジョブでしたら」
3名の兵士が手を挙げて、後方の兵士も2名が手を挙げていた。
「アレと戦えそうか?」
「いえ
恐らく無理かと」
「私もジョブだけですので、スキルが使えない以上は…」
現在スキルを使える者は、将軍と2名の兵士だけだった。
それに身体強化も、将軍すら身に着けていなかった。
ここで無理しても戦力を失うだけで、これからの行軍にも影響するだろう。
「どうするか…
このまま引き返すべきか?」
将軍が腕組をして悩んでいると、冒険者が手を挙げて発言をした。
「あのう…」
「ん?」
「私達で探索してよろしいでしょうか?」
「何だと?」
冒険者達は、索敵で5体の魔物を確認していた。
それが全てスケルトンかどうか分からないが、少なくとも5体ならなんとかなりそうだと考えていた。
「無茶だ」
「いえ
5体はそれぞれ離れています
1体ずつ倒せたら、何とかなるでしょう」
冒険者の提案は渡りに船であった。
しかし彼等への依頼は道案内と索敵である。
こんな危険な任務に就かせる為に依頼したのでは無い。
「私が依頼したのは案内だ」
「しかしあいつを倒さなければ、無事にここを発てないでしょう
それならば、あいつ等を倒すのも依頼の内です」
「それに
何か良い素材が見付かったなら、それを回してもらいます
こっちにもメリットはありますから」
冒険者達はそう言って、砦の入り口へと向かった。
「無理はするんじゃあ無いぞ」
「ええ」
「危なくなったらすぐに戻ってくれ」
「分かっています
それでは行きますね」
「頼んだぞ
ノルドの風よ…」
冒険者達は足元に気を付けながら、ゆっくりと奥の階段に向かった。
そこから登ると、先ほど見えたスケルトンが居る広間に出れるだろう。
決定打を与えられなくとも、あれだけの高さなら落としても十分ダメージを与えられそうだった。
問題はスケルトンの強度だろう。
書物に載っているスケルトンは、骨だけで軽い身体をしていると書かれていた。
それが通常の人の骨と変わらないのなら、高所から落としたら砕けるだろう。
しかしどの様な魔物か分かっていない以上、グールの様に強靭な可能性もあった。
魔物が冒険者が倒せるレベルである様に、将軍は祈る事しか出来なかった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
今日も2本更新します。
いつもの17時の更新もしますので見てください。




